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ヘルプマン

2015.10.15 UP

ずっと、自分らしく生きられれば 「老い」なんて、もう、怖くない

高齢者住宅の優れた取り組みを表彰する「リビング・オブ・ザ・イヤー2014」。そこで大賞に輝いたのが、住宅型有料老人ホーム「アクラスタウン」です。まず目をひくのが、外観や内装に無垢材を使用したログハウス風の建物。個室も日中は襖が開け放たれ、寝たきりの入居者もリビングのスタッフを視認でき、ひとつの家のような安心感とぬくもりがあります。また、外部に開放されたカフェなどを併設することで入居者と地域との交流も生まれているといいます。このアクラスタウンを立ち上げ、経営からスタッフへの指導、食事の管理に至るまで、360°目を配るのが元看護師の吉松泰子さん。「最期までその人らしく生きてほしい」と語る吉松さんが描く、理想の介護・看護とは?

その人の、ココロを
支えるケアプラン

朝9時、アクラスタウンに吉松さんの声が響く。スタッフを集めたカンファレンスだ。その内容は単なる業務連絡にとどまらない。入居者がその人らしく暮らすため、何ができるか徹底して話し合う。

「私ね、入居者の方を本当に幸せにしたいんです。だから、その方がどんな人生を歩んで、何を大切にしてきたのか、その方の価値観を知って、その人らしく暮らせるケアにしたい。

年齢を重ねておむつをするようになると、みんな落ち込んじゃうんです。自分が情けないって。でも、それは、おむつが嫌だからじゃないの。おむつをするようになったことで自尊心が壊れてしまうのが悲しいの。ならば、私たちがその自尊心を守ればいい。

例えば、校長先生に『おじいちゃん、コーヒー飲む?』なんて聞く人いないでしょ?きっと、『コーヒーはいかがですか?』と声をかけられていたはず。大切なのは相手を敬う気持ちです。敬語が苦手でも、『うまく敬語が使えなくてごめんなさいね』の一言があれば、『そんなの気にしないよ』と相手も言ってくださる。そのやりとりだけで自分が尊重されていると分かるんです」

アクラスタウンにおけるケアプランは何時におむつを替えて…といった事業者目線の業務プランではない。利用者に寄り添う、ココロを支えるケアプランだ。
▲アクラスタウンの室内は柔らかな自然光が降り注ぐ。住む場所が入居者に与える影響も大きいと吉松さんは考え、天然の無垢材をはじめ、自然素材をふんだんに使用した温かな空間をつくった▲アクラスタウンの全45部屋は全て間取りが異なる。上階には比較的自立した生活を営める夫婦用の住まいを配置。寝たきりの方のためには、常に人の気配を感じられるよう、あえて個室でなく3人部屋を用意した

理想を実現できる場所、
ないなら、私が創ってやる

そもそも吉松さんがアクラスタウンの設立を考えたきっかけは訪問看護の仕事に限界を感じたことだった。一人暮らしの高齢者のために行った草むしりですら、規定違反だとバッシングされた。
「本当は規定違反じゃないんです。利用者の精神的支援は看護師の仕事。家が荒れて住めないという方の精神を誰がどうやって支えるんですか」

病院や医療制度の理屈が患者より優先される現実に疑問に感じ、吉松さんは病院を退職。そのとき「ならば、理想の場所をあなたが創りなさい」と銀行が吉松さんの背中を押した。銀行からの融資を元手に2005年、アクラス五条を開設。思い描いた理想のケアを必死に実践する毎日が始まった。その中で吉松さんは施設に入る方の原因の多くに実は社会性の低下が見られることに気付く。

最期まで社会の一員として生きるために何が必要なのか?
「社会とうまく交流できないのなら、施設の中に社会を取り込んだら?と考えたんです。それを具現化したのがアクラスタウン。ここに併設されたカフェや食事処は地域の方にも利用していただいています。図書室の運営も入居者がしているんですよ。夏休みになると読書をしに来た子どもが居住スペースを探検していたりします」▲看護師時代、吉松さんは病院のお金の管理まで任されていたという。そこで支出と収入のバランス感覚を身につけたことが、いま、経営者として生きている

入居者を幸せにするために、
まず、働く人を幸せにしたかった

アクラスタウンでは入居者とスタッフの比率は1:1だ。介護保険法で定められている最低基準が3:1であることを考えると、スタッフが非常に多いことが分かる。しかも、その全てが正社員雇用だ。
「入居者を幸せにしたいなら、まず働く人を幸せにしなきゃ。実際、うちのスタッフはほぼ辞めません。経営者の立場から言ったら怖いですよ。でも、そうしなきゃ誰も幸せにできないもん」

充実したスタッフ体制と手厚いケア、整った設備…。にもかかわらず、アクラスタウンの利用料金は他と比べて特別高いわけではない。特に注目すべきは、介護費用の定額制だ。通常、介護保険を利用すれば自己負担額は1割に抑えられる。しかし、その上限を超えた場合、料金は全額自己負担だ。その一つひとつを10分いくら20分いくらと上乗せすると、すぐに月額70万円、80万円を超えてしまう。

しかし、アクラスタウンでは上限額を超えた分を1日4,000円、月額12万円で提供している。これを可能にするのが、吉松さんが熟知する介護保険の効果的な使用法と看護師時代に会得した経営感覚。無駄なコストをギリギリまで省き、3つの施設の経営を全て軌道に乗せている。▲スタッフへの教育はもちろん、実習に訪れた看護学生への教育までも吉松さん自身が行う。業務を超えてどれだけ入居者の心に寄り添えるか。入居者の家族の視点に立てるか。その想いを伝える

地域で支えて、つながり合えば
最期まで人は自分らしく生きられる

吉松さんは2015年、新たにサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)「アクラスヴィレッジ」を開設した。
「多くのサ高住は集合住宅ですが、私たちが建てたのは一戸建て。施設ではなく、隣の家とご近所付き合いができる『家』を提供したかった。敷地内にフィットネスジムを設置して、地域の方にも開放したオルゴール教室や将棋クラブ、高齢者のメイクアップ講座も行っているんです。するとね、自然と地域の方と交流するでしょ。以前は着る服にも無頓着だった方が、どんどんオシャレになっていったの。社会性が回復していったんです」

地域に暮らす一人ひとりが助け合い、つながり合えれば、人は最期のときまで自立した一人の人間として生きていけるはず。地域での介護の実現という、吉松さんの新たな挑戦だ。
「未来のこと考えると、もう、ワクワクして、たまらなくなるの。でもね、大変ですよ。問題もいろいろ起こるもん。でも、私、本気だから。本気になるとね、なんとかなるんですよ、不思議にね」

大変、大変、と言いながら、吉松さんは、どこまでも楽しそうに笑った。
自分らしく暮らし続けることさえできれば、もう、「老い」は怖くない。▲入居者に自分らしい暮らしを全うしてもらうため、吉松さんたちは必死に考え、行動する。だからこそ、最期を看取る瞬間、その別れを悼む気持ちがあふれるとともに、その人が、見事に人生を終えられたことを誇りに思うという。アクラスタウンでは「老い」とともに、「死」もまた、恐れるようなものではない

【文: 和田 創 写真: 中村 泰介】

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