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2025.03.31 UP
組織力を生かし、介護・福祉業界の多様な課題に挑戦するために! 「全国老人福祉施設大会・研究会議」の取り組み/公益社団法人 全国老人福祉施設協議会

高齢者福祉・介護の業界団体として最古の歴史と国内最大の会員規模を誇る全国老人福祉施設協議会(以下、全国老施協)。同協議会が主催する「全国老人福祉施設大会・研究会議」は、介護・福祉業界におけるさまざまな課題を共有すべく、業界トップランナーによるシンポジウムや研究発表、先駆的事例の報告などを実施するイベントです。
介護・福祉を担う施設・事業所の会員が集うこのイベントは、多様な課題について自ら考え、皆で向き合い、共に行動していく機運を高めることによって、「誰もが安心して利用できる福祉環境の構築と、職員が誇りを持てる働きがいのある環境を実現すること」を目的としています。第3回を迎えた今大会には、全国各地から2,000名超もの人々が集結し、過去最大の開催規模となりました。
「全国老人福祉施設大会・研究会議」の歩みから、今大会における取り組みと成果、そして、今後の介護・福祉業界を見据えて目指す未来まで、会長の大山知子さんと、副会長の瀬戸雅嗣さん、同・山田淳子さんにお話を伺いました。
全国1万1,000の会員を擁する業界団体。「組織力があるからこそ、できることがある」
――まずは会長の大山さんに伺います。全国老施協の特徴と活動内容についてお教えください。
▲全国老人福祉施設協議会の会長 大山知子さん。2023年に就任し、初の女性会長としても注目されている
大山 全国老施協は、高齢者福祉・介護の事業を行う特別養護老人ホームや養護老人ホーム、軽費老人ホーム、ケアハウスなどの施設とデイサービスセンターなどの事業所を会員とする公益社団法人です。高齢者福祉・介護の団体としては最も古く、90年以上の歴史があり、かつ、日本最大の会員規模を誇る中核的団体であり、公益法人の第一号でもあります。
私たちは、介護・福祉の現場を支え、現場の声に耳を傾け、制度・政策として実現させていくことを使命としています。全国1万1,000の会員の生の声をいち早くキャッチし、介護報酬の改定をはじめとする制度・政策に反映させるべく、政府、厚生労働省、国会議員の議員連盟などに向けて現場の声を届けるための政策提言を行っています。また、現場の課題の改善・推進を図るために、経営支援や現場の教育・環境の支援、地域とつながるための支援を中心に、各種事業・サービスを展開しています。
――「全国老人福祉施設大会・研究会議」のこれまでの歩みについてお教えください。
大山 そもそもは、1925年に「全国養老事業大会」として開催されました。その後、「全国老人福祉施設大会」に名称が変わりました。1987年より開催してきた「全国老人福祉施設研究会議」がありましたが、2022年以降は、この2つの大会を合同開催することになりました。
時代の変遷の中、個別性が高まり、組織全体での活動に対する意識が薄れていく流れもありましたが、介護・福祉の業界を取り巻く社会環境が激しく変化しているいま、“組織力”が不可欠であると感じます。今大会では、「組織があるからこそ、できることがある」という考え方に立ち戻り、全国的な活動を通じて組織力をより高める方向に向かっています。
――今大会への思いや開催の狙いについてお聞かせください。
大山 今大会からは、組織としてチームワークの意識を高めていくことを目指しています。この背景には、2024年の初頭に発生した「令和6年能登半島地震」で、全国老施協の存在意義を実感したことが大きく影響しています。私たち全国老施協では、加盟施設間の協力によって独自の全国老施協DWAT(災害派遣福祉チーム)を結成し、会員の皆さまに応援派遣職員の登録をいただいています。発災後は、現地の介護施設を支援するために、累計330名超もの介護職員を派遣し、1年が経つ現在も継続しています。
▲令和6年能登半島地震では、東海・北陸だけではなく東北や関東エリアの施設の協力を得て、DWATとして介護施設への応援派遣を実施
大山 介護・福祉業界は、慢性的な人員不足であり、かつ、物価高騰や賃金上昇などの厳しい社会状況があります。それにもかかわらず、このように大規模かつ継続的な応援派遣を続けることができたのは、組織のネットワークがあってこそだと考えています。全国老施協には、実行性のある組織としての機動力があり、私たちの呼びかけに応え、「自分ごととして考え、応援したい」と思ってくださる会員の皆さまがいる。あらためて、「いざというときにも、互いに支え合うことができる組織である」と実感したこの事例によって、団体としての意義や組織としてあるべき姿を見つめ直すことが必要だと考えました。
能登の被災地を訪問したとき、多くの人が避難した後の町は、夜になると真っ暗な闇に包まれていました。けれど、介護施設だけは明かりを灯し続けていたのです。もちろん、病院や特別養護老人ホームなどの介護施設は、動かせない患者や利用者の方々のために、その場で踏ん張ることが求められます。しかし、地域と連携し、福祉協力を続けてきた介護施設は、それだけにとどまらず、避難できず食糧に困った地域の人々を受け入れ、自前の食糧を提供して支え続けていました。災害時であっても、介護施設はその存在意義を知らしめ、地域の核となっていたのです。これぞ、まさしく福祉・介護のあるべき姿ではないかと思いました。
私たち全国老施協には、介護・福祉業界を支えるだけでなく、組織全体を通じて地域と社会を支えていくことが求められている。今回の能登半島地震の事例によって、それを強く実感したことで、今大会では、全国老施協という組織の存在意義を会員の皆さまに強く訴えかけ、意識喚起を図ることを目指しました。
基調報告では、全国老施協のさまざまな取り組みと共に、組織としての意義を伝えた
――今大会の基調報告で大山会長がお話しされた内容と、その意図についてお聞かせください。
大山 会員の皆さまには、全国老施協がどのような活動をしているのかよく知らない方もいれば、この組織に加盟することの意味やメリットについて知りたい方もいます。基調報告では、私たちがいまどのような課題に着手し、どういった活動をしているのかを具体的にお話ししました。
▲今大会の冒頭で行われた大山会長による基調報告の様子
第1に、令和6年度の介護報酬改定では、1.59%の引き上げが行われましたが、近年の物価高騰に対し、食費の基準費用額は上がっていません。特別養護老人ホームの約6割は赤字となっており、非常に厳しい経営状況に追い込まれているのです。私たち全国老施協は、公益法人として厚生労働省と信頼関係を築いてきた強みを生かし、今回の改定後にも、「期中であってもさらなる改定を」と訴えました。しかし、厚生労働省では改定の根拠が見つからないとのことでした。
そこで、会員の皆さまに協力を仰ぎ、独自の施設調査を実施し、管理栄養士の方々にもアンケートをとりました。多くの施設がコストを抑える苦肉の策として、食事の品数やおやつを減らすなどの工夫をしていましたが、その結果、利用者の方々からは不満や改善の要望が発生するという苦しい実態があることが浮き彫りになったのです。
私たちはこれらの調査データを厚生労働省に届け、再度、介護報酬の改定について訴えかけています。現場の生の声を集め、現実的な状況を吸い上げて国に直接届ける。それができるのは、1万1,000の会員を擁し、実効性のある活動を続けてきた組織の力があってこそのものでしょう。このほかにも、会員の施設と連携した実証実験などにも取り組み、その成果を示して課題解決の必要性を国に投げかけていくことで、各種補助金制度や、効率化に対する介護報酬の仕組みの実現などにつなげています。
全国老施協は、日々、政府や厚生労働省への提言や国会議員に向けた陳情などを行い、制度・政策に反映されるよう、さまざまな働きかけを行うと同時に、地元の老施協と連携し、各地の自治体を動かすためのサポートにも尽力しています。組織の力を生かし、国と自治体に対してサンドイッチ方式で折衝・交渉を行って働きかけ、介護・福祉業界の制度・政策をよりよいものにしていく。基調報告では、全国老施協のこうした活動や役割についてお伝えしました。
――そのほか、組織としての取り組みや今後のビジョンなどもお話しされたのでしょうか。
大山 介護・福祉業界を取り巻く状況は厳しく、人手不足の深刻化に加え、賃金上昇や離職超過による人材の需給ギャップの問題などもあります。この難しい課題に挑戦するには、持続的な経営改善を図ることはもちろん、ICT・介護ロボットの導入や業務効率化のための見直しに加え、女性活躍の推進などによって介護職の魅力を発信することも重要です。全国老施協は、多様なテーマに取り組む委員会・部会に分かれた活動も行っているので、それぞれの活動についてもお話ししました。
また、この組織の存在意義については、能登の被災地で撮影した動画を流しながら、現地で実感したことについてお話しすることに。動画の最後には、応援派遣に協力してくださった方々のお名前を全て掲示して感謝の意もお伝えしました。私たちの理念や目指す姿を会員の皆さまに共有し、日々、訴えかけていくことで、組織としての相乗効果を生むことがきっとできる。そんな思いを込めて、「共に考え、共に動いていくことでより組織力を高め、介護の現場をよりよいものに変えながら地域・社会への貢献も果たしていく」という、今後のビジョンをお伝えして基調報告を終えました。
▲能登被災地での活動の様子を撮影した動画を流し、よりリアルに思いを伝えることを目指した
今大会では、業界最前線の課題に向き合う3つのメインプログラムを実施
――今大会の方針策定と全体の取りまとめを担当された副会長の瀬戸さんと、分科会のプログラムを担当された副会長の山田さんにもお伺いします。まず、今大会ではどのようなことをテーマとされたのでしょうか? また、当日に実施したプログラムの内容や目指したことについてもお教えください。
▲今大会のフォーラム全体を取りまとめた副会長の瀬戸雅嗣さん
瀬戸 今大会では「介護最前線の変革と戦略」を大きなテーマとしています。常に最前線を目指し、変化を捉えていく取り組みは続けていますが、あらためて全国的な状況を把握し、何が課題となっているのかを共有した上で、全体の戦略を会員の皆さまと一緒に考えることが重要であると考えました。
また、サブテーマには「自ら動く、ともに動く、働き甲斐のある現場への挑戦」を掲げています。それぞれの施設によって課題は違うため、全国的な取り組みに従うのみでなく、現場の人々が自ら動いていかなくてはなりません。この大会に皆が集まり、多くの課題に向き合って一緒に考えることで自分ごと化し、そして各自が動いていく流れを作ることによって、現場を変えていくことができるだろう、と。
大会初日には、現場を踏まえた最前線の課題をテーマとする3つのメイン・プログラムを実施しました。まず、ICT・介護ロボット導入による生産性の向上について、介護施設とメーカーのトップランナーが話し合うシンポジウムを開催。近年、取り組み続けているテーマではありますが、人手不足の中で現場の効率を高めながらケアの質を向上していくために役立てている先進的な事例を発信していくことが重要だと考えています。
大山 全国老施協では、業界の未来を見据え、ICT・介護ロボット活用のモデル事業の展開にいち早く取り組んできました。全国8ブロックの地域でさまざまな機器の活用に取り組んでもらい、どれくらい業務を簡略化・効率化できたかということを数値化し、その根拠を示した上で、実証施設として補助金を受けられるよう国に働きかけ、実現してきたのです。これまで内閣総理大臣表彰を受賞した施設もありますし、そうした方々に今大会のような場でお話しをいただくことで、他の施設でも取り入れるケースが増えていますね。
▲今大会で分科会のプログラムを担当した副会長の山田淳子さん
山田 実証施設の視察や教育を行うことでも横展開を図っています。ICT・介護ロボットについては、施設側の資金力や業務効率化に対する職員の意識などに差があるため、なかなか導入が進みにくい状況もあります。今大会では、今後の日本の介護を変えていくトップランナーの方々にお話しをいただいたことで、「見学に行ってみようか」「これから取り組んでみたい」などの意欲的な声を聞くことができました。限られた人員でいかに業務を遂行するかという共通の課題に向き合い、改善を目指すことが介護業界の働き方改革にもつながっていくのではないかと考えています。
瀬戸 また、大山会長の強い意志のもと、女性活躍推進のプログラムにもより注力しました。介護・福祉の現場は女性職員が8割を占めていますが、施設長などにキャリアアップする方はまだまだ少ないという実態があります。施設調査を行った結果、キャリアアップの仕組みがないことが一つの要因となっていることが見えたため、女性活躍を推進するための課題として「長く働き続ける目標」の設定や職場環境の整備について、女性管理職と大学教授に話し合っていただきました。
山田 このプログラムのために、事前に施設の管理者と被管理者の方々にアンケートをとり、キャリアアップの課題を検討しました。一般的に、女性は結婚・出産などのライフステージ関連のイベントに影響を受けやすく、家事や子育てなどのために、キャリア形成よりもワーク・ライフ・バランスを重視する傾向があるとされています。
しかし、アンケートの結果を見ると、「女性だから昇進は望めない」という心的要因が大きく影響し、女性職員の気持ちが追いついていないことが分かりました。活躍中の女性施設長自らに、多角的な取り組みについてお話しいただいたことで、参加した方から「施設に戻ったら、女性職員の考えを聞いてみようと思った」といった声も聞くことができました。
▲「女性キャリアアップ推進部会プログラム」の様子
大山 女性のキャリアアップについては、潜在課題としてすらも捉えていないケースが少なくありません。本来、現場を知っている人にこそ、施設長として活躍することが求められているのですが、そこに気づかず、目指すキャリアやなりたい姿などの目標を意識していない女性職員もまだまだいらっしゃるように感じます。
今大会では、事例を通じて「キャリアアップを狙うチャンスや、キャリアの道筋はたくさんあるのだ」ということを伝え、気づきをもたらしていくことにしました。多様性に向かう時代の中、女性はもちろん、外国人の職員など、多様な属性の方が施設長となるケースもあってしかるべきだと考えています。今後も、自分らしく質を高めながら働き続けていける環境を作る方法を模索していくことが重要ですね。
▲メイン・プログラムの一つである「ロボット・ICTシンポジウム」の様子。令和6年度介護報酬改定で新設された生産性向上推進体制加算により、現場の生産性を向上させることが求められているため、非常にタイムリーなテーマとなった
瀬戸 これに加え、われわれが重視している「地域社会の福祉向上」をテーマに、開催地である滋賀県内で先駆的な取り組みをしている施設の事例を紹介するプログラムも実施しました。地域の中でどのように事業展開をしているのか、地域全体の福祉をどのように向上させているのかを紹介し、当該施設の理事長と施設長、大学教授、厚生労働省の職員を交え、課題と今後の展望についてお話しいただきました。
山田 このプログラムでは、地域ケアシステムの未来像を語っていただきました。訪問介護の領域は厳しい状況のもと、休止・廃止に追い込まれるケースも増えていますが、厚生労働省の施策に従って多様な世代にサービスを展開していく先進事例について話していただくことで、また違う道筋が見えたのではないかと思います。
大会2日目には、分科会によるプログラムを実施しました。実践研究発表では、多様なテーマに取り組む施設の方々にお話しいただき、先駆的特別報告では、老施協総研調査研究助成事業により実施した研究事業における先進的な取り組みの事例を発表していただきました。初日のメイン・プログラムで伺ったさまざまな視点のお話が、分科会の具体的な発表内容につながっているため、非常に有意義であると感じました。
今後も、時代を先読みしながら、先見性を持ってさまざまなテーマに着手していく
――今大会では、どのような成果を得られたのでしょうか。実感されたことについてお教えください。
大山 大会を合同開催するようになってまだ3回目ではありますが、過去最大規模、2,000名という参加者数の高まりに手応えを感じます。前回までは、芸能人や著名人などを招いての講演なども打ち立てていました。今大会はそうしたプログラムは用意せず、いわゆる学会方式に近い形で実施しましたが、コロナ禍を経たことや開催地・滋賀県の地の利のよさなども手伝って、多くの方が集まってくださった。
いまの時代は、業界団体などによる組織的なイベントに参加しようという意欲が薄れていますが、会員の皆さまに私たちの理念を直接伝え、情勢報告も含めた訴えをする貴重な場だと考えています。この大会を継続していくために、今後も社会の状況変化を見極めながら、会員の皆さまが求めていることに応じたプログラムを実現していきたいと思います。
瀬戸 今回は、メインのプログラムを3本企画し、それぞれ複数の方々に登壇いただく1時間の講演としたため、ボリュームが多過ぎるかもしれないと考えていました。しかし、参加者の皆さまからは、「この人の話をもっと聞きたい」「ここの施設を見学したい」「直接、話を聞きに行ってみたい」という声を多く聞くことができました。
また、2日目の分科会のそれぞれの発表も非常に素晴らしい内容でした。現場で取り組んでいるケアの質が年々向上していることを実感しましたし、各所で「あの施設にもう一度話を聞きたい」という声が聞かれ、横のつながり・広がりを生むことができたと思います。
山田 今大会では、部会の委員を務める方々の意識が大きく高まったようで、「目標が見えてきた」という声も多く聞かれました。また、施設全体で取り組む実践事例が全国的に増えているので、分科会のプログラムでそうした発表を聞き、「ぜひ施設を見てみたい」「直接、話を聞いてみたい」と感じている参加者の方も多くいらっしゃいましたね。全国規模のネットワークを持つ組織としての役割を果たせていることを実感しました。
――最後に、全国老施協としての今後の目標と目指す未来についてお教えください。
大山 私たちは、現場からの課題の吸い上げから政治的な働きかけ、そして会員の皆さまへのフィードバックまで、全て行うことができる組織です。今後も時代を先読みしながら、先見性を持ってさまざまなテーマに着手し、実行・実現していくことで、会員の皆さまに加盟する意義やメリットを感じていただけるように尽力していきます。介護報酬の改定を含めた制度・政策への反映、介護業界の課題に向き合う全国的な取り組みに加え、災害時にも力を発揮し、組織全体で地域・社会に貢献していくことを目指していきます。
【文: 上野 真理子 写真: 刑部 友康】