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2017.10.17 UP

宅食や介護施設の運営、就労支援を通じて  地域で暮らす人々の自立支援を目指す

「“食”と“職”を通じ、被災地の自立支援を」。東日本大震災で被災した宮城県石巻市で、宅食サービスや有料老人ホーム、デイサービス、障がい者向けに介護業界への就労支援を行う学校など、さまざまな介護福祉事業を展開する愛さんさんビレッジ株式会社。代表の小尾勝吉さんは、被災地ボランティアの活動を経た後、「たった一度の人生、自分が役に立てることをやりたい」と考え、この石巻で起業した。高齢者の暮らしを支えるだけでなく、被災地の雇用創出や障がい者の自立支援も行うことで、地域全体に好循環を生み出す挑戦を続けている。

九死に一生を得た被災者と触れ合う中、
「自分の役割を果たしたい」と決意

小尾さんは、生まれも育ちも神奈川県だ。コンサルティング業界を経て、失業者向けの職業訓練学校の運営会社の組織立ち上げなどに従事していた。石巻市で起業することになった理由は、東日本大震災の後、毎月、被災地支援のボランティア活動で訪問した経験からだという。

「阪神・淡路大震災のとき、何もできない自分の無力さを痛感していたので、震災直後から動くことにしました。被災地での活動を通じて、九死に一生を得た被災者の皆さんの話を直接聞くうち、『たった一度の人生、自分の役割を果たせることをやりたい』と思うようになったんです」

会社員生活の中でも、「10年後には起業したい」と漠然と考えていたが、それからちょうど10年の節目が2011年だったという。

「石巻での活動を通じて、『人生は有限』なのだとあらためて感じる一方、人の役に立てるリアルな喜びも実感できました。地縁はなくとも、この地域で困っている人々を手助けできるような事業を興そうと決意したんです」

▲震災直後から、会社員生活と並行しながら、月に一度の被災地ボランティアを続けていた小尾さん。「現地の信号もまだ復旧していない時期から、民家の清掃や側溝の泥掃きなどをしていた」と話す

高齢者を“食”で支え、雇用も生み出す。
自分の考えに賛同する人の出資も得て起業へ

実は、震災の前年から、小尾さんは起業の勉強のためにグロービス経営大学院に通っており、MBA(経営学修士)も取得している。石巻での起業を決意した後も、衝動のみで事業を興すのではなく、自分が本当にすべきことについて考え続けたという。

「自分の原体験に紐付いたことなら壁があっても乗り越えられるだろうと考えました。僕は、母をがんで亡くしていますが、母の介護を続ける中で『毎日の食事こそが喜びとなる』と感じたことがありました。仮設住宅に住む高齢者を“食”で支えたいと考えたのは、あのとき、親孝行しきれなかったという気持ちがあるからだと思います。また、高齢福祉の分野は、今後伸びていく分野のため、そこに継続性を感じたところもありましたね」

さらに、「復興の第一歩となるのは現地の雇用を生むこと」と考え、仮設住宅に住む人々に積極的に仕事を提供していく方針を決め、2013年、愛さんさん宅食をスタートさせる。

「起業前の時期、『東北地方の志ある起業家や経営者を支援すること』を目的に掲げる一般社団法人MAKOTOの立ち上げを手伝っていました。代表の竹井智宏さんは僕の想いに賛同してくれて、出資や経営陣としての事業参画を申し出てくれて。本当にありがたかったです」

また、グロービス経営大学院の代表を中心に発足した一般財団法人KIBOWの社会投資ファンド*では、出資第一号に選ばれ、1,000万円の投資を受けることが決まったという。

*社会的にインパクトを与えるソーシャルビジネスへの投資を行うファンド

▲愛さんさんビレッジ施設内には楽しげに働くスタッフたちの写真が飾られている。小尾さんのさまざまな取り組みは、河北新報や朝日新聞、日本経済新聞、さらにテレビ番組の『ガイアの夜明け』など、多くのマスコミにも取り上げられた

妻と二人で宅食事業を開始。
地道に広め、現在は利用者500名に

2013年、小尾さんは、妻と二人で石巻に移住し、配食サービス「愛さんさん宅食」をスタートさせた。10坪程度の小さな店舗で、利用者は店舗の裏に住む大家さんただ一人のみ。そこから福祉事業所や地域包括支援センター、ケアマネジャー、仮設住宅などにチラシを配り、地道に顧客を増やしていったという。

「仮設住宅に求人票も出し、高齢者やシングルマザー、障がい者の方など、働きたくても働く機会がない人を中心に、即決でどんどん働いてもらうことにしました。やがて、テレビや新聞などにも取り上げられるようになりました。ご利用者さんや働く人、地域の人たちをあたたかい笑顔で包めたらと考え、『家族愛』を理念に掲げていましたが、そこに共感して面接に来てくれる人もいましたし、また、応援のお手紙をくれる人もいて、とてもうれしかったです」

当初から、おかず1つの注文から対応し、糖尿病や嚥下訓練などの状況に対応したメニューを提供。また、配達時に高齢者の状況確認と報告を行う無償の見守りサービスも続けてきた。こうしたきめ細かなサービスが評判になり、ケアマネジャーから直接「この人をお願いしたい」と依頼されるケースが増えたという。

「見守りサービスでは、本人の服薬状況や体調はもちろん、窓の閉め切りや灯油の匂いなどの室内変化などをチェックし、確認した内容をケアマネージャーやご家族に報告しています。当初の1年は、雨の日も雪の日も、一日30〜40件、僕が配達を続けていたので、『頼んで良かった』『いつも決め細かい対応をありがとう』と言われるたびに、大きな喜びを感じていました。それから1年後には利用者100名、スタッフ5名となり、現在は利用者500名、グループ全体では社員23名まで成長しています。配達エリアも要望に合わせて広がり、塩釜、石巻、多賀城、七ヶ浜、松島、利府まで届けることができるようになりました」

▲愛さんさん宅食では、糖尿病対応食・腎臓病対応食・高血圧対応食・嚥下サポート食などを用意。無償の見守りサービスでは、配達スタッフが毎回、3分間の状況確認を行い、ケアマネジャーや家族に報告している

有料老人ホームや障がい者の就労支援などの
事業もスタートし、トータルな自立支援を目指す

その後、有料老人ホームやデイサービス、訪問介護、障がいや難病のある人を対象とする就労支援学校などに事業の幅を広げた。目指すは「トータルな自立支援」だと小尾さんは話す。

「宅食から有料老人ホームまで、各種サービスや施設で本人の状態に合わせた対応ができる環境を作りました。目標はあくまで自立支援であり、家に帰っていただくことや、お墓参りに行くことなど、『リハビリの先にある夢を叶えること』を目指しています。地域のケアマネージャーと、当社のケアマネージャーによってプランを立てています。先月だけでも、要介護度が一つ下がった利用者さんが2人いますよ。多くの方が家に帰りたい等ご自身の夢をお持ちなので、在宅復帰をかなえていきたいですね」

また、就労支援学校である福祉人財養成学院では、障がい者の方が介護資格を取得できるコースとともに、メンタル面が原因で介護職を退職した人の復帰を支援するコースを用意している。県の指定福祉サービスとして、多くの受講者に費用負担がない支援を実現した。

「障がい者向けのデイケア施設やケアマネジャー、家族の会などを通じて募集をしています。障がいのある方やメンタルを患ってしまった方々は、働ける場が少なかったり、収入そのものも少なかったりするので、そうした面からも自立支援をしていきたいと考えています。現在、資格取得コースは3名、復職支援コースは2名が受講しています」

▲2017年、有料老人ホームの「愛さんさんビレッジ」を開設し、リハビリを支援するデイサービスも行う。障がい者の雇用も積極的に行っている

▲障がいや難病のある人の就労を支援する福祉人財養成学院。修了後は資格取得により収入アップを目指すことができ、愛さんさんビレッジで働くことも可能だ

現場で働くスタッフや利用者が、
幸せを実感できる仕組みを作る

事業が広がり、スタッフも増えていく中で最もつらかったことは、「4人ものスタッフが一気に辞めてしまったこと」だったという。事業展開のスピードについていけなかったケースや本人の「稼ぎたい」という希望に応えられなかったケースなど、理由はそれぞれ異なる。小尾さん自身は、「家族愛」という理念を体現できていない現実に、悩んだという。

「振り返ると、『なぜ理念を理解してくれないのか』と一人で熱くなっていた時期があったと思うんです。そうではなく、働くスタッフが『何のために働いているのか』を考え、自分の人生に希望を持てるような環境を作らなくては、真の理念の浸透はできないのだと実感しました。そこで、朝礼などで『この会社は、いろんな人に支えられ、社会の要請によって成り立っているのだ』ということや、『この仕事は、ただお弁当を届けるのではなく、人の命を救ったり、喜びや自立につながる日々を支える素晴らしい仕事なのだ』といったことを伝えていきました。まずは自分自身が変わることで、周囲にも思いを理解してもらえればと考えたのです」

さらに、スタッフ一人ひとりの夢を会社が全面的に支援するため、スタッフ全員に年間の行動計画表を作成してもらい、年の終わりに振り返って成長を実感できたり、夢の実現に向けて会社がサポートする体制を整えた。

「スタッフがスキルを身につけていろんな道を目指せるよう、介護関連資格はもちろん、調理師免許やIT関連などの資格取得も支援しています。また、2018年からは、労働環境の改善にも注力し、有休取得率80%以上、残業時間は前年比50%削減、希望日の休暇取得率80%以上という目標も立てました。現在、人材配置の計画を見直し、“働きがい”と“プライベートの充実”という両輪を目指し、会社が自己実現の舞台となるような組織を創っていきたいと考えています。」

さまざまな面から「働きがいのある環境作り」に取り組んだことにより、社員のモチベーションは上がり、離職率も下がっているという。

「こうした取り組みは有料老人ホームのケアにも生かしています。たとえば、入居者さんの夢を絵に描いてもらい、施設内のよく見える場所に貼っています。『リハビリの先にある夢』が、自立への原動力になると考えているからです。僕の目標は、かかわるすべての人が物心両面の幸せを実感できる仕組みを作ることなんです。利用者さんもスタッフも、自分の可能性を広げながらイキイキと過ごし、『生きていてよかった』と実感できる。そんな会社を目指していきます」

会社員から震災後のボランティアを経て起業し、いまでは、事業を通じて地域に暮らす高齢者や障がい者の方たちの生活を支援する小尾さん。これからも、スタッフや利用者、地域の人たちの共感を得ながら、ますます活躍の場が広がっていくに違いない。

▲各自が年間の目標を書き込む「年間行動計画」のシート。スキルアップの目標はもちろん、「家族で秋に旅行に行きたい」などの個人的な夢や目標も書いてもらっている

 

【文: 上野真理子】

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