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2025.02.28 UP

大阪府豊中市の「介護の未来創造支援事業」に採択され、2024年より実施主体となった豊中市介護保険事業者連絡会。介護事業者における人材定着・人材雇用の支援をはじめ、「介護と地域の連携」の強化に取り組んでいます。事業への思い、具体的施策、成果をあげている活動などについて、代表理事の村上功さんにお伺いしました。
「2040年問題」に向け、介護事業者と地域のつながりが重要に
―― 「豊中市介護保険事業者連絡会」とはどのような役割を担っているのでしょうか。
介護保険制度が始まった2000年に発足し、2024年度より任意団体から一般社団法人となりました。24年にわたって続けてきたのは、地域密着での介護支援。行政とも協力しながら、地域の高齢者の方々と介護事業者をつなぐ役割を務めてきました。介護事業者さん同士、本来は「競合」であるわけですが、ご利用者さんによいサービスを届けるために切磋琢磨し、横の連携を促進してきたんです。
このたび大阪府豊中市の「豊中市介護の未来創造支援事業」に採択され、2024年より取り組みを開始しています。「介護の未来創造支援」にあたる事業としては、「介護人材の定着支援に資する育成事業」「介護人材確保に資する事業」「介護事業の魅力発信に資する交流、広報活動」「外国人介護人材の受入促進に資する事業」「資格取得・就職支援に資する事業」とされています。
私たちは、人材定着・雇用支援はもちろん、「会釈ができる地域づくり」を目指しています。介護事業者が個々にサービスの質を高め、安定的な運営を行うだけにとどまらず、地域との連携を深めていかなければならない未来が来ると予想しています。他事業者とつながり、地域の方々ともつながり、道で会えば「会釈」をし合える関係を築くことが重要だ、と。そうしたつながりを生み出し、強化するハブとして機能していきたいと考えています。事業所が閉鎖的な施設ではなく、地域の人の駆け込み寺のような存在になればいいのに、と思うんですよね。例えば、育児で悩んでいる若い親が高齢者に相談しにふらっと訪れられるような。そんなつながりを実現したいです。
▲豊中市介護保険事業者連絡会のビジョン
そうした取り組みの背景にあるのは、団塊世代が後期高齢者となる「2025年問題」、さらに高齢化に加えて人口減少がさまざまな問題を招く「2040年問題」です。現在の介護従事者は全国で215万人ですが、2040年には280万人が必要といわれています。そうなると、介護職の人材不足は介護業界だけの問題ではありません。家族介護が増えていけば、広く一般の方々の生活のあり方が変わっていく。「介護は自分ごと」として認識していただく必要があります。
「自助」が必要となっていく世の中では、隣近所を知っていて「助けて」と頼れるような「共助」の地域づくりが大切です。だから私たちは、未来創造事業において、介護の質・介護事業者の質の向上とともに、地域との連携を強化していきます。
「高齢者の社会参加」「多世代交流」「介護の魅力の発信」の場を創造
―― 事業の方針、具体的な取り組みについて教えてください。
人材確保が重要な課題ですが、介護に対してはいまだに「3K」といったネガティブなイメージがつきまとっています。でも、実は介護はかっこいい仕事。専門的な知識と技術を備え、人の人生を支える。人の気持ちに寄り添う「感情労働者」でもある。かなりの人間力が求められる職業です。そんなかっこよさをアピールするような事業展開をしていきます。
介護事業者と地域の方々をつなぐための「リアルハブ」としては、イベント開催を通じ、地域の方々に介護や介護施設について知っていただく機会を設けています。「福祉用具フェア」なども、通常は専門家だけが来場する展示会ですが、一般の方々にも来ていただき、お子さんたちに機器を動かす体験もして楽しんでもらっています。
▲福祉用具フェア「とよなかフクシてん」開催に向けた会議の様子
最近では、10月に「いきてゆくフェス2024」を開催しました。高齢者の社会参加・多世代交流、福祉・介護の魅力発信を目的としたイベントです。一つの会場に集まるのではなく、地域共生センターや商店街の随所――つまり「生活圏」の中で開催するスタイルは、おそらく豊中市だけでしょう。プログラムも多彩で、「音楽演奏」「ダンス公演」「シニアのアート作品展」「チーム対抗ゲーム」「ニュースポーツ体験」「認知症のVR体験」や各種講座など、さまざまな世代が楽しんだり学んだりできる内容です。
お子さんから高齢者まで多くの方が参加し、4校ほどの大学からも見学に来ていただき、とても盛り上がりました。ボランティアスタッフは100人近く。若い方々にもたくさんご協力いただきました。終わった直後から、「来年度はこうしよう、ああしよう」という話が出ているので、次回はさらにブラッシュアップできるでしょう。
▲商店街に掲げられた「いきてゆくフェス」の横断幕
―― 運営サイドに多くの若者を巻き込めているのは、どうしてなのでしょう?
フェス開催に向けて、「オープン実行委員会(誰でも参加できる会議)」を設けたことが大きいと思います。学生・市民団体・企業・介護事業者・行政など多様なメンバーで検討する会議です。「自分たちだけでやらない」という方針で、参加者の裾野を広げました。
フェスに限らず、2024年4月から「カイゴとチイキ オープンミーティング」がスタートしています。「介護・福祉施設を地域にどう開いていくのか」を考える会です。介護施設は、休日や夕方以降など、空いている時間・スペースが結構ある。施設を活用したい事業者と「何か面白いことをやりたい」という地域の方々が集まり、空きスペースの利用法についてアイデア出しや意見交換を行い、具体化していきます。
こうした取り組みに共感した医療系の学生さんも多く参加してくださっています。看護学校のカリキュラムにも取り入れられていますよ。若い方々には「多様な世代の皆で考える」「アイデアや意見が認められる」という場に魅力を感じてもらえているようですね。
それに、何より私たちが楽しんでいますから。私もこのインタビューでは真面目にお話ししていますが(笑)、現場では「いえーい!」「行くでー!」ってノリでやってます。皆が笑ってやっているから、人が集まってきてくれるんだと思います。
▲取り組みに参加してくれている学生の皆さんと
「志」があれば、多くの人を巻き込んで協力を得られる
―― 介護の質・介護事業者の質の向上に向けた施策についてもお聞かせください。「HELPMAN JAPAN」が提供する研修プログラムも活用いただくのですね。
テーマは大きく2つ、「人材の定着」「人材の雇用」です。
まず「定着」のためには、事業者の質の向上が重要ですので、働く環境設定についてのセミナーを行います。こちらはHELPMAN JAPANを活用します。スタッフの満足度やエンゲージメントが高まり、離職防止につなげるために、働く人に寄り添った環境をどのように整えるのか。それを経営層やミドルリーダー層にしっかりと学んでいただきたいと思います。
スタッフの目線に立ち、スタッフの気持ちへの理解が深まる研修内容だと思うので、良好な人間関係構築につながるのではないでしょうか。どの業種にも共通すると思いますが、介護業界でも人間関係が原因で離職していく人が多い。人とのつながりや、感情の摩擦にアプローチする研修によって人間関係の問題が解決し、共通の目標に向けて仲間意識が生まれることを期待しています。
一方、「雇用」においては、人材不足の課題解決のために、海外の方の力もお借りする必要があります。外国人人材の教育機関と連携し、雇用につなげていきます。また、地域の方々にも、ちょっとした空き時間を活用してお力添えいただきたい。先ほど挙げた「リアルハブ」の活動を雇用促進にも活用し、地域の方々に職業体験をしていただくようなイベントも開催します。ハローワークさんとも連携しての「就職フェア」では、介護の魅力を発信します。各事業所の特色、どんな人がどんな想いで働いているかなどについて、求職者に伝えていきます。このほか、資格取得支援や資格更新費用の助成なども行っていく予定です。
併せて「オンラインハブ」としては、私たちの活動情報の発信を行うとともに、共感してくださった方々が集まって議論できるようなプラットフォームを構築していきます。「リアルハブ」「オンラインハブ」の運用を通じ、この業界に寄り添い、支援してくださる方を発掘していきたいです。
―― この先のビジョンをどのように描いていますか。
私たちの団体には、豊中市で205法人、550事業所が加盟しています。その方々の働き方が変わり、情報発信によって地域の方々からのイメージもアップする――そんな明るい未来像を描いています。豊中市は、行政も熱いんです。私たちのビジョンに対し、「一緒にやる」と予算もつけてくださいました。地域の生活インフラとしてしっかりと維持・向上させ、「豊中市の福祉があってよかった」と言われるように、この業界を再構築していきたいと思います。
ビジョンの実現のためには、さらに幅広い人々を巻き込んでいくことが大切です。いまは看護学生の皆さんが活動に参加してくださっていますが、医療・福祉以外の学部でも地域共生社会に興味がある学生さん、異業種で活躍している方々にも入ってきていただくことで、思想を広げたいですね。多くの人がよりが集まりやすい設定をして、フェアの実行委員の強化も図っていきます。
私たちには「世の中のためにこんなことがしたい」という志、パッションがあります。だから、これまでも皆さんが協力してくれているのだと思うし、これからもこの輪を広げていきたいです。
【文: 青木典子】