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2017.12.11 UP
ひとり親のもとで育つ子どもたちは、一人で過ごす時間が多く、孤独を抱えてしまうケースも少なくない。2017年6月にオープンした管理人常駐・地域開放型のひとり親家庭専用の下宿「MANAHOUSE(マナハウス)上用賀」は、そんな子どもたちに温かな場を提供するために生まれた。同施設を運営、同居しているシングルズキッズ株式会社の代表・山中真奈さんは、ひとり親で育つこどもの心の変化を見る中、「地域で助け合って暮らす新しい家族の形を作りたい」と考えたという。現在、同施設には4世帯が入居する。また、施設内には会員制の地域食堂もオープンし、多世代コミュニケーションを生む新しい空間を目指している。
管理人が子どもを見守り、
多世帯で一緒に食卓を囲む夕食を提供
「MANAHOUSE上用賀」の大きな特徴は、多世帯・多世代が日常的に交流できる点にある。保育士、幼稚園教員の資格を持つ保育経験30年のプロが同じ建物に同居し、食事作りや子育て相談ができ、夕方からは近所の子育て経験のあるスタッフが管理人として日替わりで常駐。また、保育園への子どものお迎えも有料で行っている。さらに特筆すべきは、平日の夜の夕食提供だ。共有の大きなダイニングで多世帯が一緒に食事するため、仕事に出かけたママの帰宅が遅くなっても、子どもたちは孤独にならず、楽しく食卓を囲むことができるのだ。
この施設を立ち上げた山中さんは、「シングルズキッズたちを最高にHAPPYにすること」をミッションに掲げていると話す。
「帰宅したときに、『おかえり』と言ってくれる誰かがいることは、子どもにとっても親御さんにとっても、非常に大事だと感じます。みんなでテーブルを囲んで夕食を食べるうちに子どもたちは兄弟姉妹のように仲良くなっていきました。親御さんたちもまた、自分の子どもに限らず見守り、時には叱ることもあります。夕食の後には一緒にリビングでくつろいだり、たまにはお酒を飲みながら、入居者同士で情報や悩みを共有していますね。」
世田谷区にある古い民家を改装したこの施設の1階には18畳の共有リビング・ダイニング・キッチン、管理人の居室、地域住民を対象とする有料レンタルスペースがある。2階には6畳から10畳の居室、3つの風呂と4つのトイレを備えており、現在、4世帯が入居。子どもは、0歳から12歳までの5人が暮らしているという。
「家賃は居室の広さによって異なり、6万2,000円から10万7,000円。子どもが1人追加されるごとにプラス6,000円の夕食代がかかります。別途、共益費が4万5,000円です。平日の夕食代、21時までの子どもの見守り、水道光熱費やWiFiの利用料金、共用部分の掃除費用や消耗品の費用に充てています」
▲「子育てに前向きになれるよう、親御さんたちと日々会話し、いろんな話を聞いていますし、トラブル解決のために弁護士や専門家を紹介することもあります。家事の時間が減る分だけ、子どもと接する時間を増やしたり、生活を楽しんだり、自分の夢を実現することに時間を使ってもらえれば」と山中さん
地域に開かれた施設として
近隣に暮らす多世代と交流する場を提供
この施設のもう一つの特徴は、地域開放型の施設であることだ。近隣のシニア世代や主婦層に向けた筆文字教室や体操教室、アロマハンドケア教室なども開催。また、リビングは会員制のサロンカフェとし、月3,000円の会費を払えば日中の時間帯に自由に利用できるようにしている。また、ダイニングも会員向けの地域食堂として開放し、1食500円で夕食を提供。地域に暮らす多世代が自然に交流できる場を目指し、さまざまな試みを続けている。
「核家族化や高齢社会が進み、地域のつながりは不足していますし、ひとり親家庭も増えています。そんな中、社会的に新しい家族や地域のあり方を作っていくことが求められているのではないかと思うのです。MANAHOUSE上用賀では、世代や属性などで分断されないコミュニケーションの機会を提供し、多様な価値観に触れられる場にできればと思っています」
同時に、地域貢献事業を推進する団体や、地域交流の活性化を目指す人々とのつながりも深まりつつあるという。
「世田谷区内で子ども食堂を運営する団体に、キッチンを貸し出しています。また、離婚後の親子の交流を支援している方やチャイルドマインダー(家庭的な保育サービスを行う専門家)の勉強をしている方が管理人スタッフとして働いてくれています。近隣の方がボランティアで子どもたちにワークショップを開催したり、ピアノを弾きに来てくれることもありますね」
ひとり親家庭専用の下宿と聞くと、訪問することを遠慮しがちな人も多いものだが、山中さんは、地域住民が気軽に訪問できる施設となることを目指している。
「入居者と近隣の人たち、友人や他の地域に住むシングルマザー、友人の男性や大学生など多様な人が交流する飲み会やハロウィンパーティーなどのイベントも開催しています。ひとり親家庭が入居する施設には、男性の出入りをよしとしない所もありますが、私たちはむしろウェルカムです! 子どもたちには、男性ならではの遊びや叱り方も時には必要だと考えているからです。親戚のおじいちゃんやおじさんのように子どもたちを見守ってくれる男性たちにも、どんどん訪ねてほしいですね。ゆるやかなつながりを大事にしていきたいです」
▲民家を改装した「MANAHOUSE上用賀」の外観。中庭にある砂場は、山中さんの理念に賛同した近所の飲食店経営者が無償で作ってくれたという
▲毎週木曜日の午後に開催している筆文字教室の風景。この他にも、アロマハンドセラピーや空手講師による体操教室も開催。参加費は500円からで、近隣のシルバー世代との交流を目指している
▲平日の午前の時間帯は、同じ世田谷区内で子ども食堂を運営する「ようがこども食堂」が運営している弁当店にキッチンとダイニングスペースを貸し出している。作業するスタッフと子どもたちも自然に交流している
クラウドファンディングなどを通じて
約400人から資金や応援の声が
MANAHOUSE上用賀を実現する際には、いくつかの困難があったという。物件探しの時点から「シェアハウスとしての利用はNG」とされることがほとんどだったのだ。
「渋谷区、世田谷区を中心に400軒もの物件をチェックし、50軒は見に行きましたが、利用条件や費用の面をクリアできるものはなかなか見つかりませんでした。たまたま見つけたこの物件は、相場よりも家賃が低く、どんな業種でもOKで、なおかつ、リフォームも自由にできるという奇跡的な条件がそろっていたんです」
山中さんは開業費用の融資申請を行うと同時に、クラウドファンディングで足りない資金を集めようと考える。
「クラウドファンディングでは、最終的には約400人もの方から500万円の資金を集めることができました。シングルマザーの方やひとり親家庭で育った方を対象に行った『いま、困っていること』『子どものころに困ったこと』についてのアンケート結果を公表したり、『ボランティアではなく、あくまで持続可能なビジネスとしてやっていきたい』という考えを伝えたことで、多くの賛同が得られたのです。支援者は、男女問わず30代から40代の子育て世代が中心です。皆さんのおかげで、改装工事の費用も賄うことができました」
改装コストを抑えるため、業者に依頼したのは壁を取り払う作業や風呂などの水回り関連など、最低限の工事のみ。壁紙張りや漆喰を塗るなどの内装は友人やクラウドファンディングの出資者たちと一緒に手作りで行ったという。
「このときに出合った方の中には、現在、アロマハンドセラピーの教室を開催してくれている方もいますし、イベント開催時に訪ねてくれる方もいます」
▲2017年の3月から5月まで実施したクラウドファンディングで364人の支援が集まり、直接の支援を申し出る人もいたため、最終的には約400人から500万円の資金が集まった
「新しい家族の形」に共感。
親が笑顔なら子どもも笑顔になる
この施設の管理人を務めているのは、保育のプロフェッショナルの関野紅子さんだ。山中さんに協力することになったのは、事業計画に対する意見を求められたことがきっかけだったという。
「託児所を10年間経営した後、シッターとして保育に携わってきました。もともと私自身も多世代が交流できる空間を作りたいと考えていたんです。山中さんから『新しい家族の形を一緒に実現してほしい』と言われたとき、面白そうだと感じましたね」
現在は、入居者の夕食作りと共用部分の清掃、ママたちの子育て相談、筆文字教室の開催を担当しながら、シッターとしての活動も並行している。
「これまで多くの親御さんや子どもと触れ合う中、信条としてきたのは『心と命を守る』ということ。相手の話を黙って聞き、その思いをしっかり受け止めてから『こういう方法をとったら?』とアドバイスするようにしています。私もひとり親として子育てをしてきたので、悩みがあっても解決はできるし、何とかなるものだと伝えています。みなさん最初は不安や悩みを抱えていても、1カ月もすれば笑顔になりますし、親が笑顔なら子どもも笑顔になるんです」
▲管理人の関野さんは、入居者の相談役はもちろん、入居者同士で問題が発生したときにも、第三者として間に入る、頼れる存在だ。「この事業のおかげで、自分の知らない新しい世界を教えてもらえた」と話す
ひとり親の友人たちの姿や
カンボジア視察の経験がこの事業の原点
山中さんは、宅地建物取引主任者の資格を取得し、不動産会社に4年間勤務した経験を持つ。「不動産の知識やキャリアを生かせる仕事がしたい」という思いと、ひとり親となった友人たちの姿を身近に感じてきたことが、「ひとり親家庭に住まいを提供する」という事業に結びついたという。
「友人たちは、『父親のいない家庭にしてしまった』と自分を責めたり、親との関係性が悪く、実家に頼れずに苦しんでいました。また、離婚後に親族の間をたらい回しにされ、心を傷つけられている幼い子どももいて、『なぜ純粋無垢な子どもが、大人の都合で理不尽に傷つけられてしまうのだろうか』と。そこから貧困家庭の背景に関心を持つようになったんです」
貧困に陥るシングルマザーの背景や虐待された子どもの事件などを調べていくうち、本人自身もひとり親家庭の子どもとして貧困に苦しんできた事例や、実家に頼れず寮付きの風俗で働く事例など、複雑な環境が影響していることを実感した山中さん。この時期から、NPO団体などに協力を仰ぎ、「子どもの貧困」についての講座の開催なども行うようになっていく。活動を続ける中、知人から「貧困のカンボジアで学校を建てるので寄付してほしい」と言われたことをきっかけに、「なぜ海外の貧困支援をするのだろうか」と考え、単身でカンボジア視察へ。この経験が「日本の子どもたちを支えたい」という思いを強くしたという。
「カンボジアでは、ゴミの山から売れるものを探す子どももいれば、世慣れた様子で日本語を使い、お金をもらおうとする裸足の子どももいました。貧困の中で生き抜く彼らの姿を見て、『単発のボランティアでは何も変えられない』という喪失感を覚えると同時に、『ゴミの山と暮らしても、靴が買えなくても、その環境で彼らはたくましく、笑顔で生きているのだ』と感じたんです」
一方、日本にも格差はあるが、家も食事も情報も当たり前にある。しかし、「みんなと同じおもちゃを買ってもらえない」「ひとり親だから構ってもらえない」など、家庭環境の違いを比較する社会や、点数のみで比較する学校教育が子どもの自己肯定感を下げているのではないかと考えたという。また、カンボジアにおいて日本人は、学校建設やボランティア活動などの支援により、現地の人々から高い評価を受けていたが、その一方、日本で暮らす子どもたちは、貧困や家庭環境の問題で苦しんでいることに違和感を覚えたという。
「日本で暮らす自分にとって、まずは日本の子どもたちの心の貧困をなくすことが大事だと強く感じたことが、原点になっています。お金がなくても、心豊かに過ごせば人は幸せになれるはずと考え、『不動産業界でのキャリア』と『子どもたちをHAPPYにすること』を掛け合わせた、この事業をスタートしたのです」
今後は、さらに資金を集め、近隣を中心に新たな施設を作ることが目標だ。「大きな利益をあげることより、まずは継続できるビジネスの基盤を固めていきたい。一番大事なのは関わる全員が楽しく過ごせることであり、自分自身も経営を楽しみながら、子どもたちのためになることを手掛けていきたい」と山中さん。
MANAHOUSE上用賀には、訪れた瞬間から明るい雰囲気があふれていた。使命感や責任感とはまた違い、誰もが自然に楽しく日々を過ごし、ママたちが自己実現に向かえる環境が、ハッピーな空気を生み出しているからだろう。
【文: 上野真理子 写真: 阪巻正志】