ヘルプマン
病棟のワンフロアをまるまる実習スペースとして確保し、教育研修のための専門部署“介護開発室”を置く元気会横浜病院。新卒でも中途でも、入社するとまずこの介護開発室へ配属され、新卒なら3カ月間、研修と実践とを繰り返し、基本となるケアの技術を身につけていきます。介護職を“ケアキャスト”と呼び、入院患者の暮らしをアシストする存在と位置づける同院。教育を経営の柱と明言し、ケアの質を上げることはもちろん、将来的にケアキャストが、地域の医療・介護連携のキーマンとして活躍するキャリアも描いています。
プロフィール紹介
(左)峯﨑茉利さん/介護開発室 主任
大正大学人間学部卒。2010年元気会横浜病院入社、2012年11月より現職。就職活動では、自分の経験したことのない人生を生きてきた高齢者をサポートすることで、自分の視野が広がると考え高齢者介護の道へ。横浜病院を選んだのは、多職種で働けること、職員全員が経営計画を共有して取り組む点が印象的だったこと、職場見学に訪れた際、職員全員があいさつしてくれるアットホームさに親しみを覚えたこと。介護福祉士、社会福祉士、精神保健福祉士

(右)圓角佳苗さん/元気会横浜病院 理事 採用担当
出版社勤務を経て2007年横浜元気会入社。編集者としての経験を生かして、「医療や介護が、ネガティブなイメージで捉えられがちだが、現場ではこんなにキラキラしている人たちがいる。その姿をもっと発信していきたい」と語る

病棟のワンフロアがまるまる実習スペース
専任講師がフォローする新人研修

▲病棟のワンフロアをまるまる実習スペースとして確保。電動ベッドや寝具、衣類、車いすなど、病棟で使用している物品をそろえている
(圓角) 経験・未経験にかかわらず、横浜病院に入社するとまず全員、この“介護開発室”に配属されます。そして新卒なら約3カ月間、横浜病院のケアの考え方や、介護技術を学んでから現場に配属となります。横浜病院は療養型医療施設ですから、在宅や専門職の少ない施設では介護が難しい重度の患者さまも多い。医療職との連携も欠かせません。うちでは理系から美大出身者まで幅広い人材を採用していますが、安心して仕事を始めてもらうための教育は必須。これまでに13期56人の卒業生を現場に送り出しました。

(峯﨑)3カ月の研修では、入浴介助や食事介助、膝のせトランスファーなど基本となる6つの技術や、ベッドサイドマナーなどを身につけます。座学と実技の授業で学んだことを、病棟で実践し、一日の最後に必ず振り返りを行うということを繰り返しながら学んでいくスタイルです。習得すべき技術については、着替えひとつをとっても複数の技術の組み合わせで成り立っているので、基本動作を細かく項目分けしてチェックできるようにしています。例えば、着替えなら、「上衣と下衣のどちらから着替えをするかご本人に確認したか」「身体状況に無理のない動作で行えたか」「服のしわをきれいに整えたか」といった具合。自動車運転免許の教習をイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。
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一人ひとりの成長が見える
工夫があちこちに

▲3カ月の研修期間中は必ず、一日の最後に振り返りを実施。気づきや学んだことをシートにまとめる。技術実習だけでなく、介護概論や、医療知識などの座学もある
(峯﨑)横浜病院では、ケアの技術レベルを3段階に設定しているのですが、入社3カ月後の卒業時に、レベル1の技術確認チェックをパスすることが目標です。技術確認では、例えば、「80代の女性。片まひのある患者さまの着替えと下着交換を行う」といった課題が出され、この一連の流れを目標時間内に的確に行えるかを見ていくことになります。この試験にパスすると、名札に★マークをひとつつけてもらえるんです。技術レベルがあがるごとに、クリアすべき課題がより複雑になっていくイメージですね。

(圓角)これらの技術チェック項目は、横浜病院オリジナルで作ってきたもの。教わる方も項目に落としてあると感情的にならないし、研修では、目標、目的を明確にして取り組むことを大切にしています。受講生一人ずつカルテもつくるんですよ。研修が終わったら配属先に渡して、次のスキルアップや、その社員への指導に生かしてもらうんです。

転職者の中には、「根拠のあるケアを身につけたかった」と、研修体制に魅力を感じて選んで来てくださる方が多い。見学にいらした学生さんや医療法人の方からは、病棟のワンフロアをまるまる研修のために確保していることや、教育研修のための専任のスタッフを置いていることなど、「ここまでとは思わなかった」と驚きの声をいただきますね。

選ばれる病院になるために。
ケアの質向上を目指して

(圓角) なぜここまで教育に力を入れるのか。“介護開発室”が発足したのは2011年(※)ですが、その数年前から、人材教育への取り組みは始まっていました。きっかけは、現理事長が就任した2006年、介護療養病棟を廃止する方針が決定したことです。当時、患者さまの約85%を介護療養の方が占めていたため、このまま漫然と高齢者医療をやっていてもダメだと。医療と介護サービスの質を上げ差別化を図ろうと改革に踏み切ったのです。

まず行ったのは、あいさつや掃除、フロアの整理整頓など、職員全員が参加して、職場環境や業務を見直す「環境整備」でした。やってみると、当時はフロアごとに資料の保管方法も用具の置き場所もバラバラで、業務の無駄やロス、さまざまな問題点が見えてくるようになったんです。例えば、医療職と介護職とのコミュニケーション不全などもそのひとつ。そこで、外部から講師を招き、あらためて介護技術の研修を行うことにしました。

しかし、こうした変革を嫌い辞めていく職員が多かったのも事実。そんな中、新卒採用の話が持ち上がり、ならば教育は不可欠と本格的に専門部署をつくることになったのです。

※2011年に共育事業部として発足、2013年に介護開発室へ名称変更
▲「私たちは患者さまの時間をいただいている。技術を上げることで時間を短縮できれば、限られた時間を有効に使っていただける」。研修を一緒に作り上げてきた講師の先生の言葉をいまも胸に刻んでいると圓角さん

オリジナルの視点を加えて
技術を磨くことで結果がついてきた

(圓角) そのときの新卒採用一期生であり、共育事業部(現介護開発室)の一期生となったのが峯﨑です。

(峯﨑) 入社当時は病院全体が変革期で、介護技術も変わるぞというとき。ポジショニングクッションの導入を始めたときなど、外部講師、理事長、看護師らと一緒に患者さまのところへ行き、フィッティングのアシスタントとして初期の段階から関わらせてもらうなど、新しい取り組みができることが楽しかったですね。

(圓角) まさに講師とスタッフみんなで、横浜病院の新しい技術を一緒につくってきた時期でした。いろいろな施設へ見学にも行きましたね。ケアの技術が確立するに従って、実際にじょくそうの治癒率が上がったり、患者さまがそれまでできなかったことをご自分でできるようになったりと成果が数値にも表れたこともモチベーションにつながりました。

(峯﨑) 介護開発室の専任になったのは2年目の秋。介護開発室を立ち上げた主任の下で副主任としてスタートし、1年後に主任を任されました。現在は、こうして作り上げてきた技術を柱にした新入社員の受け入れ・研修、配属後のフォロー、技術確認試験の実施、外部講師を招いての研修のアレンジなど、研修計画全体を任されています。
▲「患者さまは360度私たちを見ている。入社後の研修で実感し、いまでも大切に思っていることです」と峯﨑さん

科学的根拠のあるケアを
追求していきたい

(峯﨑)先日、介護開発室の発足から現在までの取り組みについて、学会で発表する機会をいただいたのですが、皆さんたいへん興味関心を持ってくださいました。一方、課題として見えてきたのは、技術評価をするスタッフの育成です。患者さまの状態が違えば、課題や技術も異なります。評価者によってバラつきがでないようにすることが目標です。

介護技術のさらなるブラッシュアップにも取り組んでいきます。既存の技術にプラスして、最近現場で多く見られる患者さまの状態に合わせてやり方を変えたり、マニュアルで使う言葉や伝え方を変えたりといった見直しは随時行っています。いまは自分を含めた7人の介護主任が、月に一度定期的に集まって問題点を話し合い、技術を見直す時間をとっています。

技術を見直すときは、人間の生物学的な背景や、動線もどういう動線が楽なのかといった科学的な根拠に加えて、自分がされたらどう感じるのか、実際にやってみたときにどういうところに負担がかかるのかなど体感して考えていきます。こうして作り上げていった技術は横浜病院オリジナルのもの。スタッフ全員が統一してできるようにしていきたいですね。
▲新たなポジショニングクッションについてのミーティング場面。医師、看護師、OT・PT、介護職が顔をそろえ、専門家の立場からフラットに意見交換が行われる

医療と介護、
両方が分かるキーマンとして

▲現在の介護開発室のメンバー&卒業生と。「スタッフが配属先で患者さまと向き合って仕事をしている姿を見ると、あのとき一緒に練習してよかったなとやりがいを感じます」と峯﨑さん
(圓角) 2025年に向けて、介護をする人材が足りないという課題もありますが、正しい介護を教えられる人材が足りないということも業界全体の課題です。そこで、横浜病院のスタッフには人を育てられる人材になってほしいと思っています。

今後、療養型医療施設としてだけでなく、地域包括ケアの中の一員としてどう機能していくのかを考えたとき、在宅医療や介護施設とのつながりを強化していくことは間違いありません。そのときに、介護開発室の取り組みは大きな力になると思っています。

例えば、他の介護施設に出向いて技術交流を深めるとか、地域の高校・中学校へ行って地域の方を啓蒙していくような活動もあるでしょう。介護だけ、医療だけでは、解決しない時代が来ています。その中で、私たちは、医療と介護、両方のリソースを持っていて、連携の在り方も試行錯誤しながらやっと現在のかたちになってきた。

ケアキャストの中にも、介護開発室の仕事をしたいと目標にしてくれているスタッフも育ってきました。それぞれが自信を持ってケアに向き合えるようにするだけでなく、技術を向上することで、外部講師として活動するなどのキャリアの幅も広げていきたいですね。
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文: 鹿庭 由紀子
写真: 平山 諭
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