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2018.03.23 UP

年間180の施設で「動物介在介護」を実践し 犬との触れ合いを通じた体や心のケアを提供

アニマルセラピーという言葉をよく耳にするが、これは日本で生まれた造語だ。世界的には「動物介在療法」という言葉が一般的だという。2006年に設立されたNPO法人が元になっている「Animal-funfair わんとほーむ」は、動物介在介護という新しい分野で事業を展開している。2017年の1年間だけでも、約180の施設をセラピードッグと一緒に訪問。今年は戌年ということもあり、需要も注目度も高まっていて、年間200施設の訪問が見込めそうだという。事業への思いや、ボランティアではなくビジネス、しかもあくまで有料サービスとして続ける意味などを、代表の向 宇希(むかい ひろき)さんに伺った。

有料で継続的に行う前例がほぼない
動物介在療法を取り入れたサービス

社名にもある「funfair」という言葉には、「平等な喜び」そして「移動遊園地」という意味がある。介護・福祉の現場を、動物と過ごせる遊園地のような楽しい場所にしたい、そんな向さんの思いが込められている。

「動物との触れ合いでさまざまな癒やしを提供するサービスはいろいろとありますが、医療福祉現場などにて対価を頂くサービスは全国でも珍しいと思います。だから、『どうすれば事業化できるのか教えてほしい』と相談されることも実は多いんです」

サービスの名称としても掲げている「動物介在介護」という言葉は、向さんによる造語だ。動物介在療法(AAT:Animal Assisted Therapy)、または動物介在活動、動物介在教育という言葉が世界的には一般的で、その方法論を介護と組み合わせたため、そのように呼んでいるのだという。

▲2016年6月から訪問を続けている、愛知県一宮市のサービス付き高齢者向け住宅「サザン富士」での活動の様子

医師や専門職との共同研究を通じ
医学会に論文発表なども行う

向さんがこの事業を始めたきっかけは、幼少期の闘病体験にあったという。

小学2年生のときに小児がんを患い、3年間の闘病生活を余儀なくされた向さん。「病院の中はなんでこんなにつまらないんだろう。病院に動物園や遊園地があったら楽しいのに」。その思いが、いまの彼を突き動かしている。

「両親は障がい者福祉の分野で40年以上にわたり仕事をしていて、小さいころから福祉の現場や障がい者の方々との交流がありました。僕も当たり前のように福祉の世界で働きたいと思うようになったのですが、そんな中で、中学生のときにたまたま海外の文献に出合いました。そこで、自然や動物との触れ合いを通して障がいのある子どもたちの可能性を引き出す活動があることを知ったんです」

それは「グリーンチムニーズ」についての論文で、動物を介してセラピーを行う事例を紹介するものだった。衝撃を受けた向さんは、自力で英語の文献を訳して読むなど熱中し、この分野を学んでみたいと思い立つ。福祉大付属高校で学んだ後、動物介在療法をきちんと学ぼうと考え、3年間専門学校へ。そこで動物介在福祉士や犬の訓練士、トリマーやホームヘルパーなどの動物と福祉関連の資格を取得した。

さらに2000年の介護保険法施行をきっかけに、高齢者分野にも興味を持った向さん。介護分野と動物介在療法は親和性が高まっていくだろうとの考えから、動物園を併設する介護施設に就職し、働きながら介護福祉士の資格をとり、さらに認知症ケアやカウンセリングの勉強も始めた。その流れで、わんとほーむの前身となる「NPO法人介護専門・アニマルセラピー協会 わんとほーむ」の立ち上げに関わり、理事兼統括責任者となる。

「資格を取得したり、いろいろな勉強を進めたりするのと同時に、現場での実践だけでなく研究も行っていました。なぜなら、まだあまり知られていない動物介在療法による効果を理論的に説明する必要があったからです。世界的研究論文の根拠だけではなく、私自身が研究をしていく必要性も感じ、知人の医師などに協力してもらいながら共同研究を進め、実際に日本健康医学会などに『動物介在におけるレクリエーション活動が感情プロフィールに及ぼす影響』などの論文を発表しています」

▲この日は小型犬の「ぷぷ」(牡)と大型犬の「のの」(牝)と共にデイサービスを訪問。向さんは3頭のセラピードッグと暮らしている

利用者や介護に関わる人たちを
楽しませ、楽にできる「隙間産業」

ビジネスとして動物介在介護を実践するうえで、最も悩んだことのひとつが金額の設定だ。前例がほぼない中で、最初は1回1時間、5,800円でスタート。とはいえ、この金額では交通費や犬のトリミング費用など、さまざまな経費を考えると運営は厳しい。だからといって、寄付や助成金、講演や資格スクーリングに訓練料など、別の手段で収益を得ることに頼り過ぎるのは本質ではない……悩んだ末に向さんは腹をくくったという。

「ボランティアで終わっては、この分野の未来がないんです。これだけで稼げる専門職にしていかないと、次の人材も育ちません。だから、当時は日中はわんとほーむの仕事をしながら、夜は施設の夜勤、空いた時間でホームヘルパーや介護講師を務めたりして、最大で5足のわらじを履いてわんとほーむの仕事を続ける環境を作りました。サービスをブラッシュアップし、それに伴って金額も少しずつ上げ、12年かかりましたが、いまでは1回単発で1万8,000円頂けるサービスにまですることができました」

なぜ、そこまで続けられたのだろうか。

「新しいものを作りたいという思いと、これが現代の医療・福祉に必要だと思ったことと、その両方です。介護の現場がどれだけ大変か分かっているからこそ、何とかご利用者さんに喜んでもらえるような楽しみを作り、職員さんの負担を軽減し、家族の方々も助けられるような、そういうニーズに応える方法が何かあるに違いないと。もちろん簡単にはいかないからこそ、時間もかかりました。それでも、これはひとつの『隙間産業』としてあり得るぞと、そう思ったんです。

もうひとつ付け加えるならば、あとは僕の意地です。周りからは『こんなことできるわけがない』『こんなのにお金を払うのか』『ボランティアとの違いを見せてみろ』『この利用者の変化をこの場で見せてみろ』などなど、とにかくいろんなことを言われました。だから、絶対にかたちにして、これ一本でやっていくんだと。そこは大きかったですね」

▲セラピードッグだけでなく、この日はアニマル玩具を多数用意。なで方を練習するためのものだが、実際に馬の玩具に乗って遊んだ利用者の方もいた

施設のニーズに合わせて実施内容を提案
専門家としての知識、技術、経験が求められる

動物介在介護を実施するにあたり、向さんは施設側の協力が重要だと話す。

「最初に必ず施設スタッフの方に研修を行い、動物介在介護の効果や、デメリットについてもお話しします。そして、『僕が来て何でもやってくれると思うのは、なしですよ』とはっきり伝えるんです。施設のご利用者さんですから職員の方々がちゃんと見ていなければ、動物と触れ合ったことによる変化も分かりませんし、そのよさも実感していただけないし、犬がいないときの日常的なアプローチも定着しません。逆にいえば、僕と犬、アニマル玩具だけが来ますから、それを道具としてうまく利用していきましょうと、そんな話をするんです。継続的に訪問している施設では、ご苦労をかけながらですが職員さんたちがうまく介在をつくってくださっていますね」

施設のニーズに合わせて実施する内容も考えている。施設内や外で動物と触れ合うケースや、一緒に散歩に出掛けたり、旅行に行くことも。ドッグカフェなどに集まることもあり、実にいろいろなパターンがあるという。

「要は何でもOKなんです。大事なのは、職員さんがご利用者さんにこんな経験をしてもらいたいと考えることを挙げてもらい、専門家として僕もアイデアを出すという関係性です。また、要介護度の高い方、認知症の方、重度の障がいのある方など、ご利用者さんの状況に合わせて提案・実践しています。こういった対応は、障がい者や高齢者の方々の介護に職員として関わってきたからこそ、専門的に実施できる部分があると思いますね」

だからこそ向さんが強調するのは「あくまで人の専門家であれ」ということだ。

「一般のボランティア団体やNPO法人などで多いのは、動物の専門家や犬が好きな方が行うケースです。それはそれで大切だと思うんですが、動物介在療法は、基本的に動物の分野ではなく、『人』の分野です。あくまでも動物が介在する療法であり活動であり教育なんです。だから、人の専門家である人間が同時に動物の知識を持っているという、その両方が求められる。いま、この分野が伸び悩んでいる理由は、現場と対等レベル、またはそれ以上に話せる専門家が少ないこと。そしてビジネスではないからです」

ただ、誤解がないようにお伝えしますが、と向さんは続ける。

「ボランティアの方々でも、私よりも専門性が高く素晴らしい方、団体はたくさんあります」と向さん。それでも、全てにお金がかかっている中で、ボランティアがゆえに様々な点で不安定になってしまったり、現場からは専門家に見られなくなってしまう点などについては危惧しているという。

だからこそ、プロフェッショナルとして、現場の声に対してきちんと結果を出すことが求められる。実際にサービスを利用した人からは「ただ触れ合うだけだと思っていました」という声が非常に多いというが、「この金額でいいんですか?」という反応も多いという。逆に、最初の研修の段階で「そこまで深いものだとは思わなかった」とためらうケースも少なくないそうだ。

「ご利用者さんに喜んでいただくために、当日まで何度も施設と連絡をとりあって綿密に準備することもあり、本当に一つずつ一緒に作っていくんです。大変ですが、だからこそ職員さんだけでなくご家族の方々からも喜んでいただけます」

そして何より、事故がないことも一つの誇りにしているという。障害損害賠償責任保険にも加入しており、リスクマネジメントの難しい動物介在介護事業においても実績を評価され、特例として賠償が1億円まで認められているそうだ。

▲基本的なプログラムは1時間。動物と触れ合うだけでなく、その月にあった行事(このときは節分)を一緒に振り返りながら、それにちなんだ介在内容を用意したり、ケアプランの目標に合わせるなど、ケアや生活リハビリといった側面も大事にしている

動物との触れ合いを通じ
得られる変化や効果とは?

次に、動物が介在するケアの効果について伺った。

「前提としてですが、人間の体は、精神的によい効果があると身体的な効果も伴うんです。例えば身体生理的効果として、血圧・コレステロール値の低下や中性脂肪低下、副交感神経刺激や愛情ホルモンといわれるオキシトシンが分泌されたりすることで免疫力の増大につながります。他にも脳活性などさまざまな研究結果が全世界で発表され続けています。精神情緒的効果でいえば、動物に話しかけることでカタルシス(浄化)作用が働いて気持ちを吐露できることによる精神安定が得られるなどです。また、対人関係の活性化や二次的波及効果の研究例もたくさんあります」

その中でも、向さんが特に注目しているのが、「動物を動機付けとして自発性を促すエンパワメント的側面の重要性」だ。

「動物と接する中で、普段動かさないところを動かす、例えば手を上げたり、頭をなでるために手を伸ばしたり、目で追うのもそうでしょう。アニマル玩具に乗ってみるといった行為もそうです。あとは表情変化も同様です。笑うことだけでなく、嫌な顔をするのでもいい。その人の状態・環境別にいろいろありますが、何か変化が出て、それを評価できることが大事なんです」

レクリエーションを振り返りながら画像や動画を見直したり、次回に向けて犬にプレゼントを用意したりするご利用者さんもいるそうで、そうした点でも職員さんの関わりから自発性を促すことにつなげられるとも話す。

さらに、動物をきっかけに過去を回想することで昔を思い出すこともできる。以前、ご利用さんが犬を飼っていたときの話が自発的に出たのをきっかけに、職員が知らなかったようなことが判明することもあるそうだ。

▲定期的に訪問する施設については、ご利用者さん一人ひとりの状態を頭に入れておき、相手に触れながら声を掛け、確認してプログラムを進める向さん

動物介在介護という仕事や取り組みは
「介護の魅力づくり」に必ずつながる

今後の取り組みについて伺うと、向さんはちょっと複雑な表情で答えてくれた。

「もちろん続けていきたいとは思っています。ただ、実費で行うサービスが今後どこまでできるのか、その不安の方が大きいです。僕のやり方は現場の職員の協力が必要な有料のサービスです。現場の負担や金銭的なことを考えると、どこまで価値を感じていただけるか、『お金をかけたい』と思っていただけるかが勝負であるように思います。ただ、そんな中でも僕は選ばれるような仕事を続けていきたい。それだけは強く思っています」

医療や福祉の現場に足を運び、そこでサービスを提供することに対しては「強い思いがある」という向さん。

「自分で施設を作ってサービスを提供する方法ももちろんあると思いますが、そうすると特定の人にしか提供できなくなりますよね。僕がいろんな施設を訪問するのは、何千人、何万人の人に体験していただきたいからです。そしてもう一つ、現場が疲労困憊していて、いっぱいいっぱいのところにこそ訪問したいと考えています。ご利用者さんや患者さんだけでなく、職員の方々も含めてみんなに喜んでもらえれば、このサービスの意義は高まります。その力が僕にあるのかは分かりませんが、挑戦していきたいんですよ」

最後に、ビジネスとして続けることへの思いを語ってくれた。

「事業として続けていかなければ、いつまでもこの分野は動物の好きな人が集まり行う慰問的なボランティアにすぎないものと見られてしまうかもしれません。それは、その方々がどんなに専門性が高かったとしてもです。それはもったいないことだと思います。また、利益を得ながら継続できるビジネスモデルを構築し、その中で選ばれていくということは、言い換えれば『介護の魅力を作っていく』ことにもなると僕は思っています。そうすれば、介護分野にもっと人が集まり、本分野も新たなケアのひとつとして広がっていくはず。介護の仕方は、もっといろんな人がいろんな角度から自由に行ってもいいものだと思うんです。だって相手は千差万別、十人十色の人間なんですから。いろいろな利用者さんがいるわけですし、その方々が一日の中でちゃんと喜びを感じる権利を大事にしたいんです。自分のこの取り組みが、その一助になればいいなと思っています」

▲訪問先は高齢者施設の他に、大学病院や精神科病院、リハビリ病院、障がい者施設、学校や学童保育、役所、企業など多岐にわたっている

【文: 志村 江 写真: 鈴木暁彦】

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