ヘルプマン
2017.06.28 UP
専業主婦から眼科医院と進学塾の経営者を経て、現在は社会福祉法人の理事長として活躍する藤本加代子さん。介護の仕事は“3K”ではなく、「きれい」「かっこいい」「給料が高い」「健康になる」「感謝される」の“5K”であるとし、主婦ならではの金銭感覚や持ち前のバイタリティ、ひらめきと実行力で、介護施設の運営に取り組んでいる。今回、藤本さんに、介護事業を立ち上げた背景や、5Kの実践についてお話を伺った。
夫の急逝後、専業主婦から
眼科医院と進学塾の経営者に
結婚当初、夫の隆生さんは銀行員で藤本さんは専業主婦。だが、藤本さんの「お医者さんと結婚して大阪で暮らしたい」という夢に応え、隆生さんは脱サラし、医者を目指した。1年後には大阪大学医学部に見事合格したという。
「主人は、在学中の生活費を得るため、入学と同時に進学塾の経営を始めました。当初、塾生はわずか7名でしたが、主人が卒業するころには500名にまで増えていましたね」
大学卒業後、眼科医となった隆生さんは病院での勤務(後に眼科医院開業)と進学塾経営を両立させ、フル稼働の毎日。両事業とも経営は順調で、充実した日々を送っていた。ところが開業して5年が経つころ、隆生さんのがんが発覚し、入院からわずか2カ月足らずで急逝。専業主婦だった藤本さんは、いきなり両事業を引き継ぐことになったという。
「病床の主人に泣きながら、眼科医院や塾はどうすべきか聞きました。『来年も今年と同じように進めてほしいとスタッフに伝えなさい。やってみて、難しいと思えば無理をしてまで続けなくていい』と言ってくれたのです。その言葉に後押しされ、右も左も分からないまま経営者になろうと決断しました。塾では、机を運んだり、テキストを印刷会社で印刷するのはもったいないと自分でコピーしたり。眼科医院では、目の手術をした患者さまを家まで車でお送りする送迎サービスを始めました。とにかく、思いついたことは何でもしましたね」▲専業主婦から眼科医院と進学塾の経営者を経て、社会福祉法人を立ち上げた藤本さん
「介護に疲れた人を癒やしたい」
福祉事業の立ち上げを決意
眼科医院と進学塾の経営に奔走する毎日が続く中、次第に人脈も広がっていく。そんな藤本さんが介護業界に入るきっかけとなったのは、友人が運営する特別養護老人ホームへの訪問だった。
「1994年でした。友人が開設した特別養護老人ホームへお祝いに行ったのです。すごく明るくて、介護施設に持っていたイメージがガラリと変わりました。子どものころ、寝たきりの祖母を介護する母の姿をずっと見てきたこともあり、『自分にも何かできるのでは』と。すてきな特別養護老人ホームを作ることで、介護される人、介護する人の力になりたいと思いました」
早速行動に移した藤本さんは、2000年3月に夫の名前にちなんだ「社会福祉法人隆生福祉会」を立ち上げ、同年12月には通所介護・居宅介護支援事業「淀川地域住宅サービスステーションゆめ都島」を開設した。
「目指したのは、品格を大切にした福祉施設です。まず、スタッフ全員で高齢者の方を『○○さま』と呼ぶところから始めました。敬う気持ちを忘れてほしくない、という思いからです。また、施設のインテリア、食事、介護機器などすべてに、私が『本物』と思えるものを提供することにもこだわりました。おもてなしの気持ちは、高齢者の方にも伝わるのです」▲「ゆめパラティース」は、日本の「きめ細かな心配りとおもてなしの心」と、北欧の「個を大切にするライフスタイル」を融合させた介護を目指す特別養護老人ホームだ▲フロアごとにテーマを設定してカーテンなどのファブリックを変えるなど、藤本さんの細かいこだわりが感じられる
一念発起し、北欧の介護施設視察へ
フィンランドとの交換研修も開始
介護事業を始めて数年が経ったころ、藤本さんは、週刊誌で「北欧は介護スタッフがプロ意識を持って取り組んでおり、高齢者の自立を促している」という記事を目にする。そこで、実際に確かめようと北欧視察を決意。何のツテもないまま、ネットでコーディネーターを探し出し、2009年秋にはスウェーデン・フィンランド視察を実現する。
「1週間で2カ国を回り、観光なしでみっちり施設を見学しました。当時は機械化・合理化された介護という印象でしたね。1年後、フィンランド国家教育委員会が『あれほど熱心な視察団は見たことがない』と隆生福祉会に興味を持ち、私どもの施設を見学に来られました。そのご縁で『今後も交流し、社会福祉を学び合いましょう』と、2011年にはフィンランドと国際交流に関する協定書を締結。同年中に交換研修もスタートし、その参加者総数は200名を超えました」▲2011年3月。国際交流協定書に調印。オムニア職業学校総長のサンポ・スイフコ氏と藤本さん▲フィンランドの方々と国際交流する職員たち。法人内のサークル「ゆめクル」のひとつ、SUOMI部での活動風景だ(SUOMIとは、フィンランド語で「フィンランド」のこと)
介護の仕事は3Kではなく5K
職員が楽しめる仕掛けづくりを
藤本さんは、「介護の仕事は3K」などの報道によって社会的な介護職離れが起こることを懸念し、また隆生福祉会の運営方針も踏まえ、法人内外に向けて「介護の仕事は5K」と発信している。5Kとは、「きれい」「かっこいい」「給料が高い」「健康になる」「感謝される」というものだ。隆生福祉会では特に「かっこいい」に力を入れているという。
例えば、スタッフに誇りを持って仕事をしてほしいとの思いから、隆生福祉会では介護職のことを、「介護職」ではなく「エスコート」と呼んでいる。また、志を持って仕事をしてほしいとの思いから、職員の制服の胸元には、三宅廣子氏がデザインした「こころざしの花」をプリントした。
「現場から新人男性が育たないという相談を受けたときに考えついたのが、『男前大作戦』です。女性職員が男性職員のサポーターとなり、服装やヘアスタイル、言葉遣い、仕事への姿勢に至るまで、一人ひとりにアドバイスします。女性職員は男性職員に対する要望をうまく伝えることができ、男性陣もこれを機会に外見や行動を変えることができ、一石二鳥です」
隆生福祉会で実践する「かっこいい」以外の5Kは以下の通りだ。
・施設は清潔で「きれい」だから、ご利用者さま、ご家族さまも、そして職員も胸を張れる
・ゆめ役割職能制度で、職員一人ひとりを公正に評価し、適正に処遇して給料を決めるから「給料が高い」
・健康経営研究会に加入し、エスコートは毎日フロアを歩き回ることで「健康になる」
・ご利用者さま、ご家族さまに「感謝される」▲「ゆめクル」では、たくさんのサークルが自主的に活動する。写真はマラソン部だが、フットサル部や英会話サークルなどもある
会いに来てくれるアイドル
「ゆめガール」と「ゆめボーイ」
隆生福祉会では、「介護職になった後にアイドルになってもいいじゃないか」という発想で、アイドルグループ「ゆめガール」と「ゆめボーイ」も結成された。仕事の合間に練習して、法人内だけでなく外部のイベントにも参加する。ゆめガールセンターの下宮夏希さんに話を聞いた。
「話をいただいたとき、最初は恥ずかしい思いもありましたが、仕事終わりに時間をやりくりしてみんなで練習したり、できないところは自主練習したりして覚えました。ステージでは緊張しましたが、ご利用者さまに盛り上げていただいたこともあり、達成感がありました。最近では別の施設から声がかかるなど、活動範囲も広がっています」
一方、ゆめボーイの渡邉心之介さんは、
「僕は、出たがりなので、声をかけてもらったときは単純にうれしかったです(笑)。仕事のモットーは、“自分発信で笑顔を大切に”。ご利用者さま一人ひとりのライフスタイルを尊重しつつ、その人らしい生活が実現できる介護を目指しています。ゆめボーイの活動では、普段のエスコートの仕事とは別の笑顔の提供の仕方があるのだと新しい発見がありました。僕たち自身も笑顔になれるのでやりがいもありますね」▲ゆめガールの下宮夏希さんとゆめボーイの渡邉心之介さん。お互いの印象を伺うと、「元気印」と下宮さん、「お姉さん的存在です」と渡邉さん。「下宮さんは2カ月後にはママになります。もちろん産休を取って、仕事を続ける予定です」と藤本さん▲隆生福祉会の「会いに来てくれる」アイドル「ゆめガール」
職員の幸せが原点。それが
利用者や地域の笑顔につながる
職員一人ひとりの目標設定とスキルアップのために、独自の研修体制「ゆめキャリア・アップ」システムや、育成システム「ゆめユニバーシティ」を整備する隆生福祉会。同社の処遇システム「ゆめ伏線型キャリアパス」では、能力や適性に応じてプロフェッショナル・スペシャリスト・マネジメントの3つのコースから自分にあったものを選択でき、変更も可能だ。
こうした人事システムの整備や風土づくりによって、隆生福祉会の離職率は低いという。
「定着率が高く、職員が友人に声をかけて、その友人が入職するケースも少なくありません。なので、採用にかかる経費や人件費を低く抑えられるのです。その分は、給料や研修費などに還元しています」
最後に、藤本さんは介護事業への思いを語ってくれた。
「専業主婦だった当時、夫と子どもの幸せだけが願いでした。会社や法人を経営することで、それが職員の、ご利用者さまの幸せへと広がり、ひいては日本、世界のみんなの幸せを願う気持ちに自然となりました。そのために、経営者は職員一人ひとりの個性をしっかりと見極め、適材適所、それを生かしていくことが大切です。職員の笑顔が原点なのです。それが、ご利用者さま、ご家族さま、地域の皆さま、法人の笑顔につながるのですから」
藤本さんの著書『もう3Kとはいわせない 5Kといわれる介護施設の秘密』。エスコートたちの声も掲載し、隆生福祉会でやりがいを持って仕事をしている姿がリアルに伝わってくる
【文: 高村多見子(WAFFLEINC) 写真: 川谷信太郎(スタジオNOB)】