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2025.09.25 UP

在宅介護の現場の声を代弁する政策提言で制度改革に貢献。介護業界の未来のためにさまざまな団体と連携していく/一般社団法人 日本在宅介護協会

高齢化が急激に加速していく中、厚生労働省は「重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される」ことを目指し、地域包括ケアシステムの構築・実現を急務としています。在宅介護は、その要を担うサービスとも言えるでしょう。

一般社団法人日本在宅介護協会は、介護保険制度がまだない時代から活動してきた歴史ある民間介護事業者の団体であり、在宅介護サービスの質的向上と充実を目指してさまざまな活動を続けています。在宅介護サービスを提供する約1万2,400もの事業所が会員となっている同協会の会長、森山典明さんに、団体の特徴や活動内容、人材の確保・定着への考え方、さらには在宅介護が今後目指すべき姿まで、お話を伺いました。

介護保険制度の黎明期から活動を続けてきた歴史を持ち、圧倒的な会員規模を誇る

―― まずは一般社団法人日本在宅介護協会(以下、在宅協)の特徴について教えてください。

私たち在宅協は、措置制度の時代から活動してきた歴史ある民間介護事業者の団体です。設立の流れは、1980年代後半、介護保険制度導入に向けた検討が進んでいた時代までさかのぼります。当時、厚生省(現・厚生労働省)のシルバーサービス振興指導室長を務められていた辻哲夫氏の要請・指導のもと、介護団体設立準備委員会が発足しました。
その際、在宅介護サービスの振興を図るため、主だった民間の事業者を集めて団体を作る流れとなり、1988年、民間の訪問入浴事業者23社による全国入浴福祉事業協議会が設立されました。私自身も、日本初の民間在宅介護(寝具丸洗い衛生加工・訪問入浴)を展開していたことから、事業者集めから積極的に携わっていました。また、のちに介護保険の事業者指定基準となったシルバーマーク制度にも携わり、訪問入浴シルバーマーク委員として品質基準の策定も行いました。

さらにこの翌年、1989年には全国在宅介護事業協議会が設立され、1998年に2つの団体が合併する形で、日本在宅サービス事業者協会としてのスタートを切り、名称変更を経て、現在に至ります。在宅協は民間事業者の団体ではありますが、いわば介護保険制度の黎明期に、国からの要請に応える形で誕生した背景があるのです。

▲一般社団法人日本在宅介護協会の会長に2024年に就任した森山典明さん。1973年に日本初の民間在宅介護(寝具丸洗い衛生加工・訪問入浴)を展開し、現在は訪問入浴サービスの最大手であるアースサポート株式会社の代表取締役社長を務める

―― 在宅協の規模感について教えてください。

現在、全国219法人、約1万2,400の事業所が会員となっており、従業員数で見ると約19万9,000人にものぼります。訪問介護、訪問入浴、通所介護といった在宅系サービスに加え、居宅介護支援や福祉用具貸与、また、小規模多機能型居宅介護や認知症対応型共同生活介護といった地域密着型サービスまで、実にさまざまな事業を手がける事業者の方々が参加されています。在宅サービス領域において圧倒的な会員規模を誇り、かつ、全国組織であるため、情報収集や発信、共有においても強みがあります。

会員規模の大きさを生かし、現場の声を代弁。国や行政への提言活動で制度改革を促す

―― 在宅協では、具体的にどのような活動をされているのでしょうか?

在宅協には、全国各地の地域ごとに編成された「支部」が11ヶ所、在宅介護のサービス領域ごとに編成された「部会」が4部門あります。それぞれの活動を通じて、国や行政への政策提言から、事業者のサービスの質の向上と健全な事業経営に役立つ研修・教育の提供や情報収集・共有、さらには地域社会への貢献まで、さまざまな取り組みを推進しています。

地域社会への貢献としては、早期から災害支援活動に注力しており、阪神・淡路大震災の際には、私たち在宅協の呼びかけのもと、他の介護事業者と共に被災地に訪問入浴車を派遣し、お風呂に入れない高齢者・障がい者への入浴サービスを提供しました。その後も大規模災害の度に支援活動を続け、令和6年能登半島地震の際には、厚生労働省の要請を受けて介護職員の応援派遣を行い、被災地の要介護高齢者の方への入浴支援を実施しています。

▲令和6年能登半島地震では、会員企業から訪問入浴車両と介護職員を派遣し、避難所や福祉施設を回り、延べ1,060名の要介護高齢者への入浴支援を行った

―― 国や行政への政策提言活動については、具体的にどのようなことをされているのでしょうか?

業界を代表する在宅介護団体として、介護サービス事業の健全な発展と事業者の事業基盤の確立・安定化を図るべく、厚生労働省などに介護事業者の声を直接届けています。また、内閣府の規制改革推進会議などにも参加し、現場の課題を伝えて改善案の提言をしています。
在宅協の提言の特徴としては、各部門で議論した内容をもとに、報酬アップだけでなく規制緩和を訴えていることが挙げられます。訪問入浴部会、訪問介護・居宅介護支援部会、通所介護部会、小規模多機能・グループホーム部会といったそれぞれの部会で、現状の問題点や課題、改善したい点について話し合っているため、現場の状況に即した提言を行うことができるのです。

加えて言えば、会員数の規模が非常に大きいことも私たちの強みです。現場の声を吸い上げるべく、会員に向けたアンケートなども実施しており、真に解決すべき課題や問題点などを代弁していくために役立てています。
訪問入浴サービスの領域では、当協会の会員である事業者だけで3分の1のシェアを占めているので、それこそダイレクトに現場の困りごとを国に伝え、制度改革や改善につなげていくことができると感じています。

▲2022年には、岸田文雄前総理大臣が会員事業所の通所介護施設を視察。介護職員との車座対話も実施し、介護現場の状況を現場の職員自らが訴える機会となった

また、他団体や関係機関との連携も図り、2025年4月には関係団体や自由民主党国会議員の方々が集まる「医療・介護・福祉の現場を守る緊急集会」にも参加しています。この集会には25の介護団体が参加し、石破茂総理大臣に介護報酬の改定に対する要望書を提出しました。
さらに、もう1団体との連名で介護職員の処遇改善に関する要望書も厚労大臣にお渡ししましたが、在宅協では、より説得力を高めるため、会員の皆さまの協力を得て1万8,000名の署名も集めました。

外国人労働者の雇用や「ケアプランデータ連携システム」の普及などに貢献

―― 政策提言などの活動を通じて、直近ではどのような制度改革や改善に貢献されたのでしょうか?

まず、「外国人介護人材の訪問系サービスへの従事」が挙げられます。技能実習生や特定技能外国人など、外国人労働者の雇用は、これまで訪問系サービスでは、「利用者の居宅で1対1によるサービスを提供する」という特性によって認められていませんでした。しかし、人材不足の窮状を訴え続けてきたことで、2025年4月からは条件付きで従事できるようになりました。

また、訪問系サービスでは、訪問時に使用する車両や訪問入浴車などを使用しますが、都市部では駐車困難になるケースが多くあります。もともと、警察署長の許可を受ければ駐車禁止場所であっても駐車可能となる制度は存在していましたが、主に往診医などを対象としたものでした。これについて、介護の車両も公益性の面では同じなので含めてほしいと訴えを続けた結果、2024年に訪問介護や訪問入浴車も「駐車許可」の対象車両だと明文化されました。

――厚生労働省が提供している「ケアプランデータ連携システム」についても、普及に向けた働きかけをされたそうですが、こちらについてはいかがでしょうか?

「ケアプランデータ連携システム」は、在宅サービス事業における事務作業の業務効率を向上させ、現場の負担を軽減することを目的に作られたシステムです。居宅介護支援事業所と介護サービス事業所の間では、毎月、サービス提供票や計画書などのケアプランをやりとりしますが、紙を使うため、郵送やFAXなどの手間がかかっていたのです。2023年の4月から本格稼働したこのシステムを利用すれば、クラウド上で安全にケアプランのデータ連携ができますが、蓋を開けてみれば、まったく普及せず、全国で見ると6~7%の普及率にとどまっていたのです。
その理由は何かと言えば、ひとつの事業所につき、年間2万1,000円のライセンス利用料がかかるためです。介護事業者にとっては安くない金額であり、二の足を踏む事業所が多いので普及率が低迷し、普及率が低いのでますます導入する事業所が増えないという悪循環に陥っていました。そこで、厚生労働省と頻繁に意見交換を行ったうえで問題点を提示し、事業者の立場から普及促進に努めてきました。その甲斐もあり、2025年6月から、1年間の無料トライアルが実現するなど、現場を考えた方向に転換してきたと感じています。

――さまざまな制度改革や改善に貢献されていますが、在宅協として、今後はどのようなテーマに取り組んでいかれる予定でしょうか?

現在、介護事業者は、人材不足や収益悪化のために経営危機に陥っており、大変深刻な状況にあります。政策提言では、物価高騰や人件費上昇などに苦しむ現場の状況をしっかりと伝え、介護報酬の改定や待遇の改善に貢献していきたいと考えています。
また、事業所の健全経営とサービスの質の向上については、全国に11支部を展開している強みを生かし、事業者同士の情報連携を深めながら情報収集を行い、研修・教育・情報共有などの強化を推し進めていきます。さらに、災害支援にもこれまで同様に取り組み続け、会員である事業者の皆さまとの連携をタイムリーに図りながら地域への貢献を目指してまいります。

人材不足が深刻化する中、業務の効率化と人件費の削減が重要な課題となる

―― 介護業界は全体的に人材不足に悩んでいる状況がありますが、在宅サービス領域においては、どのような課題があるのでしょうか?

施設介護に比べて在宅サービス領域は特に人材確保が難しく、中でも訪問介護は深刻な状況です。介護業界は、他の業界に比べて仕事がきつい割に報酬が低いイメージが強いため、それが人材不足の大きな要因となっていると感じます。
さらに、2024年度の介護報酬改定では、訪問介護の基本報酬が引き下げられ、かつ、想定以上の物価高騰や人件費上昇による負担も強いられている現状があります。
人材不足はますます深刻化していますが、介護報酬の金額は公定価格で決まっているため価格転嫁ができず、他の業界のように賃金を上昇させることはできません。この窮状の中でどうにかやりくりしていくためには、いかに業務を効率化し、生産性を向上させていくかが重要であると考えています。そのためには、「ケアプランデータ連携システム」を上手に活用することも必要ですが、現時点では、法人によって温度差があるのです。

それに、在宅サービス領域には中小の事業者も多く、経営者自らが現場に入っているケースすら少なくありません。単に紙からデータに移行するだけではなく、業務フロー自体や既存システムの改修も必要となる場合があるため、専門家の伴走支援や費用の支援がなくては、なかなか導入は難しいものでしょう。だからこそ、自治体なども巻き込んで支援を受けられる環境を作ることが大事なのです。
私たち在宅協が旗振り役となって普及を推進すると同時に、国や自治体に対して必要な支援や細かいシステムの改善点まで提言していくことで、「ケアプランデータ連携システム」を普及させ、一本化していければと考えています。それこそが、在宅介護DXの一丁目一番地だといえるでしょう。

―― 人材の確保や定着という面では、何か取り組まれていることはあるのでしょうか?

訪問介護をはじめとする在宅サービスは、介護施設のようにチームで取り組むというよりも、1対1でご利用者さんに向き合えることに魅力を感じている人が非常に多いと感じています。最初のハードルは高く感じるかもしれませんが、在宅サービスは介護保険制度の中で根幹を成すものであり、究極の個別ケアです。その魅力を知った人は「在宅サービス以外はやりたくない」という声も多く聞きます。直行直帰など、自分の働きやすいタイミングで業務ができる雇用形態を選べる点も魅力のようです。

また、医療においては患者を治療することが仕事ですが、介護の仕事では、ご利用者さんが最期を迎えるまで寄り添うサービスを提供するため、ご本人の生活の質を高めることができますし、幸せなその姿は、死後も家族の心に残るものなのです。これは、ご本人からご家族まで、人が生きていく上で絶対に必要なことであると考えています。
在宅協では、このような魅力をしっかりとPRすると同時に、人材育成のための研修・教育などにも注力し、人材の確保・定着を図っていきたいと考えています。

在宅介護は地域包括ケアシステムの要。今後はさまざまな業界団体との連携を図っていく

―― 現在、地域包括ケアシステムの構築が急がれていますが、在宅介護の担うべき役割について、どのようにお考えでしょうか?

地域包括ケアシステムは日本に合った素晴らしい仕組みであり、在宅介護はその要となる存在だと考えています。介護サービスの中には、小規模多機能型居宅介護や定期巡回・随時対応型訪問介護看護など、ケアマネジャーの方にもあまり知られていないサービスがあります。こうしたサービスが地区単位で確立され、誰もが利用できるようになれば、独居の方であっても在宅生活の延伸に繋がります。
現在の制度の中では、まだまだポテンシャルを発揮できていない部分が多々ありますが、それぞれの地域で多様な在宅サービスが機能するようになれば、ぎりぎりの段階まで在宅で生活することができるようになるはずなのです。医療措置が必要になっても、訪問診療や訪問看護を利用することができますし、現在は在宅での看取りも増えてきています。
高齢者の方が最期を迎えるそのときまで幸せに暮らしていけるような選択肢を増やすため、そして、地域包括ケアシステムを維持・継続していくために、今後も会員の皆さまと共に医療・介護の連携を図りつつ、在宅介護のサービス認知を高める取り組みや、国や行政への働きかけを推進していきます。

―― 最後に、介護・福祉業界の未来に向けて、在宅協としての考え方とメッセージをお願いします。

介護事業者が健全な経営を続けることで、全ての高齢者の方々や障がい者の方々が住み慣れた地域で安心して暮らせるようにすることは、私たち在宅協の使命であると考えています。それを果たすためには、自らが地域の方々や会員の皆さまから信頼される存在となることが重要なので、形だけの団体ではなく、実際に動き続け、さまざまな側面の改革・改善に貢献していきます。

また、業界団体の垣根を越えて連携を図り、協力し合うことが大事だと考えています。
会員の事業領域が違っていたとしても、同じ介護業界である以上、抱えている課題も目指す方向も同じと言えます。介護業界の今後のために一丸となって力を合わせる。多くの団体が結束し、強くなることは、政策提言力を高めることに直結するはずですし、それが全ての介護事業者の為になると確信しています。
ひとつの業界としてこの荒波に立ち向かっていくために、今後もさまざまな団体や関係者との連携を図っていこうと思います。

 

【文: 上野 真理子 写真: 刑部 友康】

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