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2023.12.26 UP

「洗濯」を通じ、障がいのある人と社会の人々が支え合う文化をつくる/「洗濯文化研究所」

2022年3月、社会福祉法人愛川舜寿会が神奈川県・愛川町に開設した「春日台センターセンター」。昭和40年代からこの愛川町春日台地区の中心にあったスーパーマーケット「春日台センター」の跡地を利用し、グループホーム・小規模多機能型居宅介護・放課後等デイサービス・就労継続支援A型・B型事業所などを包括した複合施設です。「『春日台センター』をもういちど、このまちの中心(センター)に」という思いを込めて「春日台センターセンター」と名付けられました。

2023年には国内建築賞で最も権威ある賞である「日本建築学会賞(作品)」を受賞。2023年グッドデザイン賞「金賞」にも選ばれた。「地域共生文化拠点」として、高齢者や障がい者といった福祉サービスの利用者だけでなく地域の幅広い世代の交流を促進する福祉事業の新しいデザインが注目を集めています。

その春日台センターセンターの一角にありコインランドリー・洗濯代行サービスを提供する「洗濯文化研究所」。「洗濯の在り方」にフォーカスし、「誰もが生きやすい社会」と「新たな文化を作る」ことを目指す取り組みです。一見洗練されたカフェランドリーという雰囲気の店舗デザインですが、障がいのある人など何らかの生きづらさを抱えた人の働く場として、就労継続支援A型で運営されています。愛川舜寿会の理事長であり洗濯文化研究所代表の馬場拓也さんにお話を伺いました。

目次

社会構造の変化に伴って増す「家事労働」の負担を軽減するサービスを
「コインランドリー」と「洗濯デリバリー」で暮らしを支える
家庭の洗濯では真似できない「ハイクオリティ」を追求
「支えられる人」から「支える人」へ
丁寧な洗濯は「サステナビリティ」「SDGs」の実現にも寄与する

社会構造の変化に伴って増す「家事労働」の負担を軽減するサービスを

―― 「洗濯文化研究所」を設立した背景・コンセプトをお聞かせください。

障がい者が働ける場所がない、人と触れ合う場面がないという課題を知り、利益を生み出し、その利益を「社会」と「生きづらさを抱える人」に循環させるモデルを作ろうと考えたとき、私たちの日常生活に密着した家事労働である「洗濯」に注目しました。
近年、女性活躍推進、共働き世帯の増加などを背景に、働き方・暮らし方・家族の在り方が変化しています。それに伴い、かつては「女性の仕事」とされていた家事労働の負担が重くなっています。これを軽減できないか……と考え、どの家庭にも欠かせない「洗濯」に着目しました。(社会生活基本調査〔総務省2021〕より)

仮に毎日1時間半を洗濯の作業(洗濯・乾燥〔干す/取り込む〕・畳み)に費やした場合、年間で548時間にも達します。忙しい現代社会の中で生きる人たちがこの時間を削減できれば、生活にもう少しゆとりが生まれるでしょう。一方、障がいのある人はサービス提供者になることで、地域とつながり、社会的な活動に参画することができます。一般的には「支えられる」立場である障がい者が、社会を「支える」役割を担えるんじゃないかと。

また、福祉の世界に入る前はアパレル企業で働いていた経験から、「衣類を同じサイズに整え、丁寧に畳む作業」は根気強さが必要なことと、プログラミングされた動きの反復でもあることが分かっていましたから、洗濯乾燥後のこの作業を切り取って「畳む」仕事にできないだろうかと考えました。「洗濯」という観点から社会の在り方を考え、洗濯物を預ける新しい文化を作ろうと、「洗濯文化研究所」(以下「洗文研」)として取り組みを開始しました。

「コインランドリー」と「洗濯デリバリー」で暮らしを支える

―― 春日台センターセンターを訪れると、「コインランドリー」施設が目に留まりますね。

一般的なコインランドリーは文字情報が溢れ過ぎていて非常に雑多な印象を受けます。洗文研では、高齢の方、障がいのある方、この地域に多い外国人の方も使いやすいよう、マシンの操作手順を明瞭に伝える、シンプルな日本語とピクトグラム(案内記号)を採用したオリジナルのデザインにしています。ここでもグラフィックデザイナーと協働で取り組むことで、情報の交通整理をし、デザインという非言語コミュニケーションで必要な情報を齟齬なく受け取ってもらえることに重点を置いています。それに加え、普通は無人で運営されることが多いコインランドリーですが、洗文研はスタッフが常駐していて、サポートも可能です。

スタッフは社会福祉士・介護福祉士など福祉の専門職たちです。洗濯機・乾燥機を回している待ち時間には、介護や生活上の悩みなどの「よろず相談」にも対応しています。

この他、「洗濯デリバリー」のサービスを提供しています。ご自宅などに訪問して洗濯物をお預かりし、洗濯・乾燥・畳みまで完了させてお届けする「洗濯代行」のサービスです。
最新型の高機能マシンで、衣類に合わせたコース設定で衣類の汚れをしっかり落とします。お預かりしたデリバリー専用バッグごとに洗濯するので、他のお客さまの洗濯物に触れることはありません。ガス乾燥機でふっくらと仕上げ、1枚ずつ丁寧に畳み、型崩れがないようパッキングしてお返しします。
ユーザーはスマホからLINEで簡単にオーダーができます。サービスを利用いただいたユーザーからは、こんな声が寄せられています。
※LINEで全国から洗濯物の注文が可能 ▶ https://liff.line.me/1645278921-kWRPP32q/?accountId=962kcmos&fbclid=IwAR3-nThMhD_hmdHXokoAkVqkqpfOL9aAf597je2L5mvCmkL3IHpSfLeZ_bc
【洗濯文化研究所 洗濯デリバリー | LINE Official Account】

「産後で家事をするのがつらかったけれど、肌着などこまめに洗いたい洗濯物も多いので助かった」(30代主婦/女性)
「仕事に出るため外に干せず、室内乾燥か乾燥機を使うが、厚手のものは乾きにくく悩んでいた。仕事の間に洗濯をお願いできるのは非常に助かる」(30代美容師/女性)
「布団を自宅で洗うのはハードルが高い。自宅まで来てくれるのはとてもありがたい」(40代会社経営者)

このように、育児中の方や仕事で多忙な方の負担の軽減に役立てていただいています。
ちなみにデイサービスを利用するおじいちゃん・おばあちゃんをお迎えにあがったとき、一緒に洗濯物も預けていただき、夕方おじいちゃん・おばあちゃんを家まで送る際に一緒にお届けすることも可能ですよ。ご家族にとって、介護の負担と家事の負担、両方の軽減につながれば、と思います。

家庭の洗濯では真似できない「ハイクオリティ」を追求

―― 「クオリティ」も大切にしているそうですね。どんな点にこだわっていますか?

洗剤とリンス剤は、合成着色料や人工香料を使っていないオーガニックの洗剤を使用しています。
近年の家庭用洗剤は「香り」を打ち出したものが多いのですが、香料などの化学物質が衣類に残り、アレルギーを引き起こすこともあるんです。それに気付かず使い続けてしまうことで、心地よい生活が遠ざかってしまう。
そこで、洗文研では石鹸と100%天然由来原料で作られた洗剤にこだわっています。大阪で大正時代からの歴史を持つ木村石鹸工業が開発した「SOMALI(そまり)」です。

木村石鹸工業は、Forbes JAPANの「SMALL GIANTS 2019」にも選出された企業。同社4代目の木村祥一郎社長は、IT起業家を経て家業の石鹸製造を継いだという異色の経歴を持つ方です。「洗濯の本質は、大切な衣類を長く使うためのケア」という考えから、生地を傷める化学物質を使わず、創業時からの「釜焚き製法」によって石鹸のもとから手づくりをされています。その理念に強く共感したこと、赤ちゃんや敏感肌の方にも安心していただけることから、「洗文研ナチュラル」コースでは同社製品を使っています。
実際、肌が弱い方など、気に入ってくださっているリピーターのお客さまもいらっしゃいます。
なお、コースによってはヤシ油を原料とする「peu(ピウ)」も利用しています。丁寧な洗い工程で、ピュアな洗濯洗剤を使用することで、その人の生活を整えている。そういう気持ちで質にもこだわっています。

「支えられる人」から「支える人」へ

―― 洗文研は「就労継続支援A型施設」とのことです。A型を利用しているスタッフさんはどのように働いていらっしゃるのでしょうか。

洗濯デリバリーサービスには、さまざまな仕事があります。具体的には、
●引き取り(ご自宅に伺い専用バッグで回収)
●検品(衣類の汚れ・破れ・ほつれなどの確認)
●洗濯(洗剤・柔軟剤を計量カップで正確に量ってマシンに補充)
●乾燥(一点一点を裏返しマシンにてタンブリング〔叩き〕乾燥)
●畳み(衣類を同じサイズになるように畳む)
●梱包(色・種類・大きさなどきれいに揃えて袋に入れて圧縮)
●お届け(ご自宅まで届ける)
●マシンと店内の清掃
などがあります。

一人ひとりの能力や特性に合わせた業務をコーディネート。意欲と経験に応じて、少しずつお任せする仕事の範囲を広げていきます。コミュニケーションがとれるスタッフには当然接客もしてもらいます。
洗濯にまつわる業務には、障がいのある方の特性を生かせるものがいろいろとあります。例えば、洗濯前・後の衣類をチェックする作業では、細かな汚れや変化に敏感に気付くことができる人もいます。マシンの清掃では隅々まできれいにすることに使命感と喜びを感じ、徹底して磨き上げる人もいます。「このマシンの取っ手を拭き上げることが私の仕事なんです」と誇りを持って日々、ピカピカに磨いてくれるスタッフがいます。そもそもコインランドリーは「無人」の24時間営業であることが多い業態ですが、洗文研では日中スタッフが在駐していることで、いつでも清潔できれいな店内をキープすることが担保されています(コインランドリーの営業時間は5:00~25:00)。

▲店内はスタッフが掃除を毎時間しているため、とても清潔感がある。

洗濯物を畳む作業では、集中力を発揮してスピーディに整然と畳み上げてくれます。車いすの方でも高さを合わせられるよう机を可動式のものにするなどの働きやすい環境を整えています。デリバリーサービスのお客さまからは「崩すのがもったいないほど美しく畳まれている」「洋服店のように畳んでいただいたので、クローゼットもすっきりした」という声もいただいていますよ。そして能力を生かしながら誰もが働きやすいように、作業の見える化・構造化をすることで、障がい者の就労支援事業だからという言い訳をせず、市場で勝負できる一定のクオリティを担保していかなければなりません。またランドリースペースはカフェとしての機能もあり、入れたてのコーヒーやチュロスなどを楽しんでもらうこともできます。

―― 障がいのあるスタッフさんがよい方向に変化した効果は感じられますか?

やはり一番はお客さまに洗濯物をお届けした際に、感謝されたり褒められたりすることが励みになっています。
ふっくらと仕上がり、きれいに畳まれた洗濯物を受け取ると、お客さまはうれしい。それを届けてくれた障がいのあるスタッフにも笑顔を向けて感謝の言葉をかけます。日常的に利用している90代の方が、「いつも助かっている」と差し入れを持ってきてくださることもあります。そういった人との触れ合いや、直接届く感謝の言葉や厚意にスタッフは、「自分は必要とされている」と実感できるんです。しかし、これは障がいがあるなしに関係なくわれわれの自己肯定感を上げられる出来事ですよね。そのため、仕事に行けなかった(これまで仕事が続かなかった)人が継続して仕事ができています。このことは社会参加への大きな一歩です。そして逆に例えば、ひとり親の家庭に障がいのある洗文研のスタッフが仕上がった洗濯物をお届けする。その親御さんにとっては、丸一日仕事や家事に追われる中でも、きれいに畳まれた洋服をタンスに入れるだけでいい。そうすると、「あの人」が来てくれることが楽しみになるんです。このように社会の側が実際に、触れる、関わる、言葉を交わすという反復の先に、自分以外の誰かをちょっと気にかけられる社会があるんじゃないかと考えています。

通常、社会における障がい者は「支えられる人」。でも、洗文研では家庭や社会を「支える側」に立つわけです。「彼らがいてくれて助かる」という存在として、家庭の支援者として地域の人々とつながり、地域の中での役割を担える。その点に、この事業の意味があると考えていますし、そういう日常の中の実感ある相互作用が本当のダイバーシティなのだと思っています。

丁寧な洗濯は「サステナビリティ」「SDGs」の実現にも寄与する

―― 洗文研の取り組みについて、これからの展望をお聞かせください。

神奈川県・愛川町で始めた取り組みですが、幅広い地域から洗濯デリバリーサービスのご要望をいただいています。家事のサポーターとして、共働き家庭が多いタワーマンションなどからの依頼があります。また、エステサロンやマッサージ店などの企業さまから、特有の匂いが残らない洗文研のクオリティを気に入っていただいています。この事業の持続可能性を高めるためにも、私たちの洗濯の質の高さや価値を求めている方へ向けて、ニーズに応じて提供範囲を広げていきます。初めは近隣地域を対象にしていましたが、要望も多く、全国から宅配業者を仲介し、衣類や布団を洗文研にお預けできるようになっています。

また、違う観点でも私たちの取り組みは新たな文化を作ることができるのではないかと思っています。最近は、物を大切に長く使うという考え方が社会の中で少しずつ薄れてきている。アパレル業界では、商品の回転サイクルが短くなり、大量廃棄が問題となっています。1990年代から台頭したファストファッションが消費者の間に根付き、衣類の大量生産・大量廃棄が当たり前になりました。しかし、このファストファッションの背景には、CO2の大量排出や海洋汚染など、多くの環境問題が含まれています。1着を長く着るというより、1シーズンで捨てて買い替える傾向が強くなっています。「1シーズン着られればいい」という考えから、衣類の洗濯やケアに対して無頓着になっているのではないでしょうか。衣類や環境に負荷をかける洗濯方法や洗剤がある一方で近年は、「サステナビリティ」「SDGs」への意識が高まってきました。洗文研の取り組みはその思想に沿っていて、実現に寄与できるものだと思っています。

私は福祉事業に参画する以前は、アパレル業界でファストファッションやラグジュアリーブランドに長く携わってきました。その経験からも、いまのアパレル業界がSDGsと逆行している現実に課題意識を持っています。だからこそ、生地を傷めず、環境に負荷をかけない洗剤を使ったまじめな洗濯から、衣類をケアし物を大切に長く使う文化が育まれればとこの事業にチャレンジしています。そして、洗文研ではそれらのケアを提供するだけではなく、洗濯サービスを利用していただくことで生まれる利益が障がいのある人たちへと循環するモデルを作ることを目指しています。洗濯を通じて生まれる、社会と人を豊かにするソーシャルグッドなこの事業を関わる全ての人々に丁寧に提供していきます。

【文: 青木 典子 写真: 洗濯文化研究所】

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