介護業界人事部
2022.08.16 UP
中途採用での入職者が多くを占め、新卒採用がなかなか進まないという課題を抱える介護業界。そうした中、従業員数約300名規模ながら、毎年度10名以上の新卒採用を実現しているのが、兵庫県明石市で高齢者福祉施設「清華苑」を運営する社会福祉法人三幸(みゆき)福祉会です。
2022年4月の新卒入職者は17名、うち8名が福祉系学部ではない一般学部卒。前年・2021年の新卒入職者は14名、うち8名が一般学部卒。
この実績を築くまでにどのような活動を行ってきたのか、採用を担当する法人本部統括部長の田村智之さんにお話を伺いました。
幅広い層に情報を届けるため、あらゆる種類のメディアを活用
―― 新卒入職者の約半数が一般学部卒とのことですが、三幸福祉会をどのようにして知ってもらい、興味を持ってもらうのでしょうか。
普段から求職者との接点を増やすことを意識しています。
法人のホームページ内に「新卒採用特設サイト」を設けるほか、各種SNSでの情報発信、手作りの広報誌の発行、新聞の取材誘致、地域のイベント参加、学校への講師派遣など、目に触れる機会や耳にする機会が多いほど親近感を持ってもらえるという「ザイオンス効果」を狙い、あらゆる手段で発信しています。
●SNSでの発信
もともと法人のホームページ内のブログでは、ご利用者さんのご家族に日々の様子を伝えるため、また地域の方々に私たちの存在や活動を知ってもらうため、スタッフが日常で撮影した写真を掲載しています。
その写真の中から、自然な姿や表情が伝わる写真をピックアップしてSNSに転載します。
コロナ禍で面会が制限された間、特にSNSでの発信に力を入れたので、フォロワー数は以前の10倍以上に増えました。
▲三幸福祉会のInstagramページ。職員が日常的に撮影する写真を投稿することで、ご利用者さんと職員との自然な雰囲気が伝わるページになっている
ただし、単に面白い投稿をして閲覧数や「いいね」を増やすことは目指しません。
大切なのは「自分たちらしさ」を知ってもらうことなので、コメントの内容や言い回しなどを細かくチェックし、これまで積み上げてきた法人のイメージに沿うような発信をしています。
●新聞の取材を誘致
地元の新聞社に、「こんなイベントを開催します」「こんな取り組みをしています」といった情報を提供し、記事にしてもらうよう働きかけています。
実現確率は半分以下ですが、これを繰り返すうちに取材してもらいやすい「ネタ」は何かというのがつかめてきます。
先日は、新型コロナウイルス感染者や医療関係者への差別・偏見をなくすことを目指す「シトラスリボンプロジェクト」に注目し、ご入居者さんによるシトラスリボン作りを企画。その活動が神戸新聞で紹介されました。
それがきっかけでイギリスの大手新聞「ガーディアン」からも取材を受け、さらにその特派員の京都国際写真祭への出品にも協力……と、思わぬ方向へ発展。これらのメディア記事は、一般学部の学生たちに、「ケアワーカーは、コロナ禍の最前線で活躍する価値ある職業として世界で認められている」というメッセージを伝えるツールとして効果を発揮しました。
●YouTuberとのコラボ
普段からメディアにアンテナを張っている広報部長が、YouTuber・TikTokerとして活動するフォーエイトの楽曲「えがおの芽」に着目。「使わせてください」と交渉して承諾をいただき、清華苑バージョンとして発信したところ、視聴回数が4万3000回超に(2022年7月時点)。
後から知ったのですが、中高生に人気のグループとのこと。中学校へ「高齢者との関わり方」の授業に行ったとき、この話をするととても興味を持ってもらえました。
このように、さまざまな手段で発信することで、幅広い層の人に知られ、興味を持ってもらえるチャンスが広がります。
▲三幸福祉会のYouTubeチャンネル。YouTuberとのコラボ動画のほか、働くスタッフの様子が分かる動画を定期的に掲載している
「オンライン」から「対面」へつなげ、「働き心地」を感じてもらう
―― 採用説明会や面接においては、オンライン手法をどう活用していますか?
コロナ禍以降、オンライン説明会・採用試験も導入しました。けれど、やはり伝えたいことが伝わりにくい。「対面」の方がお互いに満足度が高いので、対面につなげる一つ手前のフェーズとして、オンラインを活用しています。
前提として、私たちが新卒採用で大切にしているのは、いま働いているスタッフにとっても、学生にとっても、「一緒に働きたいと思えるかどうか」という観点です。
新卒採用を始めた20年ほど前は、学歴や成績を重視して選考しがちでした。しかし、入職後に馴染めない人もいて、やはり「相性」が大事だと気付いたんです。いくら能力が高くても、理念・方針の部分で同じ方向を見ていなければ本来の力は発揮されませんから。
そして「働き心地のよさ」を感じてもらうことも重要です。それは待遇がいいとか楽であるということではなく、「働き方が自分に合っている」「働きがいを持てる」ということ。
それらをなるべく具体的にイメージできるように、施設に足を運んでいただく機会を提供したり、インターンシップを積極的に受け入れたりしています。
では、「対面」につなげるために、オンライン説明会をどう活用するか。始めた当初は私が1から10まで説明していたのですが、現在は現場のスタッフが説明をしています。その後、複数のスタッフと座談会の時間を設けています。
失敗を経験しながら工夫を重ね、現在は次のスタイルで行っています。
▲オンライン・オフラインの就職フェアの様子。若手職員が中心となり、学生へ向けて説明する
▲インターンシップのパンフレット(上)・法人ポストカード(左下)・法人パンフレット一覧(右下)。法人の魅力を伝えるための採用活動ツールは、費用をかけず手作りが中心
●対象とする学生は基本的に1人
複数の学生に参加してもらうと、積極的な人とそうでない人に分かれてしまいます。次につなげるためにも、1回の説明会につき学生さん1人を対象として(多くても2人まで)、「あなたのためだけの時間・空間」を作るようにしています。
●さまざまなタイプのスタッフ3~4名と座談会
座談会には3~4名のスタッフが参加。スタッフ同士の掛け合いからも、職場の雰囲気を感じ取ってもらいます。また、参加スタッフは「話が上手な人」を選んでいるわけでなく、口下手な人も含め、さまざまなスタッフが参加します。職場の「ありのまま」を見せることで、入職後にギャップを感じないようにしています。
▲内定者イベントの様子。現場の職員が中心となって内定者を迎える
約10年前に気付いた「採用は採用担当者だけでやるものではない」
―― 採用活動においてさまざまな工夫をされていますが、特に「効果があった」と感じるのは、どのような取り組みですか?
「現場スタッフを巻き込んだこと」です。ただし、成果につながるには時間がかかりました。
新卒採用は20年ほど前から行っていますが、10年ほど前に根本的な考え方を変え、戦略的に採用活動をするようになりました。
それまでは就職フェアに出展すれば多くの学生にお会いできていたのですが、介護施設の増加に伴って応募者数が減り、ある年、採用予定数の半数しか採用できなかったんです。
「これはまずい」と、採用ノウハウを学ぶセミナーをかたっぱしから受講しました。
そのひとつ、HELPMAN JAPANの講演で聞いたフレーズが強く印象に残り、以来、それが採用方針の土台となっています。それは「採用力=組織力」という概念です。
「組織力が伴わなければ採用はできない」――その言葉を聞いて衝撃を受けました。
採用はゴールではなく、スタート。入職後に「聞いていた話と違う」「イメージと違う」となれば辞めてしまいますし、さらにそれが口コミで広がったり、学校の就職課に伝わったりしては、長期的に採用が難しくなってしまいます。
特に「一緒に働く人」との相性を重視しているので、採用前から交流を持った方がいい。現場のスタッフにも採用活動に協力してもらう必要があると考えました。
しかし、最初は反発がありました。介護現場は多忙ですから、「採用は採用担当者の仕事」と。
そこで、「採用はご利用者さんのケアの質を高めるための手段である」というメッセージを伝えました。「ケアの質を高める」という目的においては、採用担当者も介護現場も共通。その目的を認識してもらうことで、協力を得られるようになっていきました。
▲コロナ禍において、法人内で注意喚起をするために現場の職員も交えながら手作りで作製したポスター
こうして現場スタッフがインターン生に対応していると、「指導してくれた人に憧れて就職を決めた」というケースも出てきて、それがスタッフのモチベーションアップにつながったのです。
採用活動に携わったスタッフは、実際にその学生が入職してきたときに思い入れと愛情を持って接するため、早期に良好な関係が築けて「働き心地がよい」状態となります。早期離職防止の効果もあるわけです。
当法人への就職に至らなくても、インターン生から「違う分野を目指していたけれど、福祉業界への興味が強くなった」などのコメントがあれば、指導を担当したスタッフにフィードバックします。「学生の気持ちを変えさせる力があなたにはあった」と。こうして徐々に、学生に関わる喜びや価値を感じてもらえるようになりました。
▲採用を担当する法人本部統括部長の田村智之さん。今回オンラインで取材した
一方、経営者に対しても「採用力=組織力」を訴え、待遇や制度の改善を図りました。当然、それによって既存スタッフの待遇向上にもつながります。「採用に力を入れるのはいいこと」という実感が広がり、組織一丸となって採用に向き合えるようになっていったのです。
こうしたプロセスを経て入職したスタッフが、「自分もしてもらったから」と学生に親身に向き合ってくれる。その年月を積み重ねた結果、採用に必要な「組織力」が備わってきた手ごたえを感じています。
当法人には、「採用専任担当」はいません。私は法人本部の統括部長の立場で、組織運営全般に関わっています。それがよかったと思います。採用専任ではないからこそ、組織全体を俯瞰し、「コーディネーター」「指揮者」としての役割を果たせたのだと思います。
―― 新卒採用に悩む方々に対し、アドバイスをお願いします。
採用担当の皆さんは早期に成果を出すことを求められるケースが多いと思います。
しかし、お話ししたとおり、採用力を高めるために組織力も強化していくとなれば、どうしても時間がかかります。私たちも試行錯誤を繰り返し、失敗を重ね、5~10年をかけて安定した成果を出せるに至りました。
中長期視点で取り組む必要があることを経営者が理解し、採用担当だけの役割とするのではなく、全職員が採用に向き合う体制を築くことをお勧めします。
なお、一般学部生を対象とするなら、「福祉」に対する捉え方や価値観の多様性を認識することも重要です。その学生が何を求めているのか、どのように社会や人々に貢献していきたいのかを対話の中で引き出し、そこに目線を合わせた情報提供をするのです。
最近は「SDGs」というワードをあげる学生も増えています。福祉法人が担う役割が、SDGsのどの課題に当てはまるのかまで落とし込んで語れるように準備しておくといいと思います。
【文: 青木 典子 写真: 社会福祉法人三幸福祉会】