ヘルプマン
千葉県に展開する「銀木犀」は、独自の建築工法で建築費を安く抑えることで入居費用を抑えながら、住宅の内装や看取り支援、口腔(こうくう)ケアなどの予防プログラムを充実させたサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)です。代表の下河原忠道さんは、“安心して生ききることができる住宅”を目指し、入居者の自立支援と地域とのつながりづくりに注力していると話します。サ高住の乱立や不正介護が問題視される中、これからの高齢者住宅には何が必要なのか? お話を伺いました。
プロフィール紹介
1971年東京都生まれ。起業家一家の長男として育ち、2000年、スチールパネル工法を柱事業としたシルバーウッドを設立。高齢者住宅の施工を請け負ったことをきっかけに高齢者住宅事業の世界に。2011年に初の直轄運営となるサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)「銀木犀<鎌ヶ谷>」をオープンし、それ以降、市川、薬園台にもサ高住を展開。錦糸町、川崎ではグループホームも運営している。2015年には西新井大師で4棟目となるサ高住も開設予定。一般財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会理事。

建築費を安く抑えるスチールパネル工法で
環境づくりなどのソフト面に投資ができる

実家が鉄鋼会社で、若いころはいわゆるボンボン息子(苦笑)。このままじゃ人生マズイと思ったときに出合ったのが、スチールパネル工法(※1)でした。数年ほど、アメリカや日本で現場職人として経験を積み、シルバーウッドを立ち上げたのが2000年。当初はコンビニやファミレス、戸建て住宅が主でしたが、高齢者住宅に興味を持ったのは、とある高齢者向け賃貸マンションの躯体施工を請け負ったことがきっかけでした。

高齢者専用賃貸住宅(※2)が制度化される前ですから、いまの高齢者住宅とはまるで違う。部屋にはトイレも洗面所もなくて、窓も小さい。ご飯も仕出し弁当みたいな感じで。それでも高齢者が列をなすように入居していくんです。当時は要介護高齢者の行き場といえば特養か病院くらいしかなくて、賃貸に住みたくても部屋を借りられない人がたくさんいたんですね。

それで高齢者住宅に興味を持って、コンビニやファミレスへの営業を一切やめたんです。これは「銀木犀」にもつながることだけど、スチールパネル工法なら従来の重量構造に比べて建築費を約10%安く抑えることができますから、その分、入居者の賃料を抑えたり、住宅内の環境づくりなどのソフト面にお金を回せます。

需要の波にうまく乗れて、瀕死の状態だった会社を救ってくれたのが、高齢者住宅だった。だから、僕がいまサ高住事業に力を入れているのは、恩返しの気持ちもあるんです。


※1 鉄骨構造の技術基準で、正式名称は「薄板軽量形鋼造」。鋼材板厚1.0㎜から2.2㎜の形鋼材を、角型やC型に成形し、外壁、床、屋根などの主要構造材としてパネル化する工法

※2 略称「高専賃」。専ら高齢者を賃借人とする賃貸住宅のことで、2005 年に制度が創設され、2011年にサ高住に一本化
▲「銀木犀<薬園台>」のエントランス。玄関を入るとすぐに入居者の共有スペース(みんなのキッチン)があり、にぎやかな空間が広がっている
▲入居者のポストはあえて1カ所に集めている。手紙や新聞を自分の足で取りに行く環境にすることで、施設ではなく住宅という意識を入居者に持ってもらうためだという
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「銀木犀」は入居者を管理する施設ではなく
入居者の自立をサポートする「住宅」

「銀木犀」のスタートは、鎌ヶ谷の地主さんに「これからは高齢者住宅の時代だって言うのなら、自分で運営してみろよ」と言われたから。確かにそれが一番の営業だなって、二つ返事で決めました(笑)。

世界中の高齢者住宅を見て回りましたね。デンマーク、ノルウェー、アメリカ、イギリス、フランス―そこで出た結論が、「施設」じゃなくて「住宅」を創らないといけないということ。だから、住み心地のよさにはこだわっています。フローリングはヒノキの無垢。家具は友人の家具職人にオーダーして、壁もクロス張りじゃ味気ないから塗装にするとか。

「銀木犀<薬園台>」の共有スペースには、テレビも置いていません。その代わりというわけではないけれど、JR新宿駅や渋谷駅の発車ベル音を変えた井出祐昭さんと共同開発した、ソニフィー(※)という環境音楽を流し、空間ごとに居心地のよい空気をつくっています。

「銀木犀」は、入居者を管理する場所じゃない。僕たちは入居者が自由に生き続けるサポートをさせてもらう立場ですから、訪問介護事業所、居宅介護支援事業所を併設しているけれど、感覚的には「皆さんのお宅にお邪魔させてもらっています」という感じ。

管理する、お世話するなんておこがましい話で、そもそもヘルパーの業務を規定する「老計第10号」にも、介護は自立支援のためのものって書いてある。入居者の自立をサポートするという理念に則って、僕らは銀木犀を運営しているんです。


※ 医療・福祉・健康分野向け統合型音楽ソフトウエア。音楽を通じて、患者や入居者だけでなく、医療・介護スタッフなどのQOL(生活の質)を向上する支援ツールとしても期待されている
▲各共有スペースにはソニフィーのアプリケーションを入れたiPhoneが設置されており、自由に音楽を流すことができる

末期がんの入居者の生きざまを見て
“安心して生ききる”ことができる
住宅にしようと決意

「銀木犀」の経営方針を何よりも決定付けたのが、2011年に初めて開設した「銀木犀<鎌ヶ谷>」に入居したあるおばあちゃんの存在でした。

現役時代に長年看護師をやられていて、入居したときはすでに末期の乳がん。病院での抗がん剤治療もしない、延命もしないと意思が明確で、看取りを経験したことがない僕が心配していると、「病院は人が死ぬところじゃない。人を治療する場所なんだよ」と教えてくれたんです。

いま、終末期は自宅で過ごしたいと思う人が8割以上もいるのに、実際は9割以上の方が病院で亡くなっています。そのような状況を危惧していたんでしょうね。結果的に、その方を「銀木犀」で初めて看取ることになったのですが、彼女の生きざまを見て、「銀木犀」を“安心して生ききる”ことができる住宅にしようと決心したんです。

だから、僕らは入居者に対して何もしない。もちろん、訪問看護ステーションの看護師や、在宅療養支援診療所の医師と連携は取っているけれど、入居者にはなるべくいままで通りの生活をしてもらっています。僕らが大切にしているのは、どうやってここで最後の最後まで楽しんでもらえるかということ。
そのための自立支援や、地域とのつながりをつくることに力を入れているのが、他のサ高住と違うところなのかもしれません。

自発的な生活を促す空間設計
ドラムコミュニケーションプログラム、
口腔ケアなど「予防」にも注力

例えば住宅は、どうやったら入居者が自発的に生活できるかを念頭に置いて設計しています。「銀木犀<薬園台>」を例に挙げると、食堂は1カ所にして、食事のときは基本的にそこで食べてもらう。部屋から遠いかもしれないけれど、パブリックなスペースに行く機会が生活の中にあることが大切だと思うんです。

共有部にはキッチンを設けて、自立支援の一環で一緒に食事を作ることもできるし、自然と人が集まれるようにしています。陶芸ができるスペースが談話室の近くにあるので、地域の人が集まってものづくりを楽しむこともできる。クラフトワークプロジェクトと呼んでいるんですが、今後は入居者が作った陶器や雑貨を、インテリアショップみたいに本格的に販売するお店を、玄関の前でオープンする予定です。強制ではないけれど、入居者さんにとって毎日やることがあれば、それが自立支援につながるし、地域との接点にもなりますから。

また、認知症予防改善プログラムとして、学習療法やドラムコミュニケーションプログラムという音楽療法を行っています。肺炎による入居者の入院を減らすために、専属の歯科衛生士も雇用しています。

社会保障費の増加を抑えるという意味でも、これからの住宅に必要なのは、「慢性疾患の重症化予防」だと思うんです。53名の入居者が住まう「銀木犀<鎌ヶ谷>」では、この2年間、誤嚥(ごえん)性肺炎で入院した入居者は1人だけ。専門的な口腔ケアを行うことは、入居者にとってはいつまでも自分の口で食べる喜びを味わえることになるし、結果的に事業としても投資になるんです。
▲共有スペースは、クラフトワークプロジェクトのアトリエにもなる。「銀木犀<鎌ヶ谷>」では駄菓子屋さんも開いており、西新井大師で建設中の「銀木犀<西新井大師>」では、フロアの1階部分の一角に駄菓子屋さんのスペースを設けて、入居者に店番をやってもらう予定だという
▲取材当日に行われていたドラムコミュニケーションプログラムの様子。ドラムのリズムとにぎやかな笑い声が絶えない

看取りまでできる高齢者住宅が必要
建築の力をいまこそ介護業界に持ち込むとき

「おたがいさん」の加藤(忠相)さん(http://helpmanjapan.com/article/2149)のように、いま、介護の世界を変える新しい力が生まれてきていますよね。彼らみたいな人が、これから日本の介護の中心になっていくと思うけれど、僕が思うのは、高齢者住宅なんか普及しなければいいのに、ということ。

そう言ってしまうと怒られちゃうけれど、こういう住宅がなくても本当の自宅で最期まで生活し続けることができれば、それが一番ですから。それで、いよいよ自宅で暮らしていくことが難しいという最後に初めてこういうところに来て、癒やされる空間で、かけがえのない他人関係の中で看取られていく。家族も親やパートナーの介護に追われるばかりじゃなくて、ある意味、おいしいところを持っていってもらえればいいと思っています。

そういう意味では、看取りまできちんとできる高齢者住宅が各地域で普及することが必要です。また、建築の力をいまこそ介護業界に持ち込むときだと思う。素敵な高齢者住宅はたくさんあるけれど、ホテルみたいなしつらえにしてしまうと、たまに行くのはいいけれど、住んでいる方は落ち着かないと思うんです。住宅が汚れていくのも味だし、傷がついたらみんなで直したり、愛(め)でたり。僕らは「住宅を鍛える」って言うけれど、鍛えていくと魅力的な住宅になっていきますから。
▲時間が経てば経つほど味が出るような空間になるよう、内装、家具の一つひとつにまでこだわり抜いている
▲食器もプラスチック類は一切使わない。食べる喜びをいつまでも感じてもらうための配慮だ

人を繋いでいくために一企業体として強くなる
最終的なゴールは多世代が暮らすシェアハウス

「銀木犀」は今後、30棟まで増やしていきたいと考えています。壮大な目的があるというよりは、現実的に、住宅を増やすことで一企業体として強くなれるから。介護に携わる人をつないでいくためにも、それが必要だと思うんです。

だから、周辺事業にも力を入れたい。先ほどお話ししたソニフィーは2015年春から販売開始予定ですが、ロボットやファッションという分野でも、僕らが収益を出せるような仕組みをつくれるんじゃないかと思っています。

最終的なゴールは、いろんな世代が一緒に暮らすシェアハウス。若者、シングルマザー、障がい者、おじいちゃん、おばあちゃんも住んでいて、母親は子どもを入居者に預けて仕事に行って、夜はおばあちゃん自慢の料理を若者がめっちゃうまいって食べているみたいな。若者はそこに住む時間が限られているかもしれないけれど、そこでの生活が経験として残ったら、それこそ「高齢者は社会の資源」だって自然に感じるようになると思うんです。地域の多世代の交流が断絶されてしまっているいま、いろんな交流ができる住環境をつくっていきたいですね。

◇スタッフより◇
「銀木犀」は“地域密着型”サ高住

▲「銀木犀<薬園台>」  所長 大下 誠人さん
いろんな住まいのあり方がありますが、「銀木犀」は“地域密着型”サ高住だと思っています。住まいづくりから、自立支援、地域とのつながりづくりまで、「そこまでこだわる必要があるの?」と思われるかもしれませんが、それを通じて入居者さんに生きがい、やりがいを持ち続けてもらうことが自分たちの役割なんです。

自立支援の一環として取り組んでいる認知症予防改善プログラムについてお話しすると、学習療法は「銀木犀<鎌ヶ谷>」ではもはやスタンダードになっていて、「銀木犀<薬園台>」でも2015年1月から本格的に取り組んでいきます。

効果が右肩上がりで期待できるものではありませんが、認知症の方がいまの状態を維持していくことが大切だと思うんです。学習療法を行うことで、スタッフと入居者とのコミュニケーションの活性化にもつながりますし。

下河原と、学習療法を開発した川島(隆太)教授で、学習療法以外にみんなでワイワイ取り組めるプログラムをつくれないかと開発したのが、ドラムコミュニケーションプログラムです。ファシリテーターの下、さまざまな形のドラムを叩いていくもので、はじめはバラバラな音に聞こえても、だんだんと音楽になっていく。認知症の症状が強く表れている人でも、参加すると楽しんでくれますね。地域の市民祭りで入居者自身がパフォーマンスを行うと、「人前に出ることが楽しくて、長生きしたい」なんて言ってもらえたり。

地域交流という点では、「銀木犀<鎌ヶ谷>」では近所の公園の清掃活動を“受託”して、入居者さんに公園掃除を始めてもらっています。グループホームの「銀木犀<川崎>」では、近所のおばあちゃんがルーフバルコニーの植物の世話をしてくれたり、2カ月に一度は近所の高齢者を集めて交流カフェも開いています。

「銀木犀」は看取り支援に力を入れていますが、安心した看取りの場をつくるために、スタッフ全員が一定の水準で対応できるような医療的ケア研修も積極的に行っています。これから介護の世界に入ってくる人に対して、やりがいを感じたりステップアップしていくための職場環境を整えるという意味でも、スタッフの教育にも力を入れていきたいと考えています。
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文: 成田敏史(verb)
写真: 中村泰介
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