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介護業界を目指す方へ

2023.08.28 UP

介護業界で大切な「仮説を立てて検証する仮説思考」。ゼロからイチを作り出すスタートアップで活かし、社会課題の解決へ。

介護・福祉の仕事を通じて得られる力を言語化する企画。(https://helpmanjapan.com/article/12796)本記事では、元福祉・介護職の方にインタビューをし、介護・福祉の仕事で得たスキル・能力を現在の仕事でどう活かしているかをお伺いし、介護・福祉業界で得られる力の共通点を見つけます。第2回目のインタビューでは、特別養護老人ホームの介護職として約5年間活躍。有料老人ホームの施設長を経て、30歳で起業。現在は介護士とご利用者をマッチングするスタートアップ企業のイチロウ株式会社 代表取締役として活躍される水野さんにお話を伺いました。

水野さんのキャリア年表

目次

・介護の仕事と起業のきっかけ
・介護の仕事とスタートアップで必要な力の共通点は【仮説思考】
・身に付くスキル【段取り力】【人と接する上で大切なスタンス】
・自分の家で生活し続けられるための総合サービスを目指す

介護の仕事を通じて得た「失敗」ではなく「仮説が外れた」という捉え方は、起業した今も活きている。

――新卒で介護業界に入職されたきっかけを教えてください!

高校三年生のときまでは、介護や福祉に全く関心がありませんでした。就職を検討するタイミングに、卒業生でメディカルソーシャルワーカー(MSW)の方から「病院は治療する場だけど、治療した後の生活の方が、退院する人にとっては重要で、MSWはそれを一緒に考えていく仕事」という話を聞いて、感銘を受けて福祉へ関心を持ちました。
そこでMSWになりたいと思ったのですが、社会福祉士という国家資格を取らなければならないこと、そのためには大学に行かなければならないことが分かりました。家庭が裕福な方ではなかったことから大学にすぐに行くことが難しく、他の選択をする必要があったんです。そこで、介護の専門学校に入って2年間通ったあと、働きながら大学へ編入しようと考えました。
ただ、私潔癖だったんですよ(笑)。美容師になりたいと思ってた時期もあったのですが、人の髪の毛を触れることができなくて諦めたくらい。なので、介護なんて絶対できないと思っていたのですが、実際に働いてみると、慣れだと感じましたね。

――経済的な事情ですぐに大学に行けなかったことが、起業のきっかけにもなったそうですね。詳しく教えてください!

実際に起業をするのは30歳になってからですが、20歳ぐらいの時には起業したいと考えていました。家庭の事情で大学に行けなくて、「お金って大事だ」と思ったんです。自分の子どもが大学に行きたいと言った時に行かせてあげられるような経済力を持ちたいと思い「社長になろう!」と考えたんですね。

――早くから起業を検討していたんですね。介護施設で働き始めてから起業までのお話もお伺いしたいです。

特別養護老人ホームで介護士として25歳まで働きました。大学編入をして社会福祉士の取得もでき、その後は一般企業の有料老人ホームで管理者として働き始めました。管理者になった理由は、裏方に回って多面的に介護現場の課題を見てみたかったんですね。当時はイチロウの前身となるようなサービスを会社に提案したのですが、介護保険をベースとして運営する法人で実施するには難易度が高く却下されてしまいましたね。
そんなこともあり、30歳になっていよいよ起業しようと思い退職をしました。その時はいきなり新しいサービスを立ち上げるとなると難しいと思っていたので、まず自分一人の生活ができるように、ケアマネの事業所など今までの資格や経験を生かしてできることから始めました。加えて有料老人ホームの夜勤介護士として働きながら、昼間に自分の事業をやるという感じでしたね。起業をする上で大事なことは、何をやるかより自分に何ができるかだと実感しましたね。

――介護現場を通じて感じた課題を教えてください!

3つありました。一つ目は働く人にとっての課題です。少しずつ改善しているものの、国により報酬の上限が決まっている中で、頑張っても給料が上がらずに業界から去っていく人がいたことから、介護士の働き方に課題があり、収入がきちんと得られる仕組みにする必要があるなと思っていました。
次にご利用者に関する課題です。ご利用者の中には、望んでいないのに施設に入居される方もいらっしゃいました。家で過ごし続けたい方に対しては、入所施設で満足度の高いものを提供するよりも、自分の家で何とか長く過ごせる環境を、在宅介護でつくる方が本質的なニーズ解決になるのではと感じていました。
最後に、運営側の課題です。介護報酬の点数が加算されることで売上が上がる仕組みなので、加算を取るための書類作成に意識がいきがちでした。手段が目的化してしまう状態だったことから、ご利用者やそのご家族に向き合えない構造を変えていく必要があると思っていました。
介護士もご利用者も運営側もアンハッピーになっていて、これは構造自体がおかしいんだろうなと思っていて、それらの課題を解決するために、イチロウを始めました。


――構造的な課題を解決したいと始めたのですね。介護業界で働くことで、どのような力が身についたと思いますか?今の仕事で活きている力を教えてください。

今でも活かせている力は「仮説を立てて検証する力」ですね。現在、イチロウはスタートアップ期であり、かつ我々が支える領域はこれまでの介護保険法に基づく事業にはなかったものなので、常に仮説を立ててゼロからイチを生み出す必要があります。介護の仕事もご利用者の問題に対して仮説を立てて打ち手を考え検証しますが、その点で共通していて、クリエイティブな仕事だと感じていますね。

――スタートアップと介護の仕事に共通点があったとは!実際のエピソードも教えていただけますでしょうか?

以前働いていた施設で、寝たきりの認知症の方がいらっしゃいました。
その方には弄便の行動があり、ベッドや壁などが汚れてしまうことがあったんです。この問題をどう解決しようかと思い、エビデンスに基づき「なぜそういう行動をしてしまうのか」を分解して分析し、仮説を立てて解決策を検証しました。
そこでわかったこととしては、もともとその方は便秘をしていたために下剤を飲んでいました。その後の排便がご本人としては不快で、排泄した後に気になってしまう。そうすると弄便行動につながるのではと仮説を立てました。つまり根本の原因は、便秘が問題なのではと捉えたのです。そこからそもそも下剤を飲まなくても済むように対応策を考えて、結果的に部屋もご本人も汚れずに過ごせるようになりましたね。行動だけを見てしまい単純に考えてしまうと、オムツの中に手が触れることができないように手を縛ろうか、つなぎの服を着せちゃおうか、と虐待につながってしまう可能性もあります。そうではなく、認知症という病気によって起きる症状を調べ、エビデンスに基づいて考えることで気づいたことでした。介護業界における仮説思考の中では、介護技術や介護の知識などのエビデンスに基づき解決策を考えるという、実はものすごいクリエイティブな仕事をしていると捉えています。しかも時間のない中で、現場の仕事をしつつもこのような仮説を立てて新たなアクションを取るということは、ロジカルな仕事でもあると思っています。
ただこのような仮説思考も、ご利用者のために真剣に考え抜かないと辿り着かないと思うんです。その人の生活をより豊かにするためには、どうやったら解決できるか?と探求できた人は、このような仮説思考に基づく成功体験ができ、どんな仕事にも活かすことができるのだと思うんです。

――エビデンスに基づくケアや仮説思考に取り組まれたきっかけはありますか?

現場時代にお世話になった冨さんとの出会いですね。特養で働き始めたころ、私は作業スピードだけを追い求める介護士だったんです。冨さんに介護の技術や知識に関する本を読んだ方が良いよとお勧めされてからは、エビデンスに基づいたケアによって、こんなにも介護の仕事が楽しくなるのかとわかったんです。
冨さんから学んだエピソードの一つとして、お風呂にどうしても入りたがらないおじいさんの話があります。冨さんは、そのおじいさんのご家族から情報を聞き出し、役所の人の話だったら聞くのではないかと分析したんです。そこで毎回冨さんが役所の人のフリをしてスーツを着て、お風呂のチケットを出し、おじいさんに対して「これでお風呂に無料で入れますよ」と声掛けをするようにしたところ、お風呂に入るようになったんです。一見問題と思われる行動があっても、その人を知り、アセスメントして、仮説を立ててアクションすることで、きちんと結果を得ることができる、仮説思考を体現している方でしたね。

――スタートアップとの共通点が見えてきますね。仮説を立ててアクションするというのは、失敗しながらもいろんなことを試すということでしょうか。

失敗という捉え方ではなく「仮説が外れた」と捉えていますね。それなら次の仮説はどうだ?みたいな形で、どんどんと試していく。検証の中から得たインサイトをもとに、また次を考えるという感じです。その繰り返しをすることで、結果として解決にたどり着くというサイクルなんだと思いますね。スタートアップでいうと、仮説を外し過ぎて費用がなくなってしまって倒産するという失敗も起こりえるので、そこは精度を上げていく必要があるのですが、人生を通してみたらそれ自体も仮説が外れたと言えるかもしれませんね。


――大きな失敗と思えることも、人生から見たら仮説が外れただけという考え方は、チャレンジしやすく、生きやすくなりますね。そのほかに、福祉・介護の仕事をやっていて良かったなと思うことをお教えください。

二つあります。一つは段取り力がつくと思っています。複雑なマルチタスクに対応するので、とても頭を使う仕事だと思っていますね。料理をやってるような感じで、下ごしらえをして、火にかけて洗って切ってということを同時並行で段乗り組んでやるという点で近しいものがありますね。
しかも認知症の方の場合は、予期しない動きをすることを考慮し対応しないといけないので、難易度の高いことですし、頭の使い方を鍛えることができるなと思っています。
もう一つは、人や物事に対して愛をもって対応するということを学ばされましたね。おじいさんやおばあさんと、何気ない、例えば朝ごはんについておしゃべりをしているだけなんですが、涙がぽろぽろ出てくることがあるんです。介護士としての不思議な体験で、この現象に名前をつけたいなとか思ったりしてるんですが(笑)高齢者と接する中で、温かい感情を心が受け止めているんだろうと思うんです。向こうから与えられている分、与えなきゃいけないなと感じ、心が綺麗になり洗われる感覚に至るんですよね。そこで、人にちゃんと愛情を持って接しなきゃいけないなと感じるんです。長く生きた背景からその人が醸し出す雰囲気などから、その人の言葉がすごく心にしみて説得力が増すという感覚。「ありがとう言ってもらえる仕事」という以上の深さを感じるものがありますね。

――起業やサービスの拡大に向けて、熱心に取り組まれている水野さん。人との関わり方の原点に、介護現場での経験の中で高齢者から受け取った愛情があるからこそ頑張れていらっしゃるんですね。

ただ発端は怒りなんです。現状の問題に対する怒りです。その問題をどう解決して行くかは、愛が大事なのかもしれないですね。もともと間違っていることに対して怒りがこみ上げて是正したくなるタイプです。自分が納得したものを納得した形でやりたいという気持ちが原動力になっていますね。国と対立する構造になりかねない領域でもあるものの、今後の未来にとって良くなることを考えて行動している感じです。

――未来を見据えて取り組んでいらっしゃるんですね。今後の目標について教えてください!

介護業界におけるニーズは、まだまだ山のようにあると思っています。そんな中でイチロウも、まだまだ改善できることがあるサービスだと捉えています。そこで今後は二つのことにチャレンジしていきたいと思っています。
一つ目に、家で過ごし続けたいと思うより多くの高齢者のために、このサービスを全国に広げていきたいと思っています。
もう一つは、介護士を派遣するというだけでは解決できないニーズにも取り組んでいきたいです。例えば、配食サービスや日用品の補充など、様々な問題があります。そこで、介護士が現場に赴くという私たちのサービスの強みを生かし、在宅介護のニーズ全般を総合的にサポートできるようにして行きたいと中長期的に計画をしています。
そのためにも、テクノロジーの活用や他業界との連携もさらに進めていきたいですね。例えば消耗品などの必要なものは介護士が買うため、ご利用者にとっては割高な状況です。でも今はネットで安く商品が買えて、家まで配送料無料で届けてもくれますよね。このような他の企業のサービスをうまく組み合わせると、お金を使わずに家族も頑張らずに済ませられる。組み合わせによって生み出されるイノベーションで工夫できる余地がまだまだあるなと思っています。社会資源やサービスを上手く取り込みながら、在宅介護のニーズを効率よく合理的に解決できるプラットフォームを作りたい。そして結果的に介護保険外だけではなく、保険内の事業者にもこの取り組みによって生み出されるメリットを反映させて、介護業界全体が良くなるところまで高めていけたらと考えています。

――水野さん、ありがとうございました!最後に、イチロウ株式会社の紹介です。

イチロウ株式会社:https://corp.ichirou.co.jp/service/
介護士のシェアリングサービス「イチロウ」(https://ichirou.co.jp/)の運営を行う。「イチロウ」は、在宅介護のラストワンマイルを叶えるため介護保険外で介護士をいつでもどこにでも派遣するオンライン型のホームヘルプサービス。

【文: HELPMAN JAPAN 写真: イチロウ株式会社】

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