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ヘルプマン

2016.10.14 UP

訪問マッサージ業界の地位向上を目指し 働く人に「誇り」と「やりがい」を

全国的に訪問マッサージ事業を展開する株式会社フレアス。社長を務める澤登さんは、もともと個人起業で在宅マッサージ事業をスタートした人物だ。現在、その拠点を全国各地に広げ、36都道府県に、訪問マッサージ84カ所、訪問看護ステーション8カ所(うち訪問介護、居宅併設1カ所)を展開。同社では、あえてフランチャイズ展開はせず、全てのスタッフを直接雇用している。在宅介護の現状に苦しむ人々を一人でも救うためにさらなる拠点増を目指す一方、訪問マッサージを「人の人生に向き合う誇りある仕事」として、スタッフの地位向上も目指すと語る澤登さんに、今後のビジョンについてお話を伺った。

自宅開業からのスタート
「ありがとう」がエネルギーの源に

澤登さんが訪問マッサージ事業にて起業したのは、2000年のことだ。20代の頃に中国で東洋医学を学び、その後、日本で鍼灸師の免許を取得。マッサージ師として治療院に勤めたが、ドクターとして活躍できる中国との違いや、給料も安い日本の現状に大きなギャップを感じたという。

「初任給は10万円。“あん摩さん”と呼ばれ、業界での立ち位置も低いことに疑問を感じていましたね。その後、医療保険を利用できる訪問マッサージの存在を知り、『高齢者の方を助け、誇りを持って仕事ができる』と感じて開業を決意しました。当初は、山梨県にある実家の一室を使い、手作りのチラシを配っていたような、非常に小規模な形でのスタートでした」

次第に評判は広まり、多くの患者の治療を手掛けていくが、そこでもらう「ありがとう」の言葉が自身のエネルギーの源に。例えば、寝たきりの80代の夫を抱え、老老介護をする70代の女性。澤登さんが訪問した当初は、3時間おきに起きて夫に寝返りを打たせる日々に疲弊し切っていたという。

「2カ月の治療を経て、ご主人が自分で寝返りを打てるようになったとき、『ようやく、ぐっすり眠れるようになった。あなたのおかげだよ、ありがとう』と。その後、女性の夫が亡くなられ、お葬式に出席したときには、『夫の介護で疲れていたころはよくケンカをしたけれど、寝返りを自分で打てるようになってからは、二人とも穏やかな時間を過ごせた。本当にありがとう』と、涙を流してお礼を言ってくれました。実は僕自身、幼少期から体が弱く、学生時代にはいじめに遭って不登校になり、引きこもり生活をしていた人間だったんです。そんな僕が、これほど人に喜んでもらえる存在になれたことが本当にうれしくて。人生で初めてがむしゃらにがんばろうと思いました」▲幼少期から体が弱く、東洋医学によって完治したことをきっかけにマッサージや東洋医学に興味を持つ澤登さん。中国留学で学んだ技術・知識を訪問マッサージにも活用している

訪問マッサージは「治す」医療と違い、
「生活や尊厳を支える」ための医療

訪問マッサージは、一般のマッサージとはその目的が大きく違い、主に「関節拘縮(こうしゅく)」(※1)に悩む患者を対象とするものだという。

「例えば、脳梗塞などで麻痺が起きれば、そのまま関節が固まって手足を動かすことができなくなるケースも多いですし、顎の筋肉が固まってしまえば、唾液を飲み込むこともできなくなります。高齢者が亡くなる理由の7〜8割は、『誤嚥性肺炎』(※2)に関係しているとされていますが、これは正しく飲み込めなかった唾液や食物などが肺に流れ込んだことで、細菌に感染して引き起こされるものです」

固まってしまった関節に対し、筋肉や腱を通じてアプローチする訪問マッサージは、運動機能の訓練や、関節の可動域の拡大、痛みを軽減するための疼痛(とうつう)管理などに役立つという。

「若い人、健康な人からすれば、想像もつかない状態になります。治療の中で、『人間はこんな状態になっても生きなければならないのか』という衝撃を何度も受けました。肉体的につらい状態が続けば、本人の性格も本来のものとは変わってしまい、家族も参ってしまうのです」

しかし、麻痺をすべて治すことはできなくても、悩みのいくつかを取り去れば、人は前向きになり、希望を持てる。パーキンソン病や、膝の関節が曲がらなくなってしまった患者などの治療にあたる中、澤登さんはこの仕事の真の意義を見出したという。

「痛み止めを飲まなくても眠れるようになった、座れるようになったなど、本来当たり前だったはずのことができるようになるだけで、どの患者さんも心から喜び、家族も笑顔に変わります。人間とは、どんなときでも希望を持つことができる。僕らの仕事は完治を目指す医療とは違い、『小さな希望の灯をともし、その人の生活や尊厳を支えるためにある医療なのだ』と考えるようになりました」

※1「関節拘縮」(かんせつこうしゅく)とは、関節の可動域が制限され,曲げたり伸ばすなどが困難になる状態。
※2「誤嚥性肺炎」(ごえんせいはいえん)とは、食べ物や唾液などが食道ではなく気管に入って肺に流れ込み、細菌が繁殖することで起こる肺炎。▲訪問マッサージの技術を動画にし、社員にも共有。腰痛で寝たきりになり、膝関節が曲がらなくなってしまう高齢者もいたが、治療を重ねた結果、座れるまでに機能が回復した

目指すは「医療難民ゼロ」
フランチャイズ化はせず全国展開へ

澤登さんが全国展開を目指すきっかけとなったのは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病に冒された女性との出会いだった。

「体中の筋肉が次第に動かなくなる原因不明の難病で、まだ小学生のお子さんがいる年齢でありながら、話すことも体を動かすこともできなくなっていた方でした。半年、1年とマッサージ治療を続けたある日、彼女はなんとか動かすことができた足で、ゆっくりと『ありがとう』という文字を書いてくれたのです。その言葉は僕の胸にズシンと響き、治療を終えて車に戻ってから号泣してしまいました。このとき、『やるならトコトンまでやろう』と決意したのです」

「もっと多くの人々を助けたい」との思いから、全国各地にいる友人・知人に声を掛け、賛同してくれる仲間に自分の技術を共有する形で、まずは福岡、沖縄、金沢に拠点を展開。そして、さらなる転機が訪れる。

「金沢の拠点で年配の女性を治療したとき、『先に逝ってしまったおじいさんの“痛い、痛い”という声が耳に残っている。あのとき、あなたが治療してくれていたなら』と言われました。いまのスピード感ではとても間に合わないと痛感しましたね」

本気で「医療難民ゼロ」の世界を目指す決意を固めたものの、友人・知人を頼りに拠点を展開するには限界がある。名もない自分が人材を募っても集まらないだろうと考えた澤登さんは、ある行動に出た。当時、日本で最もテナント料金が高く、注目されていた横浜市にあるオフィスビル、ランドマークタワーに拠点を構えたのだ。

「ランドマークタワーの中でも最も家賃の安い一室を借りましたが、おかげで知名度は上がり、求人への応募総数は10倍以上にも伸びたのです」

これにより、拠点数は一気に5から20に。その後も順調に拡大し、現在では東京も含め、訪問マッサージ事業で全国84拠点、訪問看護で8拠点を展開するまでに至った。▲現場における患者とのふれあいのエピソードなど、いい話を集めて表彰する社内コンテストを開催し、「フレアス通信」に掲載。選に漏れた事例も、社長メルマガとして週に2度配信。現場に光を当て、価値観を共有する試みだ

毎年100人を正社員採用し、
年間1億円を投じて人材を教育

澤登さんは、スピード感ある拠点展開とともに、サービスの質を担保するための人材教育にも注力する。毎年100人の施術スタッフを基本的に正社員として採用し、入社後は3カ月もの時間をかけて教育・研修を実施。その費用は一人あたり100万円程度で、年間1億円という巨費を投じている。

「日本全国津々浦々、一人でも多くの患者さんに質の高いサービスを届けるためにも教育費用は惜しみません。訪問マッサージは、1年で利用者の半分が入れ替わります。私たちの仕事は、終末医療や命に向き合う現場に立ち、本人や家族と向き合い、施術だけでなく精神的な面まで支えていくことも求められるのです」

3割は新卒採用としているが、はり、灸、マッサージの専門学校卒業生が対象のため、世代は20代から50代まで幅広い。教育において最も注力するのは、“マインドの共有”だ。

「資格を取得しただけの人材はペーパードライバーのようなものです。支える医療に携わるなら、技術はもちろん、熱いマインドもなくてはならない。だからこそ、入社した時点で、『人として何が正しいのか』という根底に持つべき姿勢をしっかりと学んでもらい、また、『常に周囲に感謝の気持ちを持ち、助け合っていく精神』を徹底的に理解してもらうことからスタートしています」

また、視覚障害者も積極的に雇用し、社員の1割を占めるという。訪問宅までのドライバーにはシルバー人材を雇用するなどの試みも行っている。

「現在、東北地域でエリア長として活躍しているのは、元は大工で視覚障害のある青年です。『自分の家を持つという夢を諦めていたけれど、この仕事に就いたおかげで夢を叶えることができた』と言ってくれました。健常者や働き盛りの層だけでなく、すべての人々が誇りとやりがいを持って働ける社会をつくることも僕の目標なんです」▲訪問マッサージ業界全体の技術を底上げするために、マッサージ技術の勉強会や講演会なども開催。自らの技術を体系化した『今すぐ始めたい人の在宅マッサージ入門』(医道の日本社刊)も出版

2025年問題を目前にした介護業界。
地位の向上と未来的な労働環境を目指す

現在、介護業界が抱える目下の課題は、団塊の世代が後期高齢者に到達する「2025年問題」にあり、圧倒的な人材不足をどう補うのかが注目されている。

「後期高齢者の場合、元気なままで亡くなる人は全体のたった1割。介護の問題は誰しもに訪れます。しかし、専門学校の卒業生で訪問マッサージの道に進む人は非常に少ない。また、医療保険を不正利用する悪質な業者が摘発されることも多く、業界全体のイメージダウンを招いています。業界の信頼度と認知度を高め、地位を向上させなければならないと考えています。そのため、東北大学をはじめとする大学機関の教授や研究者と協力し合い、鍼灸マッサージの効果を科学的に検証する学術論文の発表なども行っています」

また、働き方や労働環境の向上についても、現在、業務報告などの効率化を図るシステム環境の構築を進めている最中だという。

「正社員全員には、iPadと携帯電話を配布しており、自社システムも2016年12月に導入予定で、業務効率を2割向上できると見込んでいます。また、2020年には自動運転のできるグーグルカーも導入したいと思っています。訪問介護の世界では、運転時間も多いため、自動化して事務作業に充てる体制をつくり、将来的には週休3日の労働環境を目指します。ITと介護を掛け合わせた未来的な働き方って、面白いですよね!」

ITを活用して仕事のやり方を変革し、課題を解決するための仕組みづくりに奔走する澤登さんは、「現状から目を逸らさず、希望を持って主体的にコミットすることが、すべてをよい方向に転じさせる力になる」と考える。そして、質の高い日本の介護を世界に広げていきたい、という思いも語ってくれた。

意外にもまだ知らない人も多い訪問マッサージ業界。2025年には後期高齢者が2000万人を超えると言われる中、その役割と可能性は、ますます広がっていきそうだ。

【文: 上野真理子 写真: 刑部友康】

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