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2015.02.26 UP
様々な介護施設を回る訪問美容。しかし、これまではただ髪を切り清潔感を保つことが中心で、高齢者の方にとって「お洒落心」や髪を切るひと時を楽しめるものではありませんでした。実用性ばかりが重視されてきた訪問美容の世界に、若いお洒落な男女が通う美容室の世界観を持ち込んだのが、「株式会社un.(アン)」。介護施設の中に、シャンプー台からパーマに使用する機械、アロマテラピーや間接照明、センスを感じさせる小物などを持ち込み、施設の一室に都会の美容室のような空間を作り上げていきます。施される美容術もまた、一流の美容室で鍛えた一流の技。訪問美容の世界に新しい潮流を持ち込んだ「株式会社un.」の創業者、湯浅一也さんと櫻庭太さんに話を聞いてみました。
アロマ、インテリア。オーガニックシャンプー。一流美容室を、施設の一角で再現する
髪を切りに行くというより、美容室そのものを持ち込む感じなんです。機器はもちろん、オーガニックのシャンプーなど素材もよいものを使って。さらにはアロマや雑貨、インテリアなどを持ち込んで作り込んでいく。美容室って、髪を切る、キレイになるという目的の他に、空間そのものを楽しむ場所なんですね。お客さまと他愛ない話をしたり、「キレイですね」「素敵ですね」と褒められたり。その体験すべてが美容室だと僕は理解しています。▲株式会社un. CEOの湯浅さん。高齢者の方が、ここで過ごすひと時に満足して帰ってもらえるよう、試行錯誤を繰り返し、この形を作り上げた美容室時代に教わったのは、技術だけではなくホスピタリティの重要性です。いかにお客さまに気持ちよくなって帰ってもらうか。そこまでが僕たちの仕事です。ちなみに、空間づくりは四感を大切にしています。インテリアなど目で楽しむもの。アロマやシャンプーなどの香り。花や雑貨など手で触れるもの。そして、音。実は音楽にもかなりこだわりがあって。高齢者に合わせるのではなく、ジャズやポップスなどをかけ、あくまでお洒落な空間づくりを大切にしています。介護施設の一角でたっぷりと時間をかけ、美容師と対話しながら髪を切ってもらう。その時間の「贅沢さ」にこだわっているのです。▲訪問先の施設のなかに、美容室のような空間を作り出すことで、お店に来てくれる高齢者の方に「お洒落な気分」を味わってもらう。看板や店内に置かれた雑貨やインテリアは自分たちで考え、集めているという。雰囲気がよく、かつ高齢者が触っても安全なものというモノ選びの基準を、試行錯誤の中で作ってきた▲un.がこだわるオーガニックのシャンプー。中にはカットではなく、シャンプーだけを依頼する高齢者もいるとか。シャンプーやリンスなどの素材にこだわることで、一流のサービスを受けているという満足感や品質感を味わってもらうことも、大切にしているポイント
「お洒落だった母が、施設で刈り上げに」。
悲痛な声が、訪問美容立ち上げのきっかけに
子どもの頃から近くにお年寄りが多くて、何か役に立ちたいなと。それで訪問美容をやりたいと思っていました。その後、勤めていた美容室で僕のお客さまが、「自分の母親が施設で刈り上げにされてしまった」という話を聞いたんです。自分らしい髪型で過ごすというのは、人の尊厳に関わること。なのに施設側の都合で、みんな同じような髪型にするっておかしいのではないか。
そんな話を櫻庭とも話していた矢先に、勤め先の美容室が突然倒産。それを機に会社を立ち上げることに。ただ、これからの時代に人を雇って店舗を持つというスタイルはどうなんだろう? 固定費ばかりがかかるよね? という疑問が浮かび、だったら前からやりたかった訪問美容にトライしてみようと、決意しました。
でも実際に始めてみると、想像以上に困難な道でした。訪問美容と一口にいっても、まずやり方がわからないので、始めに美容福祉士の資格を取りに行きました。そこではベッドでのシャンプーの仕方、車いすの押し方、寝たきりの際のカットの仕方、高齢者向けのメイクなどを勉強しました。でも美容福祉士の学校の講師に「訪問美容室を開きます!」と伝えると、「そんなの無理だ、儲からない」と言われました。それでも「売れる」「ニーズはある」と、僕たちには確信しかありませんでした。
サービスの違い伝えられず四苦八苦。デモンストレーションで、少しずつファンを掴んだ
学校を卒業してからは、電話でアポ取りを開始。しかし、すでに契約している理髪店やボランティアの方、同業者などがいて相手にされない。先に入っていた業者はすべて価格帯が安く、髪を切る時間も10分〜20分と短い。お客さまが来ないときは新聞を読んで待っていたり。そういうのは、僕たちは違うと感じていました。
そこで、話を聞いてくれる施設に、とにかくデモンストレーションとしてまず体験していただくことに。そして自分たちの良さをわかってもらう。そういう営業手法に切り替えたところ、少しずつ提携先が増えていったんです。僕たちがやったことは、美容室を持ち込むことはもちろん、相手の目を見て話して、「どんなふうにしましょうか?」「キレイになりましたよ」「昔は何をしていたんですか?」などと会話を大切にすることでした。
髪を切る時間に、人としてもてなされて心地よくなる。そういう体験そのものを大事にしていきたい。このこだわりが、他の訪問美容との違いになり、少しずつリピートが入るようになったのです。▲あえて都会的で若々しい感性を持ち込むこともun.のこだわり。飾ってる花に触るなど、高齢者の方は目だけでなく触感でも、この美容室を楽しんでくれると言う
回想法、ヘアカタログ、懐かしい音楽。
店内には、高齢者の心を癒す様々な工夫が
僕たちのこだわりは他にもあって、高齢者向けに特化した様々な知恵やノウハウを訪問美容に取り入れています。お客さまとのコミュニケーションを大切にする。そのポリシーを実現するために、どうしたら高齢者の方が気持ちを開いてくれるか? 喜んでくれるか? と考え試行錯誤をする中で、取り入れたのが回想法。
これは初めて取引を頂いた精神科病院の先生から教わったもので、例えば、昭和初期くらいの銀座の街角や電車の写真を、iPadにたくさん入れておくのです。高齢者にとって懐かしい風景を見せながら話をすると、「ああ、これ知っているよ」とか、若い頃の武勇伝を聞かせてくれたりするんです。認知症になった方でも昔の記憶は残っていることが多いので、心にもいい効果があるそうです。
また、音楽も同様の効果があります。店では時々、ビートルズなどをかけますが、音楽に合わせて歌って下さる方もいますね。また、ヘアカタログでなりたい髪型を選んでもらったり、若いときの写真を見せてもらって、一番輝いていた時代のご本人に近づけたり。この間担当したおじいちゃんなんか、「EXILEのATSUSHIみたいな髪型にしてくれ」というオーダーをされたんですよ。
人はいくつになっても、好きな自分でいたいものです。そして、好きな自分でいることが自信になり、元気になることにつながる。おしゃれって、人を明るくさせる効果があり、外出したいという意欲に繋がるのです。90歳になるおばあちゃんが髪を切り終わると、肌もキレイになって若返って見えて。施設の男性に手をつないで部屋に帰らせて、と甘えたりする。そういう光景を見ると、こちらも嬉しくなりますね。
「好きだった自分」を取り戻す。そんなun.流の訪問美容をもっともっと広げていきたい
これからは、もっと多くの施設と提携を増やしていきたいと考えています。施設に入る訪問美容の場合、僕たちだけでなく数社が入り込み、利用者の方が自由に選べる仕組みになっています。金額は安く短時間で終わらせたい、という人は違う業者でいいと思うし、時間をかけてたっぷりとお洒落を楽しみたい、という人は僕たちを選んでくれればいい。
僕たちがやりたいことは、高齢者の方の選択肢の幅を増やしていくということなのです。
また、僕たちは施設だけでなく、個人宅への訪問美容も行っています。自宅で介護を受けている方の中にも「ただ髪を切るだけではなく、キレイになりたい」という方が大勢いるのです。なので、もっと多くの家庭利用していただけるようにしていきたいと思っています。
在宅訪問の際には、ケアマネージャーさんと連携して、積極的に情報交換を行っています。「どんな髪型にしたか」やカットの最中に話したことなどを共有しています。カットする時だからこそ、教えてくれる話もありますし。僕たちが橋渡しをすることで、介護業界にも役に立っているんじゃないかと感じています。
スタッフはあえて若さを重視。
働くママの活用も視野に入れています
▲湯浅さんの相棒、櫻庭さん。立ち上げの時から、湯浅さんとともに会社の運営も見つめ続けている。社内でも人材の活かし方をはじめ、利用者の方によりよい満足を感じてもらえるよう、湯浅さんと意見交換をしているという立ち上げから今までやってきて気づいたのが、実は、高齢者の方は若いフレッシュな子と話すのが楽しみだということなんです。
例えば、「なんで僕を選んでくれたんですか?」と聞くと「櫻庭君がチャラそうだからだよ!(笑)」なんて言う方もいます。こんな理由もあって、あえてスタッフは若い世代に絞っているのです。高齢者の方は僕たちから、施設の中にはない、街や時代の風を感じているんだと思います。
また、女性の方にとっても訪問美容はいい仕事だと思っています。子育て中の美容師の方も、ここなら午後5時には仕事が終わりますし、自分の都合に合わせて働くこともできる。また、専門学校にも訪問美容の世界をアピールに行っています。
ヘアショーなどにも出場して、訪問美容の品質の高さもアピールしていきたい。そして、ファッションやネイルなどにも、領域を広げていきたい。そのすべてのゴールが、いくつになっても好きな自分で過ごしてもらうことなのです。
【写真: 中村 泰介】