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2022.09.08 UP
ケアを実践する中で目指す方向性を職員間ですり合わせることは、ご利用者や職員にとって大切です。職員間でそのような対話を行う際に、対話を促すツールがあると、意見が出やすく同じ方向を向いて話をしやすくなる。介護現場でそのような対話の機会が増えるようにと、書籍「ともに生きることば:高齢者向けホームのケアと場づくりのヒント」、「ともに生きることばカード(ケアと場づくりのヒント)」が2022年1月に発売された。本ツールを製作した慶應義塾大学SFC研究所上席所員の金子智紀さんに、詳しいお話を伺った。
ケアする人、ケアを必要とする人が「ともに生きる」場を実現するためのヒント集
――どのような経緯で本ツールを作られたのか、詳しく教えてください!
書籍『ともに生きることば』は、ケアする人、ケアを必要とする人が「ともに生きる」場を実現するためのヒント集としてつくりました。主に、ケアのある暮らしの場づくりを運営する人と、そこでケアに従事する人を主な対象としているほか、ケアが必要となった本人はもちろん、本人を身近で支える家族の方も活用できる内容になっています。
書籍を製作した背景としては、全国にある様々な施設を訪れる中で、本書で紹介したような実践をされている施設を見学し、そのいきいきとした世界観に強い感銘を受けたことがきっかけです。「こんなに素敵なホームもあるんだ!」という驚きは、今でも鮮明に覚えています。一方で、ケアに携わる人たちと話す中で「あの施設は特別だから」「うちとは業態が違うから」と、その魅力やすごさを感じながらも、「自分たちにはできない」という声もたくさん耳にしました。なんとか、この間にあるギャップを埋められないか、研究者の自分たちにできることがあるのではないか、言語化することが私たち研究者の役割ではないか ・・・ そのような思いから、「ともに生きることば」をつくりました。
―どのようなプロセスで作成されたのですか?
制作におけるプロセスについて、対象領域におけるよい実践の型を言語化するパターン・ランゲージを用いました。主に、「フィールドワーク」、「インタビュー」、「文章化と全体の体系を積み上げ」、「象徴的なパターン名やイラストをつくる」、そして、「実践者からのフィードバック」という流れでつくりました。その際、日々、ケアの現場で大事にされている要素を集め・分解し、似たようなことについてKJ法を使って整理しました。KJ法は、情報を整理するための手法の一つ。たくさんの情報を、種類や内容、対象など関連性のあるもの同士でグループ化し、グループ間での相関関係や因果関係を明らかにしていく中で、30個のパターンを見出しました。
そして、「文章化と全体の体系を積み上げ」で文章化していったパターンの内容を、端的かつ、象徴的に言い表す名前(パターン名)と内容を視覚的に、直感的にわかる1枚絵で表現するイラストを付けていきました。そのうちの一つのパターン名である《役割をつくる》を通じてパターン名をつくるまでのプロセスを紹介します。
(出典:ともに生きることばカード)
《役割をつくる》のパターン名ができた背景として、介護現場では、ご利用者に対してこちらから何でもやってしまうことで、サービスを受けるのが当たり前と思いご本人が何もしなくなってしまうということが起きています。そこで、ご本人に役割をつくることで、その方が持っている力を引き出すようにします。結果として、その方の居場所をつくり、生活の質を高めることができます。
この言語化のプロセスにおいては、抽象度を高くすることに気を付けました。先ほどの《役割をつくる》でいうと、例えば「料理をつくる」「掃除をする」というような具体的な言葉だと、料理や掃除が苦手な人には活用することができません。具体的すぎることで、自分の施設ではできないと実践されないことになってしまいます。そこで抽象度を一段階高め、《役割をつくる》ことに関する共通項をあぶり出し名付けをします。ここで大切なのが、ほどよい抽象度にすること。また、専門用語ではなく、家族や本人が聞いても不快感を持たないようなものにしています。
具体的なエピソードとして、「株式会社あおいけあ」の事例をご紹介します。ある日、新しく通われ始めたご利用者。周りに気を使ってしまい、場に馴染めないということがありました。気仙沼出身であったこともあり、偶然手に入れたホヤを捌いてもらうことにしました。そうすると、その方はそれまでずっと肩にかけていたかばんを初めて置き、包丁さばきを見せたのです。周りの方は驚き、そして、すごいと言われる中で、「ホヤを捌く」ということが、その場でのその方の《役割をつくる》ということになったのです。それ以降、その場はその方にとっても安心できる居場所となりました。ここで「郷土料理をつくってもらう」という具体的な表現にしてしまうと、ある特定の文脈でしか活用できないヒントとなってしまう。《役割をつくる》というように、ほどよい抽象度が大切なのです。
―「ほどよい抽象度」についてもう少し詳しくお教えください
例えば、地域包括ケアなど、地域共生社会というような理念を実践しよう、と言われたとしても、抽象度が高いと内容は理解できるが具体的に何を実践すればよいのか分からなくなってしまうということがあります。一方、先ほどの例のように、「郷土料理をつくってもらう」ということを実践しよう、と言われても具体的すぎて、料理が得意ではない人もいるかもしれませんし、毎日それだけをすればよいということではありません。抽象度が高すぎず、低すぎず、理念と実践を結ぶ程よい抽象度で言語化することを大事にしています。ほどよい抽象度だと、何となく自分に当てはまる気がして自分事として動くことができる。例えると、占いと同じようなものだと思っています。また、自分事として動くためには、HOWではなく、WHATやWHYの考え方が重要だと考えます。
例えば、マニュアルの多くは、「どう実践するとよいのか(How)」を支援するものです。しかし、目の前の状況に合わせた実践をしようとするのであれば、今この状況において「何をすることが大切か(What)」ということも重要であるはずです。また、同時に「なぜそれが大切なのか(Why)」ということも理解した上でないと、よい実践をすることはできないでしょう。『ともに生きることば』では、「何をすることが大切か」がほどよい抽象度で書かれています。また、ある状況においてどのような問題を解決するとよいのかが書かれているため「なぜそれが大切なのか(Why)」も示されています。さらに、解決するためには「どう実践するとよいのか(How)」も提案されています。このように、What-How-Why の3 つの観点が言語化されていることで、自分の状況にあわせて実践することができるようになるのです。
――ツールの使用事例について詳しく教えてください!
本ツールを通じて、主に以下の取り組みを実践しています。
・介護施設内における、スタッフ研修
・外国人技能実習生に向けた研修
・事業所を超えたケア実践の共有の場
▲ご利用者が亡くなられ、看取りをした後の振り返りの様子。施設内の研修として行われた。
今回は特に外国人技能実習生に向けた研修での活用事例についてご紹介します。介護業界では、目の前の業務に追われてしまい、ご利用者に関する時間が十分に取れていないことが多いです。また、介護業務をただ覚えようとするとHOWによってしまい、WHATやWHYが抜けてしまいがちです。ケアについて語る場がなく、背中を見て学ぶという教育の仕方が主流、かつ、他施設の事例を知る機会が少ない中で、ケアのまなざしを学んでほしいと思い、今回、協力いただける施設とともに実施しました。
外国人技能実習生の方に向けた研修で特に難しかった点は、言語の壁を乗り越えることです。介護業務が未経験である日本人の方にケアの考え方を伝えることさえも難しい中で、言葉の壁がある技能実習生の方へ介護の考え方を伝えるとなると、さらに難易度が上がります。また、言葉の壁だけでなく、文化的な背景の違いも影響します。例えば、宗教的なことからケアの価値観も違います。こちらから見えていることと、ご本人の見えていることが違うのです。そのため、ご利用者がなぜそのような行動をしているのかがわからず、ご利用者の要望をスルーしてしまうということにも繋がっていましたが、本書を使った研修を通じて、それらの難しさを乗り越えることができました。
研修は次のような流れで進めました。まず、『ともに生きることば』の内容を順番に1つづつ読んでいただきます。そのうえで、日々のケアにおいて心当たりのあることを共有し、対話をします。そこでは、その共有内容についての対話を深めるため、現場を知っている日本人の方に補助役として入っていただきました。「あのユニットのAさん、Bさん」と同じ対象者の方について、お互いの経験を共有し発想するきっかけにつなげていきます。
――研修を行う上で大切にしていたことは何ですか?
対話をすることで、その場で実践したくなったり、やってみたいと思ってもらえたりすることを大切にしています。この研修を通じて、技能実習生からは「お別れ会をしたい」という声が上がり、実際にそれまでやったことのなかったお別れ会を、技能実習生が主体となって実施することができました。
(出典:ともに生きることばカード)
▲技能実習生の方がオンラインで研修を受ける様子。
また、「文字だけでは説明が難しいことも、絵と対話で理解することができました」「実例を出しながら進めると実習生も理解が進みました」という感想もいただくことができました。
今回の研修以外でも「自分を知ることができて、おもしろい。結果として、自分の中の福祉観、社会観、ケア力に気づくことができる」「同じカードを選択しながらも、意見を出し合うことで選択理由は様々であり、カードに関する他の人の経験や意見が、とても興味深く思えました」「カードを見ながら、今まで関わった利用者さんの顔を思い出すことができた。振り返る良い時間がつくれると思います」など、たくさんの声をいただきました。普段の業務を客観的に見ることができ、ご利用者にフォーカスを当てるいい機会にしていただけていると感じています。
――今後考えていることについて、教えてください!
高齢者ケアがますます重要になる時代において、「ともに生きる」というケアを選択肢の一つとして広めていきたいです。今回ご紹介した技能実習生のほか、今日本国内でも問題になっているヤングケアラーの方にもお読みいただきたい。そのために、よりやさしい日本語でわかりやすい表現のもの、「ともに生きることば:やさしい日本語版」もつくっていきたいと思います。そのほかにも、このツールを通じて、施設の中で同じ言語、価値観を共有するのは有益だと感じているため、研修や勉強会などを行いその機会を業界内に増やしていきたいです。
▼書籍・カードを購入希望の方はこちらから
ともに生きることば:高齢者向けホームのケアと場づくりのヒント
https://www.amazon.co.jp/dp/462130691X/
ともに生きることばカード(ケアと場づくりのヒント)
https://www.amazon.co.jp/dp/B09QY7HSYK
▼前著『旅のことば 認知症とともによりよく生きるためのヒント』の紹介はこちら
https://helpmanjapan.com/article/4975
――金子さんご紹介いただきありがとうございました。
【文: 慶應義塾大学SFC研究所,HELPMAN JAPAN 写真: 慶應義塾大学SFC研究所】