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2023.02.24 UP
介護業界におけるICTの未導入率は25.8%、介護ロボットの未導入率は80.6%(*1)という状況の中で、ICTの導入に躊躇される法人様の声をお聞きします。そのような法人様に向け、ICTや介護ロボットを導入することによるメリットや課題解決の可能性など、積極的に活用されている法人様の事例を通じてご紹介します。導入を検討する介護事業所の方のほか、これから介護業界を目指す方や「介護業界のICT化の状況はどうなっているのか」を知りたい方にとっても、役に立つ情報です。
今回、(*2)一般社団法人働き方改革実現ネットワーク広島の海郷 昌之さん(以下、海郷さん)、医療法人社団明和会 大野浦病院の松原 かほりさん(以下、松原さん)、株式会社ZIPCAREの生田 渉さん(以下、生田さん)に詳しいお話をお聞きしました。
(*1)令和2年度介護労働実態調査 事業所における介護労働実態調査 結果報告書 介護労働安定センター
http://www.kaigo-center.or.jp/report/pdf/2021r01_chousa_jigyousho_kekka.pdf
インタビューダイジェスト
(*2)
一般社団法人働き方改革実現ネットワーク広島:「すべての個人を起点とし、一人ひとりが輝いて働き暮らせる組織と社会を実現する」という理念のもと、働き方改革の考えを広島県内に広げて深めることをミッションにしている。関連機関が補い合い、働き方改革の裾野を広げ、深める活動に取り組んでいる。(https://hatarakikata-net-hiroshima.or.jp/)
医療法人社団明和会 大野浦病院:広島県廿日市市内にて、療養型病院、認知症対応型グループホーム、サービス付き高齢者向け住宅などを運営。厚生労働省が運営する「働き方改革特設サイト」においてモデル事業として紹介もされている。(https://www.onoura.or.jp/)
株式会社ZIPCARE:次世代型見守りプラットフォーム「まもる~の」を扱うICT企業。広島県の取り組み「働き方改革企業コンサルティング事業」のモデル事業としても紹介されている。(https://zipcare.co.jp)
ICTの導入時には心配する職員がいた一方、今では自律的に活用を進める様も。ICTの活用だけにとどまらず、“働きがい”につなげるために必要なこと。
――広島発「介護×働き方改革×DX」実証研究プロジェクトを実施した背景をお教えください。
海郷さん:この3者でプロジェクトを企画することができたのは、「働き方改革」をキーに出会ったことがきっかけです。私たち一般社団法人働き方改革実現ネットワーク広島が関わっていた「働き方改革」を実践できる企業を養成するセミナーに大野浦病院が出席していたこと、株式会社ZIPCAREは、県の「働き方改革」のモデル事業に選ばれていたのですが、その事業にも弊団体が関わっていたことで繋がりました。加えて、今回の実証実験に使った株式会社ZIPCAREの「まもる~の」というICT関連商品は実際に使用したこともあり、とてもいい商品であるということも知っていました。
その後、2021年4月に弊団体が主催となってICTに関するイベントを行い、3者でクロストークを行いました。トークテーマは、介護業界におけるICTについて。介護業界においてICTやDXが不可欠という認識ではあるものの、実際にはICTの導入が進んでいないことをディスカッションしました。
――ICTの導入が進んでいない理由として、何があげられると思いますか。
生田さん:国の補助金を使って一気に導入を進めようとしているけれど、そのICTを使いこなすための育成・教育まで進んでいないからではないかと感じています。例えば、今回ご一緒している大野浦病院では、看護部長がICTを活用する上で前提として必要な「高齢者に関する勉強会」も行っていらっしゃいます。そこまですることでICTの浸透が進むと思うのですが、他法人ではそこまでの実践がされていない状況であるとお見受けします。
海郷さん:ICTに対する意識の壁、ICTを活用するための能力の壁、業務フローがそもそもできていないことが原因の一つではないかと思っています。また、様々な補助金があるものの、十分ではないことから、導入費用がネックになっているというお声も聞いています。
――本実証実験は、ICTの導入から“働きがい”にまでつなげるというものですが、その背景にある課題設定を教えてください。
3者で意見交換をする中で、まず出た意見としては介護業界における「働き方改革」「ICT・DX」を掛け合わせた実証実験を3者でできたらいいのではないかというものでした。そこからさらにICTの活用を通じて「働きがい」までつなげていく必要があるのではないかと課題設定をし、それが可能かを検証するため、実施することにしました。ICTを通じて、介護職員の負担軽減や利用者のQOL向上に役に立ったという実証はすでにあったため、「働き方改革」を推進する我々は「働きがい」までを求めてみようという経緯です。
そもそも、働き方改革に取り組むためには段階があります。まずは法令順守という形があり、そこからトップダウンによって「働きやすい」制度や環境を整えていく場合が多いです。ここから働きがいに進めていくためには、一人一人の違いを受け入れていく必要があります。トップダウンで制度や環境を一律に整えるだけは、働きがいまでたどりつかないので、ボトムアップの取り組みをする必要がありますが、苦労している法人が多い印象です。そこで実証実験を通じて、実現が可能かを探っていきたいと思いました。
松原さん:私たちの法人でも、働き方を複数選べたり、副業もできたりと、制度や仕組みづくりなどの仕掛けは行ってきました。その一方で、毎年職員向けに働き方の意識調査を行っていますが、職種としての仕事のやりがいは感じやすいものの、「この組織に属しているからこそのやりがい」については、実はポイントが上がりにくい傾向にあることがわかりました。つまり職員は、福利厚生等の制度には喜んでおり、自分の職種・職務には誇りを持っている反面、この“組織”でこのような“仲間”と働いているからやりがいがある、という意識に至るには、まだまだ課題があると感じています。
サービス種別によってもこの傾向には高低差があり、特にサービス付き高齢者住宅などの事業所では、ケアを協力して行うというよりも、個人で仕事をすることから、組織活性化の仕組みづくりが他サービスよりも必要だと感じており、結果的に働きがいにもつながるのではないかと思っています。
――実証実験を行うにあたって参考にされたことなどはありますか?
海郷さん:広島県では企業成長に繋がる「働きがい」に着目した働き方改革を推進しています。そこで、ICTというハードの導入だけでなく、ソフト面の仕掛けとして、広島県が出している「働きがいのある会社」(全従業員が活躍する組織)モデルを参考に取り組みました。図の通り、従業員の心理的5要素である「連帯感」「信頼」「貢献」「誇り」「成長・自己実現」が働きがいにつながるということで、この考え方をベースにして実証実験を推進しました。
▲広島県モデル「働きがいのある会社」について
――ICTを導入することで生じた困難を教えてください
松原さん:導入当初は、職員、特に経験年数が長い職員からの不安感がありました。現場職員の中には、2つのグループがありました。年齢は40代以上だけど経験年数は比較的浅いグループと、50代以上の経験年数が長く、その施設内である程度の影響力を持つ職員が集まるグループです。前者は、ICTに対する抵抗感がない一方で、これまで自分の力でケアを行ってきた自負のある後者は、比較的抵抗感がありました。そこでは、「私たちは技術があるのに、ICTの必要があるのか」という意見や、「目で見ないと信じられない」とICTが実際に動くかの動作確認をするということもありました。そのような職員に対しては、ICTを通じて一挙一動を見るのではなく、利用者の生活の全体を大きくとらえ、アセスメントをするために活用いただきたい。そのために、グループワークを通じてそのように考えられる機会を作り、働きかけました。新しいものには抵抗感や恐怖感を持ってしまうのが当然なので、時間をかけていく必要があるのだと感じます。
海郷さん:意思統一するうえで、コロナ禍で実証実験を進めるのは難しかったですね。対面での研修なども行う予定だったのが、全体のスケジュールが遅れてしまいました。
松原さん:先ほどのような事例のように、機械に対する不信感を払しょくするためにも、商品を販売する会社の担当者が直接来て説明してくださったり、実際に触ってみたりすることで醸成していくことができると思うのですが、そのような機会が作れない状況でしたね。
生田さん:人の気持ちを変えていくという点でも、短期決戦では難しく始めは誘導が必要でしたね。
――本実験の進め方の全体について教えてください。
生田さん:まずICTについては、弊社の製品である「まもる~の」を導入しました。
▲本実証実験で使用した「まもる~の」。居室環境(温度・湿度・照度・気圧)のほか、ベッド上における利用者の脈拍・呼吸・体動の情報、ドアの開閉・離床・トイレの開閉状況をセンサーでキャッチ。すべてスマートフォンで管理ができるほか、収集したデータも一元確認ができる。
松原さん:ICT導入後の進め方ですが、職員を現場職員と管理者層に分け、それぞれに向けて仕掛けを作っています。ここでも、先ほど提示した広島県の「働きがいのある会社」の考え方を活かしています。現場の職員に対しては、①ICTを通じて出力された利用者のデータを確認、②職員間でチーム(ペアやグループ)を組んで、利用者のデータを分析し、③そのチームで一緒にアセスメントを考えるということまでやっています。利用者に対してどのようなことをすれば課題解決するかを、アセスメントを通じて、職員が一緒に考えることでコミュニケーション機会を増やしています。
海郷さん:データ分析を行うために、施設内において計8回の職員向けコンサルティングを通じて学んでいただきました。
▲施設におけるコンサルティング風景
このコンサルティングでは、「まもる~の」を活用して出たデータを職員の方に見ていただき、どうケアに活かしていくかを考えていただきます。初期の段階では、まずは私たち外部関係者と職員、そして職員同士の信頼関係の構築を行い、その後、データを見てKJ法で問題のあぶり出しを行いました。最近では、このコンサルティングの場がないところでも、職員が自律的に動き始めているように感じます。
松原さん:そうですね。人の睡眠や体のリズムがどうなっているかの講座で学ぶ機会をつくり、そのあと時間をかけて丁寧に利用者のデータを観ることを行うことで、興味関心度を高めることができたように感じます。知識を頭に入れた上で、データと照らし合わせ、現場を観察するという流れが自然にできるようになりました。また、介護経験のある職員については、これまで感覚的に把握することや観察することによる質的なデータをもとに判断できていた方は、改めて量的なデータと照らし合わせることで、「やっぱりそうだったんだ」という安心感や、間違ってなかったという自信につながりました。例えば、利用者からの「寝ていない」という言葉に対して、本当のところはわからなかった状況が、データを観ると実は寝られていたということもわかります。このように、量的データによって、利用者に対する理解が深まり、職員が自律的に動けるようになった印象を受けています。
もう一方の、施設長やマネージャーなどの管理者に対しては、利用者のデータを理解することはもちろん、現場職員がそのデータを活かせるよう、職員をフォローしながら誘導する役割を作りました。
具体的な事例もご紹介します。利用者のY氏は、これまで介護保険を使っていない方で、少しずつ認知症の症状が出てきていました。そこで、デイサービスを入れた方がいいと職員が提案するものの、家族は受け入れない状態でした。ICT導入の時点で分かったことは、起きなければならない昼間に寝ている、あるいはベッド上で過ごして夜に起きているという状態でした。(下画像参照)
ご家族に対してこのデータを用いて、職員が利用者の状況を詳しく説明をしたところ、介護保険制度を利用しデイケアを活用いただけるようになりました。加えて、日中はカーテンを開け、夜は電気を消すということを行うことで、約3か月後には次の画像のように起床するようになりました。
さらに、職員が驚いたこととしては、これまで不機嫌に起きていた利用者が、どうしても夜に寝られない場合でも機嫌よく起きている状態に変化したこと。このように、家族を納得させるツールに使うことができ、実際に利用者に大きな身体的変化があったというのは、職員にとってとても嬉しいことでした。
▲「まもる~の」で取得したデータを管理者が読み取る様子(上)データから見えたことについてグループワークで話し合いをする様子(下)
――実証実験の結果、職員に生まれた変化はなんでしょうか。
先ほどの事例のような成功体験もあってか、自律的に「この人に機器をつけたい」と職員自ら申し出るようになったことはさらなる変化でした。
そのほかにも、本実証実験を通じて築いた仕掛けが、働きがいにつながるという変化を把握するために、アンケートにより量的な情報を収集するほか、質的には職員の声や行動の変化を管理者が観察をしてまとめています。結果としては、職員の情報共有量が増え、コミュニケーションの機会が増えました。働きがいにつながると考えられている「従業員の心理的5要素」が良い方向へ変化していると考えられます。そして今まで個のケアが中心でしたが、チームケアができる組織へと成長し始めたと言えます。
▲ICTの導入前と導入後の変化をアンケートにより数値化。職場の人間関係(一体感)と仕事の裁量度に変化が大きく見られた。
――ICT導入後、自律して活用がされつつあるようですが、その後のさらなるサポートの必要性について、どうお感じになりますか。
松原さん:現時点でもまだ習慣化されているとまでは言えず、その点はマネジメント層の役割が今後も重要になると感じています
生田さん:介護業界では、職員の入れ替わりの頻度も高いため、定期的に第三者の目も入れながら、活用がなされているかをチェックする必要があると感じています。そのため、完全に手離れをして使うようなものではないのかとも思います。
――今後のICTに期待する変化と、それに伴う介護業界の変化、介護職の役割の変化についてどうお考えになりますか。
松原さん:今後分析やアセスメントまでできたら、ICTの可能性もさらに広がり、活用も促進されるのではないのかと期待しています。
生田さん:おっしゃる通り、今はまだデータ収集のみの機器しかなく、分析まで行うとなるとAPI連携という、他社同士の商品を連携させることが必要になりますが、介護のICT機器においては開発が進んでいませんね。
松原さん:今後開発が進み、ICTで分析・アセスメントができるようになると、介護職がどのような役割を担うのかが課題になると思います。
生田さん: AIなどの活用が進み、分析までできるようになれば、介護業界未経験者や外国人労働者など多様な方が働きやすくなるのではないかと感じています。
松原さん:確かにそうですね。私たちの法人でも技能実習生の方が働いているのですが、介護業務も日本語も一定程度でき、利用者に喜ばれています。ただ、アセスメントとなると、さらなる能力開発が必要になり、膨大な知識や言語の理解が必要になってきます。ICTで分析まで行ってもらえれば、ある程度の知識だけでも十分対応ができ、より多様性のある職場になると感じます。
生田さん:そのほかにも、現場のケア、特に心のケアに従事する役割を多く担っていくのではないのかと思います。時間をケアに費やすことができる分、その職員のこれまでの経歴や強みをより活かして、イキイキと働くことができるようにもなるのではないかと感じます。
利用者の立場で考えると、AIの力によって、本人が求めるアセスメントにより近づいていくのかもしれませんね。
松原さん:スマホを使っている世代が高齢者になっていくので、そのような時代にもなっていくのかもしれませんね。
――今後、ICTの活用についてどのようなことをお考えでしょうか。
生田さん:ICT機器を職員さんにもっと使っていくということを、現場職員の皆様と一緒に精度を高めながら広めていきたいです。
松原さん:今回の結果を踏まえ、ICTデータを用いて仮説を立て、それが確かだったと分かる面白さ、チームでの共同意識を感じること、そしてICTによって効率的に時間を使うことができ、本来やりたいケアに時間が使えることがメリットだとわかりました。このことを業界内外に発信することで、介護の仕事の魅力発信や人材確保につながれば良いなと思っています。
【文: HELPMAN JAPAN 写真: 医療法人社団明和会 大野浦病院】