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2021.02.25 UP
2020年8月、厚生労働省による「介護ロボットの開発・実証・普及のプラットフォーム」がスタートした。導入を検討する介護現場と開発を手掛ける企業を支援する相談窓口をオープンし、双方を結ぶさまざまな施策で介護ロボットの普及の促進を目指す。今回は、厚生労働省 老健局高齢者支援課の山田士朗さんと、プロジェクトの中心を担う株式会社NTTデータ経営研究所の足立圭司さん、そして、地域の相談窓口を手掛けている横浜市総合リハビリテーションセンター 介護ロボット相談窓口の粂田哲人さんに、事業の背景や具体的な取り組みと支援内容、そして、介護ロボットがもたらしてくれる新たな可能性についてお話を伺った。
介護現場と開発企業、双方を支援し、
介護ロボットの開発・実証・普及を加速化
現在、介護ロボットの機能は多様化し、移乗・移動・排泄支援から、見守り・コミュニケーションまで、さまざまな領域をサポートしてくれるものが登場している。これらを施設に導入することで、現場で働く職員の身体的・精神的な負担を軽減でき、利用者の方のQOL(生活の質)を向上させる質の高い介護の実現にもつながるだろう。そこでスタートしたのが、「介護ロボットの開発・実証・普及のプラットフォーム」事業だ。
▲「介護ロボットの開発・実証・普及のプラットフォーム」による各種支援
プロジェクトを推進する厚生労働省の山田さんは、事業の目的・背景についてこう話す。
「現在、介護業界は深刻な人材不足に陥っており、75歳以上の後期高齢者人口が急増する2025年問題も間近に迫っています。これを解決するためには、高齢者の自立支援を促進するとともに、介護の質を高めながら現場の負担を軽減し、離職防止と新たな人材の流入につなげていくことが重要と考えています。厚生労働省では、これまでも介護人材の育成や、現場のニーズに沿った介護ロボットの開発に関する施策を展開してきましたが、『介護ロボットやICT等のテクノロジー活用による介護サービスの質の向上及び業務効率化に対する支援をより一層推進していくことが必要』という考えのもと、この事業をスタートさせました」
▲厚生労働省 老健局高齢者支援課 介護ロボット政策調整官、介護ロボット開発・普及推進室 室長補佐・山田士朗さん。令和元年度より現職に就任し、介護ロボットやICT技術、および、それらを取り入れたオペレーションも含む介護テクノロジーを現場に普及させるための政策を担当する
同事業では、全国11カ所に相談窓口を設置し、介護現場と開発企業、双方からの相談受付を行う。また、全国6カ所には実際の生活空間を再現したリビングラボを設置し、開発企業が進める開発品の機能評価や効果検証を支援するだけでなく、介護現場での実証方法やデータ分析の専門的な助言も実施。ニーズ(介護現場)とシーズ(開発企業)にワンストップで対応し、双方を結び付けるプラットフォームを実現した。
「介護ロボットやICTの導入により、業務効率の向上や職員の精神的・身体的な負担軽減などに役立ててもらうため、さまざまなアドバイスと情報提供で介護現場を支援します。一方、開発企業に対しては、より介護現場のニーズに合った製品開発を進められるよう相談に乗りながら、評価・検証できる模擬環境の提供や実際の介護現場での実証に対する助言などで支援します。これらのプラットフォームにより、介護ロボットの開発・実証・普及のスピードを加速していくことを目指しています」(山田さん)
▲各地の相談窓口では、介護ロボットや介護現場の知識を持つ専門スタッフが相談に乗ってくれる
介護ロボットの普及率はいまだ低く、2019年度の介護労働実態調査(公益財団法人介護労働安定センター)によれば、「介護ロボットを導入していない」と回答した施設・事業所は全体の75.6%に上っている。
「主な要因として、『介護ロボットの種類や機能が把握できず、どんなものを選べばいいか分からない』『現場が忙しく、業務改革に取り組めない』などが挙げられます。相談窓口では、体験展示や試用貸出の取次、効果的な活用方法や導入事例の紹介、研修会の実施等を通じてしっかりサポートしていく体制を作りました。また、リビングラボには介護ロボット等の製品評価を行う研究開発型や実際の介護施設を模した空間で使用効果を検証する実証型等のラボがあり、ネットワークを活かして開発に関する課題を共有することで、様々な相談に対応しながら介護の現場のニーズに応える開発を支援しています。ちなみに介護現場が介護ロボット等を導入する際の金銭的負担を抑えるために、地域医療介護総合確保基金による助成を行っていますが、令和2年度第3次補正予算では、一定の要件を満たす事業所に対して補助率3/4を下限に都道府県の裁量により設定するなど、拡充させています。」(山田さん)
現場の課題解決に役立つ仕組みを目指した
介護ロボットはさまざまな面に活用できる
委託事業としてプロジェクトの中心を担う株式会社NTTデータ経営研究所の足立さんは、ただ介護ロボットの導入を進めるのではなく、「それぞれの現場の課題を解決していくために役立ててもらえる仕組みづくり」を目指したという。
「過去には、導入資金を国が全額補助する施策も実施されましたが、『導入したはいいが、現場で使いこなせなかった』というケースが多くありました。職員の業務負荷を軽減させるためには、現場の状況や課題をしっかり把握し、『どういった技術を導入し、どう活用してもらうのか』まで分析することが必要です。従来のオペレーションにそのまま介護ロボットを持ち込むのではなく、それを活用するオペレーションに切り替えていくことが大事であり、導入時点から各現場に課題意識を持っていただくことが重要だと考えました」
▲株式会社NTTデータ経営研究所 情報未来イノベーション本部 先端技術戦略ユニット マネージャー・足立圭司さん。介護領域における調査研究、政策提言、現場の生産性向上に向けたコンサルティング、介護ロボットの開発・実証実験から現場実装、テクノロジーをベースとした民間企業の新規事業開発など、幅広い分野の実績を有する
こうした考えのもと、相談窓口では、製品情報や補助金などの紹介だけでなく、介護ロボットを活用した介護現場の業務改善方法や注意事項、導入事例の紹介も行う仕組みにした。つまり、それぞれの現場の課題解決に最適な介護ロボットの導入に役立てることができるのだ。
「例えば、『移乗介助による腰痛が原因で欠勤・離職する職員が多い』というケースでは、装着型のパワードスーツを導入することで職員の身体的負担を軽減できます。『人手が足りず、2人がかりでの排泄介助をするたびに他の業務が滞る』という場合は、要介助者の体を支える排泄介助ロボットを活用すれば一人での対応が可能となります」(足立さん)
このほか、ICT技術には、見守りセンサーと連携した端末上で「寝返りを打つ」「起き上がる」など利用者の方の状況を把握できるシステムがあり、見回りの回数を減らすことが可能となる。“音声”で介護記録の自動入力ができるものもあり、各種手続き書類にその記録を反映することも可能だ。これにより、現場に大きな負担を強いていた介護記録の転記作業を削減することができる。さらに、利用者の方への対応なども、音声認識できるコミュニケーションロボットに機能代替させることが可能だという。
▲要介護者を支える移乗支援ロボット。各地の相談窓口にはさまざまな介護ロボットを体験できる展示場もある(要予約)。体験できる介護ロボットは相談窓口によって異なるため、問い合わせで確認を
「介護ロボットの導入には多様な側面があり、効率化以外にもさまざまなメリットをもたらしてくれます。職員全員で導入プロセスを共有すれば、人材育成にも役立てられますし、働く環境の改善は職員の満足度アップにつながります。何より、効率化で生まれた余力を、サービスの向上に注げるので、ご利用者さんのQOLも職員のやりがいも高めることができます」(足立さん)
一方、開発企業については、介護の現場に触れる機会が少なく、現場で行われていることや求められていることを把握できていない状況があったため、それらをカバーできる環境づくりを目指した。
「介護ロボットは、ご利用者さんと職員が安全に使用できることが大前提であり、各業務におけるさまざまな注意点を理解した上で、オペレーションに沿うものを開発することが重要です。そのため、リビングラボでは現場と同じ環境で、開発中のロボットの効果検証や機能評価を行えるようにしました」(足立さん)
▲相談窓口に展示をしている眠りSCAN。センサーを通じて入居者の見守り支援と個別ケアへの活用が可能となる。
また、実証フィールドでは、さまざまな介護施設や介護法人の協力を得て、現場での試験的運用や導入効果データの収集が行えるので、改良に役立てることができるという。
「すでにリビングラボで機能測定を実施したりし、実証施設で安全性の検証や介護ロボットに対する印象調査などを行っている開発企業もあります。相談窓口を含むこれらのプラットフォームを活用することで、ご利用者さん、現場の職員、介護の専門家など、いろんな立場からの意見を聞くことができるため、360度の視点で現場のニーズに応える介護ロボットの開発にぜひ役立ててほしいと考えています」(足立さん)
窓口相談では、現場の課題を明確にし、
解決に役立つ介護ロボットを紹介
介護ロボットの導入を検討する際には、具体的にどんなプロセスが必要なのだろうか。横浜市総合リハビリテーションセンター 介護ロボット相談窓口で地域の介護現場や開発企業の支援を手掛けている粂田さんにお話を聞いた。
「介護ロボット相談窓口では、よろず相談に対応していますが、導入検討の際には、施設や事業所の課題を明確にした上で、解決に役立つ介護ロボットやICT技術、活用事例などをご紹介します。導入費用の捻出に悩みを抱えているケースも少なくないため、各種補助金や助成金などのご案内もしています。また、現場での活用をイメージしてもらうために、介護ロボットに触れ、体験することができる展示場も用意しており、使い方なども福祉機器に関する知見が豊富な職員が指導します。さらに、介護ロボットの試用貸し出しにも対応し、開発企業への取り次ぎも行っています」
▲社会福祉法人横浜市リハビリテーション事業団 横浜市総合リハビリテーションセンター 地域リハビリテーション部 研究開発課・主任・粂田哲人さん。地域の相談窓口を担い、福祉機器・介護ロボットの評価・開発・導入・活用を支援する。また、児童を含む障がいのある方への福祉用具の適合評価・作製も行う
介護現場からの相談は、やはり「現場の人手不足を補いたい」という悩みが多くを占めているという。男性職員が少ない現場や職員が高齢化している現場では、移乗介助などの身体的な負担を軽減したいという声も多い。現在、新型コロナウイルスへの対応で負担がさらに増えているため、「足りないリソースをどう補うのか」を課題とする現場もたくさんあるという。
「しかし、介護ロボットをただ導入するのみでは、課題解決はできません。導入後にしっかりと活用していくためには、現場の声を拾い、課題やニーズ、モチベーションを把握した上で、職員が課題意識を持って取り組める体制を作ることが最も大事なのです。新しいものの導入には心理的抵抗を伴う場合もあるので、人材の配置などを工夫していくことも必要ですね。私たちはNTTデータ経営研究所が考案した9つのステップを解説し、スムーズな導入を実現する道筋についてのアドバイスをしています。また、このステップをもとにした効果的な導入・活用の方法を学べる研修会の開催なども定期的に行っています」(粂田さん)
導入費用は製品によって異なるが、「新たな人材の雇用にかかるコストと比較すれば、費用対効果は高い」と粂田さんは話す。
「年間で400万円の給与を支払う人材の場合、採用コストなどの諸費用を含めればそれ以上の費用がかかるはずです。長い目で見れば、介護ロボットの活用は経済的といえます。人間が担ってきた作業の一部をロボットで効率的に行えれば、慢性的な人手不足も解決できるのではないかと思います。助成金・補助金などを上手に活用すれば、導入コストを抑えることも可能です」
導入の具体例については、移乗支援の介護ロボットを活用し、排泄や入浴での移乗を安全かつ負担なく行えるようになった事例が挙げられるという。
「新しいものでは、呼吸や心拍数などのバイタルサインを定期計測する見守りシステムを活用して、『何時に起き、何時に寝ているのか』をチェックして睡眠状況を管理し、日中活動を工夫することで眠りの質の向上に役立てるなどの事例もあります。同じ介護ロボットでも、さまざまな使い方ができるので、施設の理念や提供したいサービスに合わせて活用していくことができると思います」(粂田さん)
▲今回の取材はオンラインで実施し、3者合同でお話を伺った
最後に、今回お話を伺った山田さん、足立さん、粂田さんに、今後の展望について語っていただいた。
「プラットフォーム事業は、今年度から始めた単年度事業であり、まだまだ改善が必要な点もあると思います。できるだけ多くの改善点を反映し、次年度以降もしっかり予算を確保しながら事業を継続させ、現場の負担を軽減することに役立てていきたいですね。そして令和3年4月の報酬改定に引き続き、今後もテクノロジーの活用や人員基準・運営基準の見直しを通じた業務効率化・業務負担軽減を介護保険法でしっかりと制度化することも重要だと思っています。介護の仕事をより魅力あるものに変えていき、若い人の職業選択の一つとしてもっと注目されるようにできればと思っています」(山田さん)
「多くの介護現場では、職員とご利用者さんの割合が1対2になっている現状があります。この先、さらなる高齢化と少子化が進み、その割合が1対3〜4になったとき、必ずテクノロジーの力は欠かせないものになると考えています。今後は、より現場に役立つ介護ロボットを開発し、それを現場で活用する手法もブラッシュアップしながら支援を続け、相談窓口の対応強化にも注力していきます」(足立さん)
「介護ロボットの一元的な相談窓口として、ワンストップで支援を続け、広く普及させていくことに役立っていきたいです。ご利用者さんと職員の負担を軽減することで、これまで提供できなかった新しいサービスの実現に寄与していければと思います」(粂田さん)
介護ロボットの普及は、介護現場における新たな可能性を広げ、「未来の介護」をよりよいものに変えてくれるだろう。
【文: 上野 真理子 写真: 株式会社NTTデータ経営研究所 提供】