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ヘルプマン

2013.11.12 UP

国内外で注目の経営者がつくる 地域交流スペース

「お年寄りは地域の知的資産。施設に囲い込んで“世話になるお年寄り”をつくるんじゃなく、役割を持って地域に役立つお年寄りになってもらう。地域とどんどん関わることで地域の力も高まっていきます」と語る加藤忠相さん。25歳で理想を求めて起業したそのケア・スタイルが注目を集め、藤沢市では行政と連携した取り組みもスタート。加藤さんがめざす、小規模多機能型居宅介護施設を活用した「藤沢型コミュニティケア」構想について聞きました。

25歳で1億円を借りて起業

最初に勤めた老人ホームは、家族が来ない限りは利用者が外出もできないようなところ。これじゃあ施設にお年寄りを囲い込んで、“世話になるお年寄り”をつくっているだけだと思い、独立を決意しました。25歳のときです。

1年間アルバイトをしながら資金を貯め、貸借対照表の見方もパソコンの操作方法も分からないまま必死で書類を作って、「これで失敗したら俺の人生どうなるんだろう」とドキドキしながら1億円近い融資を受けました。

以前の職場の仲間も一緒にやろうと言ってくれたのですが、いざ、「そろそろ辞表出していい?」と言われると人の人生を左右することでもあり、「いいよ!」と言うのがチョー怖かった。

建物は借りたほうが早かったのですが、自分の理想を実現したいと思い、部材から施工会社までこだわって建てました。グループホーム「結」はログハウス風で晴耕雨読の生活をイメージ、併設するデイサービス施設「いどばた」は村人が集まる庄屋さんの家のイメージです。(※)

天井が高くて日あたりがよくてきれいな施設ってよくあると思うんですけど、普通の人だってそんなところには6時間もじっとしていられない。だからここでは、気軽にくつろげて居心地のよい空間とサービスの提供をめざしました。

※あおいけあでは小規模多機能型居宅介護施設「おたがいさん」、グループホーム「結」、デイサービス施設「いどばた」を運営

「おたがいさん」は
地域づくりの装置

僕らが運営する小規模多機能型居宅介護施設「おたがいさん」では、認知症が進んだお年寄りがゴミ袋を片手にご近所を回って清掃活動をしたり、毎日の食事も自分たちで野菜を刻んだり、配膳も手分けして行います。

施設には塀がなく通勤・通学の通り道になっていて、昨日も「とうがんもらったから」って近所の人がおすそ分けにやってきたので味噌汁にしてみんなで食べました。午後になると近所の小学生たちが遊びに来て、ばあちゃんたちとクイズ大会が始まります。元農家の男性は米や野菜づくりを職員に指導してくれますし、元喫茶店のマスターは絶品のサンドイッチを振る舞ってくれます。

そんなお年寄りも「おたがいさん」に来るまでは、施設や家庭では問題を抱えていた方も少なくありません。それが、子どもたちや地元の住民、施設のスタッフ、高齢者同士と関わることでの交流を通じて自分が社会的な役割を果たしている実感を得ることによって、生活の意欲を取り戻したり、症状が落ち着いたりするんです。

施設に囲い込んで行うケアは、“世話になるお年寄り”をつくるだけ。私たちがやるのは自立支援。地域の人にもどんどん関わってほしいと思っています。「おたがいさん」はそういう地域づくりのための装置なのです。

お年寄りは地域の知的資産です

本来、お年寄りは地域の知的資産であり、いろんなことを教えてくれる存在。例えば「死」もそのひとつで看取りの場に子どもたちもいて、亡くなったら親戚みんなで泣くことで「死」を知る。そんなふうにリアルに命の存在を教えてくれます。

「おたがいさん」では元農家のじいちゃんがプランターでお米を栽培していますが、遊びに来た子どもたちがそれを見て、見よう見まねで自分たちも栽培を始めました。でも、収穫の段になって稲の生育の差が明らかに違うことに気づいて、「じいちゃん、すげえな」と驚く。こうやって、お年寄りが持っている知識や経験を次の世代に引き継ぐことができます。

また以前、子どもたちがじいちゃんばあちゃんに教わりながら施設でクッキーを作って、芋煮会のイベントで販売したことがあります。これが結構な売り上げになったので「いくら儲かった?」って子どもに聞くと、「原価が1人200円だから300円ずつ分けて、残りは被災地に寄付するんだ」って言うんです。

そういう社会性を自然に身につけた子どもたちが、大人になったときに地域の核になるのです。そんな形で施設が人間をつくる場になっていくことが地域の力なんだと思います。

あなたの仕事は何ですか?

100人の介護職に「あなたの仕事は何ですか?」と聞けば、100人が「介護職です」と答えます。次に「じゃあ何ができるから介護職なんですか?」と尋ねると、多くの人は答えられない。レントゲン技師でも作業療法士でも、専門職は自ら判断して、自分で責任を持って動けるからこそ専門職だといえます。マニュアルにあることをただ淡々とこなすのは何の専門職でもありません。

介護職とは介護保険法にも明記されているとおり、人々の能力の維持向上、つまりお年寄りが地域の中で暮らしていけるよう、自立の支援をする専門職です。他に仕事がないから「介護職でも」というような動機でできる仕事では決してない。これからの地域づくりの核となる仕事であり、提供できるサービスの範囲も広くクリエイティブです。

藤沢や鎌倉は裕福な方が多く、サービス提供が難しい土地といわれていますが、各人が専門性を磨くことで「あおいけあだから使いたい」というサービスにつながっていくはず。だから僕は日頃スタッフに「専門職として判断して、よいと思うことはやってください」と言っていますし、「あおいけあ」には企画書や報告書といったものはありません。

自己判断、自己責任の先にあるのは自己経営。新しい拠点の施設長は自らの給料を自分で決めるようになってほしい。教育などのバックアップはもちろんしますが、各施設の運営はそれぞれの長に任せます。

「絆の会」結成をきっかけに
ひろがる地域づくりの輪

藤沢市だけでなくお隣の鎌倉市でも地域づくりの動きを始めています。きっかけは東日本大震災のボランティア。医療介護系の若者を中心に最初10人くらいで「絆の会」を結成、異業種交流会のようなことを始めました。

地域に対して熱い思いを持った人が多く、約70人の定員枠は毎回一杯。人づてでうわさが広まって鎌倉市長や大病院の院長も顔を出してくれるようになりました。市長に「自分なら小規模多機能を使って鎌倉をもっと活性化させてみせます」という話をしたところ、3日後には鎌倉市役所に呼ばれ、市長、副市長、政策部長らの前でプレゼンテーションすることに。

鎌倉市には高齢化率が45%超の空き家だらけの今泉台という地域があり、その空き家を利用して小規模多機能型居宅介護施設を作り、そこに若者のシェアハウスを組み合わせることで買い物難民のお年寄りを支援しながら、世代間交流を図ろうというプロジェクトが進行中。他県からも「おたがいさん」をモデルとして展開したいという依頼があり、この1年半ほどで自分のやっていることの理解者が増えている実感があります。

若者がつくる地域の未来
藤沢型コミュニティケア

将来に向けて、まずは「おたがいさん」をフランチャイズ制にして藤沢市内に5カ所ほど展開します。コンビニのように定期的に指導スタッフを派遣して品質をチェックします。やがて施設同士がリンクし合い、面となって機能してくれば地域の力がより確かなものになるはずです。サービス内容も医療や地域の商店街、宅配会社など横の連携を強めてワンストップサービスを提供できる拠点にしていきたい。

「おたがいさん」には藤沢市長や市会議員さんも時々見学にいらっしゃいます。私が市に提案しているのが「藤沢型コミュニティケア」。もともと市長は地域交流スペースを作ることを公約に掲げていたのですが、新たに施設を作るにはかなりの税金を使います。そこで「おたがいさん」のような小規模なケアの拠点を活用する形で交流スペースを作り、地域の方を認知症のサポーターとして配置すればひとつの地域相談窓口として機能させることができます。

また、東日本大震災では福祉避難所がうまく機能しませんでしたが、小規模多機能型居宅介護施設なら個室もあるし井戸や囲炉裏を設ければ防災拠点にもなります。他にもカフェを隣接させたり、作家の常設展示スペースを設けたり、保育所を設けて子育てしながら働けるようにしたり、さまざまなアイデアを組み合わせることができます。

こういう形で地域づくりに興味のある若者が出資を受けられるような仕組みを用意し、各自のアイデアを生かしたサービスを提供していくための仕組みを整えたい。それが言いだしっぺとしての次の僕の仕事だと思います。

【文: 高山 淳 写真: 中村 泰介】

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