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2018.04.05 UP

職員の個人的な悩みや不安に会社がサポート 安心して働ける風土づくりで介護の質を向上

個人的な事情で異動を申し出た職員の希望を受け入れる。子どもの大学進学費用がかさみ、悩む職員に資金を貸し付ける――。普通の会社ではあまり考えられない対応といえる。その介護事業者が、従業員数2,700名強の株式会社ベストライフだ。職員のあらゆる不安を解消し、目の前の介護業務に集中できるようにすることがサービス品質を高めるとの考えに基づく。そんな企業風土づくりについて、取締役常務事業部長の赤澤優さんにお話を伺った。

職員のバイブルとなっている
『ありがとう 安全119の誓い』

株式会社ベストライフは、2018年2月末現在、従業員2,713名(うち正社員2,133名)を擁し、関東地区を中心に全国170カ所の介護付有料老人ホームなどの事業所を展開。入居者は8,777名を数える。

「設立当初は、価格設定の圧倒的な優位性で一気に業績を伸ばしてきましたが、どこも同様の価格を打ち出すようになってからは、食事やレクリエーションなどサービスの質を特徴としています」

ここ数年は、全施設にカラオケ機器を設置し、音楽療法や外部事業者のレクリエーション、外出レクリエーションなどを積極的に取り入れて、利用者が楽しむことに力を入れているという。

▲取締役常務事業部長の赤澤優さん

強みはそうしたプログラム面だけではない。介護サービスそのものの品質向上に余念がないところにあるのだ。

同社では、全職員の“バイブル”といえる『ありがとう 安全119の誓い』と題する冊子を作成している。表紙をめくると、同社が最重視している「安心・安全・信頼」という理念や、「一、私達は心を大切にします 一、私達は高齢者を尊敬します 一、私達は仕事に誇りを持っています」という社訓、そして介護の仕事に取り組む心構えなどが書かれている。その次のページから、「高齢者との接し方や態度」「仕事の姿勢」「食事」「認知症」「ご家族とのコミュニケーション」などのチャプターに分けて、業務の基本姿勢やサービス局面ごとの心掛けるべきことが119項目記載されている。これらを日々職員に伝え、実践してもらうことで、サービスレベルの維持向上を図っている。

▲創業以来、職員の指針とされてきたという社訓

そして、特筆すべきは職員の精神的なコンディションづくりだ。その119項目目には、次のように書かれている。

「一人で悩まず仕事のこと、プライベートのこと、会社や上司に相談していますか?」

冒頭で触れた、生活資金のことや教育のこと、また離婚といったプライベートな悩みごとであっても、会社への相談を求めているのである。その狙いについて、赤澤さんは次のように説明する。

「当社が最も重要視しているのは、ご入居者さまを安全にお守りすることです。そして、余生という極めて大切な時間を過ごす場所に当社の老人ホームを終の棲家として選んでいただいたお客さまとして、『ベストライフに入って幸せだった』と思っていただくことです。これを実現させる仕事の障害となることは、細大漏らさず取り除きたいとの思いがあるのです。人は誰でも悩みや不安がありますが、それらは仕事にも影響を及ぼします。だからこそ、個人的な悩みであっても伝えてもらい、会社として解決に向けた最大限のサポートをしているのです」

家族的な小規模企業ならば考えられなくもないが、2,700名を超す規模の企業でここまで対応しているのは、あまり例がないだろう。

▲職員には、プライベートの悩み相談も促している

職員個々の仕事量、業務スケジュールを決め、
「誰が、いつ、どこで、どんな仕事をするか」を明確化

職員一人ひとりの業務分担においても、ユニークな方法を取り入れている。チームで取り組むことが大半の介護現場においては、がんばる人にだけ仕事が集中し、要領のよい人は負担が少ないなど、業務負荷に偏りが出てしまいがちだ。不公平感を招きやすくなるとともに、新人などに仕事が回りにくくなり、成長意欲を阻害するといったケースも少なくない。まさに、チームワークの弊害だ。

そこで、同社では職員個々の1日の業務スケジュール表を作成し、“誰が、いつ、どこで、どの利用者を、どのようにケアするか”を明確にしている。これによって、業務量の平準化を図るとともに責任の所在を明確にし、管理者がマネジメントしやすい状況を作っているのだ。従って、入社して間もない新人であっても、やるべき仕事が理解しやすく、課題も見つけやすくなり、モチベーションを維持向上しやすくなる。「2010年に導入してから、一人立ちするまでの期間が短縮できた」と赤澤さんは言う。

▲勤務体系表の一例。1日の業務スケジュールはこのように明確化されている

また、それらとともに介護サービスの中身の見直しにもつながったという。赤澤さんは、次のように続ける。

「業務スケジュールはご入居者さまの要介護度に応じたケアプランに基づいて作成していますが、時間割を明確にしたことで、ご入居者さまにとって必要以上のサービスや、逆に不足する部分があることが浮き彫りになり、いち早く対策を講じることができました。こうした問題は介護業界全体にあったようで、結果的に介護保険制度の改定に至りましたが、当社が介護の適正化への取り組みを先取りする形になったと自負しています」

時間割を明確にしたからといって、時間が来たからサービスを切り上げるといった杓子定規な対応をするわけではない。介護はものづくりのようにきっちり時間通りに進むものでもないからだ。むしろ、イレギュラーの連続である。そこで、個々の業務を明確にした上で、チームとしてお互いをリカバーし合い、さらに施設全体の手薄になる部分をフォローアップする“遊軍スタッフ”を、ベテラン職員を主体に配置しているのだ。

この施策は、職員採用の面でも強みになったという。「『自分にだけ業務が集中することに疲れた』といった転職理由で入社した職員が増えた」と赤澤さん。

充実した研修制度とキャリアアップ制度で
職員の成長意欲を引き出す

職員育成の面では、研修制度も充実させている。階層別・職種別にあらゆる層の実務研修を設けているほか、初任者研修などの資格を持たない職員向け研修を設け、修了者には社内資格を与えるといった取り組みを行っている。

「個々の目標に応じて、本人の希望や上司の勧めで研修を受講できるようにしています」

研修の際には、受講者に詳細なアンケート調査を行い、悩んだり迷ったりした局面をどう乗り越えたか、不慣れな環境で悪戦苦闘する中、上司や先輩のどんな言葉が励みになったり役に立ったりしたかといった声を集めている。こうした声の数々は、日々のマネジメントや、採用時にも生かしているという。

▲研修後のアンケートには回答がびっしりと書き込まれる

このように成長意欲に応える環境を整備するとともに、「キャリアアップ制度」を導入。チーフリーダー、副主任、主任、施設長補佐、施設長、エリアマネージャー、エリア長とステップアップしていける道が明示されている。

「介護業界に興味を持つ理由は人それぞれですし、家庭などプライベートの状況もさまざまです。大事なのは、入職後、誰もが真に安心して仕事に取り組み、目標を持ち、やりがいを感じながら長く働き続けることだと思います。だからこそ、こうしたキャリアステップを明示し、研修制度や業務スケジュールの明確化でキャリアアップの手掛かりをつけやすくし、その上で支障となることは、プライベートな問題であっても会社がサポートするようにしているのです」

▲新宿住友ビルの本社フロアの一角にも施設を再現した研修設備がある

介護以外の業務責任は
本社に集中させる体制に

こうした運営を、全170カ所の事業所の隅々にまで浸透させている。赤澤さんは、その理由を次のように言う。

「一般的に、現場責任者である施設長には、入居者の募集や希望者の対応から始まり、日々の運営管理、職員の管理、採用、クレーム対応、収益管理、行政対応など非常に広範囲の業務責任が課せられています。しかしそれでは、最重要の“目の前のお客さまをお守りし、少しでも快適に過ごしていただくこと”に徹するのは困難です。そこで当社では、現場には介護業務に徹してもらい、それ以外のことは全て本社が責任を持つという体制にしています。現場で起こるあらゆる問題は、エリアマネージャーを経由して本社が吸い上げる仕組みにしているのです。個々の職員のプライベートの問題にまで関わるのも、その一環です」

多くの企業では、できるだけ現場に権限を委譲することで社員のモチベーションを高め、また成長の機会につなげようとしているだろう。同社の施策は一見、その逆を行くように思える。

「お客さまの命をお預かりする介護施設の仕事は、ただでさえ大変です。できるだけ、それ以外の心身の負担を減らすことが、“安心・安全・信頼”を理念に掲げる当社本部の責務であると考えています。介護現場に向かう職員にとってのモチベーション向上や成長の機会は、先述の業務スケジュールの明確化やキャリアアップ支援制度、また子育て支援制度など、運営方法の随所に盛り込まれていると思っています」

全事業所では、毎日の朝礼で“今月のスローガン”を唱和している。3月の月間スローガンは、次のとおりだ。

「こんなに小さなことも、と思うことでも、その都度報告を!」

会社として、施策を徹底させようとの意思がよく伝わってくるのではないだろうか。

▲「職員は目の前のお客さまを守ることに徹する」ことを何より大切にしている

【文: 髙橋光二 写真: 田部雅生】

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