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2013.09.27 UP

“その人らしく生きて、死ぬ” 社会づくり 現場で求められるロボティクス

千葉工業大学在学中に宇井吉美さんが立ち上げたのが、介護福祉分野のロボット開発を行うベンチャー企業abaです。家族の病気をきっかけに「技術で介護をする人を支えたい」と考えた宇井さん。介護現場に足を運び、開発したロボットが間もなく実用化されようとしています。がんばらない“クールな介護”をめざす宇井さんに、開発秘話を聞きました。 (※この記事は2012年以前のもので、個人の所属・仕事内容などは現在と異なる場合があります)

人の手以外の方法で介護する人を支えたい

中学生の時、昔から働き者で元気だった祖母が突然うつ病になりました。

ただ当時は家族のうつ病に対する理解も浅く、「うつって病気なの?」といった調子で、とくに気に留めず祖母と接していました。しかし、数ヵ月が経過すると、祖母が繰り返し発する「私の人生、何一ついいことなどなかった」という愚痴に家族の方が疲れ果てていきました。祖母がリビングにいると家族はリビングに近づかないという状況になり、家族ひとりすら大事にできない自分の弱さが情けなくなりました。それでも祖母はまだ軽度の症状でしたから、「もっと重度の人や重い障害を抱えている人の介護の大変さって・・・。

これから高齢化が進む日本や世界はどうなるんだろう?」という不安が湧きあがり、「これからは人の手だけじゃなくそれ以外の方法も使って支えていかないと、支える側の家族や介護士が潰れてしまう」という思いを抱くようになりました。私が介護に関心を持ったのはこの時です。理系科目が得意だったこともあり、技術で介護する人を支えられないかと考えるようになったのです。

人の介在価値を最大化するロボティクス

高校で理系を選択した私は、介護する人を技術で支える研究に関われる進学先を探していました。その中で衝撃を受けたのが、ある大学のオープンキャンパスで見たロボットエキスポ。人と会話するコミュニケーションロボットやスーパーに買い物に行ってきてくれるロボットを見て「こんなことができるんだ、すごい」と驚きました。

それが「介護には、人の手以外も必要だ」という中学時代の原体験とつながり、思わず自分の思いをその場にいた教員の方に伝えていました。すると教員の方が、「そういった研究であれば青山学院大学の富山健教授が詳しいよ」と情報を教えてくれました。その頃、富山教授が青山学院大学から千葉工業大学に移り「未来ロボティクス学科」を立ち上げたこともあり、私も迷わず千葉工業大学に入学。念願の富山研究室に入って、最初に気付いたことは人の心を最終的に癒せるのは人だということでした。これまではロボットや機械が介護をする人の代わりになったらすばらしいと思っていましたが、できるのはあくまで作業の一部やちょっとした癒しの範囲。

ロボットは、介護者支援はできても介護はできません。担うべきは介護者の負担を軽減し、その憂いをなくすこと。
そういう形で問題を一つひとつ解決していくことが、私の目指すロボティクスです。

現場に通い、本当のニーズを理解する

富山教授の方針で、富山研究室に配属されると全員が介護施設に実習に行きます。現場の声からエンジニアリングが始まると教授が考えているからです(※1)。1日はデイサービス、もう1日は特別養護老人ホームに行き、介護の現場でロボットに何かできることはあるのか、何が求められているのかを調査します。

その時に現場の方からよく出た意見が「おむつの中の尿を検知するものが欲しい」ということでした。すでにおむつに濡れセンサーを入れて水分を検知する機械などいくつかその機能を提供する物はあったようですが、コストの懸念からあまり普及していませんでした。

さらに話を聞いていくと、介護職のみなさんはオムツを換えること自体を苦痛に思っているわけでも、それに対して楽をしたいわけでもありませんでした。むしろオムツを外していこうとする中で、介護職のオペレーションの都合で何回も換えてしまうことや何度もおむつを開け確認してしまうことが、相手に申し訳ないと思っていたのです。

現場のニーズは、おむつを開けずに排泄タイミングを知りたいということ。

つまり利用者さんの「排泄リズムをつかみたい」ということが最も優先度が高く、次に「セッティングを簡単にしたい」「コストを抑えたい」といったことが重要であることが分かりました。その現場でつかんだ事実を元に、これまでの水分検知ではなくにおい検知(尿中のアンモニアを検知)で排泄リズムをつかむための製品を検討することになりました。

※1 【富山教授の視点 その1】 エンジニアリングとは
エンジニアは絶対に製品が使われる現場に行かなくてはいけないと私は考えています。相手があっての工学ですから、現場でユーザーの本音を聞くべきです。エンジニアリングするということは、それを「実際に使えるものにすること」。原理を知っていることと、それを現場で本当に使えるものにすることはまったく次元の異なることなのです。

現場の人が使いたいものを
ともに作り上げる

私たちが製品化を目指す排泄検知シート『Lifilm(リフィルム)』は、排泄物から出ているにおいを検知する装置です。濡れではなく、においで検知する仕組みについては、過去に研究されたことはありましたが、まだ製品化の例はありませんでした。濡れ感知センサーのほうが、尿の量がわかったり、尿と便の識別ができたりするという利点があり、先行していたからです。

そこで私たちは排泄物の検出だけに機能を絞ったシンプルな製品を志向し、まずマットレス型のプロトタイプを創りました。マットレスの一部をくりぬいてそこに溜まったにおい成分を外付けのセンサーで検知する装置です。

しかし、現場から「マットレスは大きすぎて使えない」ということで一蹴されました。自ずとコンパクト化が新たなテーマとして浮上し、改良版はシリコン製の50cm四方のシートをベッドの上に敷き、においを吸引する細い管を外の小型センサーにつないで検知する仕組み。現在はこれをベースにさらに現場の声を反映しながら、素材などの改良や量産化の検討を進めている段階です。

ビジネスコンテストの締めは
「私は今日、会社を設立しました」

3年生の終わりごろ、改良を重ねてやっと試作機ができたので、製品化に向けた協同研究ができないかと介護機器メーカーに持ちこみました。大学院に通いながら研究を続けようとおもっていたのです。ところがその話が進みはじめた矢先、東日本大震災が発生、計画は白紙に戻ってしまいました。

他の介護機器メーカーにオファーができる状況でもなく、製品化をあきらめかけた時、大学の産官学利用課から学生ビジネスコンテストin CHIBA(※2)のことを教えてもらいました。そして「審査員の経営者の方々から何か有益な意見をもらえるかもしれないからやってみなさい」と背中を押され応募。書類を提出し、一次審査をクリアすると不思議なことに、自分の中で「この技術を世の中に出していこう」と起業の気持ちがはっきりと固まりました。

応募者の条件にも “起業を1~2年以内にする意志がある人”とあったので、ちょうど二次審査の日に合わせて会社を登記。プレゼンテーションの最後では「私は今日、会社設立しました」と本気度をアピール。結果、グランプリを受賞、はじめの一歩を踏み出すことになりました。(※3)

※2 学生ビジネスコンテストin CHIBA (財)千葉市産業振興財団設立10周年を記念し、学生の優秀なビジネスプランを表彰する千葉市主催の学生向けビジネスコンテスト。http://venture.wtwt.jp/※3 【富山教授の視点 その2】 エンジニアにも求められる“営業力”

もともと私の専門は数学のシステムサイエンスという分野で、アメリカの大学で研究をしていました。アメリカの研究室は自分で企業の出資を募らないと研究もままならないため、人工衛星の姿勢制御や大気のモデリング、鶏の健康管理などありとあらゆる分野にシステムサイエンスを応用し、出資先を開拓しました。宇井の場合は必要と判断すればビジネスコンテストやベンチャーキャピタル、一般企業にアプローチし、資金を獲得して来る才能がある。私など問題にならないくらい精神的に強いですよ。

異なる技術のコラボレーションで
新しいサービスを創る

大学卒業後は会社を経営しつつ、研究生としても大学に籍を置き、製品化に向けて検討を進めています。研究室のOBには、電子回路の開発者や通信ネットワーク関係の技術者など多様な人材が揃っていますし、OBから紹介いただいた人脈もあります。その中から『Lifilm』に興味を持ってくれた先輩や友達などに声をかけて、開発を手伝ってもらっています。

例えばシートの金型製作では金型に詳しい友達の友達に設計図を起こしてもらい、みんなで金型を作り上げました。プロの金型屋さんに頼むと70万円位はするので、これは苦しい経営状態の中とても助かりました。異分野のメンバーとのコラボレーションでは、設計・開発の手法について「こんな方法があるよ」「こっちの方法の方が効率いいよ」といったアドバイスをもらうことができるので、より効率的にゴールを目指すことができます。技術者の世界は分野が縦割りでバラバラになっていることが多いので、異なる分野の技術をうまく組み合わせることができれば大きな力になる。

これはまだ先の話ですが、『Lifilm』の開発を通して得た知見を元に、将来的に異なる分野の技術者をプロジェクトにマッチングしていくサービスの開発などもできたら面白いなと思っています。

将来的には
“排泄リズム”を管理するソフトを目指して

実は起業について両親は反対でした。
両親も商売人で事業がいかに大変なことかを知っていたからです。

ただ、グランプリを獲ってメディアに露出するようになったことで、徐々に活動を認めてくれるようになりました。今は、製品化に集中するために、親に援助してもらっていますが、「千倍にして返すから(笑)」と話しています。資金面でもやっとベンチャーキャピタルからの出資が決まり、現在その手続きを進めている段階。また別のルートでも大手企業から出資が得られそうで、それが決まれば製品化に向けての資金面の不安はなくなります。この製品は導入してすぐに経営効率アップにつながるというものではなく、どちらかというと介護職の作業を軽減し、余力をサービス向上につなげていただくというもの。

そのため今後は、まず高級老人ホームや比較的余裕のあるデイサービスなどを中心に導入を推進し、ある程度普及が進んだ段階で、価格の再検討も含めて一般的な施設への導入を進めていきます。赤ちゃん向けニーズもあると考えているので、保育所や幼稚園への展開も想定しています。製品を2014年2月14日にリリースし、上記の戦略を実行していくというのが今のシナリオ。

将来的には中国を中心としたアジア圏への展開も視野に入れています。ハード自体はコピーされるリスクもあるので、収集したデータをもとに利用者の“排泄リズム”を管理し、最適な介護職のサポートタイミングを計算するソフトを最終的にビジネスの核としていきたいと考えています。

“よく死ぬ”を実現するための
エンジニアリング

私たちの企業理念は“よく生まれ よく生き よく死ぬ”未来づくり、社会づくり、です。

最後に“よく死ぬ”と付けたのは、大学4年生のときに京都大学の心理学の著名な先生とお話させていただく機会があって、祖母のうつ病について相談したことがあったためです。「自分の人生を嘆いてばかりいないで謳歌して欲しい」という私の意見に対して、先生は「それは君のエゴ。どう生きるかは本人の決めることだし、辛いことも含めての人生。それよりも最期のゴールテープをどう切るかということのほうがよっぽど大事なことだよ」とおっしゃったのです。

その人らしく“生きる”そして“よく死ぬ”。その言葉は深く私の胸に刻まれ、起業するきっかけをくれ、企業理念として今も大切にしています。「高齢者が安心して最期を迎えられるような未来を創ろう、それを実現するための方法の一つとしてのエンジニアリングでヘルスケアを支えていこう」というのが株式会社abaの理念の根幹にあります。

「介護はクールだ」そんな日常にしたい

介護を日常にしたいと私は強く思っています。
自分の家族の介護も、職業としての介護も、現状はその大変さのために大多数の人にとって非日常になってしまっています。

でも私がそうだったように自分の家族を世話することを非日常にしてはいけない。

そのために技術屋としてサポートしていくところに私たちの存在意義があると思います。介護でものすごく頑張って支えている人がいることを私も知っていますが、私はそこをもっと肩肘はらずに、頑張らずに、自分らしくやっていけるような状況にしたい。

もっとさりげなく介護っていいよね、介護ってクールだよねと思える状況にしたい。
だから会社のHPやパンフレットのデザインもこれまでの介護のイメージとは一線を画すものを目指しています。

「介護はクールだ」そう思えるような日常こそ、まさに私たちがデザインしたい未来なのです。

【文: 高山 淳 写真: 山田 彰一】

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