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ヘルプマン

2016.05.17 UP

ITで介護はもっと進化する 業界を支える「ヘルプマンのヘルプマン」

2010年に介護事業者のIT化を支援する株式会社ビーブリッドを設立し、「介護×IT」の分野では第一人者といわれる竹下康平さん。2016年1月からは一般社団法人介護離職防止対策促進機構の理事も務めるなど、誰よりも介護現場に近いところで、ITと介護の共存のために尽力。もともとはエンジニアとして多くの人に知られるようなプロダクトの開発にも関わった経験を持つ彼に、いまの「介護×IT」が抱える課題や、今後の可能性について伺った。

仕事を通じた社会貢献を目指し
介護業界に飛び込んだ元エンジニア

「システムエンジニアとしていろいろな仕事を経験する中で、『自分の仕事は世の中の役に立っているのか?』と疑問を感じる時期があったんです。そんなときに、とあるホールディングスカンパニーがIT戦略室の人材を募集しているのを知りました。社会貢献ビジネスの一環で介護施設の運営も行っていて、やりがいがありそうだと興味を持ったわけです」

2007年より介護業界に関わるようになったきっかけについて、このように振り返る竹下さん。実際に介護施設に足を運ぶうちに痛切に感じたのは、「恐ろしくアナログな業界である」ということだった。

「私が得意としてきたエンジニアリングの仕事は、積み木を積み上げるように一歩踏めばきちんと一歩進む、着実にものが出来上がっていく仕事です。ところが介護業界はそうじゃない。スタッフのITリテラシーの問題もありますが、対人援助サービスという事もあり、根本的にITの必要性を感じていない業界でした。だからシステムを導入したり、PCや家電などデジタルグッズを業務で活用することに対して抵抗がある。かえって余計な手間が増えるんじゃないか、そんなふうに考えている人がほとんどでした。」

当時は、系列の9割ほどの介護事業所はIT化への関心が低く、他業界に比べても圧倒的に遅れていたという。そんな中で、IT戦略室に在籍していた竹下さんは、系列の施設に対するシステムの導入、ツールや仕組みの入れ替えなどを業界で先駆けて進めていった。結果、セキュリティ面の強化や生産性の向上、多少のコストダウンなどが実現。それなりに手応えを感じることとなった。

「しかし、リーマンショックの影響で事業縮小が決まってしまって。その後は転職してしまうのですが、当時関わった介護施設のことが心配で、常に気がかりでした。彼らはパソコンが1台壊れてしまうだけでも、きっと困ってしまうんです。他に頼めるところがないことは分かっていましたし、自分の中でもやり残した感が強かった。それら全ての思いがリンクし、ビーブリッドの設立を思い立ったのです」▲エンジニア時代には、テレビ電話機能付き携帯電話(FOMA)の初号機や、某オークションサイトのシステム開発などに携わった経験を持つ竹下さん。異業界を経てエンジニアになったからこそ、「分からない人の気持ち」で考えられるという

ビジネスとITをブリッジして
唯一無二のポジションを担う

ビーブリッドが行っている事業は、唯一無二のものだ。メインとなるのは、介護・福祉・医療業界に特化したサポートサービス「ほむさぽ」の運営である。

「パソコンが壊れた、エクセルの罫線が引けない、新しいソフトやシステムを導入したい、業者から取得した見積もりが適切なものか相談したい、情報漏洩のリスクは大丈夫か調べてほしい……こうしたありとあらゆる困りごとについて、問い合わせがあれば対応しています。介護事業者の多くは、そういう技術的なことが苦手ですし、目の前のご利用者さんのことを最優先で考えるため、他のことを考える暇もないわけです。でも、事業者としての最低限の責任として、情報管理を含めた技術的なこともやらなければいけない。そこで、コンピューターを使うことで発生するさまざまな面倒なことを、うちが一手にサポートしています」

ビーブリッドという社名は「ビジネスとITをブリッジする」が由来だ。技術の進化で介護のあり方が変わるのは間違いないからこそ、あえて変数的な意味も込めた「ビジネス」とし、「自分たちがビジネスとITの仲立ちをしよう」というスタンスを社名に込めた。

実は、「ほむさぽ」を含め、ビーブリッドと同じ事業を行っている会社は一つもない。これは強みである一方で、大きな苦労でもあるという。

「競合がいないため、周りからは『本当に必要なの?』というふうに見られるんです(笑)。だから、『なぜこのビジネスが必要か』から説明しないといけません。正直いうと、誰もやっていないのは、面倒だし大変だし地道な仕事だからだと思います。でも、本当の意味で介護の現場にITを根付かせるためには必要なビジネスですし、社会的な意義は大きいと思っています」▲現在の社員数は7名で、一人が10〜20の事業者をメインで担当。社内ではきちんと情報共有し、どんな些細な困りごとに対しても素早い対応ができるよう態勢を整えている

介護事業者にはITの推進を
エンジニアには仕事のやりがいを

竹下さんがビーブリッド設立にあたり意図したことが2つある。1つ目が、「介護事業のIT化を進めること」。システムやITツールを活用して、介護職員が事務作業ではなくケアそのものに十分な時間を割けるようにしたいという思いがあった。そして2つ目は、「エンジニアに対して社会的な貢献のできる仕事があることを伝えること」だった。

「介護の仕事も大変ですが、エンジニアの仕事も相当疲弊します。自分が何のためにその仕事をしているのか、分からなくなるときがある。だけど、何かしら人のためになっているという確信が持てれば、それが仕事をする上での背骨となり、報酬ではない『やりがい』につながるはずです」

現場に足を運べば、介護職員が笑顔で迎え入れてくれたり、お互いの仕事をねぎらい合ったりする場面は多いそうだ。そこには、ものすごく分かりやすい「貢献感」があるという。そして、目の前で繰り広げられている介護業務は、明らかに社会的意義があるものであり、そういう人を支援できる仕事に携わることは、何よりの誇りになる。

「ヘルプマンのヘルプマンも、ヘルプマンなんです。実際に介護業務に携わっていなくても、その周辺からヘルプマンを応援する。そんな僕たちもヘルプマンだと。漫画『ヘルプマン!!』作者のくさか里樹さんもすごく賛同してくれている言葉です。介護自体ができなくても、くさかさんは漫画を通じて、私はITや技術を通じて、ヘルプマンなんです」▲「ほむさぽ」の利用料は、主に事業所に設置されたパソコンの台数を基準として設定。利用者からは「何でも対応してくれるおかげでケアに注力できる」「連絡窓口が一本化され、電話一本で解決してくれるのでいつも助かっている」といった声が届いている

介護業界とITの間に入り
交流を加速させる仲立ち人に

介護現場の課題について、竹下さんは次のように語ってくれた。

「『介護×IT』というとイノベーティブなものを想像する人がほとんどだと思いますし、実際に多くの企業が商品開発に力を入れています。しかし現実は、介護とITはまったく交流していないのです」

つまり、介護の現場側には、ITに対する抵抗感や「どう使ったらいいのか分からない」という困惑がある。また、どんなに便利なシステムでも、使い方が分からなければ“無駄なもの”になる。そうなると、最終的に現場では「売りつけられた」というネガティブなイメージだけ残ってしまう事が少なくないという。

一方で、ITを提供しようとするメーカー側は、現場の本当のニーズがきちんと理解できていないことが多いので、商品が思ったように売れない。どんなに良いものを作ったとしても、現場からしたら「押し売りする人たち」という認識で一括りにされてしまっている。

「だから、私たちのような『仲立ち人』が必要なんです。メーカーさんには、介護業界をよくするためのいいプロダクトを持ってきてもらえるようにアドバイスする。逆に、メーカーさんに作ってもらったものは、メーカーさんに代わって介護施設に説明しますよと。無駄な仲介を省こうという他業界で見られる一般的な流れには完全に逆行していますね(笑)。でも、そういう人がいないと、『介護×IT』は一向に進まないと思います」

エンジニアと介護職員をつなぐ
交流イベントに奔走

そしてもう一つの課題といえるのが、人材の交流がないこと。ITはどの業界でも必要だからこそ、エンジニアの転職はあらゆる業界をまたいで活発に行われるのが一般的だ。しかし、介護業界をベースに転職活動をしようとしても、求人そのものがないのだという。

「私もエンジニアだったから分かりますが、異業界に転職しようとすれば、その業界のエンジニアが出てきて、共通の言語のもとで話ができるんです。何に困っていて、どういう仕組みが必要で、どんなソリューションが必要かを前向きかつ建設的に話せるのが当たり前です。しかし、現在の介護業界にエンジニアは皆無に等しい。よって、話そのものが噛み合わないのです」

そんな状況を懸念し、さまざまなイベントの企画や運営、アドバイスに奔走する竹下さん。先日は地方自治体に協力し、「ハッカソン」というイベントを推進。若手エンジニアと若手介護職員が合宿を行い、ディスカッションをした後、その場で介護向けのプロダクトを一緒に作るという試みだ。「お互いのことをよく知り、共同作業を行うことで起こる気付きや発見に期待した。エンジニアの行き来につながるに違いない」と竹下さんは手応えを感じている。

「今後も、人材交流をテーマにさまざまなイベントを計画しています。まずは若い人たちの間で、交流が進むようにいろいろな方法を考えていきたい。それが、本当に役に立つプロダクトの開発にもつながっていくと思います」▲「介護×IT」の現状を伝えるために企業や国・地方自治体との共同プロジェクトを行うことが増えている。写真は2016年2月に行われた「ITACHIBA会議」というセミナーイベントで、このときは業界外の人に向けて介護現場の現状について説明

技術の進化が介護の可能性を広げる
若者よ、もっとひらめこう!

超高齢社会を迎え、高齢者比率は年々上がっていく。「介護×IT」という視点で考えたときに、このタイミングはとても重要だと竹下さんは語る。

「少し前までは、やりたいことがあっても、技術的にもコスト的にも実現が困難なことが多かったんです。それが、ここ数年の技術の進化によって環境は一気に整備されつつあります。例えば、クラウドコンピューティングの普及によって、のコンピューター資源を安価で借りられるようになりました。スパコン同等の性能を有したものも存在するほどです。また、IoTやロボティクス分野の進化により、実現できるアイデアの可能性は飛躍的に拡大しているのです」

技術的に無理だから諦めるのではなく、「ないなら作ろう」という発想が、これからの介護を支えると竹下さんは熱く語る。

「完全にポジティブな話をすれば、いまは介護業界のアイデアだけでものが作れる時代です。だから、若者には、『もっとひらめこうよ』ということを伝えたい。ITにもっと興味を持って、もっと自分たちの仕事を助けてくれるツールとして、いろいろと考えてみてほしいんです。そのためになら、私みたいな40歳オーバーのエンジニアは喜んでお手伝いをしますよ。それが僕らの年代のミッションだと思っています」▲ビーブリッドの次の動きは、「ほむさぽ」に力を入れつつ、現場で拾い上げたさまざまなノウハウをメーカー向けに商材にしていくこと。なお、自社開発で製品を作ることはあえてしていない。あくまで仲立ち人でありたいという思いからだ

【文: 志村 江 写真: 平山 諭】

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