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特集記事

2017.08.31 UP

“介護の仕事”の価値を発信する考える杖プロジェクトがスタート!

超高齢社会が進むなか、介護を担う人材不足などネガティブなニュースが注目されがちな介護業界。しかし、介護職は、社会になくてはならない存在であり、クリエーティブで、働きがいのある仕事。その存在価値をいまいちど世の中に広めていくため、「介護」の新アイコン「考える杖」を提案・発信するプロジェクトが始動。発起人の「生活とリハビリ研究所」代表の三好春樹先生に、この考える杖プロジェクトの背景や目指す未来についてお話を伺った。

プロフィール

1950年、広島県生まれ。特別養護老人ホームの生活指導員として勤務後、理学療法士となる。1985年、「生活とリハビリ研究所」を設立。現在まで、年間180回を超える講演と実技指導を続け、現場から絶大な支持を得ている介護分野の第一人者。介護、看護、リハビリのみならず、医療や心理、思想領域にまで大きな影響を与えている。

主な著書に『関係障害論』『認知症介護』(いずれも雲母書房)、『じいさん・ばあさんの愛しかた』(法研)、『なぜ、男は老いに弱いのか』(講談社文庫)など。『完全図解新しい介護』(講談社)は、介護職から一般家庭まで幅広く読まれている。『実用介護事典』(講談社)は介護知識の決定版。

介護とは、マニュアルだけでは通用しないクリエーティブな仕事

目の前の高齢者のために力を尽くす。その積み重ねがやりがいに

私が介護業界に足を踏み入れたのは、今から43年前のことです。学生運動に参加したことで高校を退学。そこから仕事を転々とし、12回目の転職で特別養護老人ホームの仕事に出合ったのです。働き始めた当初は、入浴介助などを担当しました。自分がお世話をする目の前の高齢者の方が、日ごとに元気になり、生活の質が向上していくことに大きなやりがいを感じました。そして、多くの方の自立支援に関わるうちに、「介護の仕事には社会を変える力がある」と思うようになったのです。その後、医学やリハビリテーションについて深く学ぶために、理学療法士を養成する大学に入学。学校で得た知識や技術を仕事に生かしながら、ますます介護の面白さを実感するようになりました。


三好先生は、特別養護老人ホームで4年半、離床介助や特浴介助を担当した 後、理学療法士を養成する大学に通ったという

常識にとらわれず、人間観を広げていく面白い仕事

介護の“介”は、「媒介」の“介”です。主人公は要介護者なので、人体のマニュアルに沿って行う「看護」と違い、相手によってできること、できないことが変わります。100人に通用する方法論も、101人目には通用しない難しさと面白さがあり、常識や価値観にとらわれず、人間観を広げることが求められます。例えば認知症も、「退行」ではなく、「回帰」だと考えたら、異常なものではなく、人間の側面のひとつと捉えられるのです。子どもの行動原則と同様に「快・不快」で動くため、薬では治せないけれど、不快をなくすケアをすれば笑顔になる。介護には技術だけでなく、「人間とは何か」を問う深い視点が求められるからこそ、他の専門分野と違う面白さがあるのです。

介護の新アイコン「考える杖」を広めようと考えた理由とは?

介護業界内や社会に新たな価値観を広げたい

現在、介護業界は圧倒的に人手が足りていません。団塊の世代が後期高齢者となれば、さらに多くの人材が必要とされる業界ですし、今後、そのノウハウや知見は、高齢社会を迎えるアジア諸国に向けた輸出産業にもなり得るでしょう。しかし、こうした背景があるにもかかわらず、マスメディアは介護の仕事の大変さばかりを取り上げています。これでは、介護の面白さも可能性も伝わりません。そこで、分かりやすく、目に見える形で介護アイコンを作り、新たな価値観を広く発信していきたいと考えました。日本全体で介護業界を活性化し、仕事の意義について発信していくことが大切ないま、既存のイメージを変えるきっかけになればと思っています。


「考える杖」をモチーフとした介護アイコン。「介護の仕事のイメージを凝縮したデザインで、誇りを持ってイキイキと働く仲間を増やしていく」と三好先生

「介護職は考える杖である」が、新アイコンのテーマに

私が行う講座などでは、「介護職は考える杖である」というお話を常にしています。医療・看護の現場では命を救う医療従事者が主体となりますが、介護の現場ではあくまで要介護者が主人公。介護職は、状況を見て判断し、考え、行動することで、彼らに寄り添う杖となることが大切なのです。そこには、想像力と創造力が必要であり、かつ、「人間とは一体何なのか」を考えさせられる面白くも深い世界が広がっています。こうした考え方を伝えるため、アイコンは「杖」をモチーフとしました。背中の曲がった要介護者のようにも見える一方、全体像で捉えれば元気に歩き出す姿に変化します。また、中央に星を配置し、「希望ある仕事」を表現しています。

このプロジェクトを通じて、実現していきたい世界

「考える杖」を、信頼のおける介護職の象徴に

例えば、看護学校の卒業時には、ナースキャップをかぶる戴帽式でナイチンゲール誓詞を唱えます。看護師に「白衣の天使」という社会的イメージがあるように、介護職にも「考える杖」というイメージを定着させていきたいと考えています。これを称号として、同じ方向性や考え方を持つ仲間たちを増やし、活動していきたいですね。「このアイコンを身に着けている人なら安心して介護を任せられる」「目の前にいる高齢者の考える杖になりたい」というように、プロジェクトを通じてこのアイコンが信頼できる介護職の象徴となるよう育てていきたいですね。介護業界のイメージを「誇りを持って働ける仕事」に変えていくことが第一の目標です。

介護に対する考え方を共有しながら、多くの人に広めていく

現在、「生活とリハビリ研究所」では、全国各地で年に6回、認知症ケア講座を実施しています。介護士や理学療法士、作業療法士、ケアマネジャー、医師、歯科医師、さらには要介護者のご家族まで、受講者はさまざまです。まずはここで私たちの考え方や方向性を共有できた皆さんに、「考える杖」の記章を進呈することから活動をスタートし、そこから介護業界はもとより、日本全体を動かす大きなうねりにできればと考えています。

三好先生による「生活とリハビリ」の講座風景。受講者の6割は介護・医療職従事者で、4割は要介護者の家族をはじめとする一般の人々だという。リピーターも多い

近代社会が疲弊した先に、救いとなるパラレルワールドをつくる!

「支え合う人間関係づくり」の実践で、未来の社会を変えていく

いまの時代、マニュアル化、情報化、グローバル化が進み、生産性ばかりが重視されていますが、介護の世界では「目に見えることから判断し、助け合い、支え合う人間関係をつくる」ことが大事。ある意味、近代社会とは異なる価値観によるパラレルワールドをつくっているわけです。既存の論理では立ち行かず、人々が疲弊する時代が来たとき、介護の価値観がその受け皿になると私は考えています。効率よりも思いを大切にして介護を続けるこの日々が、お金よりも人の命や生き方を尊重する世界の創造にきっとつながる。抽象的な革命ではありますが、私たちは介護を通じて世の中の価値観を、本来あるべき姿に変えていくことができると思っています。

「能力を生かして工夫でき、やればやるほど豊かな喜びを感じられる」。それが介護の仕事の醍醐味であり、常識やルールに縛られることなく、人間らしさ、自分らしさを追求できる面白さがあります。マニュアル通りに生きたい人には向かないけれど、介護の仕事を始めてから人生がガラッと変わったという人をたくさん見てきました。新たな視野を広げながら、自分の人間性も高めていくことができますよ。

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