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特集記事

2019.02.15 UP

「困った」を「おもしろい」に変換する介護マニュアルで、介護の現場を楽しくする

2018年8月にスタートした、厚生労働省による介護業界の人材確保対策強化事業「これからの介護・福祉の仕事を考えるデザインスクール(デザインスクールについてはこちら→http://helpmanjapan.com/article/8117)」。介護福祉事業者、クリエイター、行政職員、学生など様々な立場の参加者が集い、約80のプロジェクトが、最終発表の場である3月の展覧会に向けて活動中だ。その中から、2つのプロジェクトを、2回に分けて紹介する。

悩む前に見ればクスッと笑える。そんな介護マニュアルを作りたい

「デザインスクール」東北ブロックのプレゼンテーション会場で、黄色をバックにした似顔絵のイラストが大写しにされた。続いて、「知識ばっかり、一戸(いちのへ)く~ん!」という大声での呼びかけが響く。

来場者の目と耳を一瞬でわしづかみにして始まったのは、「まったく役に立たない介護マニュアル(以下、役に立たないマニュアル)」のプレゼンテーションだ。

介護職なら、“あるある”と感じる介護の現場での出来事を、捉え方を変えて、クスリと笑える出来事に「おもしろ変換」するマニュアルを作ろう。それが、このチームの取り組みだ。例えば、利用者がエプロンを着けて食事をしているとき。食べこぼしで汚れたエプロンを見て、「困った食べこぼし」と思うのが普通の捉え方だ。これを、「一人ひとり違う個性あふれる食べこぼし」と捉えれば、食べこぼしたエプロンもなんだかおもしろく見えてくる。いっそ、汚したエプロンをズラリと並べた「食べこぼしアート展」を開催しちゃおう! そんな「おもしろ変換」の提案だ。

プレゼンターを務めた医学生の一戸護さんは、このマニュアル作りに込めた思いをこう語る。

「技術や知識の面では全く役に立たなくても、ビギナーの介護職が介護の現場で対応に困るような場面に遭遇したとき、どうしよう、と悩む前に、クスッと笑う心のゆとりを持てる。そんなマニュアルを作りたいと思いました」


▲シンプルで訴求力のあるイラストは、イラストレーターの念佛明要さんの手によるもの。一戸さんの人を引きつけるプレゼンテーションは、「デザインスクール」主催者である(株)studio-L代表取締役の山崎亮さんからも絶賛された

▲2018年12月16日に東北芸術工科大学で開催された、「発表・交流会in東北ブロック」でのコメンテーターの4人。写真右手前から時計回りに、(株)studio-Lの山崎さん、この日の基調講演の演者を務めた(株)あおいけあの加藤忠相さん、山形市福祉推進部長寿支援課長の柳史生さん、東北芸術工科大学コミュニティデザイン学科長の岡崎エミさん

“気づき”やアイデアが大切な介護はデザインの仕事と共通するものがある

このチームが「役に立たないマニュアル」を思いついたのは、介護施設でのある出来事を聞いたのがきっかけだ。それまで普通に話していた入所者の一人が、ちょっとしたきっかけで、突然、人に手を上げるほどひどく怒り出した、というのだ。

「本来、それは、介護の現場では起きてほしくないことですよね。でも、そんな出来事も少し離れたところから見てみると、なんだかちょっとおもしろいな、と。メンバーみんなが、そんなふうに感じたんです。それで、介護の現場のそんな“おもしろい”ことを集めてみようよ、というところから、この取り組みが始まりました」

そんなふうに、苦労らしい苦労もなく、すっと話がまとまったのだと、「デザイン事務所アオネノ」のイラストレーター、念佛明要(ねんぶつあきとし)さんは語る。

念佛さんは、実は、ホームヘルパーの資格を取り、3年前からデザインの仕事をしながら、週1回、重症心身障害児施設でケアスタッフとして勤務している。介護福祉の現場で働くようになり、念佛さんは介護職とデザイナーは似ていると感じていたという。

「デザイナーは“気づき”やアイデアがとても大事です。福祉の現場で働いてみて、介護や福祉も同じように、“気づき”やアイデアが大事だと感じました。でも、介護や福祉は発信力が弱くて、それがなかなか外には伝わらないし、知られていない。何とかそれを外に示せないかとずっと考えていたんです。そんなとき、『デザインスクール』の開催を知って。これに参加すれば、自分が福祉に関わってきた意義の、一つの答えが出せるのではないかと思いました」

▲イラストレーターでありながら、週1回、福祉の現場で働く念佛さん(写真右)。プレゼンテーションの後の交流会では、「役に立たないマニュアル」に興味を持った人からの質問に答えた

介護の現場のことを外に向かって発信し、その反応が見られたうれしさ

このチームは、5人のメンバーから成る。介護福祉の現場を知るイラストレーターの念佛さん。学生時代に芸術を学び、今は介護福祉の現場で働く「社会福祉法人ライフケア赤井江」の庄司亮一さん。地域医療と連携する介護について知りたいと考えていた医学生の一戸さん。そして、デザイナーの菅野さん。長く介護の現場で働いてきた「医療法人社団楽聖会」の古澤潤さん。デザインと介護福祉、医療、そしてその双方の橋渡しをできるメンバーもいる、非常にバランスのいいチームだ。庄司さんと菅野さんは、実は、発表会場となった東北芸術工科大学の卒業生で友人同士でもある。

庄司さんは、念佛さんたちに誘われ、ちょっと顔を出す程度のつもりで、「デザインスクール」に途中から参加した。元々アートが好きだったこともあり、介護にデザイン的な思考を入れるのがおもしろくなって、自然と発表の日まで参加し続けることになったという。

「途中から参加してみて、デザインをやっている2人が、介護のことを本気で考えていることに驚きました。その考え方も、介護職である自分たちより深い。自分が介護される側だったら、という視点をしっかり持っていたんです。これには刺激を受けましたね。

私はアイデアを出すのは得意でも、形にするのはどちらかというと苦手なんです。それを、二人にうまく形にしてもらえたのが心地よくて。介護の現場のことをこんなふうに外に向けて発信する機会はなかなかないですし、発信した時の反応もうれしくて、どんどん引っ張られてここまで来ました」

▲庄司さん(写真右)は、「デザインスクール」に参加し、一戸さん(写真左)などチームのメンバーからたくさんの刺激を受けたという

▲このチームのプレゼンテーションを聞いた会場参加者からコメントカード。「発想がおもしろい! 介護には笑いが必要!」など好意的なコメントがたくさん寄せられた

介護の現場をどう変えるかをイメージ。そのためのアイデア出しが楽しい

クリエイターの菅野さんは「デザインスクール」に参加し、studio-Lの山崎さんが語った「バックキャスティング」という手法に惹かれたという。そして、これがフックとなり、菅野さんはこのチームの活動にのめり込んでいった。

「バックキャスティングというのは、大きく物事を変えるときの手法で、まず変えたい理想の姿を決めてから、それに向かってどうすれば変えられるか、スケジュールを立てていくやり方なんです。普段、私がやっているデザインの仕事では、身近な問題点の解決を積み上げていくフォアキャスティングが多かった。でもそれだと大きな変化は起こせないんですね。

今まで自分がやっていなかったバックキャスティングが、この『デザインスクール』でならできるのではないか。しかも、介護の現場を大きく変えるためのアイデアを出していく。これも、ものすごくおもしろくて。そんな思いを共有できる仲間にも恵まれて、最後までしっかりやりきりたいという気持ちになりました」

▲菅野さん(写真右)と念佛さん(左)はクリエイターだが、介護に対する深い思いを持つ。バックキャスティングの手法で、介護の現場を変えるイメージを決め、変えるためのアイデアを具体化していった

「おもしろ変換」の基準を示し、素材を広く募集する、ここからが正念場

東北ブロックでは、2月末に山形・天童市で、「デザインフェスティバルin東北ブロック」を開催。その後、3月末には、東京・千代田区で、全国8ブロックの全チームが活動の成果を展示する、「おい・おい・老い展」が開催される。

「役に立たないマニュアル」チームは、フェイスブックで「おもしろ変換」募集サイトを開設。フェイスブックのサイトにアクセスできるQRコード付きのカードを作成して、交流会会場で配布した。3月末の展示に向けて、「おもしろ変換」に興味を持ってくれた人たちと共に、「役に立たない介護マニュアル」を作っていこうという考えだ。

プレゼンの後の講評で、コメンテーターの山崎さんからは、「素材を広く募るなら、自分たちで考え、厳選した『おもしろ変換』を最低でも20個ぐらい示すこと。これに付け加えるものを提案してほしい、と『おもしろさ』の基準を示す必要がある」との指摘があった。

「介護現場での“あるある”自体はたくさんピックアップできるんです。でもそこから、『おもしろ変換』する作業が難しい。しかも、山崎さんの指摘通り、ハードルを上げていかなくてはいけませんからね」

“あるある”を積極的に提供している介護職の古澤さんは、そう語る。内輪の中でのおもしろさなのか、みんながおもしろいと感じられることなのか。今はまだ、チームの中での基準作りを進めている段階だ。ここからが正念場だとも言える。

▲「おもしろ変換」の素材を広く集めるため、フェイスブックのサイトを開設。サイトにアクセスできるQRコードをつけたカードも作成し、交流会会場で配布した

▲職場の上司に誘われて参加したという古澤さん(写真右)。念佛さん(写真左)、菅野さんなど、普段接する機会がないクリエイターとともにプロジェクトに取り組み、イメージが形になっていくおもしろさを強く感じたという

「本業+介護」で介護の仕事をする人が増えれば、介護の現場は変わるはず

菅野さん、念佛さんは、「デザインスクール」の取り組みをきっかけに、介護の現場にもっと多くの人が関わっていくようになればいいと語る。念佛さんは、週1回、ケアの仕事に就く自分のような働き方をする人が、これから増えていくことを期待しているのだ。

「私はヘルパーの資格は取りましたが、ものすごく介護福祉の勉強をした、というわけではないんです。それでも、そこから介護福祉の仕事に入ることはできるんですね。その働き方は『+介護』でいいと思う。つまり、『イラストレーター+介護』の私のように、『本業+介護』で、週1日だけ介護に入るのでもいい。そういう人が増えていけば、介護の現場はもっとおもしろくなるし、もっと楽になるはずです。

そこに、この『役に立たないマニュアル』があれば、こういう考えで介護の仕事をしてもいいんだとか、自分もおもしろいものを見つけたいとか、思ってもらえるかな、と。このマニュアルが、そんなふうに介護の仕事へのハードルを低くする役割を果たせたら、と期待しています」

◆デザインスクールの詳細は↓
https://korekara-pj.net/

【文: 宮下 公美子 写真: 刑部 友康】

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