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ヘルプマン

2015.10.08 UP

地域から病院がなくなったって幸せは、きっと守れる

地域医療を志し、内科医になった森田洋之さん。地域で役立つ技術を身につけたいと胃ろうや胃カメラの技術を磨き、研修医時代は何の疑問もなく施術を行う日々。しかし、ある老人病院の光景を見て、それまでの自分に疑問を感じることに。それは、胃ろうを入れ管につながれた高齢者がベッドに連なっている図でした。現代の医療に疑問を感じた森田さんは、財政破綻後市内から病院がなくなり、診療所だけとなってしまった夕張市を次の勤務地に選択。そこで目にした、生き生きと暮らす市民の姿に驚き、“治す”以外に“支える”という医療のスタンスが必要であることを発見。「夕張は、未来の高齢社会の縮図。ここで得た気付きを他の地域でも立証し、これからの医療政策に一石を投じたい」。そんな思いを持ち鹿児島へと移住した森田さんの、現在の活動を紹介します。

「治す」偏重の医療に異議を。
一人の医師からのメッセージ

森田さんは、そのキャリアからして一風、変わっている。大学で経済を学んだ後、医師となり、今後は日本の医療政策に関する提言を行っていく予定だという。

「経済から医学に転向したのは、人の役に立ちたいから。でも実際、老人医療の現場で働いてみると、治療を行うことが必ずしも患者さんの幸福につながるとは限らない。これはオカシイと思いました。まぁ普通の医者なら通りすぎるのかもしれませんが、僕は経済学部出身だからか余計なことを考えちゃうんです」と笑うが、その視点は鋭い。

「分かりやすいのが、胃ろうです。お年寄りが、食事が取れなくなると胃ろうを入れ、残りの人生を病院で管につながれて過ごす。話もできない。寝返りも打てない。痛いも痒いも言えない。この状況をご本人は望んでいるのか?と。そこで、“治す”だけが医療でないのでは?と思うようになったのです。“治療”という“武器”は、急性期の病院のような場所では必要。でも、それが高齢者の“日常”の中で使われると、平和を乱すことにもなりかねない。患者さん自身も自分の健康について意識を高くする必要があるけど、医療側も“治す”だけではダメ。患者さんにとって何が幸福かを考え、“支える”医療へと、患者さんの状態に合わせて上手にシフトしていく必要がある。そうすれば、財政負担増の大きな要因である高額な医療費の削減にもつながるはずです」▲「病院で管につながれて死ぬのでなく、自宅で最期まで自分らしくいられる死。多くの人がこうした最期を望む一方で、医療の形はそうなっていない。そこに異議を唱え、もっと多くの人が幸福だと思える医療や地域、社会の形を提言していきたい」と話す

病院がなくなっても
元気な夕張市民!?

▲TED×Kagoshima2014より森田さんが、その実感を深めたのが夕張時代だ。
「CTやMRIどころか、病院さえない財政破綻後の夕張。でも、市民は生き生きと暮らしていた。60歳を過ぎても免疫力アップのためにストレッチに取り組む人、100歳で認知症の一人暮らしのおばあちゃんを、家族のように見守る人々。そこには、破綻を機に大きく変化した市民の意識があったのです」

「病院がなくなった代わりに進んだ在宅医療。その結果、救急車の出動が減り、コンビニ受診も減り、自宅での看取りが増えた。夕張で増えたのは、“不安だらけの老後”ではなく、住み慣れた場所で最期まで自分の生活を継続できる“穏やかな老後”だったんです」

そんな気付きを森田さんはTEDxKagoshimaで講演、注目を集めた。
「夕張は、未来の高齢社会の縮図。これをヒントに他のエリアで、新しい視点の地域づくりができないか、と考えるようになったのです」▲夕張時代から森田さんと共に働く中原宏和さん(写真左)。二人は夕張で、100歳を超え、認知症を患っても住み慣れた自宅で一人暮らしを楽しむお年寄り(写真右)と出会う。徘徊してしまった時は近所の方が協力して自宅に戻していたそうだ。森田さんはこの関係を「きずな貯金」と名付け、お金では代替できない価値と語る(提供写真)

鹿児島発、次の医療政策を。
鹿児島医療介護塾 が目指すもの

そして、森田さんは新天地として鹿児島を選んだ。
「鹿児島には、今後の医療政策を考える“鹿児島医療介護塾”があり誘われたこともきっかけです。また、鹿児島は人口に対する病床数が全国2位。実は病床数が多いほど患者さんが病院に入院する傾向が強く、その分だけ、医療費が高くなる傾向がある。夕張との対比が面白く、また鹿児島医療介護塾には、地域の医療・介護を真剣に考える多くの改革者がいて、それも面白いと思いました」

その鹿児島医療介護塾の主催者でもある、太田博見さんは鹿児島市内で歯科医院と介護施設などを経営している。森田さんを鹿児島に呼んだ立役者のひとりである太田さんにも話を聞いた。
「鹿児島医療介護塾は、医療・介護間にコミュニケーションがないことに疑問を感じ、立ち上げた会です。現場の実態を把握しながら次の医療政策を考える場にしたかった。森田さんのことは夕張での活躍を知って興味を持ちました。会でも経済学部出身ならではの統計的な視点が、みんなの刺激になっています。この会が目指しているのは、この地域で生み出した、よいモデルを国に吸い上げさせ、制度化させていくこと。ですから、今後は町の不動産屋など、町づくりに関わる人の視点も入れて、よりよい形にしていくことを考えていますね」▲太田博見さんは、高齢者の口腔ケアなどにも熱心に取り組む。「嚥下内視鏡で見ると、胃ろうを入れている方でも8割くらいが自力で食べられる可能性が。少しずつでも食べながらじわじわと死ぬ。昔ながらの自然な形の最期を迎えられる社会にすることを目指しています」と語る

年間40兆円の医療費の中身を見直す
医療政策の提言を通して日本を変える

森田さんは現在、市内でフリーランスの医師として働きながら活動を行っている。
「年間40兆円もの医療費の多くの部分が、高齢者の終末期医療に使われています。いま、ゼロベースで考えないと本当に日本が破綻してしまう。そうなる前にデータをそろえ、声をあげたい。また、一般の方も“健康を病院に外注する”スタンスではダメ。自ら健康になる努力をし、お年寄りもコミュニティの中で自律的に暮らせる社会を目指す。そんな発想が必要だと思います」

森田さんは、市民向けに講演活動も行うほか、自身で出版社を立ち上げ執筆活動もスタートさせた。変化していく社会の中で、これまでとは異なる医療や地域づくりのあり方が求められる。それは医師や介護職だけでなく、ふつうの市民の当事者意識も必要になる。それぞれが見つけなければならない新しいスタンスが鹿児島発で、そして、森田さんらの視点を通して社会に発信されていくのが楽しみだ。▲鹿児島医療介護塾での森田さん。今後の研究テーマは“自宅で過ごす高齢者と介護施設に入った方との医療費の差異”や、“医師のいない離島でも最期まで自分の生活を継続する取り組み”だそう。「医療や介護はみんなの幸せのために使われるもの。全体を見て正しいバランスをとれる社会にしたい」と語る

【文: 戸部 二実 写真: 中村 泰介】

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