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2015.05.28 UP

「あと10分で排泄します――」 排泄予知デバイスは介護を変えるか

インターネット上に記事が公開されるやいなや、世界中から多くの問い合わせがあったという「ディーフリー(DFree)」。お腹に張り付ける小さなウェアラブルデバイスが腸内をモニター、スマートフォンの専用アプリとつながることで、排泄までの予測時間を教えてくれます。開発に取り組んでいるのは、介護とはまったく無縁の経歴――元青年海外協力隊員やIT技術者、元精密機器メーカーのエンジニア――を持つメンバーたち。この小さなデバイスが、排泄ケアを変えてしまうかもしれません。

目指せ! 便モレゼロ社会
介護とは無縁のメンバーたちの挑戦

「僕たちが目指すのは便モレゼロの社会です。いま、僕たちが考えるアイデアがすべて実現して世界の標準になれば、きっと世界中の人が救われる。『ディーフリー(DFree)』を軸に、間違いなく世界は一歩進みます」。そう力を込めるのはトリプル・ダブリュー代表・オーガナイザーの中西さんだ。

介護現場の排泄ケアでは、センサーを使って排泄を検知する技術なども検討されてきたが、DFreeは出る前に予測するという発想。例えば、介護現場でDFreeを活用すれば、“Aさんあと20分でトイレだね”と把握できるため、トイレに誘導するなどの準備を事前にすることができるようになるという。

このDFreeを、着想からわずか半年で具体化してしまったのが、介護とはまったく無縁だったトリプル・ダブリューのメンバーたち。開発にはさぞ苦労があっただろうと思いきや、「DFreeは、超音波技術(エコー)を応用したもので、実は、技術的にはそれほど新しいものでも、難しいものでもないんです。妊婦さんのお腹の中を見るときにエコーを使いますよね。1センチほどの小さな胎児を見られるならうんこだって見られるだろうと」▲「DFree」とは、英語で「diaper free=おむつ要らず」の意味。エコーにより腸内をモニターし、スマホの専用アプリで排泄のタイミングを知らせてくれる

自ら排泄トラブルの重さを実感
開発のきっかけに

開発のきっかけは、中西さん自身が「外出先で“うんこ”をもらしてしまったこと」と笑うが、それだけではない。「うちの祖母が人工肛門を装着していたことも、排泄の問題に取り組もうと考えた大きな理由です。とても明るく活動的だった祖母が、手術をしてから外出を控えるようになってしまって。僕も、自分自身がもらしてしまった後は、いつまた起こるんじゃないかと思うと、しばらく外出することが怖くなってしまった」

折しも、大手おむつメーカーが大人用おむつの売上高が子ども用を逆転したと発表。排泄の問題の深刻さを感じたこともこの問題に取り組むという思いを強くした。

もしも、事前に予測ができれば――。「そのときにひらめいたのが、妊婦さんのお腹の中を見るエコーです。ただ、僕自身はエンジニアではありませんから、ネットワークに呼び掛けて、こういうもの作りたんだけどどうすればいい?って」。それからは、知り合いの医師や技術者に自身のアイデアを話して助言を仰ぎ、その構想が現実となっていく。▲代表の中西さん。何か人の役に立つことをしたいと考える中でこのテーマに出合った。やるなら継続的にサービスが提供できなくては意味がないと、NPOやNGOなどではなく株式会社として起業することに

「本当に役立つものを作りたい」
介護現場や海外からの声が力に

そして2014年10月、賛同した東北大学の教授をアドバイザーに迎え本格的な製品化に向けて動き出す。教授の紹介で、超音波機器の開発のための実験設備を備えた会社とも出合い、ここで開発は一気に加速した。

「お腹の中を見られることは分かったのですが、問題は、どういう状態になったときに便意を催すのか、排泄するのかということ。DFreeは超音波で体内の動きをモニターし、そのデータを見ているのですが、そのデータがどうなったときに便意や排泄が起こるのか。ここからは、文字通り、開発メンバーが体を張ってデータをとり、検証を行いました。直腸の中で水風船を膨らませたり(※)」。テスト機を用いて、さまざまな実験、検証を繰り返した。(※危ないので絶対にマネをしないでください)▲手のひらサイズの小さな装置を現在予定。丸みを帯びたデザインが、親しみやすさを感じさせる技術的な検証を進める一方で、介護現場でのマーケティングも行った。実際に2週間ほど介護現場を体験したのが、マーケティング担当の田中さんだ。「排泄ケアは想像以上に大変で、ご本人もスタッフの方も皆さん本当に困っていました。特に、下着交換をするときのご本人の申し訳なさそうな表情が印象的で。できるならば排泄は自分でしたいという気持ちを強く感じましたし、この開発の話をしたら、『絶対に買う。年金からDFree購入代は取っておくから、待ってるよ』と」

海外からの問い合わせもヨーロッパ、アジアなど幅広く、個人的に買いたいという人から、うちの会社で売りたいという人までさまざま。こうした多くの声が、彼らを後押ししている。▲青年海外協力隊で、中西さんとともにフィリピンの支援に参加した田中さん。昨年末に中西さんの起業の話を聞き、それまで勤務していた会社を飛び出してボランティアから始めたという

介護の新たな標準を日本から!

DFreeの登場は、介護の現場を変えることができるのだろうか。「介護現場の勤務シフトは、排泄ケアが基準になっていることが多い。例えば、3時間に一度の定期的なおむつ交換をするなどです。それが、DFreeを使えば、個々の排泄のタイミングが把握できるので、適切な排泄ケアを利用者に提供できるようになります」と田中さんは続ける。

「介護事業所では、排泄や検温で巡回するスタッフと、緊急時を想定して自由に動けるスタッフと、2つの役割に分かれていました。そして後者が増えるほど介護の質が向上するといわれています。DFreeを使えば、前者の負担が格段に減る。つまり、自由に動けるスタッフが増えるので、同じ人員で介護サービスの向上が実現する。この仕組みを広く活用してもらえるよう、介護事業所向けのパッケージサービスを作ります」と中西さん。

そして何よりも、高齢者本人の生活の質の向上が大事だと中西さんは続ける。「スタッフのシフトに合わせると、自分の体のリズムとは異なるタイミングで排泄することになります。万一、巡回の直後に排泄してしまうと、最悪の場合、次の巡回までそのままということもある。けれど、DFreeを使えば、本人の排泄リズムに合わせてケアすることができるようになります。紫陽花(あじさい)を逆さにトイレに吊るすと下の世話にならずにすむという言い伝えがありますが、『最期まで自分で排泄したい』という思いは、時代を超えて古くからの人間の願いだと思うのです」▲高田さんは、小学校時代からの友人である中西さんより「いつか起業するから、そのときは一緒にやろう」と宣言を受けていたという。他にも、精密機器メーカーの元技術者や現役大学院生など、中西さんの熱意に賛同した多彩なメンバーが集まっている

クラウドファンディングによる予約を開始
装着性向上や外出支援のアプリ開発も視野に

2015年4月24日からは、クラウドファンディングによる予約受付を開始。目標に対し、すでに半数を超える先行予約が入っているという。現在は、2016年4月の出荷に向けて、急ピッチで開発を進めているところだ(※)。

「現時点での課題は小型化・薄型化と装着性です。例えば、認知症の方が不快に思ってはずしてしまう可能性もあるので、今後、できるだけ多くの利用者や介護事業者の方の声を聞いて、開発に反映させたい」と目を輝かせる。

まずは、介護施設での活用を想定しているというが、在宅介護や外出支援に役立つアプリケーション開発なども検討中だ。「クラウドを使っているので、離れて住んでいる家族が健康状態を把握するなど見守りにも活用できますし、緊急時に高齢者自身がアラートをあげるシステムなども検討中です」とシステム開発部長の高田さん。また、「外出先で近くにあるトイレの場所を検索できるアプリと連携する構想もあります。そのトイレが空室かどうか、また高齢者や障害者用のトイレの有無も確認できるようにしたいですね」

中西さんの“事件”をきっかけに誕生したDFree、今後の進化に注目していきたい。

※尿検知、便検知、尿・便検知のそれぞれに対応する3タイプのデバイスをリリース予定。排便のタイミングのお知らせ機能については開発中▲現在日本法人を設立し、日本を拠点に活動をしている。今のオフィスは五反田にあるCoワーキングスペースだが、オーナーの応援もあり自由に使わせてもらっている。「ここから新しいもの生み出す」そんな熱気にあふれている※トリプル・ダブリューでは、製品開発にあたってアンケートやフィジビリティスタディーに協力していただける介護事業者さまを募集しています。ご興味のある方は下記の公式サイトからお問い合わせください(2015年5月現在)
http://dfree.biz/

【文: 高木沙織(verb) 写真: 芹澤裕介】

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