ヘルプマン
全国的に有料老人ホーム、グループホームやサービス付き高齢者向け住宅などを展開するグリーンライフグループ。2014年、関東を中心に事業を行うグリーンライフ東日本株式会社の代表取締役社長に就任した荒井恵二さんは、大手ドラッグストアチェーンの取締役から介護業界に転身という一風変わった経歴を持つ。地域住民が介護施設に集うさまざまなイベントを各地で盛んに開催し、また、入所者の要介護度を下げるためのリハビリケアにも注力。「地域のすべての人々に開かれた施設づくり」「元気になって家に帰ることをゴールとするケア」という、2つの視点をもとに改革を続ける荒井さんに、その先に見据える介護の未来についてお話を伺った。
プロフィール紹介
薬科大学卒業後、ドラッグストアに就職。その後、調剤薬局に転職し、薬剤師として処方箋調剤を行う中、在宅医療患者に臨機応変に薬を届ける仕組みが必要と実感。在宅医療事業を立ち上げる。32歳で大手ドラッグストアチェーンに転職。医療と連携する訪問看護ステーション事業を社内ベンチャーの形で立ち上げ、千葉県柏市における地域包括ケアプロジェクト「柏モデル」にも参画。2014年、グリーンライフ東日本株式会社の代表取締役社長に就任。2016年、グリーンライフ株式会社の代表取締役社長に就任。

在宅医療や訪問看護の経験から
介護のあるべき姿が見えてきた

荒井さんは、薬剤師として調剤薬局に勤務していた時代に、“在宅医療で困っている人を助けたい”という思いから、患者に薬を届けて管理する在宅医療事業を立ち上げた人物だ。

「当時はまだ介護保険システムがなく、終末医療を含め、在宅で家族の看護や介護をされている方々は、薬をもらうために薬局内で長時間待たされたり、病院に行っても時間外であれば薬がもらえない、ということが起こっていました。それに違和感を覚え、在宅医療事業を立ち上げました。しかし、調剤薬局の薬剤師たちがどんなにがんばったところで、365日、夜間まで対応することは難しかったのです。そこで、365日営業の調剤併設型ドラッグストアチェーンに転職して新たに在宅医療事業を立ち上げ、さらに、看護師と薬剤師が連携して支えていく訪問看護ステーションの仕組みを作ったのです」

こうした経験を通して、荒井さんは介護のあり方について2つの視点を得たという。1つ目は、「介護される側が望むことを実現する」ということだ。

「末期がん患者の『最後に妻の手料理を食べたい』という願いや、高齢の要介護者の『孫を自分の手で抱きたい』という思いを受けて、自費リハビリの実施や、投薬内容の変更・調整などを行ったことで、実際にその願いを叶えることができました。誰しも、どんな年齢になっても、何かしら望みがあります。在宅医療・介護を本当の意味で達成するのなら、『それを受ける人たちが達成したいビジョンを実現すること』が私たちの仕事なのだと思いました」

2つ目は、「社会基盤として地域包括ケアの体制をつくる」という視点だ。

「千葉県柏市の『柏モデル』プロジェクトに参画し、多くを学ぶことができました。そこで、医療や自治体と連携し、社会基盤としてのケアシステムをつくる経験をしたのです。活動を続ける中で、民間も行政も連動して地域全体で高齢者を支えていくべきだと実感しました」
▲「介護生活では、家族の方が疲労困憊し、参ってしまうこともある。個々の状況に寄り添うためには、地域や行政と連携し、情報共有する必要がある」と荒井さんは話す
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介護施設のイメージ払拭のため
住民を呼び込むイベントを開催

かつて荒井さんが携わった「柏モデル」を含め、現在、国が進める地域包括ケアシステムは、あくまで自宅療養を軸としたもので、介護施設はシステムの中核機能としては組み込まれづらい状況にある。

「当時から、在宅医療と介護施設がすみやかに連携できれば、介護をする家族の負担は軽減されるはずだと痛感していました。そこで、介護施設がケアシステムの中核機能となる未来を目指そうと決意したのです」

介護施設は通常、地域住民が内部の様子を知る機会はほとんどない。“あそこに入ったら、元の生活には戻れない”“気軽に訪問できない場所”というイメージが定着しているからだ。荒井さんは、まずはそうした認識を取り払うことが必要だと考え、グリーンライフの各施設で、子どもから大人まで、地域の人々が楽しめるさまざまなイベントを展開した。

「ドラッグストア勤務時代に店頭イベントを手がけた経験があったので、地域住民が自由に出入りできるイベントを通して、多くの人たちに入居者の元気な姿を知ってもらおうと考えたのです。そこで、就任した1年目、クリスマスの時期にイベントコンクールを開催しました。『できる限り多くの地域の人々を集めること』をミッションとし、各施設に予算を預け、それぞれ自由に企画内容を考えてもらいました。このとき優勝したのは、手作りで巨大なトナカイのイルミネーションを作った群馬県・吉岡町の施設で、のべ100人もの地元の方が見学や撮影に訪れてくれましたね」
▲2014年のクリスマスのイベントコンクールで優勝した施設のイルミネーション。予算2万円で、スタッフが手作りした。また、翌年秋に実施したハロウィンのイベントコンテストでは、特殊メイクを用いたお化けの仮装で子どもたちを出迎えた群馬県・高崎市の施設が優勝している

朝市や健康系イベントを通して
地域での認知度や入居率がアップ

このコンテスト開催以降、グリーンライフの各施設では、さまざまなイベントを企画・実施している。採れたての野菜を安く販売する朝市(マルシェ)、移動動物園の業者を招く親子向けイベント、日頃は日中に済ませる入浴を夜間に行い、ビールやビン入り牛乳でもてなして秋の夜長を楽しむイベントなど、職員たちのユニークなアイデアを実現。それぞれ、50〜100人の参加者が集って賑わうという。

「介護施設を地域資源として利用して欲しいと考えていますし、『施設での暮らしは楽しそう』と思ってもらいたくて。また、一般の方向けに、『健康チェックイベント』も実施しています。体脂肪や骨密度、肌ストレスなどを測ったり、乳がん検査のモデル触診などを行い、毎回50人以上に参加いただいています。最近では、大型商業施設と連携し、リハビリ方法を学ぶイベントや、地域住民の撮影した写真や学生の描いた絵画などを集めた展覧会なども施設内で行い、地元の方との交流を深めています」

こうしたイベントを開催し続けるうち、施設そのものの見学者も増え、施設の入居率はアップしたいう。

「地域住民の認知度が高まったことで、病院やケアマネージャーからの紹介以外の入居者が着実に増えています。朝市を見て、この施設に入居しようと思った方もいらっしゃいますね」
▲地元の採れたて野菜を安く販売する朝市イベントの様子。地元の生産者に出店の協力を仰いだ。施設内でバーベキューも実施し、普段は食の細い入居者も楽しんだという
▲「地域の美術館」として、施設内の廊下などの壁面を使って、地元の高校生の絵を展示する絵画展を実施。1日に1〜2組が来場し、新聞にも取り上げられた

機能回復を目的とするプランで
「家に帰れる施設」を目指す

一方、2015年の夏から、在宅復帰を目指すリハビリケア「我が家へ帰ろうプラン」もスタートした。

「介護には“明確なゴール”がなく、達成感を得にくいものです。介護施設を出るときは、終末医療が終わった時。つまり、“死”がゴールイメージとなってしまっているのです。しかし、介護もサービス業です。もし私自身が介護を受ける立場なら、『できないことができるようになったら嬉しい』と思うはず。そこで、介護施設でリハビリを受け、元気になって帰っていくことをゴールとするプランを考えたのです」

介護保険制度では、利用者の要介護度が高いほど介護報酬も高額になる。それゆえ、施設の収入を低減させる常識外れなプランにも見える。しかし、荒井さんは、こうした取り組みは施設の利用者を増やしていくための先行投資であり、介護施設が地域包括ケアシステムの一員となるためには必要なことだと考えている。

「ケアをすることで、『できないことができるようになった』と喜んでもらえれば、ご本人はもちろん、スタッフも嬉しいはず。ご家族にとっての経済的な負担も軽減できますし、さらに言えば、地域や国における財政の負担も軽くなるのです」

これまで30人近くがこのプランを利用しているという。例えば、車椅子生活をしていた79歳の男性は、「自宅内を伝い歩きで安全に移動できること」を目標としたため、設備状況を確認する家屋調査を実施後、3カ月間のリハビリで必要な訓練を行った。

「3カ月後、希望通りに伝い歩きができるようになりました。何より嬉しいのは、プラン終了後のご本人が非常にイキイキとしていて、顔色も表情もまったく別人のようになったことです。介護のゴールは、終末医療の看取りだけではありません。介護を受ける人とそのご家族に、いかに喜んでもらうか。介護はやはりサービス業なのです。現在、国の財源を考え、介護予防が叫ばれるようになっていますが、私は、こうした機能回復の取り組みが評価される時代がいずれやって来ると考えています」
▲これまで開催してきたさまざまなイベントのチラシ。また、リハビリプランにおいては、冬場の寒い季節に温泉のある地域の施設で湯治を兼ねたプランも企画。離れた地域の施設が連携することで、ADL(日常生活動作)の機能を落とさず、孤独も感じずに冬を乗り切った入居者が多くいたという

家族や愛する人が
笑顔で暮らせる社会を作りたい

荒井さんは代表取締役社長就任からわずか2年の間に、さまざまな取り組みを実現してきた。就任当初のグリーンライフ東日本は、4社の合併により誕生したばかりの会社で、ゼロから一つの文化を構築する必要があったという。

「最初の1年間は各地の施設に、のべ150回以上は足を運びましたね。そこで、社員一人ひとりと直接握手をして、現場がどういう状況になっているのか話をしていきました。施設周辺の病院やケアマネジャーに営業することの大切さを説いて施設長から猛反発を受けたこともありましたし、地域イベントを開催する最初の段階では『そんなことをやって意味があるのか』と誰もが半信半疑でしたね。しかし、『地域包括ケアシステムの中核となる施設を作る』という目標を全員と共有し、一緒に夢を描いてきたことで、職員が自律的に動いてくれるようになったと感じます」

また、各施設のイベント運営費については、施設の利用者が増えれば返ってくる先行投資だと捉えている。施設長やリーダー、ケアマネジャーなどと一緒にチームをつくる上で、スタッフ一人ひとりが何を目標とし、何を達成すればいいのかを考え、現在、その行動を評価する仕組みをつくっている最中だという。

そんな荒井さんは、「一の重み」を大切にしていきたいと考えている。

「何かを大きく変えるには、一つ一つの行動の積み重ねがあってこそ。ご利用者さんのことを考えたスタッフの一つの行動が、施設やサービスを変えていくことにつながります。また、私たちが夢を持って介護施設の新しいあり方を目指すことが、社会のシステムそのものを変える未来につながります。最終的には、地域の人々の手も借りなければ、介護の現場は立ち行かなくなりますし、介護施設が税金によって成り立つものではなく、社会経済的に生産性のある場所に変えることができたら、日本の未来は変わるはずだと思っています。自分の家族や愛する人が安心して笑顔で暮らせる社会を作りたい。究極的に言えば、それが私の願いなのです」
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文: 上野真理子
写真: 刑部友康
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