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2017.11.30 UP

介護・育児などが重なる「ダブルケア」を支援 地域で支え合うコミュニティづくりを目指す

介護と育児が同時期に発生する状態のことを「ダブルケア」という。2012年に横浜国立大学・准教授の相馬直子さん、英国ブリストル大学・上級講師の山下順子さんによる研究から生まれた造語だ。日本でのダブルケア調査研究は横浜市を中心に行われていて、子育て支援や介護に関わるNPO団体、市民団体が協力しながら、ダブルケア当事者(ダブルケアラー)をサポートしている。そこで、横浜市でダブルケアラーのための共感の場「ダブルケアカフェ」の運営をはじめ、ダブルケアの認知向上に向けてさまざまな活動を行っている「一般社団法人 ダブルケアサポート」理事であり、地域コミュニティ「芹が谷コミュニティてとてと」代表でもある植木美子さんに話を伺った。

少子高齢化や晩婚化により
社会問題となりつつあるダブルケア

「ダブルケア」とは介護と育児が同時に行われていることを指す言葉だ。高齢化や少子化によって親族内で介護の担い手が減っている状況に加え、晩婚・晩産化、親の生活習慣病の増加などの影響で、ダブルケア当事者(ダブルケアラー)は団塊世代や団塊ジュニア世代の女性を中心に増加している。

2016年4月発表の内閣府調査では、身体的ケアを主とした育児と介護のダブルケア人口は約25万人と推計されているが、身体的ケア以外の介護人口を含めると実態はもっと多いと考えられる。

日本でダブルケアに注目が集まったきっかけは、横浜国立大学・准教授の相馬直子さんが2012年から行った「東アジアにおける介護と育児のダブルケア負担に関するケアレジーム比較分析」という研究調査だ。研究の中では、「末の子が未就学児(6歳以下)で介護をしている状態」をダブルケアと定義していたが、活動が進む中で実際にはいろいろなパターンがあることが見えてきたという。

「例えば子どもが思春期であっても、その時期ならではの大変さがあります。また、障がいのある子どもがいるケースや、夫や妻などのパートナーが病気になってしまったケース、ご自身が病気で闘病しながらのケースもあります。いまは広い意味で、ひとつの家庭の中に複数のケアが必要な場合をダブルケアと呼ぶようになっています。つまり、ひとつとして同じ形はないんです」

植木さんがダブルケアの支援活動を始めたのは、この研究調査のためのアンケート調査に協力したのがきっかけだ。そのときに、かつて自身もダブルケアの状態だったことに気付いたという。

「周囲を見回すと、実はダブルケアラーがたくさんいることが分かりました。調査研究のために社会福祉協議会が実施した座談会に参加したダブルケアラーである友人は、『共感してくれる人がいて、行ってよかった』とものすごく喜んでいたんです。聞けば、普段から友人知人に育児や介護の話もできるし、ねぎらわれたりもするけれど、共感できる人が近くにいなかった、と」

▲「芹が谷コミュニティてとてと」の活動拠点である「陽だまり」は2016年4月にオープンした

ダブルケアという言葉や現状を
もっと多くの人に知ってもらいたい

植木さんは、「ダブルケアサポート」の理事、そして「芹が谷コミュニティてとてと」の代表として、ダブルケアにまつわるさまざまな活動を行っている。

「現状の課題は、ダブルケアという言葉を知ってもらうこと。そして、そういう人たちがいることを知ってもらうことです」

地縁が薄い現代社会においては、周囲に頼れる人がいないため、介護においても育児においても相談先も分からずに孤立しがちだ。しかもダブルケア当事者の多くは仕事と介護と育児に追われ、疲弊している。

「日々の生活で介護を優先してしまい、子育てをつい後回しにしてしまうことで子どもに後ろめたさを感じているダブルケアラーも少なくありません。子どもには、乳幼児ではない限り『待っててね』と言えるからです。また、経済的な理由から仕事を持つ方の場合、圧倒的に時間が足りないという現状があります」

こういう状況があることを理解するとともに、より多くの人に「あなたのサポートで助かる人がいる」ということを知ってもらいたいのだと植木さんは語る。

「具体的な取り組みとして、ダブルケアラーを支えるための仕組みづくりを行っています。一つが、子育て支援窓口や介護施設、地域包括支援センターなど地域住民と接点を持つ方を対象にした勉強会や講座の実施です。実はダブルケア当事者自身が『私はダブルケアラーなんだ』と気付くことはまれで、ほとんどの場合が周りから『あなたは当事者だから、もっと声を上げていい』と気付かされるパターンなのです。だから、サポーターとして気付きを与えられる人を増やそうと考えています」

活動内容としては、各自治体が行う専門職向けの研修などに「ダブルケアサポート」のメンバーが出向き、ダブルケアについて講演や勉強会を開催。そうすることで、例えばケアマネジャーが子育てにも配慮したケアプランを考えるといったことが可能になる。

また、地域住民向けには、ダブルケアの概要を理解できるシンプルなリーフレットを作成して勉強会を実施したり、いつでも悩みが話せる掲示板「ダブルケアtalk!」の運営なども行っている。

▲ダブルケアについての理解を深め、そのときに備えて準備をするための「ハッピーケアノート」。「ダブルケアサポート」がクラウドファンディングで資金調達し、2,000部を作成。専門職向け講座の教科書としても使用している。左はダブルケア当事者から寄せられた体験談を集めた小冊子

地元で月に1回カフェを開催
気軽に話せてアイデアを共有できる場に

「芹が谷コミュニティてとてと」の拠点で月に1回開催しているのが、「おしゃべりカフェ」と呼ばれるダブルケア当事者たちの座談会だ。当事者たちが気軽に集まって話せる場を作ることで、「空いた時間にちょっと来て息抜きができるように」と考えている。

「とはいえ、話してすっきりしてもらうだけでなく、足を運べば毎回何か持って帰れるような場所にしたい」と植木さんは話している。例えば専門家がいてちょっとしたアドバイスがもらえたり、「私はこうしている」といった目からウロコの情報が得られたり、当事者しか分からない知恵やアイデアを共有できる場を目指しているという。

「参加者の方々は、ママ友に話せないようなことも同じ境遇の人同士で話せるので、スッキリするみたいです。まさに共有・共感の場になっていますね。とはいえ、ダブルケア当事者の皆さんはとても忙しいので、遠くからわざわざ足を運ぶのではなく、歩いて来られる範囲の人に来てほしいんです。そのためには各地にこうした場所がもっと必要です」

座談会は予約不要で出入り自由、好きなときに来て帰れるとあって、子どもが幼稚園に行っている10時から15時くらいの間に、毎回4、5人が集まるという。告知は毎月発行するフリーペーパーで行っている。

こうした活動を継続するための資金調達方法について、植木さんに聞いてみた。

「『ダブルケアサポート』では、自治体や団体での講演・勉強会開催による講師料や、財団の助成金を活動資金にしています。2015年には初めてクラウドファンディングを活用し、ハンドブックの作成資金を集めました。今後は民間企業との連携も進めたいですね。『てとてと』では、不要になった子ども服を集めて販売したり、地域からのカンパを集めて、イベントの開催やフリーペーパーの作成を行っています」

▲フリーペーパー「tetomail」は、「てとてと」の7名のスタッフで分担してすべて手書きで作成。近所のケアプラザや地区センターなどの子育て支援拠点、保育園、地元のスーパーなどに置いてもらっている

ダブルケア当事者たちが
地域をつなげる「磁石」に

「『ダブルケアは磁石だ』とおっしゃる方がいるのですが、私も本当にそう思っています。介護も育児も、いろいろなものをつなぐための磁石になるんです」

社会全体で、地域活動の担い手不足が進む中、特に仕事や子育てに忙しい30代や40代は、地域の活動に参加できないことが多いため、この世代が空洞化してしまいがちだが、実はそこを担うのがダブルケアラーの役割だと植木さんは言う。

「彼らは普段から街に出ることが多いので、地域の高齢者や子どもについてよく知っています。年配の方々と仲よく話せますし、とにかく知り合いが多いんです。それは元当事者であっても同じ。ですから、ダブルケア当事者やダブルケアを卒業した人が、『自分はこれだけ地域に助けられたのだから、私も地域に返そう』と高齢化や貧困などに対する地域活動に参加してくれるようになればと。それが結果として国が行う地域包括ケアシステムの一助にもなると思うんです」

▲現在構築している「ダブルケアサポーター養成講座」のモニター講座の様子。子育て支援者と介護従事者の協力を得て実施

ダブルケア問題に対応する
自治体も増えつつある

2016年11月には大阪府堺市の全7区役所に全国初のダブルケア専用の相談窓口ができたという。京都府でも、地域包括支援センターと子育て世代包括支援センターの連携が進んでいる。植木さんは「最初は手探りかもしれないが、第一歩として意味があること」と話す。横浜市でも、植木さんたちの活動によってダブルケアに対する理解が広がりつつある。

「横浜市では、保育園の入園基準の書類に『ダブルケアをしている』というチェック項目が追加されたり、特養に入所する際の書類のチェック欄に『育児もしている』という項目が追加されるなど、入園や入所の審査で加点につながる取り組みも徐々に進んでいます。しかし、行政において介護と育児は別の窓口ですから、それらを横ぐしで刺して連携していくのはなかなか難しいところなんです」

本来、ダブルケアの受け皿になりそうな地域包括支援センターも、運営団体の方針次第で対応がまちまちだったりする。

「まだまだダブルケアを取り巻く課題は多いです。既存の福祉サービスの体制の中に、ダブルケアの視点をもっともっと浸透させていくためにも、草の根活動を通じて、底上げしていきたいと思っています。課題を解決するには、やはりダブルケアについての理解や地域レベルで支え合う体制が必要です。将来的には全国的なネットワークを作りたいですね」

▲「『てとてと』は地域発生型の市民団体。ダブルケアの輪を日本中に広げていきたい」と植木さん

 

【文: 志村 江 写真: 桑原克典(TFK)】

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