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2016.04.21 UP

ロボットで現場はどう変わる?Kinectに見る最先端の取り組みとは

介護にITを取り入れる動きが活発だ。中でも異色の取り組みを続けているのが、東京都大田区で複合福祉施設を運営する社会福祉法人善光会が2013年に設立した「介護ロボット研究室」。その名のとおり、介護の現場にロボットを導入しようとさまざまな取り組みを行っているが、一番の特徴は、介護の現場である社会福祉法人がそのような研究室を持っている点だろう。さっそく、特別養護老人ホーム「フロース東糀谷」の施設長の宮本隆史さんに話を聞いてみよう。

テクノロジーで業界を変える!
研究室の3つの活動内容とは

2005年に設立され、特別養護老人ホームや介護老人保健施設、デイサービス、グループホームなどさまざまな高齢者サービスを手掛けている社会福祉法人善光会。現在は複合施設「サンタフェ ガーデン ヒルズ」など、6つの施設を運営している。

「設立にあたって寄付してくださった方の思いの中に、『業界を中から変えていこう』という強い気持ちがありました。ですから、われわれには『オペレーションの模範となる』『業界の行く末を担う先導者となる』という思いがDNAとしてあるのです」

「法人設立以来、業界を変えていくにはテクノロジーが必要だという考えのもと、技術的な取り組みに力を入れてきました。2009年にはCYBERDYNE株式会社と提携し、福祉施設で最も早く介護ロボットスーツHAL(R)を導入。その後も、テクノロジーを使った取り組みで社会貢献に寄与してきました。そうした各施設・各部署で行っていた取り組みを集約し、より効率的・効果的に取り組むために、2013年8月に介護ロボット研究室を作ったのです」

研究室の活動は、大きく3つに分類される。1つ目が「自ら開発を行うこと」。2つ目が「他社が開発したロボットを施設に導入すること」。そして3つ目が「メーカーとの共同実証を行うこと」だ。

骨組みを認識するデバイス活用で
斬新なプログラムを開発!

「われわれが作ったものを世の中に広めて、業界全体がよくなってほしいという思いで開発を行っています。ですから巨額の投資を行ったりはせず、『かゆいところに手が届く』ようなツールやシステムが主力となっています」

研究室として最初に取り組んだのが、現場の職員の間で頻発していた「腰痛問題」の解消だ。まずは腰痛予防体操を考え、さらにその体操を一緒にやってくれるロボットを開発。これが好評で、現在も楽しく体を動かすために欠かせないものになっている。

「そんな中で、腰痛になるのはスキルの問題もあるだろうという議論になりました。ベテラン介護職員は問題ないが、若手、特に男性が力任せに移乗を行うと、腰に負担がかかってしまう。つまり、姿勢の取り方にヒントがあるのではないかと。ちょうどそのタイミングで、マイクロソフト社が『Kinect』というセンサーを発売したのですが、これで何か作れないかと考えて、生まれたのが2つのプログラムです」

「Kinect」とは、センサーによって体の動きを骨組みから認識できるデバイス。その特性を活用し、ベテラン介護員の移乗介助の動きを撮影して腰に負担がかからない動き方を分析した。それが「Kinectを利用した移乗トレーニングプログラム」だ。体に負担がかからない理想的な動きを習得できるため、新人研修などに取り入れていこうと計画している。

もう一つが「歩行測定プログラム」だ。骨格認識を通じて歩き方を数値化し、分析する画期的なプログラムとなっている。

「例えば特別養護老人ホームだと機能訓練指導員が、介護老人保健施設だと理学療法士・作業療法士が配置されるため、専門員の目で『機能が低下しているな』などと判断できます。しかし、グループホームのような施設では介護士のみですから、なかなか専門的なことができません。そこで、Kinectを活用して誰もが簡単にお客様の状態を把握できる仕組みを作ろうと考えました」

これらのプログラムはすでに完成している。施設内で活用しながら、製品化に向けてブラッシュアップ中だ。近い将来、さまざまな施設で活用される日が来るだろう。▲歩行測定プログラムの実施風景。体の動きを骨格で捉えるので、微妙な変化を数値で見ることができる。おかげで、取るべき改善策が早く見つけられる

介護施設が運営する研究室だから
現場の声を直接聞けることが強み

Kinectの例からも分かるように、「いち早く」取り入れることが同研究室の特徴だ。

「これらのプログラム以外にも、2010年にはiPhoneアプリ『介護マニュアル』をリリースしています。これは日・英・中の3カ国語に対応しており、世界中で10万ダウンロードを超えています。また、東日本大震災で被災現場における介護が課題となった際には『介護マニュアル(災害編)』をリリース。タオルを使った簡単な介助方法など、ちょっとしたテクニックをまとめた手軽に読めるアプリです」

介護施設にもかかわらず、多数のエンジニアが在籍する同研究室。彼らがすぐそばにある現場の声を聞き出し、「あったらいいな」を形にする。そうした距離の近さとフットワークの軽さが、何よりの強みなのだ。▲コミュニケーションロボットも介護ロボット研究の対象。お客様の嗜好はさまざまであり、どのようなロボットがよいかの選定は難しいが、お客様の反応を見ながら積極的に導入している

次々に生まれるロボットを
いち早く施設に導入し検証する

研究室の2つ目の活動が、他社が開発したロボットを施設に導入すること。

「従来より継続的に取り組んでいるのが、ロボットスーツHAL福祉用(R)の導入です。ただ現場で使うだけでなく、トレーニングマニュアルを作成して現場定着を行ったり、実際にお客様が装着してトレーニングを行った際の内容・課題をメーカーにフィードバックしたりと、商品開発の一部を現場レベルで担っています。大学とタイアップして効果実証も行いました」(施設長・宮本隆史さん)

ロボットの導入に際しては、「まずは使ってみよう」という気持ちを大切にしている。

「我々が技術的にすごいと感じ、将来的に使えそうだと思えたものは、とりあえず導入してみます。HAL(R)についても、画期的なテクノロジーだからこそ、どんなものなら現場で使いやすいかを一緒に考える。というのも、介護・福祉の現場では、エビデンスがないと導入されにくいんです。われわれは先導者として、いいものは積極的に取り入れ、自分たちでそのエビデンスを作っていこうと。それを信念として掲げています」(宮本さん)

介護ロボットについては、厚生労働省が重点分野として公表している。その流れから、いろいろなメーカーが新しいプロトタイプロボットの開発を進めている。例えば高齢者が押して歩ける「電動歩行アシストカート」や、居室内にセンサーを取り付けてベッドからの転落を事前に防ぐ「見守り支援機器」など、介護の工程ごとにさまざまな商品が生まれている。それらをいち早く導入することも、研究室のひとつの役割である。 ▲CYBERDYNE株式会社が開発したロボットスーツHAL福祉用(R)は、人間が発する生体電位信号を感じ取り、体を動かす画期的なロボットスーツだ

「現場で役立つか?」の観点で
さまざまな実証に参加

活動の3つ目が、現場のニーズを知りたいメーカーとの共同実証だ。興味のある技術に対して直接コンタクトをとるケースや、逆にメーカーから「うちの技術を」と声がかかる場合もある。

「最近では、NTT東日本とヴイストン株式会社らが共同開発した、映像とロボットの連動による介護レクリエーションの実証を行いました。これは、ただ動画を流すだけでなく、内容に合わせてロボットがセリフを読み上げたり、一緒に動いてくれたりするものです。『体操が始まるよ』『3+3は?』などと読み上げてくれるのですが、コンテンツとロボットが組み合わさることで現場での取り組みがよりスムーズに行えるメリットがありました」

やはりここでも、観点は「現場の役に立つかどうか」だ。このロボットの場合、お客様がクイズに答えることで脳が活性化され、しかも楽しめる。一方で介護職員の仕事を少しでもロボットに任せられれば、その時間を別の仕事にあてることが可能となる。▲レクリエーションロボット「Sota」。音声を読み上げたりすることで、楽しさを演出する

教育の現場から介護を変える!
「ロボット介護専門士」の育成も

最後に、今後、研究室が目指したいことについて伺った。

「施設として明確に掲げているのが、『介護業務の25%軽減』です。今後ますます介護職員が不足するといわれる中で、仕事の効率を向上させることは大きな課題でもあります。ロボットの導入で主に間接介護といわれる掃除や記録、環境整備といった業務を軽減させ、その時間を直接介護にあてられるようにしていきます」(宮本さん)

さらに、教育現場から変えていきたいと宮本さんは熱く語る。

「専門学校や養成校などでは、『人が人の面倒を見るのが素晴らしい』という教育を行っています。もちろんそれは間違いではありませんが、それが全てではないと思います。彼らが現場で働くようになったときに、実際にロボットが活躍していたら、抵抗を感じる場合があるかもしれない。であれば、あらかじめロボットの必要性をもっと伝え、介護ロボットを扱うことに抵抗のない介護士を増やすことが、われわれが目指す介護ロボットが活躍する社会を実現するための第一歩になるはずです」

そのために、研究室のメンバーが学校でセミナーを行ったり、説明会や講演を行いながら啓蒙活動に取り組んでいる。

そしてもう一つは、「ロボット介護専門士」の育成である。

「機器の導入については、施設内の特定のユニットに集中的に行っています。そしてそのユニットの統括リーダーを『ロボット介護専門士』と命名し、第一号生として育成しているところです。彼を育てることで、若い人が『自分もこんなふうになってみたい』と思えるような、新しいタイプのロールモデルを作っていきたいと考えています」

このようなビジョンを描けるのは、ITの導入が現場の動きと包括的に進められるからだろう。介護施設発のロボットの導入に、今後も要注目だ。▲「現場で役立つロボットは、全て介護ロボットだと考えています。色眼鏡をかけず、役に立つだろうという視点で広く見ていきたい」と宮本さん

【文: 志村 江 写真: 桑原克典(東京フォト工芸)】

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