特集記事
2018.12.18 UP
介護業界のこれからのイメージは、
現場で働く人の意識からつくられていく
「これからの介護・福祉の仕事を考えるデザインスクール」は、厚生労働省による補助事業だ。人材不足に悩む介護業界のイメージを刷新する事業を公募し、多くの事業者の中から株式会社studio-Lによるプランが採択された。代表の山崎さんは事業プラン立案の背景をこう話す。
「事前に多くの介護業界関係者にヒアリングを行いましたが、最も多かったのが、『イメージだけ変わっても、働く現場が変わらなくては意味がない』という声でした。過去のイメージアップ戦略では、タレントを起用したCMの放映やイベントなどの開催も実施されましたが、それと同時に現場の働き方や取り組みも新しいものに変える努力をし続けなければ、ギャップを生み兼ねない。まずは働いている人たちの意識をクリエイティビティあふれるものに変えていくことが大事だと感じました」
現場の人々が自由な発想で仕事に取り組める環境をつくれば、「こんなことをやってもいいんだ」「あれもこれもやってみたい」と思えるようになり、自ら魅力を伝える行動ができるようになると考えたのだ。
「例えば事業所で行うイベントチラシのデザイン一つを取っても、お洒落なものにしたり、伝わる文章を考えたりした方が、結果的に人は集まるもの。しかし、そうしたクリエイティブな業務は、介護の現場では『できる時間があればやりたいと思っているけれど、なかなか手を出せない二次的な仕事』になっています。介護は技術職であり、日々多忙な方が多く、手が回らない。けれど、クリエイティブな発信をもっと積極的にできたなら、人も集まり、多くの人に介護技術を提供できるのではないかと。そこで構想したのがデザインスクール。介護に携わる人たちにデザインなど、多くの人に魅力を伝える方法を学んでもらおうと考えました」
スクールの参加対象者は、介護・福祉・医療関係者と、デザインやアイデアの発想を仕事とするクリエイター、そして一般市民。異なる3つの属性の人々を集め、互いの視点を生かしながら新たな取り組みを生み出す場とした。
「全国8ブロックで50〜80名の参加者を募り、半年間で全6〜7回のワークショップを実施する計画としました。介護業界のイメージアップのために何ができるのかを話し合うことから始め、現場でインターンシップを体験した後、自由な発想でプロジェクトを企画し、実行・発信するところまで取り組みます。介護の現場の人たちが異なる属性の視点や発想を学び、それぞれの職場に戻って実践し、継続していくことができたなら、介護業界全体の環境もイメージも変わるはず。スタッフだけでなく、介護施設などの経営者の意識も変えていくために、インターンシップの受け入れ先となる介護事業者も募り、現場に落とし込んで実現できる環境もつくっています」
▲これまで過疎地域の活性化プロジェクト「いえしま地域まちづくり」「海士町総合振興計画」などに取り組んできた山崎さん。介護福祉の領域においても、石川県野々市市(ののいちし)や秋田市、横浜市などのプロジェクトに携わってきた
みんなで一緒に考えていく
「コミュニティデザイン」の手法
スクール構想に生かされているのは、「コミュニティデザイン」の手法だ。まちづくりにおいて、都市計画や建築などのハード面が重視されていた時代から市民参加による計画づくりなどソフト面の公共事業が重視される時代へと移り変わる中、この新たな概念を浸透させた人物こそが山崎さんなのだ。
「公共空間をデザインした際に生まれた手法です。個人の住宅を設計する時には、本人の要望や暮らし方なども踏まえた上でデザインを考えるものですが、多くの人が利用する公共空間の場合には難しい。そこで、実際にその場を利用するコミュニティの人々を集め、話し合いながら意見や要望を引き出し、一緒に空間をデザインしていくことにしたのです」
建築物や公園などの公共空間に生かす経験を重ねるうち、「地域包括ケアにコミュニティデザインの考え方を活用できないか」という相談を受ける機会が増えた。山崎さんは社会福祉全体に興味を持つようになり、自ら社会福祉士の資格も取得した。
「制度や法律、施策も学んだ結果、日本の介護福祉の仕組みは相談・支援の方法から施策の実行順序、法体系まで、非常にうまくできていると感じました。働く人にとっても、仕事の方向性がわかりやすく整理されている。しかし、それゆえに、新しいことを実践しにくい環境でもあると感じたのです」
そもそも介護の仕事では、多様な属性の要支援者に対し、個性や状況、環境に合わせてクリエイティブな対応をしていくことが求められるもの。そこで、介護に携わる人々に、新たな発想を職業とするクリエイターや一般市民を引き合わせ、現場の常識とは全く違う角度のアイデアや考え方に触れる機会をつくろうと考えた。
「みんなで議論を重ね、プロジェクトそのものを一緒にデザインしていくスタイルは、まさにコミュニティデザイン。過去にこの手法を用いた地域では、住民の皆さんが『私たちにもできるんだ』という意識に変化し、主体的な活動を起こした事例がたくさんあります。介護の現場でも、働いている人たち自らが、「明日も楽しみだな!」「ワクワクする!」と思える空間をつくっていけるようにしたいと考えています」
▲北海道ブロックの第4回ワークショップの様子。アイデアを発想するために大切なキーワードを風船に吊るし、ワークショップの会場に浮かせた。キーワードを忘れそうになると、風船を引っ張って再確認しながら意見を出し合う
参加者の6割は介護業界関係者。
自治体職員や企業団体なども参加
現在、スクールのスタートから3カ月が経つが、全国の参加者総数は当初の401名から450名にまで増えている。「参加して楽しかったから」と、上司や同僚、友人を連れてくるケースもあれば、プロジェクトの企画・立案に向かう中、デザイナーや飲食店経営者などを協力者として連れてくるケースもあるという。
「参加者全体の約6割、256名は介護福祉士や医療従事者など、現場に携わっている人たちです。職場の改善方法やワークショップの進め方を学ぶために参加している方がほとんどですが、新規事業に結びつけようという事業者もいます。デザイナーやITエンジニアなどのクリエイターは30名。介護福祉の世界でクリエイティブな手法を実践したいと考えているようです。また、自治体の職員は20名で、地域包括ケアや老健などに携わり、新たな取り組みを自主的に学ぼうとしている方々です。小学校や中学校の先生もいて、『指導要領に介護が盛り込まれたため、知見を深めたい』と考えたことが参加動機となっています」
大学生・専門学校生も18名が参加。介護系はもちろん、芸術系や建築系の学生も多く、コミュニティデザインに興味を持って参加した人もいれば、介護業界への就職が決まっている人、将来、起業に生かしたいと考えている人もいるそう。
「企業団体からも17名が参加していますが、こちらも多種多様ですね。未来への投資になると考えているアウトドアブランドのメーカーや、介護に結びつけた事業に挑戦したいと考えている牧場経営者などもいます」
▲「働きたい職場」や「利用したい施設」「介護の仕事が憧れになる未来」など、参加者それぞれの意見メモが張られた壁面。互いの考えや視点を共有していく
スクールそのものは2週に一度の開催だが、毎回、宿題として一つの課題を持ち帰ってもらう。自ら考え、次の行動につなげる仕組みをつくっている。
「初回はオリエンテーションを行い、老後まで含めた理想の人生を考えてもらうことを宿題としました。第2回では介護事業所で現場体験を行うインターンシップを実施。各自が感じたギャップや違和感をもとに、解決策を考えてもらいました。第3回では解決策の参考となる先進事例を探す方法を学び、いよいよ自分が挑戦したいプロジェクトの模索へ。さらに第4回で各自がプロジェクトを発表した後、近い意識を持つ参加者同士でチームを編成してもらいました。全国8ブロックで約70チームが結成されています」
そして、第5回を迎えた現在は、宿題として各チームで企画した内容をプレゼンし、フィードバックを受けたところだそう。山崎さんはもちろん、各ブロックの担当をしているstudio-Lの運営メンバーもアドバイスを行っている。
「プロジェクトの企画や実現に向けて、各チームで自主的に集まったり、現場の見学に出かけたり、facebookやLINEでグループをつくって議論や事例を共有したり。皆さん、活発に取り組んでいますし、語りたいことがどんどん増えているようです」
▲チームのグループLINEで盛んに意見交換。毎日のように各自が発信し、アイデアや事例の共有などもしている
▲チームそれぞれのプランには、山崎さんとブロック担当者が細かにフィードバック。自分たちで考え、実現していけるようにプロジェクトを導く
介護業界の常識を覆すような
新しい視点でプロジェクトを企画
各チームのプロジェクト内容は実に様々で、介護の常識を覆すユニークな発想に溢れている。あるチームでは、都市部の高齢者に対し、「地域の枠を超えて、趣味性を大事にした施設をつくる」というアイデアをもとに、音楽好きのためにスタジオやオーディオ設備を備えた施設や、Nゲージを走らせる鉄道好きのための施設などを企画している。また、認知症の「忘れる」という症状を長所として捉え、「教会の懺悔室のように告白や悩み相談ができる場をつくる」というチームもあるという。
「介護業界の関係者には、とんでもないと叱られるかもしれませんが、相談する側は何を話しても忘れてくれる相手だからこそ安心して語れますし、認知症の方にとっても誰かの役立つ喜びを瞬間的に感じることができるわけです。小さな一歩ですが互いに必要とできる仕組みをつくれますし、一般の方が施設に足を運ぶ導入口になるかもしれません。そして、認知症の方にとっても、人としての尊厳をもっと大切にできる機会を提供できる可能性があるのです」
今ある常識にとらわれ、誰からも否定されないことのみをやっていてもイノベーションは始まらない。美しい会話をしているだけでは何も変わらないのだと山崎さんは話す。
「介護業界関係の参加メンバーは、クリエイターから飛び出す突拍子もないアイデアを聞くたびに、『そんな考え方、ありなの?』と驚いていましたね。しかし、現状を変えたいなら、ギョッとするような発想も受け入れ、トライすることでイノベーションが生まれるのです。業界の常識から外れていても、要介護者の方々にとって意味があることか、失礼なことなのかは、やってみないとわかりませんし、それはより良い介護に向かうためのステップとなるはず。大事なのは、自由にアイデアを生み出す発想方法と実現していく方法を学んで、現場で実践していける力を身につけることなんです。僕らの仕事は、彼らに伴走し、楽しい未来をつくるための種を蒔くこと。実るまでには気が遠くなるほど時間がかかるかもしれない。けれど、デザインスクールに参加した結果、皆さん、相談できる仲間や業界の違う協力者ができた。どうすればクリエイティビティが発揮できるのかもわかった。ここから介護業界の未来が変わっていくのだと思っています」
▲「頭脳、身体、感情を総動員して使う仕事だからこそ、しっかり休む方法を提案したい」という介護スタッフの視点から、「一人になれる『ぼっち空間』をつくる」というプロジェクトも立ち上がった。アイデアボードには、ダンボール箱をかぶるなどの面白いアイデアも書かれている
成果発表は2019年3月末に実施
介護・福祉のデザイン展を開催予定
スクールの開催は、残すところあと1〜2回となっている。今後は、ブロック別にプロジェクトの発表会を行った後、各チームが内容をブラッシュアップした上で、実施に向かう予定だ。
「2019年3月22日から4日間かけて、その成果を発表するデザインフェスティバルを開催します。アーツ千代田3331の会場を使って、全国8ブロック、約70チームのプロジェクトと取り組み内容を展示します。さらにアーティスト10組程度にも声をかけ、「老い」をテーマとした作品を作ってもらう予定で、展示部分は『老い展』というネーミングにする予定です。全ての展示の図録も作ります。トークショーや音楽イベントなども展開し、介護とアートを融合したクリエイティブなフェスティバルにしたいと考えています」
介護福祉に興味のある人々にとっては、異なる視点で業界を見つめるきっかけを提供し、アート好きや地域住民なども含め、さまざまな世代の人々にも足を運んでもらい、みんなで「これからの介護福祉」の未来を考える場としていきたいという。
「介護業界で働く皆さんには、目の前の現状にとらわれ、『できない』からスタートするのではなく、業界的には非常識に見えるようなことにもトライし、反応を見て改善し、次につなげてほしいと思います。イノベーションに向かうには、実践あるのみですし、それがきっと『やってみよう』という柔軟な環境をつくっていくはずですから」
◆デザインスクールの詳細については↓
https://korekara-pj.net/
【文: 上野 真理子 写真: 阪巻 正志 】