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ヘルプマン

2022.01.20 UP

介護現場を漫画に描いて18年――『ヘルプマン!』作者くさか里樹先生が語る、介護業界の魅力

「この漫画を読んで介護職の道を選んだ」――そんな声も多く聞かれる漫画作品『ヘルプマン!』。「イブニング」(講談社)、後に「週刊朝日」(朝日新聞出版)にて、18年にわたりシリーズ展開されてきた同作が、2021年秋の発刊をもって一区切りを迎えました。利用者主体のケアを行う主人公の奮闘記は、「介護」に抱かれがちな負のイメージを覆し、介護業界で働く方、介護職を目指す方、介護に携わる方にとって学びの材料となっています。

作者であるくさか里樹先生に、これまで介護現場を描き続けてきた背景にある想いをお聞きしました。

介護現場を取材して、その面白さとクリエーティビティに気付いた

――どのような経緯で、介護をテーマに漫画を描こうと思われたのでしょうか?

もともと「へこんでいる人に元気になってもらいたい」という想いで、ずっと漫画を描いてきたんです。それというのも、私自身がへこんで、「漫画家をやめよう」と考えた時期があったから。
漫画は競争が激しい世界です。当時の私は、編集者や読者の評価をすごく気にして、びくびくしながら漫画を描いていて……。心が折れかかったときに、新聞で目にした「他人と自分を比べる人生は惨めである」という言葉が心に刺さったんです。

「自分で自分を惨めにしてしまっている。もう、人からどう思われたっていいや」――そう思えたとき、本当に漫画を描くのが楽しくなりました。
そして、「私と同じような気持ちの人はたくさんいるんじゃないか」「その人たちが呪縛から解放されて元気になるような漫画を描きたい」と。それを軸として、ジャンルを変えながら描いてきました。

デビューから20年経った2000年、介護保険制度が創設され、「介護」が世間で注目されるように。
「もしかすると、へこんでいる人がたくさんいる世界なのかもしれない。介護を題材に描いてみたい」と考え始めたころ、たまたま当時の担当編集者から「介護を描きませんか」と言われ、2003年に連載をスタートしました。

 

――主人公の恩田百太郎(おんだももたろう)が、高校3年生のときに介護業界を目指すところから物語がスタートしました。百太郎を主人公に設定したのはどのような意図があったのでしょう?

介護職に就いている人たちに抱くイメージと、真逆のキャラクターにしようと考えました。
「年配の女性」のイメージが強いので「若い男性」。「人や社会への貢献意識が高い人」ではなく、何にも考えていない、のんきな落ちこぼれの高校生。
「こんな人が介護に携わるなら、誰もが介護とつながれる」と、読者に感じてもらいたかったんです。
もっとも、いろいろな本を読んでみると1人のキャラだけでは無理があると考えたので、相方として「理論派」のキャラも作りました。

とにかく、「介護とはこういう人たちがやるもの」という固定観念を取り払い、誰にでも可能性があるものだということを伝えたいと思いました。

▲『ヘルプマン!』主人公の恩田百太郎(左)とその相方として描かれた神崎仁(かんざきじん/右)。

▲無鉄砲な百太郎と理論派の神崎、正反対の性格だからこそぶつかることも多いが、介護に対する思いは互いに共通している。

 

――その百太郎は、型破りともいえるような発想力と行動力で、お年寄りやその家族の笑顔を引き出していきます。なぜ、このような描き方をされたのでしょうか?

「介護」はネガティブなイメージで捉えられていたので、連載を始める際には、「そうじゃないよ、普通のこと、当たり前のことだよ」と伝えたいと考えていました。
ところが、実際に介護現場を取材してみると、普通のことじゃなかった。「すごく面白くて、クリエーティブなこと」と気付いたんです。
そのきっかけは、3話ほど描き終えたころ、取材先での出会いでした。ある介護士さんのお仕事ぶりを拝見したんです。

これは『ヘルプマン!』1巻で描いたエピソードです。
失禁を繰り返す認知症の女性。皮膚のただれを防ぐために入浴を促しても、怒って暴れて拒絶する。そこで百太郎は、女性が読書に集中している間に頭にシャンプーをかけて泡立てます。そして「○○さん、もしかしてフロ入っている途中? 頭にシャンプーついてますけど」と声を掛けると、その女性は鏡を見て「あら大変」と、自らお風呂場へ……。入浴後、女性は、ドライヤーで髪を乾かす百太郎に笑いかけます。「こんないいキモチは久しぶり。生きててよかったわぁ。ありがとうね」。

このシーンは、まさに現場での取材をもとに描きました。
その介護士さんはとてもクリエーティブで、修羅場ともいえるような状況を、知恵とユーモアで面白いことに変えてしまう方だったんです。
アイデア一つで、相手は笑顔になり、「ありがとう」の言葉をもらえて自分もうれしくなる。「本当に面白い仕事です」と語る姿に、目からうろこが落ちました。

この出会いによって、百太郎というキャラが解放されました。「何をやってもいい。何でも書ける」と、希望が湧いてきました。

▲『ヘルプマン!』1巻の中で描かれたエピソード

 

「漫画だからできること」じゃない。現実の介護の進化は漫画を超えた

――その後、新シリーズとして『ヘルプマン!! 取材記』を描かれました。新聞記者が主人公となって、介護関連の取材をする……という、これまでとは異なる見せ方でしたね。

『ヘルプマン!』では、百太郎が型破りな方法で介護現場の難題を乗り越えていくエピソードを描いていました。すると、「こんなことができるのは漫画だから」と思われてしまうこともあります。

でも、実際の介護職の方々のアイデアや行動は、百太郎を超え、漫画を超えているんです。だから「漫画だからできる」ではなく、すごい人たちが実在することを伝えたくて、「取材記」という形をとりました。

 

――さらに『新生ヘルプマン ケアママ!』では、シングルマザーである蔵野たから(くらのたから)を主人公とされました。この設定には、どのような意図があったのでしょうか。

これまで介護現場を取材してきた中で、育児をしながら働く女性たちをたくさん見てきたんです。施設に出勤するときやデイサービスの送り迎えに、子どもを連れてくるママもいらっしゃいました。
子どもと接すると、お年寄りは途端に元気になるんですよね。
子どもって、リアル百太郎なので、お年寄りを笑顔にする力があります。

だから、子どもとお年寄りが関わる機会がもっと増えればいいと思ったし、子どもの存在を活用した新しい介護の在り方も発信できるんじゃないかな、って。
それに、子どもを連れていても介護はできるし、むしろメリットになると思ってもらえればいいな、と思って『ケアママ!』を描きました。
▲『ヘルプマン!! 取材記』の主人公、新聞記者 鯱浜良平(しゃちはまりょうへい/左)と『新生ヘルプマン ケアママ!』の主人公、育児をしながら働く蔵野たから(右)。

 

――「介護」をテーマにシリーズ展開されてこられましたが、くさか先生が一貫して伝えたかったメッセージとは?

私は、介護のファンです。「介護ってすごい!」と、本当に惚れ惚れしていますので、とにかくそれを伝えたかったんですね。私自身の目からうろこが落ちたように、「みんなが思っているのと全然違うんだよ」って。

ただ、介護現場の問題を突破してクリエーティブな仕事に変えていく百太郎スタイルだけが褒められるべきかというと、決してそうではありません。みんな、それぞれでいいと思うんです。
いろんなことを背負い過ぎないで、もっと気楽にやろうよ、自分を責めることはやめようよ、と。自分のダメなところも弱いところもひっくるめて、それぞれでいいんだ……と思ってもらいたかったですね。

 

――「介護」を描かれて18年。以前と比べ、介護業界はどのように変化したと感じていらっしゃいますか?

連載開始当初、介護業界の皆さんの姿に「明治維新の志士たち」に通じるような熱量を感じていました。「介護の在り方も、業界のイメージも、自分たちが変えていかなければ」という気概がすごかった。そんな方々が、それぞれの取り組みから成功体験を得て、さらに横のつながりが生まれ、ノウハウを共有して、今では百太郎を軽く超えるすごい方々がたくさんいらっしゃいます。

そして、蓄積されてきたノウハウを生かし、さらに新たな発想で、さまざまな仕組みが生み出されています。例えば、「歩けないお年寄りを歩けるようにする」など、誰もが百太郎になれるような共有フォーマットが運用されて成果をあげていたり、介護を必要とする人を見つけ出す仕組みを地域全体で構築していたり。また、AI(人工知能)やロボットの活用など、介護とITの融合も進んでいます。

これからも、私の想像を超えるような介護手法や介護施設が出てくるでしょう。こうした進化は、介護職の方々にとっても、家族の介護に不安を抱えている一般の方々にとっても、要介護状態となったご本人にとっても、希望が持てることだと思います。

 

介護の仕事に「気負い」はいらない。小さな「ドキドキワクワク」を積み重ねていこう

――これから介護業界に入っていく皆さんに、メッセージをお願いします。

あまり気負わず、気楽に、普通に入っていけばいいと思います。お年寄りにとっては、普通の人がそばにいてくれることが安心感につながるものですから。

そして小さなことを積み重ねていっていただければと思います。
例えば、挨拶をするときに少し笑ってみるとか、元気な声を出すとか。
「この人はどんな人なんだろう」と興味を持って、一つでもその人の情報を知るとか。

そして、必ず失敗もすると思いますが、そこでへこまない、自分を責めない。悩んだときこそが、成功体験を積むチャンスです。
壁にぶつかったとしても、介護業界には何十年にもわたって蓄積された知恵がありますから、それを頼ってください。いろいろな人とつながって、助けを求めればいいと思います。『ヘルプマン!』も、悩みを解決するヒントになればうれしいですね。
施設によって方針も風土もさまざまですから、劇的に何かを変えようとするのは難しいこともあるかもしれません。
でも、自分が少しドキドキワクワクできることを持ち込むことはできます。
例えば、施設ご利用者さんの洗髪をするとき、「どこかかゆいところはございませんか~?」なんて「美容師さんごっこ」をしてみるとか、そんな遊び心を発揮するのは何の準備も仕組みもなくできることですよね。

自分が楽しめば、ご利用者さんもきっと楽しい。小さなことを一つずつ、楽しんでやっていただければ……と思います。

▲くさか先生の似顔絵。今回、オンラインでの取材を快く受けていただきました。くさか先生、ありがとうございました。

 

< HELPMAN JAPANよりお知らせ >
2021年秋の発刊をもって一区切りを迎えた漫画『ヘルプマン!』。

漫画家のくさか先生への感謝の意を込めてイベントを開催する運びとなりました。『ヘルプマン!』の秘話をお話しいただくほか、漫画に実際に登場された方々とのトークセッションなど、一日だけの特別なイベントです。ぜひご参加ください。

【2022年3月28日(月)18:30~21:00*オンライン開催】

●プログラム内容(2時間30分)
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・HELPMAN JAPANよりごあいさつ
・くさか先生のご講演
・テーマ別対談
①ヘルプマン‼取材記(5) ミライ道場
└くさか先生×奥平幹也様・中浜崇之様
②ヘルプマン‼取材記(4) 注文をまちがえる料理店
└くさか先生×和田行男様・小国士朗様

●お申し込みURL
https://emotion-tech.net/GuyrYDdj

【文: 青木 典子 写真: くさか里樹氏 提供,HELPMAN JAPAN イラスト: くさか里樹氏 提供】

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