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「高齢者の生活をいかに地域で支えるか」。その、ひとつの解決策が2015年7月に藤沢市で生まれた、URの団地の空き室を利用した小規模多機能ホーム「ぐるんとびー」。この日本初ともいえる試みに取り組むのが菅原健介さんです。「ここで実現したいのは、いわゆる『介護事業』ではなく、高齢者が『輝く』地域づくり。たとえ認知症や障がいがあったとしても、自分のやりたいことができる環境をつくりたいんです」と語る菅原さん。その根底には、高齢者の自立を支援しながら、子どもたちの未来をつくっていきたいという思いがあるのだといいます。
プロフィール紹介
広告会社勤務後、25歳で理学療法士に。東日本大震災の被災地で、全国訪問ボランティアナースの会「キャンナス」でボランティアコーディネーターを経験。2012年に小規模多機能型居宅介護事業所「絆」をスタート、リハビリを重視したケアで高齢者の自立支援に力を注ぐ。2014年7月、日本で初めての試みとなるURの団地の空き室を利用した小規模多機能ホーム「ぐるんとびー」を立ち上げた。藤沢地域を中心とした多業種・多職種の交流会「絆の会」代表。人と人とを結びつける「つなぎ手」でもある。

タテ、ヨコ、ナナメ…
団地なら立体的な人間関係を築けるはずだ

増えゆく高齢者を支えるため、地域の絆を再生し、連携を深めようという取り組みが各地で進んでいる。しかし、「現実には、なかなか難しい面もある」と菅原さんは言う。隣人同士の関係が必ずしも良好なわけではなく、また、同じ地域と言っても、古くからの住人と新たに引っ越してきた人とではその土地への意識にも差があるからだ。

「僕が子どものころ、近所で風邪をひいた方がいれば、祖母がご飯を作り、お見舞いに行ったものでした。いまでは、そんな付き合いをしたことがない方も多いでしょうね。そういう方が歳を重ね、仕事をリタイアした途端、『地域での支えあいが重要です』と言われても無理がある。お隣さんやお向かいさんとだけの平面的な人間関係で地域の絆をつくろうとしても難しい」

そう話す菅原さんが目をつけたのが「団地」だ。団地ならば、隣だけでなく、上の階、下の階など、いくつものコミュニティが生まれる可能性があり、立体的な人間関係が築ける。そして、その中に介護施設があれば、いざというときに生活を支える力となり得る。

この形が実現すれば、最期のときが訪れるまで、さまざまなコミュニティに属しながらその人らしい生活が送れるのではないか。その発想から生まれたのが団地内小規模多機能ホーム「ぐるんとびー」だ。
▲菅原さんは、高齢者を地域で支えるには、「平面的な人間関係」ではなく、団地でつくられるような「立体的な人間関係」が必要だという
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団地を「まち」に見たてる発想で
コミュティをつなぎ直すハブになる

そもそも菅原さんが「地域の絆」に関心を持ったのは東日本大震災がきっかけだった。2011年、現地でボランティアコーディネーターとして支援を行った菅原さんは、高齢者介護と地域との連携がまったくとれていないことに驚いた。

災害時だけでなく、普段から強固なネットワークを築かなければ、いざというときの助け合いは難しい。その気付きの中で、スタートしたのが訪問を中心とした小規模多機能型居宅介護事業所「絆」だった。

「人はそれぞれ何かしらのコミュニティに属して暮らしています。けれど、高齢者の多くが障がいを抱えてしまったり、認知症を患ったりすると、元のコミュニティに戻りにくくなってしまう。そこで、僕たちの役割は、生活リハビリとして自立をサポートしながら、もう一度、その人とコミュニティとの関係をつなぎ直すことだと考えたのです」

また、「絆」での取り組みの中で新たな課題も見えてきた。それは低所得者層の介護の問題だ。介護度が重度化した方の受け皿となる特別養護老人ホームは安価だが、どの施設も待機者であふれているのが現状だ。また、新たに施設をつくるにも、都市部では地価が高く、用地の確保も難しい。

「団地の中の小規模多機能ホームという発想なら、こうした課題も解決できると思うんです。例えば、同じ団地の一室をシェアハウス化して数人で住めば家賃を安く抑えられる。介護サービスは小規模多機能ホーム(看護小規模多機能型なども含む)を利用すればいいし、食事についても団地内に住む主婦の力など、『地域での支え合い』が生まれることで、低コストで提供するサービスも可能だと感じています」
▲「ぐるんとびー」では、日中、入り口のドアを常に開放し、団地に住む人たちが気軽に立ち寄れるようにした。これも、「ぐるんとびー」を起点に人と人をつないでいこうという菅原さんの工夫のひとつ
▲「ぐるんとびー」の室内。無垢床の居心地のよい空間が広がる。元々の間取りを活かしているので友達の家に遊びに来たような感覚だ。お気に入りの場所で思い思いに寛げる

管理会社、行政を巻き込み、
前例のないプロジェクトに挑む

これまでも店舗スペースを利用して集合住宅の中に介護施設が入ることはあったが、URの団地の一室を利用した小規模多機能型施設という発想は日本でも初めてのものだったため、実現にはいくつものハードルがあった。

「管理会社に納得してもらうのには苦労しました。当初から前向きに検討していただけたのですが、何しろ前例のない取り組み。不安点がいくつもあって…。介護は『命』に関わる取り組みなので、管理会社としても簡単にはOKが出せない。課題をひとつひとつクリアしながら、粘り強く担当者に説明していったんです」

 管理会社を動かすために、行政に協力を仰ぐ必要もあった。
「今回、ぐるんとびーができたのは、藤沢市でも小規模多機能型の施設がひとつもない地域でした。その一方で、ここの高齢化率は藤沢市で最も高く26%を超える勢い(団地内の高齢化率は70%を超える)。このままではいずれ、孤独死の発生などの問題が出る可能性もある。行政としても何らかの手を打ちたいと考えていたようです。そのニーズに今回の提案がうまく合致したんだと思います」

最終的には、藤沢市長から管理会社宛てに団地の中に小規模多機能ホームの設置を要望する旨を「依頼書」で提出。こうして“ぐるんとびー”はスタートすることとなった。
▲「ぐるんとびー」で取り組んでいる団地内での小規模多機能ホームというアイデアが、高齢化が進むこのまちで、「いかに高齢者を支えていくか」という課題のヒントとなる
▲菅原さんとおしゃべりをしに「ぐるんとびー」に遊びに来るご近所さんとは、頻繁に行き来する仲。何気ない触れ合いから“コミュニティ”は生まれていく

未来の子どもたちのために…。
ぐるんとびーが目指す社会とは

「僕が本当にやりたいのは、介護そのものではなくて、介護を通した地域づくりなんです。これは地域の絆を強くするためのもの。そこで注目しているのが“自治会の力”です。利用者さんと接していると、食事に困っている、近くにお茶を飲める場所がない…といった声を耳にします。そんなニーズがあるのなら、自治会を通して形にしたり、小規模多機能がハブとなり、そこから形にしていけばいい。

近くにカフェが欲しいなら、利用者を募って、人数を確保してから団地の空き室を借りてオープンすればリスクを抑えて開業できます。一日中家の中で過ごすより、そこで友達をつくり、一緒にお茶ができる場が欲しいという声もすでに団地内からあがってきています。そうやって、また新しいコミュニティが生まれ、地域の絆はどんどん強くなっていく。そのハブに小規模多機能ホームは向いていると感じていて、未来にワクワクしています!」
▲「ぐるんとびー」が行うのは高齢者支援だけではない。地域の市民センターと協力して子どもの学習支援も企画中だ
さらに、と菅原さんは続ける。「今後は介護保険制度も、人口構造の変化に伴って、自己負担額の増額が予想されます。しかし、小規模多機能型施設を自治会費だけで運営できれば、高齢者が介護を必要としたときに、無料でサービスを提供することができる。ただし、それをやるのは僕たちではありません。この地域の10年後、20年後をつくるのはあくまでも地域の方。いまは、僕たちが地域のコミュニティを結ぶ活動をしていますが、いつか、こうした取り組みも自治会に返していきたいと思っています」

こうした菅原さんの取り組みは、将来的に日本の社会保障費の圧縮にもつながる。以前、菅原さんは「絆」で約7割の利用者の要介護度を下げることに成功した。「ぐるんとびー」でもこうした取り組みを続けて、年間約1,000万円の財政削減を狙っていく。「介護保険支出を減らすことができれば、未来を担う子どもたちのために予算を割くことができます。僕が実現したいのは、そういう社会の姿なんです」。菅原さんの視線の先には、明るい超高齢社会の姿が見えている。
▲ 菅原さん(左)と妻の有紀子さん(右)は家族でこの団地に引っ越してきた。子どもの発想を介護や地域づくりに活かそうと「子ども役員」制度を発足。役員第一号は息子さん。今後は、ここでできた新しい友達が参加する予定だ
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文: 和田 創
写真: 上石 了一
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