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特集記事

2019.09.01 UP

介護がもっと身近になる社会を目指して「一般社団法人 考える杖」が発足

認知症は“治療する”医学の対象から、“共生する”介護の対象へ。
認知症となっても、人としての尊厳が奪われるわけではなく、同じ人間として堂々と生きていける。そんな社会の在り方が、人々の自己肯定感や社会に対する信頼感につながり、結果的に経済も回っていく。認知症を支える介護の仕事は、そんな“生きる”という社会のファンダメンタルを作る意義深い仕事である。こうした考え方のもと、認知症介護のあるべき姿を社会に広めていくことを目的とする一般社団法人考える杖が2019年4月に発足した。そこで、発起人であり代表理事の三好春樹氏(写真右)と、発足時から参画している三菱商事ファッション株式会社の高井正博氏(同左)に、社団法人設立の背景や目的、活動内容についてお話を伺った。

認知症を“治す”医療から認知症と“共生する”介護へ

“人生100年時代”に向かうとともに、認知症となる人も増え続け、2025年には75歳以上の5人に1人となる730万人に達すると予測されている。一方、有効な認知症治療薬は現時点ではまだ開発されておらず、進行を抑制する薬が存在しているだけだ。
こうした中、国は2019年6月、「認知症施策推進大綱」を決定。認知症の発症や進行を遅らせる「予防」とともに、認知症の人が暮らしやすい社会を目指す「共生」という目標を初めて掲げ、この2つを車の両輪として取り組みを推進していくとした。
「これまで、認知症は治療の対象と捉えて医薬品の開発などに取り組まれてきたわけですが、有望と期待された候補物質の臨床試験中止や承認申請断念が相次ぎ、日に日に厳しい状況に追い込まれています。政府が“共生”と言い始めたのには、こうした背景もあると考えられるのではないか」と三好氏は言う。これまで、認知症で最も多いアルツハイマー型の原因は、脳内にアミロイドβタンパク質が蓄積することと考えられて医薬品の開発も進められてきた。しかし三好氏は、「アミロイドβタンパク質を原因として治療を考えることはもう難しいと考えざるを得ない。将来的な医薬品開発への期待もあるが、脳が精神世界にもたらす影響が認知症であると捉え、そういった人といかに共生していくかを介護する側がもっと考えていく必要がある」と指摘する。認知症を“治すもの”と捉える医療と、“共生”という考え方は180度異なる発想。したがって、認知症との共生は介護が引き受けるべきテーマであり、このことを主導していく介護側の存在として一般社団法人考える杖が設立されたのだ。「認知症だからと、閉ざされた環境にとどめるのではなく、身近な人や社会との共生により認知症の人を支えていける環境づくりを目指します」(三好氏)

「人間学を根拠とした認知症介護研究会」

社団法人の具体的な活動としては、全国で「人間学を根拠とした認知症介護研究会」を開催していく。三好氏と基本的な考え方を共有する講師陣が核となって認知症介護の指針や内容をまとめ上げ、これを広めていくセミナーだ。
「“人間学を根拠とした認知症介護”とは、心理学や人間発達学、哲学、文化人類学、芸術学などを総動員して認知症との共生を探り出していくスタンスやメソッドを指しています。実際に、演劇家などにも加わってもらい、幅広い内容にしていきます」と三好氏。
このセミナー受講者には、「考える杖バッヂ」を渡して会員とする認定制度を運営する。
その仕組みの上で、介護職、介護事業者、および一般企業を会員として組織し、それぞれと共同して下記のようなプロジェクトを立ち上げていく方針だ。
■介護職:よりよい介護が学べるとともに、それを実現できるよりよい介護現場(事業所)を見つけられる互助会的な組織づくり
■介護事業者:よりよい介護が学べるとともに、よりよい介護の現場づくりに寄与し、介護スタッフの採用や定着を支援
■一般企業:介護の問題解決型商品の開発への関与

介護職が憧れの対象ともなるユニフォームを提供

こうした一般企業として、設立当初からの参画を決めたのが、三菱商事ファッション株式会社。同社は、三菱商事のグループ企業として衣料や服飾雑貨、生活雑貨から家具に至るまでの広範なライフスタイル商品を扱う。その中の一部門が、2016年から介護職のユニフォームを提供している。
「介護施設では、スタッフの服はポロシャツとチノパンやジャージといったスタイルが主流です。介護業界の人材不足が懸念されている中、介護職がもっと誇りや愛社精神を持て、憧れの対象ともなるようなユニフォームを作れないかと考えて開発プロジェクトを立ち上げました。完成したシリーズは、動きやすい機能性とデザイン性を兼ね備えたユニフォームとして好評を得ています」と、三菱商事ファッション株式会社の高井正博氏は説明する。同社は、三好氏の考えに共感するとともに、介護業界におけるビジネスチャンスの拡大を期待して一般社団法人の設立と同時に考える杖に参画した。

三菱商事ファッションの介護業界での取り組み方針

「2000年の介護保険法の施行により出来上がったと考えられる介護業界は、歴史が比較的浅いことに加え、数年ごとに制度改正されることもあり、まだまだ変化過程にあると捉えています。人口動態の変化そのものが介護業界の変化に直結し、ひいては今後の生活や社会の在り方を変えていくと考えています。企業としてその変化に素早く対応するのはもちろんのこと、変化をよい方向に誘導できる存在になる必要があります。そのために本社団法人に参画し、志を同じくする皆さまと共に介護業界に貢献できればと考えています」と高井氏は介護業界における同社の取り組み方針を説明する。
前述のとおり、同社はユニフォームの提供を通じて介護スタッフのモチベーションや愛社精神の増進に貢献しているが、それだけでは不十分との認識もある。
「そこで、社団法人へ参画し、同じ志を持つさまざまな企業さまと協働することで、介護業界を面で支えることが可能になると同時に、弊社にできることも増えるのではないかと考えました。考える杖が、日本の超高齢社会および介護業界が抱える全ての問題を受け止める器となり、また産学官民のありとあらゆる技術、経験、知恵を集める器となれればと願っています」(高井氏)

▲介護業界の底上げを図るためにも、介護業界の内と外2方向からのアプローチが必要と話す高井氏(三菱商事ファッション株式会社営業第二本部第4部Bチーム)。社内の介護ユニフォームのプロジェクトを担い、今回の社団法人立ち上げ時からのメンバーとして活躍

介護とは“誰もが生きていてもいい”という世の中を作る仕事

考える杖の今後のビジョンについて、三好氏は「まずは、セミナーなどによって会員をはじめ、考える杖の賛同者を増やすことを目指したい」と話す。高井氏は、「高齢社会の今後の在り方を考え、介護業界の底上げを図るためにも、介護業界の内と外の2方向からアプローチが必要」と言う。
まず、介護業界の内に向けては、同社が介護スタッフによいユニフォームを提供するという方法で貢献しているように、各社ができることで役に立つことができる。また、今後さまざまな企業が参画することになれば、それぞれの立場から意見交換を行い、現場に役立つ画期的な商品を生み出すこともできるだろう。
介護業界の外、つまり世間一般に対しては、「考える杖」というマークによって、介護がより身近なものになり、介護に対する正しい理解を持ってもらうきっかけになる。「現在の日本の高齢社会における最大の問題点は、介護に関する誤ったイメージが広まってしまっていることだと感じています。『考える杖』のマークが世の中に浸透し、全ての人がもっと介護を身近に感じ、介護に対する正しい理解が広まることが、日本の高齢社会の未来をより明るいものにすると確信しています」(高井氏)
最後に、三好氏は介護という仕事の意義について、次のように語った。「認知症の人は生産性がないとして、社会から隔絶されがちな世の中です。そんな世の中に、人々の信頼感は醸成されるでしょうか? 私は、介護とは“誰もが生きていてもいい”という世の中を作る仕事だと考えています。そういう世の中だからこそ、人々は自己肯定感を持て、安心して暮らすことができ、経済活動も回せていけるのです。そんな社会のファンダメンタルを、介護職は作っている。こうした考え方も、考える杖で広めていきたいと考えています」

【文: 髙橋光二 写真: 田部雅生】

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