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2013.09.27 UP

低成長時代の日本で豊かに働く。 「介護」という日本人の働き方

これからの時代の仕事観となるのは「豊かに働く」ことと話すのは、リクルートキャリア代表の水谷智之さん。学生が規模や報酬だけで企業を選ばなくなったことや、海外の学生らのNPOへ意欲を挙げ、お金や地位は古い価値観になったといいます。そのなかで、介護はこれからの日本人の働き方として象徴的な領域になると予測します。 (※この記事は2012年以前のもので、個人の所属・仕事内容などは現在と異なる場合があります)

「ありがとう」のために、
自分はどこまでできるのか

営業時代はお客様に「ありがとう」と言ってもらうためなら、自分の業績になる・ならないは関係なく何でもやりました。ある外食チェーンを担当した時は、人材採用とは関係なくお店の新しいメニューを考えたり、コーポレートカラーはどんな色が良いかを会社に隠れてずっと研究したり、ある時は業務外なのに渋谷で道行く人の数をカウンター片手に数えながら、新店の立地にふさわしい場所をリサーチしたり。

単に募集広告の営業とクライアントという関係ではなく、どうしたらその会社が良くなるのか、儲かるのかまで踏み込んでサービスを考えていました。

お客様の必死さを全身で感じながら、それにどこまで応えられるか、本質をとことん追いかけることに熱中していました。あるソフトハウスを担当した時は、社内コミュニケーションの活性化のためにリフレッシュコーナーをつくるという提案をして実現したり、全社員カラオケ大会の司会をなぜか僕がやったりもしました。ただし、その事業はリストラ中だったために4年間で取引実績はゼロ。

でも、そのお客様とは私が担当を離れてしばらく経ってからでも、結婚式にかけつけてくれるような関係を築くことができました。売上や利益だけじゃない「誰かの役に立っている実感」が、いつも自分の行動の軸になっていたのだと思います。

資本主義的価値観から解き放たれた若者たち

営業から商品企画などを経て、人事部ではリクルートの新卒採用も経験しました。新卒採用においても5年前くらいから、学生たちは企業の規模や報酬だけで企業選択をしなくなっているのだということを感じていました。優秀な学生は、NPOで働くことを視野に入れていることが多かったからです。

実は、ハーバードの学生たちの中では「Teach For America」というNPOに2年間所属して、国内各地の教育困難地域にある学校に常勤講師として赴任し、貧困層の教師を体験してから一般企業に就職するのが憧れになっています。つまり、これまでのように偉くなって、たくさん稼いでという資本主義的な価値観が終わろうとしていて、豊かに生きる場所はほかにあるということを、敏感な若者たちは察知し始めているのです。

私の応援する友人のある医者は、元々宮内庁の侍医でしたが、自分の恵まれた立場に疑問を持ち、在宅医療の世界に入って行きました。彼は日常の健康診断や宅配、買い物代行といった生活サービスから看取りまでをサービス化する構想を進めていましたが、そこに東日本大震災があり、現在では石巻に事務所を建て、それを被災地で実践に移しています。

リクルートでは、こうした日本のNPOを支える「社会イノベーター公志園※」という団体をスポンサードしており、私自身、個人としても支援していますが、こうした社会のニーズを見逃して、何も変わらないでいると、いずれ社会から取り残されていく危機感さえ感じています。

※社会イノベーター公志園:時代が求める社会全体のリーダーの発掘・育成・支援を通じて、社会にイノベーションを起こすプラットフォームを目指す活動。http://koshien-online.jp/

労働市場の二極化と
リクルートが進むべき道

低成長の時代に入った日本の労働市場は今後、富裕層と低所得層の二極化が激しくなっていくでしょう。

グラフ化すると収入額の分布が縦に伸びて、年収350万円以下で生きていく世帯が増えていきます。一億総中流で、真面目に勤めていればスキルも給料も上がっていき、年収なら7~800万円で65歳まで安泰、という暮らしはもう望めないのです。すでに多くの家庭は年収4~500万円で、それでも60歳、65歳まで幸せに生きていく方法を探すのが当たり前の時代になっています。

リクルートはこれまで中庸のマーケットに狙いを定め、商品を提供してその機能を徹底的に磨くというやり方を取ってきました。しかし、このまま市場が二極化していけば、いままでのやり方を見直す必要が出てくるでしょう。その時、少なくとも高所得者層だけを見る側にはなりたくないというのが僕の想いです。

例えばリクルートでは「就職Shop」という未経験の若者向けに店舗型の就職・転職サービスを行っていますが、これは就職が決まらない若者が社会に取り残されないために、たとえ利益が低いことがあっても絶対に潰さないと決め、これまで事業を継続しています。介護業界も含めて、経済合理性だけでは成立しえない世界を今後どう支援していくのかが、リクルートグループのテーマであり、僕自身のテーマでもあります。

メーカーからサービス業へ
雇用もシフトする

日本の産業構造は今後、間違いなくモノからサービスへと向かいます。世界中どこでも安くモノが作れるのに、わざわざ賃金の高い日本で作る理由がないからです。また、日本は世界で最速の高齢先進国ですから、ひととおりのモノは足りているという人が暮らす社会。もちろん高齢者向けの消費もありますが、相対的にはモノ全体の需要は減っていきます。

だから、グローバル、超高齢社会、世帯の賃金格差の拡大という観点から見ても、日本からモノづくりが減っていかない理由がないのです。もちろん、日本人らしいモノづくりは残るし、残さないといけないのですが、日本全体で言えばモノからサービス、物質的欲求から精神的欲求へとシフトしていくことは避けられません。そして、その時にサービス業へ雇用がシフトしていかなければ、おそらく日本そのものが成りたたなくなってしまいます。まさにそこに僕たちリクルートが果たすべき役割があります。

リクルートは、サービス業やその象徴である介護で活躍できる人材像を示さなければなりませんし、「サービス業で働くということは、自分が携わる意味を感じ、幸せに働けるということ」を具体的な言葉で表現し、選択の物差しを提供する責任があると思います。

介護は日本人にフィットした働き方

大切だと思えば、経済合理性に合わなくてもひたむきにやり続けるのが日本人です。

ある時期はそれが農業で、世界が真似のできない神戸牛であり、コシヒカリを生み出しました。工業なら自動車メーカーの徹底的な「カイゼン」による品質向上であり、サービス業ならチップなしでも極めてホスピタリティの高い飲食店がそれにあたります。

欧米のキリスト教的労働観では労働は懺悔に対する苦役であり、早くこれを終わらせ、最後にお金が余ったら寄付をして「尊敬」を手に入れ、悠々自適に暮らすというのがスタンダード。

しかし、日本人はもともと「結」(ゆい)という言葉が象徴するように、自分の家だけの経済合理性を優先させるのではなく、田植えや寺社の建築等は、村人全員で協力し合う風土があります。つまり共同体意識が根底にあって、「誰かの役に立って初めて仕事になる」というのがスタンダードな考えです。

ですから介護という仕事は、日本人にものすごくフィットしていると思いますが、まだ多くの人は戦後の欧米化した価値観から抜け切れずに、二の足を踏んでいるのかもしれません。北欧は国家的な社会システムで成功していますが、日本でも国民性にあった社会システムが整えば、介護は日本人の未来の働き方の象徴的な領域になると思いますし、リクルートとして本気で応援しなければいけない領域の一つだと考えています。

本当の問題は「高齢化」よりも「孤独化」

高齢化するとモノが売れなくなるとか、生産力が低下するといったことが問題として挙げられますが、僕は日本が本当に向き合わなければいけない問題の一つは「孤独との闘い」だと思います。日本はこの50年で、世代を超えて暮らすこと、世界でも珍しい呑気さと信頼の上に成立した「長屋文化」を一気に失ってしまいました。

介護する家族や親戚がいればまだいい方で、独り暮らしが増えれば、孤独死していく人の数もどんどん増えていくでしょう。
これは介護される側だけの問題ではなくて、介護する人も家に帰れば1人だったり2人だったりするわけです。
共同体意識を重視する日本人の民族性からして、もっとも辛いのは高齢化より孤独化だと僕は思います。

逆に介護の仕事というのは、コミュニケーションが中心にあって、認知症などの難しさはあってもお互いに感じるものがあるし、少なくとも孤独ではありません。在宅介護では、老人が外に出なくても人と会話を交わすことができます。介護する側にとっても、自分を必要だと思ってくれる人がいることを実感できます。

介護とは、日本人が日本人の良さを取り戻せる仕事だと僕は考えています。

いま、「豊かに働く」とはどういうことか

最近は不況の時代を生き残るために「資格を取ろう」と言い出す人もいます。
でも資格をとっても65歳まで幸せに生きられるでしょうか?資格の価値は5年もすれば変わるし、スキルアップしてキャリアを積めば給料が増えるというのはせいぜい40代ぐらいまででしょう。

99%の人は、キャリアとか年収を追っていても打ちひしがれるだけの時代になりつつあります。そんな状況の中で「豊かに働くというのはどういうことか?」「働く中で豊かさを感じるとはどういうことか?」が雇用の領域で日本の一番のテーマであり、リクルートが一番考えなければいけないことだと思っています。

リクルートは「どういう65歳までを送ったら、幸せだったなと思えるか?」ということを、もう少しわかりやすい言葉に翻訳し、「こういう仕事の見方もあるよ」ということを世の中に問い続けなければいけないと思います。

サービス業を続ける先にあるもの

一つだけ自分の中で課題に感じているのは、経済合理性では測れない仕事を、一生やり続ける意味付けのようなものです。

自分の甥っ子には「NPOは大企業に就職するよりも絶対にいい仕事だ、やってみろ」と言うものの「でもおじちゃん、30年これだけをやり続ける僕の人生はどうなるの?」と聞かれても答えに詰まってしまう。高度経済成長時代には少なくとも定期昇給という日本独自の制度のおかげで、働く人には「次につながる感」がありました。これが低成長時代に入り、モノからサービスへと移行していった時に、「サービス業って手ごたえがあってその瞬間にいろんなものをもらえるいい仕事だけど、それを30年間やり続けることにどんな意味があるの?」という問いにどう答えるか?仕事の深みなのか、技術レベルなのか、他の何かなのかを明確に示していきたいという思いがあります。

過去を紐解いていくと、実はそれを解くカギが江戸時代の町民文化にあるんじゃないかと僕は考えています。あの時代は飢饉とかがあって決して経済的に豊かな時代とは言えないのに、日本食(寿司・天ぷら)から、芸術(浮世絵)、芸能(歌舞伎)、建築(数寄屋造り、町家)と何から何まで深化していきました。それらを担っていた人たちはきっと、経済合理性に合わなくても主役感とか誇りを持って仕事を続けていたはずです。

そこに何かヒントが隠されていると感じていて、今一番、勉強したいことなんです。

水谷さんからのメッセージ

介護に関わっている人や冒頭に触れたNPOの医師のように福祉の世界に飛び込んだ人たちからは、勝算が見えなくても、道が見えなくても一歩先に踏み込むリーダーシップや、全身から立ち上っている素敵な熱気を感じます。そういう生き方をする人たちの姿に僕らはエネルギーや勇気、気づきをもらうので、素直に「ありがとうございます」「頑張って続けてください」と言いたいです。

みなさんには、もしあなたが「何のために働くんですか?」という問いを抱え、日本にとって本当に大事な仕事がしたいと思うなら、一度介護の世界を覗いてみることをお勧めします。それは仕事を選ぶというよりも、その世界に踏み込むという生き方の選択に近いので、仕事人として素敵だと思うし、今後優れたリーダーとしても活躍できると僕は思います。

【文: 高山 淳 写真: 山田 彰一】

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