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2014.04.30 UP
独学で福祉を学び、「まごころ宅急便」サービスを立ち上げたヤマト運輸の松本まゆみさん。彼女を動かしたのは、親しかった高齢のお客さまの孤独死でした。「お客さまの生活に一番近い私たちのサービスを使って、地域の人の役に立ちたい」と、自治体や社会福祉協議会、地元商店と連携し、高齢者の買い物代行と見守りを行うまごころ宅急便を開始。“荷物を届ける”だけでなく、高齢者を見守り、手足にもなる“生活支援”へ。さらに、他業種と連携した新しいサービスの実証実験も始まっているといいます。
お客さまの孤独死をきっかけに
開発したサービスが自治体を動かした
画像/岩手県西和賀町でのまごころ宅急便の様子(写真提供:ヤマト運輸)松本 まごころ宅急便は、地域の自治体や社協(社会福祉協議会)、地元の商店などと連携し、高齢者の買い物代行や見守りを行うサービスです。
誕生のきっかけは、2008年の春。私と仲のよかった高齢のお客さまが孤独死されたことでした。当時の私は、福祉は一番縁遠い仕事だと思っていたし、“社協”と言われても何のことかわかりませんでした。
しかし、二度とこんなことが起きてはならないと思い、福祉の現状や問題点などを独学する中で、お客さまの生活に一番近いところで仕事をしている私たちのサービスを生かして、高齢者を見守る仕組みを作り、地域の人の役に立つことができないかと考えたのです。
そこで岩手県立大学と協力し、盛岡市内でクロネコメール便を活用した見守りサービスを試験的に行ったところ、その取り組みを知った岩手県西和賀町の社協から運用依頼をいただきました。
そして、買い物支援のニーズが高かった同町で、“買い物代行”と“生活の見守り”を結びつけたまごころ宅急便を立ち上げたのです。
地元の商店や企業と連携し
地域経済の活性化にも貢献する
画像/東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県大槌町では、買い物手段を絶たれた住民を対象に「まごころ宅急便 in 大槌」を展開している(写真提供:ヤマト運輸)富田 西和賀町を例に説明すると、まごころ宅急便を利用したい高齢者はまず社協に登録します。そして、社協あてに「卵が欲しい」といった買い物の注文をします。その注文をもとに、スーパーマーケットなどが商品を用意。ヤマト運輸のセールスドライバーが集荷して、お客さまの自宅に届けるのです。セールスドライバーは配達時に健康状態などを伺って、社協に情報を送り、何か問題があれば社協が対応をとります。
スマートフォンやパソコンを使いこなせない高齢者もいますから、連絡手段はFAXや電話にしていますが、今後は注文や情報共有のデジタル化も考えています。
松本 全国規模の大型小売店ではなく、地元のお店や企業と連携を取って、地域経済の活性化に貢献できる仕組みを取り入れているところも、まごころ宅急便の特徴です。
西和賀町では、散髪や家電修理の要望を地元の個人商店などに取り次ぐ「絆ONE」というサービスを導入。買い物支援のニーズが少ない青森県黒石市では、見守りだけに特化したサービスも始めています。個々の地域の特性に合わせて、柔軟なサービス展開を考えています。
「ありがとう」の言葉に、
自分で買い物ができる幸せを実感
松本 お客さまからいただく声で一番多いのが、「ありがとう、助かった」というもの。中でも一番印象的なのが、まごころ宅急便の第1号の荷物を受け取ってくれた西和賀町のおばあちゃんですね。
80代後半の女性で、一人暮らし。サービス初日ですから、行政の方と一緒にみんなで配達の様子を見に行ったのですが、そのおばあちゃんが頼んだバナナを私たちにも配ってくれたんです。
「いままでは誰かに頼まないと買い物ができなかったけれど、これからは自分で買い物ができるから」と言われたときは、自分で買い物ができる幸せがあるのだと改めて感じました。
まごころ宅急便では“買い物代行”だけでなく、社協を介して、食べるものが偏らないようにとか、お金を使い過ぎないようにといった“生活の見守り”も行っています。同じ商品を何度も注文するお客さまの異変に気付き、認知症の初期段階を発見できたこともありました。
セールスドライバーのなかで、見守りの業務に反対する人は、誰一人いません。「どういうふうにやったほうがいいのか、もっと教えてほしい」「見守りの際には何を聞けばいいのか」といった声ばかりなんですね。地元出身の社員がほとんどなので、お客さまの高齢化や地元の変化を見てきたセールスドライバーが、こうした問題を一番身近に感じていたからなのだと思います。
全国規模のネットワークと
対面での接点を生かす
富田 ヤマト運輸には全国規模のネットワークと、お客さまとの対面での接点が常にあります。この強みを生かしながら、まごころ宅急便を進化させていきたいと考えています。
将来的には、クール宅急便やゴルフ・スキー宅急便と同じように、全国でどなたでも使えるサービスにする。そのためには各地域で実績を作っていかなければなりません。今後、日本には超高齢社会がくるわけですから、そうした時代に合わせたサービスが必要だと考えています。
松本 全国あまねく見守りができること。そして、荷物を受け取る機会がなかったり、買い物代行が頼めないような方に対しても見守りができる仕組みを作れないかと、テストを進めているのが、家電のリコール品調査と見守りを結びつけたサービスです。
富田 ヤマトグループのヤマトマルチメンテナンスソリューションズと連携した取り組みで、まだテスト段階ですが、TVコマーシャルや新聞広告での周知と比べて、訪問による調査は回収率が非常に高いというデータも出ています。そのため、家電メーカーと連携し、スポンサーになっていただくことで、資金がない自治体でも運用することができると期待しています。
松本 福祉サービスを受けたがらないような高齢者でも、こうした形なら比較的受け入れてもらいやすいという利点があります。今後は都心部の団地などでも展開していきたいですね。
高齢者の手足になるような
宅急便をめざして
松本 買い物代行サービスは、家にいながら買い物ができるところが便利ではあるものの、外出する機会がなくなってしまうという課題もあります。そこで、外出できる方には、スーパーマーケットなどへ買い物をした際に、手ぶらで帰ってこられるようなサービスも考えています。
買い物をする楽しさを味わってもらい、持ち帰ることが大変な荷物はセールスドライバーが自宅に届けるお手伝いをする。そして、配達の際にお客さまの健康状態を聞き取るのです。高齢者の手足になるような宅急便をめざして、これからもさまざまな分野と協力しながら、地域を見守り、活性化させる仕組みを考えていきたいですね。
【文: 成田敏史(verb) 写真: 成田敏史(verb)】