介護業界を目指す方へ
2024.11.08 UP
多くの人を幸せにできる仕組みをつくりたい。介護・福祉業界に強い想いがなかったからこその視点と、今の仕事に活きていること
介護・福祉の仕事を通じて得られる力を言語化する企画(https://helpmanjapan.com/article/12796)。本記事では、元福祉・介護職の方にインタビューし、介護・福祉の仕事で得たスキル・能力を現在の仕事でどう活かしているかをお伺いし、介護・福祉業界で得られる力の共通点を見つけます。今回は介護業界で介護職としてアルバイトの経験後、福祉の大学を卒業。福祉用具レンタル企業での営業職・専務取締役を経て、大手通信企業のITコンサルタントを経験。現在はスマートケアセンサー「MAMORUNO」(*)を開発・販売する株式会社ZIPCAREのCEO坂本 創志さんにお話を伺いました。
(*)「MAMORUNO」は、高齢者の見守りを支援する介護ロボット。高齢者の状態を間接的に見える化し、ケアに集中できる介護へつなげます。
坂本さんのキャリア年表
目次
・福祉に関わるきっかけ
・介護福祉業界で学んだ経験や感じたこと
・現在の仕事に活きていると感じる介護福祉業界の経験
・今後に向けて目指していること
父親が経営する福祉用具レンタル企業に事業承継も視野に入れて就職することになったことがきっかけです。そこで、介護・福祉の勉強をする必要が出てきたため、福祉大学で勉強を始めました。正直なところ、当時は福祉についての関心が高くありませんでした。ただ過去の原体験があったことから、人と関わる場面おいて自分なりの大切にしたい想いを持つようになり、それは介護・福祉現場でも活かされましたね。
その原体験は幼少期にまで戻ります。当時、親の仕事の都合もあり、引っ越しが多くて友達作りに苦労した経験がありました。そのため、幼いながらに人間関係を作る難しさと生きづらさを感じていました。その経験から、大切にしたい想いとして「その人らしく生きやすい環境を作ること」という気持ちを次第に持つようになりました。
――大学時代では福祉を学んだ後、介護福祉士も取得。現場を経験するために、介護職としてアルバイトもされていたとのことですね。
小規模多機能型居宅介護施設で2年ほど勤め、その後介護用具のレンタル会社で働きました。当時の介護現場ではやることが決まっていることが多い印象を受けました。例えば、レクリエーション。もちろん運動を通じてQOL向上を図る必要があるので大切なことだと思うのですが、過ごし方の選択肢が他にもあってもいいなと当時は感じました。すごく極端な例ですが、自分自身が高齢者だったら、不健康でもゆっくりできる空間があってもいいのかなと。
そこで介護職として働いていた時は、ご利用者のその日の雰囲気や状態をみた上で、「今日は気持ちが乗らなそうだ」と感じたときは、レクリエーションの声をかけつつも、無理に取り組んでいただくことはしませんでしたね。ご利用者が自分らしく、自宅でゆっくりするように自然体で居られるようにという想いで、日々意識をしてケアに当たっていました。
▲介護現場で経験したのち、福祉用具のレンタル会社で働いた坂本さん。福祉用具の使用感を確かめている様子
――はじめにあった「大切にしたい想い」を介護現場でも活かされていたんですね。介護業界で学んだ経験やその時に感じたことを教えてください。
エピソードを2つご紹介します。どちらも「なぜだろう?」という疑問をもとに分析をすることで解決できた成功体験です。
認知症の方で16時くらいになるといつも「帰りたい」とお話しされ、不安になって行動に移されてしまう方がいらっしゃいました。ご本人や職員の負担につながることから、どうしたらいいのだろうと探ってみると、その状態になる前に安心感が生まれるようなコミュニケーションを心がけることでご本人の不安がなくなるとわかりました。記憶が無くなっても、出来事の前後の感情は残っていることが改めて感じられた出来事ですね。
そこで安心できる声かけを続けたことで、その方に「ここが安心して過ごせる場所だ」と感じていただくことができたようで、不安からの言動が無くなったという成功体験がありました。
2つ目のエピソードとしては、ご利用者の中で栄養剤や薬を飲むのを拒む方がいらっしゃったときのことです。
どうしたら飲んでいただけるのだろうと疑問に思い、飲むタイミングや飲むときの声かけ内容、声かけをする職員との相性、過去に無理やり飲まなければならない経験があったのか等の原因、そもそも飲む必要があるのかということまで、細かく考えながらケアをして飲んでいただく工夫をしていました。
どちらも、人と向き合う現場である介護の仕事を通じて、その人らしく生きる環境を作りたいという想いを実現することができた良い機会となりました。
――介護現場での経験が今の仕事に活きていると感じることはありますか。
現在働く会社では、「MAMORUNO」という製品開発から経営に至るまで責任者を務めておりますが、そこで活きていると感じています。
製品開発においては、介護職の経験が浅くともベテランの介護職が横についてアドバイスしてくれるような安心してケアができる仕組をつくりたいと思っています。言い換えると、本人の洞察力やアセスメント能力だけに頼らずとも、ICTとAIの力を使ってご利用者の変化に気づき、ケアができる仕組みを作りたい。
先ほどお話した介護の現場でのエピソード、認知症のある方の安心できる声かけや栄養剤を飲むことを拒否された方とのやり取りの成功体験が、まさにその仕組みづくりに活かせていると思いますね。
また、製品開発や販売の場面では、介護現場の苦労や大変さに「自分ごと」として共感できることが、介護業界の皆さまのお力になる上でも役立つと感じています。
▲ZIPCAREの製品を展示する様子
――介護施設で働く際にも大切にされていた「その人らしく生きやすい環境を作ること」について、今活かせていることはありますか。
人の育成に役立っていると感じます。
新卒入社者の育成をすることがあるのですが、無理な努力はさせたくなくて、本人が納得の上で価値観に基づいて力を発揮できるよう接しています。例えば営業の仕事において、いわゆる押売りっぽいこと(十分に製品の価値をしないままの状態での営業活動)はしたくないという社員の場合、どういう価値があり、どういう心持ちで営業の仕事をすると自分自身が楽しくできるかを一緒に考えながら育成しています。実際、それでもきちんと成果が出ていますし、本人も前向きに働けているな、と感じることができています。
――そのほかに、介護業界で働いたからこそ気づけたことはありますか?
自分の得意を改めて理解し、自分と違う意見と向き合う機会を作ることができたのですが、その結果、気づくことがありました。
例えば、「もっとこうしたらいいのに」と改善することや分析することが得意なのですが、介護施設で働く方の中には変わることを好まない方もいる。そのような方の意見を理解するためにはどうしたらいいんだろうと考えたところ、現場に足を運び、その人の意見や考えを聞いていくことの必要性に気づきます。実は無駄に思えることも、重要だったということが結構ありました。例えば、ご利用者の記録をICTではなく手書きにしている。一見大変な作業です。ただ実際にやってみるとわかるんですけど、手書きの方が速いと感じるもあるんですよね。
もともと介護の仕事を始めた理由も、介護・福祉業界への強い想いがあった訳ではなかったこともあり、だからこそ見える「違う視点」も「異なる想いや意見」も両方大切にしたい、そこからその人らしく生きやすい環境を作ることにつながるのではと気づくことができましたね。
自分自身の得意・苦手から考えると、目の前の個別の課題だけに向き合うのではなく、全体の問題を俯瞰して根本原因を解決したいという想いがあります。仕組みを作る側から、多くの人を幸せにしたい。
また、いかにその人らしさを大切にしつつ、かつ高齢者の尊厳を守りながらICT化するかを目指しています。ICTはあくまでツールでしかなく、人と人を繋げながら人生を豊かにしていくことをゴールに、うまく活用できるような世の中にしたいなと思っています。
――一貫した想いを感じられる、とても素敵なお話でした。貴重なお話をありがとうございました!
●株式会社 ZIPCARE様のご紹介
『ケアする人もケアを受ける人も、「自分らしく生きられる」世界へ。』をビジョンに掲げ、2030年までに介護IoTのプラットフォームを築くことで、施設介護と在宅介護のシームレス化を目指す。高齢者の見守りを支援する介護ロボット「MAMORUNO」を開発・販売している。https://zipcare.co.jp/
【文: HELPMAN JAPAN 写真: 株式会社 ZIPCARE 坂本さん】