介護業界を目指す方へ
2024.06.05 UP
演歌やお笑い、料理も。福祉以外のことを学び、引き出しを増やしてポジティブに考える。野球少年だった谷口さんが、福祉・介護業界で働いたからこそ身についた力とは。
介護・福祉の仕事を通じて得られる力を言語化する企画(https://helpmanjapan.com/article/12796)。本記事では、元福祉・介護職の方にインタビューし、介護・福祉の仕事で得たスキル・能力を異業種・異職種である現在の仕事でどう活かしているかをお伺いし、介護・福祉業界で得られる力の共通点を見つけます。今回は特別に「介護業界で活躍をし続ける方」に介護の仕事で得られる力について、お伺いしました。地元のサッカーチームと共同開発した「健康・元気体操」を全国に広げていこうと奮闘し、さらには福祉・介護業界を良くするために突き進む、社会福祉法人ひとつの会の谷口 洋一さんにお話を伺いました。
目次
・根っからの野球少年が介護の道を選んだきっかけ
・カーディーラーが教えてくれた、未来に目を向けてポジティブに考える力
・人が「生きたい」と思う瞬間に立ち会えた、ある女性との出会いとは
・谷口さんが考える、福祉・介護の仕事の醍醐味と読者へのメッセージ
――これまでのキャリアを教えてください。
新卒で介護業界に入職して今年で23年目になります。
重度心身障がい者施設や老人保健施設でも働き、その後山口県にある施設の施設長からお誘いを受け、現在は生活相談員として働いています。
――今の法人で長く働き続けられている理由はありますか?
何でもチャレンジさせてくれることが理由の一つにあります。例えば、サッカーチームの「レノファ山口」とのコラボレーション企画「健康・元気体操」の新規立ち上げ等、新しいことにチャレンジすることができました。今後は全国のサッカーチームや野球チーム、バスケチームへの連携にも繋げられたらと思っています。
▲谷口さんが働く法人の職員が手作りした職員紹介
――チャレンジしたいという思いを叶えられる法人に出会えたということですね!介護の仕事を選んだ理由やエピソードがあれば教えてください。
きっかけはある男性との出会いです。
僕は小学校1年生から野球を始め、高校も甲子園出場を夢見て野球の強豪校に入り、朝から晩まで野球漬けの毎日でした。ある日練習中に左足の靱帯を損傷してしまって、2週間ぐらい入院したんです。その時、交通事故で頸椎損傷し首から下が麻痺で動かせない体の大きな男性との相部屋でした。
ある日、その男性を体位交換する時に看護師さん3人がかりぐらいで、「せーの、よいしょ!」という掛け声をかけ、部屋から出て行く時にはため息をついて行ったんですよ。そしたらその男性が言ったんです。「聞いたか兄ちゃん。ああいうことを言われたら、職員を呼びにくくなる。あんちゃんみたいな体が大きい人が、わしらを介護してくれたら気にせんでもええんじゃがのう(笑)」と。
当時は野球に関係する仕事に将来就ければいいなと思っていたんですけど、自分の体の大きさや力を活かせられるならそういう仕事もいいんじゃないかなと思い、介護の道も選択肢の1つかと思ったんですよね。
そうこうしていたら、僕のおじいちゃんとおばあちゃんが認知症になってしまいました。母が1人で2人を15年間自宅で介護したんです。母はソフトボールでインターハイに出たことのあるくらい体力があるタイプだったんですけど、在宅介護で激やせするぐらい相当苦労したんです。
その姿を見ていて、在宅で家族が介護をするってすごい大変だと思い、プロの介護士として手助けができれば、そういう大変な思いをしている人達の生活が安定するんじゃないかと思い、この業界を選びました。
▲介護業界で働く現在も、休日に野球をしている谷口さん
――介護業界での仕事を通じて、具体的に何か得られたスキルはありますか?
2つあります。
1つ目に、相手に心を開いて信頼してもらえるような関わり方ができるようになったと思います。
初対面でいきなり心を開くことは珍しいですよね。心を開いていただくためには、相手の価値観を否定せずに肯定できるようにすること。そのためには、自分の引き出しを増やさないといけないなって思います。
例えば、自分の好きな事や物を話した時に「ちょっとわからんわ」って言われたら距離感じますよね?逆に「それ知ってる」とか「この前このテレビに出てたよね」とか言われるとグッと距離が縮まる。そこから、ちょっとずつ相手の心のパワーを満タンにして心を開いていくイメージです。
そのためにやっていることとして、福祉以外の他分野について、例えば演歌やお笑い、料理など、情報収集をして自分の引き出しを増やしています。スポーツしかしてこなかった私が読書もするようになりました。そうすると、人の価値観に寄り添い、もっとご利用者の夢を叶えられるんじゃないかなって思います。日々の付き合いの中で、「実はね、私こういうことがしたいのよ」って言ってもらえるようになった時が一番グッとくる瞬間ですね。
2つ目に、相手の方に対して「何をしたいのか」という未来に目が向けられるようになりました。
一般的に認知症があるから「できない」、脳梗塞でマヒがあるから「動けない」と、「できないこと」に目が行ってしまいがちかと思います。でも介護はあくまで手段であって、目的はその人の夢やニーズに応えることなので、「介護をすること」がゴールではなくて、介護を受けた先に何があるのかが大事だと僕は思っています。
例えば、美味しかった料亭にもう1回行きたいって思いがあったとしますよね。介護を受けながらリハビリもするけど、目的はリハビリをすることでなくて、その先にある「料亭でごはん食べる」というところにスポットを当てると「料亭でご飯をたべるためにリハビリを頑張る」にシフト変換されて、介護の方針やリハビリの方法は変わってくる。さらに、本人のモチベ―ションもアップする。こうやって相手の方に対する未来の見方が変わりましたね。それに気付いたのは15年目の時です。
――その先に目を向けるって、簡単そうで実は難しいことですよね。
15年目ぐらいってことで、何かきっかけがあったのでしょうか?
カーディーラーに「車を買った先に、何があるかを考えて車選びをした方がいいよ」と言われたことがきっかけでした。車の買い替え時期で、当時は若かったから、かっこいい車が欲しいって思ってたんです。でもかっこいいってことにポイントを置くと、一緒に行ける人や行ける場所の幅が狭くなるじゃないですか。そうじゃなくて、誰とどこで何をしたいのかを具体的に考える。例えば家族でスノーボードに行きたいってなったら四駆の方がいいし、大人数で旅行に行きたいんだったら大きな8人乗りの車になりますよね。そこで、車はあくまでツールでしかないと気づきました。
その時に、福祉・介護にも転用できるなと。車と同じように、あくまでツール(=介護)を通じて、その先にある幸せを実現するのではないかと思ったんです。
――カーディーラーの一言から福祉・介護に転用するというのは、長く業界で活躍されている谷口さんならではの考え方だと感じました。他に得られたスキルやエピソードはありますか?
その場の状況に合わせた適切な時間の使い方ですね
これに関して僕の中で絶対忘れられないエピソードがあります。生活相談員になって10年目ぐらいの時、長い廊下がある施設に勤務してました。ある日、廊下の一番奥の部屋のおばあちゃんを定期受診に連れていかないといけなかったんです。長い廊下を渡っておばあちゃんを迎えに行く時に、途中の個室のドアがガラガラっと開いた。その開いた部屋のおじいちゃんが「ちょっと相談があるんじゃが」って言ったんです。その時に僕は、とにかく定刻に受診に連れて行かないといけなかったから、「ちょっと待ってね。戻ったら部屋行くね。」と返答しました。
受診から戻ってきた頃には退勤の時間になってしまい、おじいちゃんに呼び止められたことも忘れていたんです。そしたら翌日そのおじいちゃんがその日の夜に亡くなってしまったことを知りました。僕が「ちょっと待ってね」ってさらっと流したことによって、おじいちゃんの最後の言葉を聞いてあげられなかったと思うと、未だにいっぱいモヤモヤと考えてしまいますね。
日常でも「ちょっと待ってね」って何も考えずによく使ってしまっていると思うんですけど、誰かにとっての「ちょっと待ってね」はもしかしたらちょっとではなく、すごく長い時間に感じられるのではないかと思ったんです。それ以来、いくら急いでいても呼び止められた時には、一度内容を聞い上で、待ってもらうかすぐに対応するか判断するようにしています。適切な時間の使い方をおじいちゃんが最後に僕に教えてくれたメッセージだったんだと今でも思っています。
――つらいご経験からも、今後にもつながることを学ばれたんですね。最近も学ばれた出来事があったということをお聞きしたのですが、教えていただけますか?
昨年僕の息子が宇部鴻城高校の選手として甲子園に出まして、開会式の時に日本一の入場行進と報道していただけるほどの良い行進をしてくれたんです。
▲谷口さんのお子さんが甲子園の開会式で行進をする様子
後日行われた試合も見に行ったんですけど、そこである女性と出会いました。
高校の父母会のTシャツを着ている僕を見て、「宇部鴻城高校の保護者の方ですか?」って携帯酸素のチューブ鼻に付けて歩いてた方でした。「先日、宇部鴻城高校の入場行進をテレビで見て、大阪から数万円かけてタクシーで来たの。実は私ね、肺がんで余命2ヶ月って宣告されてるんです。生きることはあきらめて抗がん剤治療もしないって決めていたんだけど、この前の開会式での宇部鴻城高校の入場行進を見て、『まだ生きたい』、『この高校を応援したい』って思い抗がん剤の治療をすることにしました。どうか選手の皆さんにもお礼を伝えてください。まだ生きたいと思ったことを伝えてください」っておっしゃったんですよ。もう心が震えましたね。
辛い思いをしている方に「生きたい」って思えるようにすることや、生きる望みを与えるには「生きましょう」や「頑張りましょう」と口で言うだけではダメで、感動を与えることや心を動かすことができた時にはじめて「生きたい」と未来に希望が持てるんだということを子どもたちに教えてもらいましたね。
――なかなか経験できない出来事ですね。最後に読者の方へのメッセージをお願いします。介護や福祉の仕事というと、遠い存在に感じる方もいらっしゃると思うのですが、そのような方々に向けて谷口さんの想いをお聞かせください。
最近ですが、実は福祉は街中に溢れていることに気づいたんです。
それに気づくことができたのは、「幸せ」について自分なりの理解を深めたくて、趣味のランニングをしながら福祉探しをしてみたことがきっかけですね(笑)
そうしたら、街には福祉がたくさんあることに気づいたんです。
例えば土木業者の方は、車いすや杖をついている方でも移動しやすいように道をきれいに舗装してくれています。レストランのシェフも、美味しい料理を提供してくれることで、料理を食べた方の疲れが癒され幸せを感じることができますよね。これも立派な福祉です。
「福祉=介護職」というようなイメージがある方が多いかと思います。もちろん、介護職は福祉サービスのプロとして、ご利用者の幸せを第一に日々ご利用者に関わっています。でも、「福祉=人を幸せにすること・人が不自由なく生活できること」と考えれば、一見福祉とは関係ないようなことでも、立派な福祉だなと気づくことができました。福祉は遠い存在と思われる方も、ぜひ福祉探しをするところから始めてみてはいかがでしょうか?そこに地域福祉における社会課題解決のリソースや切り口が街にゴロゴロと転がっているのではないかと楽しんでいます。
――最後に、福祉業界で働くことを目指そうと志しているみなさんへのメッセージをお願いします!
僕自身、福祉という仕事は人生の宝探しだと思っていまして、「一緒に人生の宝探しをしませんか?」って言いたいです(笑)。
よく介護の仕事は「ありがとう」と言われる仕事と表現されるのですが、その人の満足に達した時にはじめて心からの「ありがとう」という言葉が出てくるんだと思っています。簡単には出てこない。その心からの「ありがとう=宝」に達するための過程には、今日お伝えしたような、「心を開いて」いただき、その過程で「信頼を築き」、「状況に合わせた適切な時間の使い方」を繰り返し、相手の求めていることにタイムリーに応えていく。そして時には、「心を動かすようなサプライズ的な出来事」も大切。これって、難易度の高いことだと思うんです。宝さがしもそんなに簡単には見つからないですよね。なので、「人生の宝探しの旅に参加しませんか?」が一番ぴったりかと思います。それは結果として「他人の宝でもあり自分の宝」も同時に見つけることができると私は信じています。
▲今回、谷口さんにはオンラインで取材をさせていただきました。
――谷口さん、素敵なお話ありがとうございました。
【文: HELPMAN JAPAN 写真: 社会福祉法人ひとつの会 谷口様 提供】