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2022.06.01 UP
「いくつになってもワクワクできる」―高齢者がサッカーJリーグのサポーターに/サントリーウエルネス「Be supporters!(ビーサポーターズ)」
「福祉施設を利用する高齢者が、サッカーJリーグのクラブのサポーターになる?――いやいや、無理でしょう。お相撲と野球ばかりで、これまでほとんどサッカーとの接点はありませんでしたから」当初はそんな疑問の声も上がった「Be supporters!(サポーターになろう!)」プロジェクト。これは、サントリーウエルネス株式会社(以下、サントリーウエルネス)がJリーグの複数のクラブと連携し、2020年12月にスタートした取り組みです。高齢者や認知症の方など、普段は周囲に「支えられる」場面が多い方々が、サッカークラブの「サポーター」となることで、クラブや地域を「支える」存在になることを目指し、「支えられる人から、支える人へ」をコンセプトに発足しました。
当初、話を聞いた福祉施設の職員の方は、「利用者さんたちがサッカーを観るだろうか」と疑問を抱いたそうです。ところがふたを開けてみると、高齢者の皆さんはクラブのユニフォームを嬉々として身に着け、試合中継にくぎ付けに。自作のうちわを振り、タオルを回して大盛り上がり。表情がイキイキと輝き、心も身体も元気になるという予想外の効果に、施設職員の方々も驚いているといいます。
「Be supporters!(ビーサポーターズ)」の立ち上げに込められた思い、実施にあたっての工夫、効果などについて、プロジェクトに関わる皆さんにお話を聞きました。
「サポーター」というサッカー文化を活用し、心と身体を活性化
「Be supporters!(ビーサポーターズ)」(以下、「Beサポ!」)の発起人は、元・NHKのディレクターとして「プロフェッショナル 仕事の流儀」「クローズアップ現代」などの番組を制作してきた小国士朗さん。
認知症の人たちがホールスタッフとして働き、期間限定でレストランを営業したイベント、「注文をまちがえる料理店」の仕掛け人です。
▲小国 士朗さん/「Be supporters!(ビーサポーターズ)」発起人 株式会社小国士朗事務所 代表取締役(右)・吉村 茉佑子さん/サントリーウエルネス株式会社 「Be supporters!(ビーサポーターズ)」担当(左)
小国士朗さん(以下、小国)「大学の卒業論文で、ベガルタ仙台のサポーターに密着したんです。スタジアムでは、老若男女、職業や立場に関わりなく『クラブを支える』という一点でつながり、笑って、泣いて、叫んで、抱き合っていた。人と人との壁が取っ払われた風景はとても素晴らしいものでした。この原風景が、『Beサポ!』の構想につながっています」
2020年当時、Jリーグのクラブが、地域の人・企業・団体・自治体・学校などと連携して社会の課題やテーマに取り組む「シャレン!(社会連携活動)」のプロデュースを手がけていた小国さん。
コロナ禍により、介護施設で暮らす高齢者が分断・孤立状態になっている社会課題が浮かび上がる中、高齢者が地元クラブのサポーターになることで地域や選手や職員などとの「つながり」が生まれ、その課題を改善できるのではないか、と考えました。
以前から「注文をまちがえる料理店」などいくつかのプロジェクトで交流があったサントリーウエルネスの沖中直人社長に構想を話したところ、「一緒にやろう」と賛同を得てプロジェクトが立ち上がりました。
サントリーウエルネスは、健康食品や化粧品・美容商品の通信販売を手がける企業。社名の「ウエルネス」という言葉のとおり「心も身体も健やかで美しく、人間の最も輝いた状態」を実現していきたいという思いが、小国さんの構想と一致しました。
このプロジェクトに自ら手を挙げて参加したのが、吉村茉佑子さんです。
吉村茉佑子さん(以下、吉村)「私たちの事業は、これまで『予防』を主眼としてきました。『健康寿命を達成するために、病気にならない身体を作りましょう』と。けれど、年齢を重ねるほど、どうしても不具合は出てきます。不具合を抱えている状態でも、ワクワクできること、楽しいと思えることがある――人生100年代を迎え、誰もが自分らしく輝ける『共生』にも向かい合うようになりました。みんなでサッカーを応援することがなんだか楽しい、そう思える心が大切だと思います。
私はもともと自分の祖父母が大好きで、日本中のシニアの方々の悲しむ顔を見たくないという思いから、大学院時代にはアルツハイマー型認知症を研究していました。研究による貢献には限界を感じましたが、認知症の状態にある方のために役立てることがあると感じ、プロジェクトメンバーに立候補しました」
▲「Beサポ!」について、2人が打合せをする様子
表情も言葉もなかった高齢者が、ユニフォームを見て微笑んだ
現在、「Beサポ!」に参画しているJリーグのクラブは、J1の川崎フロンターレ、ヴィッセル神戸、J2のレノファ山口、J3のカターレ富山。今回は、カターレ富山のケースにフォーカスします。
カターレ富山への、福祉施設での応援プログラムがスタートしたのは2020年12月。1年後の2021年12月の参加者数は、30施設で延べ約1,000人に達しました。参加者の最高齢は98歳です。
施設では、ライブ配信サービス「DAZN(ダゾーン)」に登録し、TVでJリーグの試合を観戦しています。
スタート時から取り組みを始めたのは、社会福祉法人射水万葉会 天正寺サポートセンター。認知症の方が多く利用する施設です。職員の荒山浩子さんは、開始当初をこう振り返ります。
▲荒山 浩子さん/社会福祉法人 射水万葉会 天正寺サポートセンター」(富山市)職員
荒山浩子さん(以下、荒山)「お話をいただいたとき、『お年寄りはお相撲か野球しか興味ないので、難しいのでは・・・』とお伝えしました。やはり無理強いするのはよくないですから。
試合観戦の前、ある利用者さんにカターレ富山のユニフォームを見せてみました。病院を退院したばかりで、食欲もなく、表情も会話もなかった方です。当時12月でしたが、医師からは『年を越せるかどうか分からない』『お花見は難しいかも』と言われていました。
ところがユニフォームを見せるとニコッと笑って。『着てみますか』と言ったら、『うん』って。お着せすると、表情がパッと変わり、目がキラキラ輝き出したんですね。『これはいけるのかも』と思いました」
しかし、ただサッカーの試合の映像を流しても、どう楽しんでいいか分からないだろう――そう考えた荒山さんは、職員も利用者さんも、皆で一緒にケーキを食べながら、まったり観戦するところから始めました。
職員にも、サッカー経験者はゼロ。知識レベルは利用者さんと変わりません。
荒山 「『あのゴールに入れればいいんだね』『いまのは惜しかったね』なんて、皆で会話しながら観るうちに、いつの間にか火がついて熱くなっていましたね。よく分かっていない者同士ながら、コミュニケーションをとるうちに一体感が生まれました」
このほか、「推し」の選手を決める、カターレ富山と対戦相手のユニフォームの塗り絵をする、応援用のうちわを作るなど、さまざまな楽しみ方を編み出し、応援熱が盛り上がっていったといいます。
荒山 「季節のイベントなどは、楽しんでもその1日だけ。その点、『Beサポ!』は継続性があります。誰かを応援することで、次の試合が楽しみになり、ワクワクが続くのがいいですね。
それに季節のイベントは、職員が準備・運営しなければなりませんが、一緒に座って会話しながら観戦するだけなので、負担がありません。もちろん途中退席も自由。そんなゆるゆるな感じでいいと思います」
ガイドブックで、「楽しみ方」を紹介
サントリーウエルネスでは、施設からのフィードバックも受け、さらに多くの施設に広げていく取り組みを行いました。
そのひとつが、楽しみ方を解説するガイドブックの作成。「準備編」としては、次のような活動が提案されています。
●「推し」の選手を決める
●ゴールが決まったときの「タオル回し」を練習する
●ゲームフラッグなどで施設を飾る
●ユニフォームを着てみる
●手拍子を練習する
●「サポ飯」を作る(相手チームのご当地グルメを作って食べて、勝利の願掛けをする)
▲ガイドブックの一部。インターネットから誰でもダウンロードができる
https://www.suntory-kenko.com/contents/enjoy/besupporters/guidebook.pdf
プログラムの作成に際し、吉村さんは心がけた点をこう語ります。
吉村 「何より、利用者の皆さんが本当に楽しめるかどうかを大切にしました。そして、スタジアムには行けなくても、『サポーター』の動きを再現しつつ、心や身体にプラスになるプログラム作りを意識しました。集団リズム運動が活力を高めることや、認知症予防として皆で料理を作ることがあることを知り、プログラムはそれらの情報を参考に、タオル回し・手拍子などの動きや「サポ飯作り」などを取り入れています。
また、楽しい思い出を書き記すなど、記憶に残そうとする行動は脳の機能を保つ効果があるという研究結果も。若い世代は試合の感想などをSNSで発信しますが、利用者の皆さんには、試合を振り返って『サポーター日記』を書くことをお勧めしています」
荒山 「利用者さんのサポーター日記を見せてもらうと、『やったぁ』『よくがんばった』『負けても応援しとるよ』なんて書いてありますね。以前は『手が震えて字が書けん』と言っていた方が、サポーター日記をきっかけに、毎日日記を書くようになったりもしています」
高齢者にも職員にもポジティブな変化。さらに地域の活性化へ
「Beサポ!」開始後、天正寺サポートセンターの利用者さんにはさまざまな変化が生まれています。
荒山 「先ほどの『来年のお花見は難しいかも』と言われていた方は、すっかり元気になり、ユニフォームを着てお花見に出かけました。以前は足を動かせなかった方が、カターレ富山の選手が訪問してくれたとき、杖を忘れて駆け寄ったのには驚きました(笑)。Jリーグの中断中に要介護2から3になったのに、シーズンが再開すると元気を取り戻し、要介護1になった方もいらっしゃいます。
他にも、ゼリー食から刻み食へ、睡眠の質が向上、血圧が安定、幻視の改善など、さまざまな効果が表れています」
▲ユニフォームを着て記念撮影をする利用者さんの様子
報告を受けた小国さん、吉村さんも、新たな気付きを得たといいます。
小国 「シニアの方々がこんなふうにサッカーに夢中になるなんて、想像しなかった人がほとんどだと思います。『無理だろう』『観ても分からないだろう』なんて思い込みはなくすべきだなあと改めて思い知らされました。そして『おせっかい』って意外と大事だな、と思いました。『このユニフォーム着てみない?』という、最初のおせっかいがあったからこそ、動き出したわけですから」
吉村 「慶應義塾大学医学部の伊藤裕教授が「Beサポ!」について、『推しの存在を作り、誰かと主体的につながっているという幸福感が高齢者を元気にしているのでは』とおっしゃっていたのですが、まさにそのとおりと実感しています。活動によって次々と生まれる『つながり』とそのパワーに圧倒されました」
効果は利用者さん以外にも表れているようです。
荒山 「利用者さんの状態がよくなり、イキイキとした姿を見ることは、職員のモチベーションアップにもつながっています。また、採用活動にも効果が生まれています。学校の就職説明会などで「Beサポ!」を紹介すると、興味を持ってもらえるようで、採用の問い合わせが増えました。また、地域のさまざまな方とのつながりも広がっています。
▲利用者さんだけでなく、職員も一緒に楽しんで試合を応援する
以前から、地域の方々と一緒に何かしたいという思いがありました。コロナ禍で制限はありますが、お子さんたちは勿論、例えば8050問題を抱えたご家族がみんなで遊びに来て、一緒に試合を応援できる『パブリックビューイング』の拠点のような存在になれるといいですね。『Beサポ!』を利用することで、地域の課題解決にもつながるのではないかと思います」
小国 「『人生100年時代』といわれますが、経済面や健康面など『不安』な観点で語られることが多い気がしますよね。でも、シニアの方々の元気な笑顔を見ているうちに、誰もが「不安」だけではなくて、「希望」を感じられるようになっていくんじゃないかなと思います。」
吉村 「シニアの皆さんはそれぞれに素晴らしい個性を持っていると改めて感じています。『Beサポ!』を通じて一人ひとりの個性が発揮され、それがつながり合い、みんなでワクワクときめく状態を作っていきたい。そのためにも、さらに多くの施設、地域へ広げていきたいです」
【文: 青木 典子 写真: サントリーウエルネス株式会社,社会福祉法人 射水万葉会】