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ヘルプマン

2017.12.25 UP

スウェーデンと日本の介護福祉の間に立ち、 要介護、認知症の人の尊厳を守るケアを追求

スウェーデンは、いまも日本の福祉関係者がモデルとする国の一つである。そのスウェーデンから日本に渡り、スウェーデン流の介護を伝えているのがグスタフ・ストランデルさんだ。2005年、日本スウェーデン福祉研究所を立ち上げ、現在は有料老人ホームなどを運営する舞浜倶楽部の代表取締役社長を務める。初めて来日してから25年。流ちょうな日本語を操り、両国の福祉をつなぐ活動に取り組むグスタフさんに、スウェーデン流の介護のよさとそれを日本に広める取り組みについて伺った。

2度の日本留学を経験し
スウェーデンと日本の介護を考える

14歳で始めた剣道をきっかけに日本に興味を持ったというグスタフさん。高校、大学と、2度の日本留学を経験した1990年代、福祉先進国であるスウェーデンやデンマークには、日本から累計10万人もの視察者が訪れていた。そのことを知ったグスタフさんは、ある疑問を感じたという。

「認知症介護の現場では、文化に根付いた日常生活の継続が大切です。だとすると、まったく違う文化を持つスウェーデンと日本はお互いに参考になることがあるのだろうか。視察に訪れた日本人は、スウェーデンで何を見たのだろうか。そんな疑問から、日本とスウェーデンの介護について考えるようになりました」

2度目の留学の際、アルバイト先のスウェーデン料理店で故・外山義(とやまただし)さんと出会ったことも、介護福祉の道に進む大きなきっかけとなった。建築家である外山さんは1980年代にスウェーデンに留学。高齢者介護と住環境について研究し、ユニットケアやグループホームなど、高齢者の尊厳を守るケアを日本に紹介した人物である。

「日本人がスウェーデンで何を見たか。それを最初に示したのが、外山先生だと思っています。先生は建築家なのに、クリッパンというスウェーデンの小さな田舎町に行き、そこでの暮らしを見て回った。ケアの理念、地域社会、在宅と施設での人々の暮らしを伝え、施設の図面を示して、いまでいう地域包括ケアを、1990年にすでに著書『クリッパンの老人たち スウェーデンの高齢者ケア』で紹介していたのです」

▲グスタフさん所有の『クリッパンの老人たち スウェーデンの高齢者ケア』。いままさに日本が取り組むコミュニティケアのあり方を、四半世紀前に紹介した貴重な書籍である

4人部屋に寝たきり。集団ケア。
それはかつての日本だけではない

2度目の留学のときには、日本の老人ホームの見学にも行った。

「入り口には大理石の立派な受付があって、グランドピアノが置いてある。でも中に入ると、4人部屋でみんな寝たきりです。ショックでした。しかし、実はこれは世界的に見て特別なことではないのです。スウェーデンも、私の曽祖父母の時代はそうでした。全員が同じケア、同じおむつ、そして褥瘡(じょくそう)だらけ。ただ、スウェーデンはこれをいち早くやめようと取り組みました。いつ取り組み始めるかの違いだけです」

それから、グスタフさんは日本を中心に、300~400カ所の施設を見て回った。いまも、韓国、中国、アメリカなど、各国の施設を訪れる。

「2017年4月に訪れたシンガポールの施設は、だいたいが20人部屋です。ほとんど全員が寝たきりで、入所期間は平均で4年半と聞きました。亡くなるまでの最後の日々をここで過ごすのです。まだまだ、こうした国はたくさんあります」

▲「大部屋での集団ケアは、世界的に見て珍しくない。要はそれをいつ変えていくかだ」とグスタフさんは言う

スウェーデンで生み出された
認知症緩和ケアを日本で広める

スウェーデンが、いち早くケアの改革に取り組んだのは、高齢化が早い時期に進展したからだとグスタフさんは言う。

「1890年ごろ、日本の明治時代に、スウェーデンでは人口の4分の1がアメリカに移住し、高齢化が進みました。スウェーデンにとっては大きな危機でしたが、そこで福祉国家に生まれ変わったのです。また、スウェーデンは200年以上戦争をしておらず、地域社会が破壊されずに保たれています。それもあって、福祉国家づくりが進めやすかったのだと思います」

福祉国家であるスウェーデンはまた、シルヴィア王妃の母がアルツハイマー病になった際、それをあえて公表。認知症になった人の尊厳を守る、新しい認知症ケアの創造とその教育に取り組んだ。1996年にその拠点として立ち上げたのが、認知症デイサービスと認知症緩和ケアの研修センター「王立財団シルヴィアホーム」である。ここで新しいケア理念に基づいた介護スタッフの専門教育を進め、いまでは、同じ理念で看護師や医師の研修も行っている。

「私が日本スウェーデン福祉研究所を立ち上げたのは、シルヴィアホームの認知症緩和ケアを日本に広めるためでした。緩和ケアは、治療が困難な状態にある人にとってのクオリティ・オブ・ライフ(QOL=生活の質)を高めるためのアプローチです。身体的側面、精神的側面、心理社会的側面、そしてスピリチュアルな(霊的な・魂の)側面という4つの側面を満たすケアを提供するのです」

▲舞浜倶楽部の介護付き有料老人ホーム「新浦安フォーラム」。舞浜倶楽部では、「親孝行のお手伝い」をスローガンとして掲げ、人格の尊厳を守るケアを提供する

マンツーマンの「タクティール・ケア」で
入居者は「うれしい」と涙を流すことも

日本スウェーデン福祉研究所で具体的に取り組んでいるのは、認知症緩和ケアとタクティール・ケアを広める活動だ。タクティール・ケアとは、スウェーデン生まれの、手で触れるケア。1対1で30分ほどかけ、相手の背中や手足をそっと包み込むように触れる。

「舞浜倶楽部ではほとんどの正社員がタクティール・ケアの研修を受け、提供できる体制を整えています。忙しい介護職が、30分もマンツーマンで対応できるのかと聞かれることもあります。しかし、それは優先順位の問題です。入居者が望み、必要があると考えれば、ケアプランに位置付けて、定期的に行います」

舞浜倶楽部の2つの有料老人ホームでは、ケアプランにタクティール・ケアを位置付けている入居者46人に対して、週2~3回提供している。

「提供すると非常にリラックスし、寝てしまう方が多いのですが、中には涙を流す方もいます。やっと自分のためだけの時間になった、と言って。タクティール・ケアを受けると、『気持ちいい』より『うれしい』と言う方が多いのです」

介護職が利用者と1対1で向き合うことによって、利用者に心地よさや安心感を提供する。そういうケアを実現したくて、この活動を始めたのだと、グスタフさんは言う。

▲ブンネ楽器。左のスウィングバーギターは、大きな赤いピックで弦をはじくと、開放弦でD、バーを左右に倒せばGとAのコードが鳴り、誰でも簡単に演奏を楽しめる

音楽ケア「ブンネ・メソッド」は、
誰もが一緒に楽しめる

舞浜倶楽部ではまた、スウェーデン発祥の音楽ケア「ブンネ・メソッド」も取り入れている。これは、スウェーデン人のブンネ氏が開発した、誰にでも簡単に演奏できる楽器を用いた音楽ケアだ。運営する2つの有料老人ホームでは、毎日のようにどこかのフロアでブンネ楽器による演奏が行われている。

「参加は自由ですが、自立の方から重度の認知症の方まで、7~8割の方が参加されますね。認知症の方の多くは自分に楽器の演奏ができるとは思っていないので、演奏できたことに驚き、大きな達成感を味わっています。何より、みんなで一緒に楽しめる一体感がいい。一体感を味わえるのは音楽とおいしい食事だと考え、舞浜倶楽部ではこの2つをとても大切にしています」

舞浜倶楽部では、このほかスウェーデンから「コンタクトパーソン」というケア手法も取り入れている。これはいわば、ホームでの生活に寄り添っていく伴走者。生活歴や必要な介護だけでなく、考え方や趣味嗜好、大切にしているものなど、1人の入居者をまるごと理解し、その人らしい暮らしを実現する介護スタッフを決めておくというものだ。1人のスタッフが3~4人の入居者を担当し、他のスタッフと連携しながら生活を支えていく。

▲食事は味も見た目も大切にする。家族と一緒に過ごす誕生日会など特別な日、嚥下障害がある入居者には、家族に出す懐石料理(写真上)と同じメニュー、同じ素材で見た目にも配慮したミキサー食(写真下)を提供する。こうしたミキサー食を日々の食事でも提供するため、調理は外注せずホームの調理師が行っている

管理職のほぼ全員が
スウェーデンへの海外研修を体験

舞浜倶楽部では、こうしたスウェーデンの最先端のケアを、日本スウェーデン福祉研究所での研修だけでなく、スウェーデンへの海外研修によって多くの職員に学ばせている。管理職には、認知症ケアと看取りケアのあり方を見て刺激を受ける、1週間の短期滞在の研修を実施。いまではほぼすべての管理職がこれを体験している。一方、一般職員からは、作文や面接、英語のテストによって、毎年、意欲のある2~3名を選抜。3週間から1カ月、現地の施設で働く滞在型の研修を行っている。

「現在の管理職の約半数は、滞在型研修を体験しています。1人50万円ほどかかりますが、この研修を体験した職員は、まず辞めません。とても意義のある研修だと考えています」

特定施設入居者生活介護(介護付き有料老人ホーム)の2016年度の離職率は20.5%だが、舞浜倶楽部の正社員離職率は2016年、13.16%。毎年7~8人の新卒採用で十分補充できるという。

「新卒採用には力を入れており、プロを育てる研修、資格手当等を整備した給与体系、社宅等の福利厚生、明確なキャリアパス等を用意しています。求めている人材は、人格の尊厳を守るという当社の基本理念に賛同できることが基本ですが、同時に、学ぶ意欲を持ち続けられる人です。この仕事は、ずっと学び続ける姿勢が必要ですからね」

*介護労働安定センター「平成28年度介護労働実態調査」より

▲「新浦安フォーラム」の芝生の美しい中庭。その一角には菜園があり、入居者が育てた野菜が食卓に上ることもあるという

介護人材を確保するために
42事業所と連携し浦安市議会を動かしていく

しかし、介護人材確保は、いまや1社だけの問題ではない。グスタフさんは2012年に社内の介護スタッフや地域の介護関係者、利用者の家族が学べる研修センターを設ける一方で、他の事業者との連携のため、浦安市の介護事業者協議会の会長に就任した。会長就任後は、協議会として、浦安市に10数項目の提案を行った。現在、そのうちの3つが実現している。一つは、介護従事者確保に関する事業で、月額2万5,000円を上限とした家賃補助。もう一つは、通所介護と小規模多機能型居宅介護事業所を対象とした、要介護度改善に対する月額2万~6万円のインセンティブ。そして、市内事業所での一定期間の就労を条件とした、受講者1名につき5万円の介護職員初任者研修の受講費用補助である。

「どんなにいい提案だとしても、当社だけで行政や市議会を動かすことはできません。市内42事業所の総意として協議会が提案したことで、実現できたのです」

▲「新浦安フォーラム」の中庭に設えられた東屋。ここで家族での誕生会などを催すこともでき、リクエストすれば前掲の懐石料理なども供される

スウェーデンの知見を取り入れながら
ノウハウをコンサルティングで伝える

舞浜倶楽部では、いま、これまで培ってきた有料老人ホームの運営ノウハウに基づいたコンサルティングに取り組んでいる。2016年には、初めてコンサルティングで関わった中国・北京の介護施設がオープンした。北京初の個室・ユニット型施設である。

「中国から管理職をほぼ全員日本に招き、研修を行いました。いまは月1回、指導者を派遣しています。人口3,000万人の北京エリアには、認知症ケアや看取りケアができる施設はまだ10カ所しかありません。中国はもちろん、シンガポールでも日本国内でも、コンサルティングへのニーズは高いと考えています。今後も積極的に取り組んでいきたいですね」

また舞浜倶楽部では、2018年4月から認知症の人の行動・心理症状(BPSD)を軽減するのに有効なケアを、客観的なデータで評価する取り組みも始めようとしている。これは2010年にスウェーデンで始まり、いまではスウェーデンの99%の自治体が導入しているシステムだという。

介護が必要になっても、認知症になっても、その人のQOLを守っていくために。スウェーデンの最新の知見を取り入れ、日本の介護を変えていくグスタフさんの取り組みはこれからも続く。

【文: 宮下公美子 写真: 刑部友康】

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