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2019.12.02 UP

福祉×スポーツのコラボレーションが新たな価値と可能性を生み出す

神奈川県西部で、特別養護老人ホームや放課後等デイサービスなどの介護福祉事業を多数展開する社会福祉法人一燈会が、昨年度、同じく神奈川県西部を活動地域とする湘南ベルマーレフットサルクラブのスポンサーとなった。なぜ社会福祉法人が、スポーツチームのスポンサーとなったのか。その取り組みと意図するところを、一燈会理事長の山室淳さんに伺った。

社会福祉法人一燈会が
フットサルクラブのスポンサーに

「介護福祉×IT」「介護福祉×旅行」など、介護福祉業界と他業界とのコラボレーションは、年々、増えている。しかし、「介護福祉×スポーツ」のコラボレーションはまだ多くない。
そんな中、昨年度、社会福祉法人一燈会(神奈川県中郡二宮町)は、湘南ベルマーレフットサルクラブのオフィシャルユニフォームスポンサーとなった。スポンサーといっても、一燈会は単に金銭面からの支援を行うためにサポートカンパニーとなったわけではない。協働することによって、互いの強みを生かして、新たな価値や展望を生み出していく。そんな意図を持ち、コラボレーションをスタートさせたのだ。この一燈会の取り組みが、介護福祉とスポーツのコラボレーションが持つ意義を、私たちに教えてくれるかもしれない。

一燈会は、神奈川県西部で特別養護老人ホームや介護老人保健施設、認知症グループホーム、訪問介護などの介護保険サービスや、障がい者向けの福祉サービスなど、多数の介護福祉事業を手掛ける社会福祉法人だ。2019年10月には、神奈川県足柄上郡開成町に乳幼児から高齢者までを対象とした多様なサービスを提供する医療・介護の複合型施設「サウスポート」を開設するなど、ユニークな取り組みで知られている。


▲昨年度、社会福祉法人一燈会は、湘南ベルマーレフットサルクラブのオフィシャルユニフォームスポンサーとなり、チームユニフォームには一燈会の名前が記された

 

まだプレーではお金を稼げない、
フットサルの現状を変えていくために

一方、湘南ベルマーレフットサルクラブは、サッカーJ1の湘南ベルマーレと同じ「ベルマーレファミリー」のフットサルチーム(運営は別法人)。神奈川県小田原市を中心とした、3市8町を活動地域としている。12チームから成る日本フットサルリーグ・ディビジョン1(F1)で、2018~2019年のシーズン成績は4位と、上位に位置しているチームだ。

サッカーのJリーグと違い、フットサルのFリーグでは、プロチームはまだ1チームしかない。Fリーグの選手を取り巻く厳しい現状について、一燈会理事長の山室淳さんはこう語る。

「湘南ベルマーレフットサルクラブ(以下、ベルマーレと表記)でいえば、ホームアリーナである小田原アリーナは3,000人を収容できるのに対し、1試合平均の入場者数は1,000人程度です。つまり、観客収入ではとてもチームを運営できません。Fリーグでは、選手としての報酬は支払われていないチームが、ベルマーレも含め、ほとんどです。基本的には、地元の企業や個人がスポンサーとなってチームを支えているのです」

ベルマーレの選手も、練習後の午後は地元の工場で働いたり、ジュニアチームのコーチをしたりすることで生計を立てながら、フットサルに取り組んでいる。プレーでお金を稼げるプロのアスリートでもなく、企業所属のアスリートのように安定しているわけでもない。将来への不安を抱えている選手も少なからずいるだろう。

ベルマーレは、FリーグのフットサルチームとJリーグのサッカーチームの両方を抱えている唯一の団体だ。それだけに、Fリーグの選手を取り巻くこの現状を変えていきたいという強い思いがある。トップチームのプロ化を目指すとともに、選手層を厚くするため、高校生や中学生、小学生チームを育成することも重要だ。

そこで、ベルマーレから一燈会に、スポンサーに加わってほしいという声が掛かったのだ。


▲一燈会理事長の山室淳さん。自身は高校時代、サッカー選手として活躍。三男はいま、湘南ベルマーレフットサルクラブの下部組織に所属しているという。

 

これからの可能性、未来を切り開く
サポートは介護福祉と共通する視点

ベルマーレからの要請を受けたとき、山室さんは当初、必ずしも乗り気ではなかったという。

「ベルマーレのトップチームには、すでに幾つものスポンサーがついています。そこに、私たちが新たに出資する意義を見いだせなかったので、断ろうと思っていたのです」

しかし、スポンサー依頼の趣旨はそうではなかった。Bチームや将来トップチームでの活躍を目指す高校生、小・中学生チームを支えてほしいと言われたのだ。

「それならやります、と答えました。この業界にいるからでしょうか。困っている人たちをただサポートするだけでなく、可能性のある人たちの未来を一緒に切り開いていけたらと思ったのです。まだ誰も目を向けていない。何のサポートも入っていない。そこに関わっていけることも魅力でした。ベルマーレを応援することは、地域の活性化にもつながっていくのではないかとも考えました」


▲一燈会ではベルマーレの中心選手であるロドリゴ選手と、フットサルに専念できる環境を整えるためのプロフェッショナル契約である「魔法のランプ契約」も結んでいる(写真提供:社会福祉法人 一燈会)

 

お金を使わず社会的課題を解決しながら
小・中学生チームをサポ-ト

一燈会は、昨年度からスポンサーに加わり、山室さんも2019年4月からベルマーレの経営に加わった。集客や育成についてのアイデアを求められ、山室さんは、将来、ユースチーム入りを目指す小学生や中学生など、ジュニア世代のチームの支援をスタートさせた。

そのひとつは栄養サポートだ。スポーツ栄養学では、運動後、30分以内の“ゴールデンタイム”にタンパク質と糖質を適切に摂取することが、筋肉量アップにつながるとされている。多くのスポーツチームですでに行われている取り組みだが、資金力がなくては十分なサポートは難しい。Fリーグでは、栄養サポートを行っているチームはまだほとんどないのが現状だ。

資金を提供すれば、栄養サポートを行うことは可能だろう。しかし山室さんは、単にお金を出すより、社会的問題と組み合わせて解決することを考えた。フードロスの活用である。

「週に数百人分ものフードロスを、お金を払って処分していた取引先から、調理済みの冷凍食材を無料でもらい受けることにしたのです。それを冷凍ストッカーに保存して、2019年5月から、練習が終わる時間に合わせて調理し、バイキング形式でジュニア世代の選手に提供することにしました」

試算すると、その食材費は、購入すれば年間250万円分にもなる。それを、ベルマーレは1回1,000円程度の配送料を負担するだけで手に入れられることになった。事業者の方も、それまでフードロスの処分にかけていた費用負担が不要になった。加えて、金銭的な出資なしでベルマーレのサポートカンパニーに社名を連ね、ベルマーレのロゴを名刺に使用できることになったのだ。

「CSR(corporate social responsibility:企業の社会的責任)活動でのイメージアップにつながり、事業者にとってもメリットは大きいと思います。この取り組みのアイデアは、他のFリーグのチームにも参考にしてもらえればと考え、成功事例として発信しています」


▲サポートカンパニーになれば、このロゴを名刺に使用することができるようになる。事業者にとっては大きなイメージアップだ

 

放課後等デイ利用の子どもたちが
ベルマーレの試合を身を乗り出して観戦

一方、一燈会としては、ベルマーレとの連携によりサッカー教室をはじめ、スポーツの持つ力を介護福祉事業に生かしていくことを考えている。

「2019年、日本でラグビーワールドカップが開催されましたが、私はラグビーには特に興味がなかったんです。でもワールドカップを見て、一気に大好きになってしまいました。いま、スポーツに関心がない人には、楽しみ方を知らない人が多いと思うのです。そういう人には、楽しみ方を伝えて、まずスポーツを見てもらいたいと考えています。スポーツは、見るだけでも健康になるといわれていますから」

まず、見てもらう。そのひとつの試みとして、一燈会は障がいのある子どもが通う「放課後等デイサービス」の利用者に声を掛け、希望者を小田原アリーナでのベルマーレの試合観戦に招待した。

「これは、私たちが日頃から心掛けている、“可能性を見つける”取り組みの一環です。15人ぐらいのお子さんをお連れすると、残念ながら大きな音が苦手な、半数ぐらいのお子さんは帰りました。しかし、残った半数のお子さんは身を乗り出して観戦し、最後まで応援してくれたんです。気持ちが盛り上がると心拍数が上がり、発汗もします。やはり健康への効果が期待できると実感しました。観戦してくれたお子さんの中には、その後、放課後等デイのときに、ボールを蹴って遊びたいという子も出てきたんですよ」

今後は、高齢者施設に定期的にトップチームの選手に来てもらい、交流することも考えていると、山室さんは言う。

「選手との交流を続けていけば、試合を見たいという方も出てくるかもしれません。そうして、日々の生活以外の楽しみ、生きがいを提供できればと考えています」


▲ベルマーレの選手を招いて行った、一燈会の施設でのサッカー教室は大盛況だった(写真提供:社会福祉法人 一燈会)


▲放課後等デイサービスの子どもたちが、小田原アリーナでベルマーレの試合を観戦(写真提供:社会福祉法人 一燈会)

 

社会福祉法人も本業の枠を超えた
新たな発想が求められる時代へ

山室さんはまた、今後開設予定の認定こども園など、一燈会の施設などを生かした、さまざまなコラボレーションの構想も持っている。

「例えば、トップチームの選手によるフットサル教室ができないかなども検討しています。また、選手生活から卒業した後のセカンドキャリアの場を提供することもできるのではないかとも考えています。これからも、選手をサポートするアイデアをどんどん出していくので、一人でも多くの人たちが、私たちと一緒にベルマーレ、そしてこの地域を盛り上げていってくれればと思っています」

山室さんは、いまは一燈会としての目先のメリットを得るより、ベルマーレがもっと強くなり、地域で愛されるチームになるよう育てていくことを最優先に取り組んでいるという。ベルマーレが輝き出すことで、地域が元気になり、結果として一燈会にも恩恵がもたらされると考えているからだ。

「社会福祉法人には、本業の中でしか事業展開ができないと考えている法人が少なくありません。しかしそうじゃない。面白い要素を2つ、3つ、どう組み合わせるかで、まったく違う面白いものができる。いまの時代は、そうして新しい価値を生み出していくことが大切なのだと考えています」

介護福祉×スポーツが生み出す新しい未来が、すでにここから始まっている。

【文: 宮下 公美子 写真: 刑部 友康】

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