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2017.09.21 UP

最期まで口から食べられる街づくりを目指し 約30種の専門職が連携して「食」を支援

人は口から食べる力を失うと、胃ろうや点滴で栄養を補っても徐々に衰えてしまう。命をつなぐには、食べて栄養を取ることが重要であるにもかかわらず、口から食べるための支援は驚くほどおろそかにされている――。そんな問題意識を持ち、活動しているのが新宿食支援研究会だ。さまざまな専門職が集うこの団体の目標は、新宿を「最期まで口から食べられる街」にすることであり、日本を「最期まで口から食べられる国」にすることだ。その取り組みを、代表を務める五島朋幸さんに伺った。

歯科医だけで食支援はできないと痛感。
メールで仲間に連携を呼びかける

東京・新宿で歯科医院を開業している五島朋幸さんが、訪問歯科診療を始めたのは1997年のこと。歯医者に行けない寝たきりの人の家を訪れて、入れ歯の作製や調整をしようと考えていた。ところが、そのころちょうど「誤嚥性肺炎が口腔ケアで予防できる」という論文が発表され、訪問歯科は一気に口腔ケア、そして摂食嚥下障害ケアの時代に。五島さんは、大学時代には習ったこともない口腔ケアや摂食嚥下障害ケアに、試行錯誤しながら取り組むことになった。

訪問歯科を始めて10年を経たころ、五島さんはある家を訪問したとき、患者の妻が五島さんに感謝の気持ちを伝えるつもりで言った言葉に思わずハッとする。

「『先生が来てゼリーを食べさせてくれることだけが、主人の生きがいなんです』と言われたんです。この方は嚥下機能が低下して、口からの摂取が難しい方でした。2週に1回の訪問のときに僕が介助すれば食べられますが、そのとき以外は口からは食べられていなかった。僕の診療だけでは、この方の生活を何も変えられていなかったことに気付いたんです」

歯科だけでは十分ではない。それを痛感した五島さんは、ある夜、一斉メールで「一緒に在宅高齢者の食支援をしよう」と呼び掛ける。メールの相手は、勉強会や趣味のランニングなどを通して気心が知れているケアマネジャーや管理栄養士など約20人の仲間だ。すると、その日のうちに、多くの仲間から「ぜひやりたい」という答えが返ってきた。これが、新宿食支援研究会、通称新食研のはじまりである。2009年7月のことだった。

▲訪問の際には、入れ歯を削る機械や、入れ歯調整剤を持参。入れ歯の調整では、合わない入れ歯の裏側に粉と液を混ぜた調整剤を塗り、口の中でかみしめてもらう。すると、3分ほどでプラスチックに変わり、その人の口にぴったり合う形になるという

誤嚥性肺炎は食事中の誤嚥で起きる
という大きな誤解を正したい

嚥下の悪くなった高齢者が、誤嚥性肺炎で入院する。すると、入院前よりも悪化した嚥下状態で退院になる。その頃の五島さんは、この段階になってようやく訪問の依頼がくることに、どうしようもないやるせなさを感じていた。

「そもそも、誤嚥性肺炎の原因にいまも大きな誤解があるんです。原因は、寝ている間の唾液の誤嚥が圧倒的に多いのに、食事での誤嚥だと考えている医師が多い。だから、入院すると禁食になってしまう。口から食べなければ、嚥下状態はますます悪化します。それで胃ろうになるケースも少なくありません。胃ろうが増えても誤嚥性肺炎が減っていないことに、もっと注目すべきです」

五島さんは、「一粒のごはんも食べてはいけない」と言われて退院した女性に、新食研のメンバーと共に嚥下訓練を行ったことがある。初診から1カ月で、カレーライスを食べられるまで回復させ、大いに感謝された。病院の医師の判断や指示は、必ずしも絶対ではないのだ。

「正しい知識を持つこと、そして、それ以前に食の問題に関心を持つことが重要です。食事の量がちょっと減ってきたとか、食べるのに時間がかかるようになったとか。そういうことに、『あれ?おかしいな』とまず身近な人が気付いてほしい。そして、専門職につないでくれれば、誤嚥性肺炎や低栄養は事前に防げる可能性が大きいんです。この段階で支援に入ることが、本当の食支援です。嚥下障害が進んでほとんど飲み込めなくなってから医療職がリハビリを行う従来の方法では、改善できる人数は限られてしまいます」

▲五島さんは、訪問歯科医の活動や新食研の活動を本で紹介したり、ラジオのパーソナリティーを務めて紹介したりも。文章、語りのうまさには定評がある

月1回の勉強会でネットワークをつくり
食支援の実践を専門職同士で学びあう

新食研を立ち上げた五島さんがまず考えたのは、介護に従事する人たちに食支援を知ってもらうことだった。

「僕たち医療職は、患者さんと接する機会は決して多くはありません。ヘルパーさんなど、日々高齢者と接している介護職の方が情報を伝えてくれないと、僕たちは動けないんです。彼らに高齢者の食行動の変化に早く気付いてもらい、僕たち医療職につなげてもらおう。そう考えました」

もう一つ考えたのは、このチームを大きくしていくことだ。食支援の大切さを知る仲間が増えれば増えるほど、早い段階で支援に入ることができ、入院や低栄養を防げる可能性は高まっていく。

そこで始めたのが、月1回の勉強会だ。

最初は、全国的にも著名な講師を招き、参加者を募った。新宿では“食支援”に取り組んでいる人たちがいるらしい、面白そうだ、と興味を持ってもらうためだ。この段階では新宿区外の参加者も受け入れた。活動を続けるうち、勉強会の開催が定着し、新宿区内の専門職が集まるようになると、新宿区外からの参加者数に制限を設けた。新宿区在勤者が優先的に参加できるようにするためだ。そしていまでは、勉強会で食支援についての知識と実践力を身につけた、区内のさまざまな専門職が講師を務める。毎回約70人が集い、新宿区の専門職同士が現場での実践を学び合う場となった。

▲月1回開催している新食研の勉強会には、新宿区在勤の介護職・医療職の人たちを中心に、毎回約70人が参加。熱心に講師の話に聞き入る

ワーキンググループを立ち上げて
食支援を実践し、結果を出す

五島さんが勉強会と並行して取り組んだのが、「結果を出す」ためのワーキンググループづくりだ。まず、それまでどこにもなかった「食支援」についての定義を検討するグループを結成。食支援を、「本人・家族の口から食べたいという希望がある、もしくは身体的に栄養ケアの必要がある人に対し、適切な栄養管理、経口摂取の維持、食を楽しんでもらうということを目的としてリスクマネジメントの視点を持ち、適切な支援を行うこと」と定義した。そして、新食研の活動目標を、“最期まで口から食べられる街、新宿”をつくることに設定する。

ヘルパーや家族など高齢者の身近にいる人が、食支援の必要な人を「見つける(M)」。見つけた人から相談を受けたケアマネジャーなどが、専門職に「つなぐ(T)」。そして、バトンを受けた専門職が「結果を出す(K)」。このM-T-Kがどこでも当たり前のように行われるようにすることで、最期まで口から食べられる街をつくろうと考えた。

続いて、食支援の実践チームとして、まず歯科衛生士、管理栄養士のチームが動き出した。ここから、同職種同士、あるいはさまざまな職種がコラボレーションするワーキンググループが次々と立ち上がっていく。2017年9月現在、新食研のメンバーは25職種、131人。ワーキンググループは20を数えるまでになった。

「勉強会に来てくれた人に、その後の懇親会という名の飲み会で話をして、『君、すごく熱心だよね、一緒にやらない?』と声を掛けたりしていましたね。コラボしたら面白いんじゃないかと思うメンバーに声を掛けて、ワーキンググループを立ち上げてもらったりもしました。いまでは、ワーキンググループの活動に参加して、後から新食研のメンバーになる人も出てきました」

▲各ワーキンググループのミーティングは、五島さんの歯科医院のミーティングルームで行う。五島さんはそのほぼ全てに参加しており、毎日のようにミーティングとそれに続く飲み会が入っている状態だ

低栄養の改善に重要な役割を果たすのに
管理栄養士の訪問指導が広まらない理由

順調に見える新食研の活動だが、課題もある。大きいのは制度的な課題だ。

例えば、低栄養の改善に重要な役割を果たす、管理栄養士の訪問栄養指導。この指導で報酬を得るためには、介護保険の居宅療養管理指導で訪問診療を行っている医師の指示書が必要になる。しかし、現状、そうした制度上の仕組みを知る医師は少ないと、五島さんは言う。なかなか指示書が出ない中、新食研の管理栄養士は指導の必要性を見過ごせず、ボランティアで訪問する場合もある。

「これでは活動が広がりません。活動が広がらないから、医師に訪問栄養指導の活動や意義を知ってもらえず、指示書も出されないため悪循環です。最近は、訪問栄養指導が必要だと感じたときには、僕から主治医に必要性を伝えるようにしています」

指示書が出たとしても、管理栄養士の訪問栄養指導で報酬が認められているのは月2回までだ。報酬を得られる仕組みが、月2回の介護保険の居宅療養管理指導のみということ自体、在宅での食支援が非常に遅れている実態を表しているともいえる。

「報酬の問題は、管理栄養士に限りません。例えばワーキンググループのひとつに、福祉用具専門相談員と理学療法士のペアがあります。理学療法士が食事のときの姿勢を評価して、福祉用具専門相談員が車いすやテーブルを調整して姿勢を整える。これにもやはり報酬は支払われません。理学療法士は、訪問リハビリで報酬を得られる場合もありますが、福祉用具専門相談員は車いすやベッドをレンタル・販売しないと報酬は得られませんからね」

▲月1回発行の「新食研つうしん」。新食研のメンバーや関係者が寄稿。それぞれの専門性を生かした食支援の実践、ワーキンググループの活動内容の紹介など、非常に充実した内容だ

株式会社を設立。食支援の専門職に
報酬が得られる仕組みを作っていく

こうした状況を打破していくため、五島さんは株式会社を立ち上げ、新たな仕組みづくりに取りかかった。会社に、専門職への食支援の依頼を受ける窓口をつくる。新食研の専門職は、会社に“タレント”として登録する。会社として、在宅の食支援や講演、施設への食支援のコンサルテーションなどの依頼を受けて、登録している専門職に業務を委託する。会社が依頼主から報酬を受け取り、専門職に支払っていくという仕組みを考えている。

また、マスコミ関係者などを対象に、食、医療、高齢者介護などをテーマとした勉強会を定期的に開催。新食研の活動と、所属している専門職の活躍を広報していくというアイデアもある。さらには、新食研で開発した食器等の食支援の道具を販売するなど、五島さんの頭の中にはまだまだたくさんの構想がある。

「新食研は任意団体なので、これまではお金を扱うのが難しかったんです。でも、株式会社を設立したことで、これからできることがさらに広がっていくと思います」

▲五島さんは外部研修の講師として招かれることも多い。この日は、東京・豊島区の介護職員を対象に、入れ歯が合わなくなる理由や入れ歯安定剤の正しい使い方など、入れ歯について講演

全国各地の食支援の取り組みを
みんなで共有していきたい

五島さんが、いま、新食研の活動で特に力を入れているのは、食支援を「広める」活動だ。新食研に参加する専門職の人数や職種を増やしていくだけではない。介護職や地域住民向けには「食支援サポーター養成講座」を開催し、食支援が必要な高齢者を「見つける」目を増やすことにも取り組んでいる。新宿の介護職は、ここ数年で食支援への意識が非常に高まったと五島さんは言う。今後はさらに、住民へ、全国の他の地域へと、多方面に食支援の大切さを「広める」活動をしていくつもりだ。

2017年9月3日には、食支援の大切さを広くアピールするため、「第1回最期まで口から食べられる街づくりフォーラム全国大会」を開催した。基調講演の演者として、関西で食支援活動を行う医師を招聘。一方で、新食研としての取り組みを、五島さんをはじめ、看護師、歯科衛生士、言語聴覚士など、さまざまな職種が重層的に語った。こうしたフォーラムを、これから毎年開催していきたいと、五島さんは語る。

「来年開催予定の第2回フォーラムでは、全国で食支援に取り組んでいる人たちに、ポスターやブースを出して活動を発表してもらうことも考えています。目立たなくても、着実な活動で成果を出している人たちの取り組みを、みんなで共有したいですね」

▲新食研が主催した初めてのフォーラムには、全国から約500人が詰めかけた。会場には、介護食品メーカーなどもブースを出し、大いに賑わった

個々のメンバーの成長が
新食研の活動の成果であり、力でもある

2009年の活動開始から丸8年。新食研の活動は大きく育ってきた。五島さんの発想力とリーダーシップによるところは大きいが、メンバーも皆イキイキと楽しそうに新食研での食支援活動に取り組んでいる。

「新食研のミーティングでいつも言っているのは、『みんなが伸びればそれでいいんだよ』ということです。失敗があっても構わない。こんなことをやってみようと話し合って、勉強して、それだけで彼らは伸びていきます。それですでに、活動の成果は出ているんです」

やりたい人だけ残っていけばそれでいいと、五島さんは言う。それでも、食支援の活動を通して、自分自身が成長できている感覚を味わえる新食研では、メンバーが増え続けている。そんな前向きなエネルギーが、新食研の食支援活動を推し進めていく力となっているのだ。

【文: 宮下公美子 写真: 刑部友康】

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