ヘルプマン
「僕らは豚を育て、加工し、販売しているけれど、これは新しい福祉の実践なんです」。そう話すのは、「恋する豚研究所」代表の飯田大輔さん。グループで養豚から豚肉の精肉加工、ハムづくりなどを手掛ける。農業と福祉を結びつけ、トップクリエイターと協働しているため、一見福祉の取り組みであることには気付かない。飯田さんによれば、農業や商店街の衰退など、地域の課題と福祉は「すべてがつながっている」。“介護”や“農業”という枠組みを軽々と超え、“地域をケアする”という発想で人をつないでいく飯田さんに、これからの福祉(ケア)の可能性を伺いました。
プロフィール紹介
1978年生まれ。東京農業大学農学部卒業。千葉大学大学院人文社会科学研究科博士前期課程修了。36歳。農業を志すが大学3年生のときに親が相次いで病死。母親が設立準備をしていた社会福祉法人の後継を親族会議でのくじ引きで決めることになり、引き当てる。母親の兄である養豚家の在田正則氏が社会福祉法人福祉楽団の理事長に就任し、2003年から介護の現場を任された。2012年に株式会社恋する豚研究所を設立し、代表取締役就任。福祉楽団では、常務理事を務める。

福祉を売りにも言い訳にもしない

恋する豚研究所は、豚肉やハム、ソーセージを販売する会社で、2012年2月9日(肉の日)に立ち上げました。販売する商品は、僕が常務理事を務める社会福祉法人福祉楽団の就労継続支援A型という福祉事業のかたちで、障がいのある人たちによって製造されます。販売会社を立ち上げた理由は、福祉を売りにも言い訳にもしないで、高品質なブランドとして売っていこうと決意したから。

こうすることで、都内の高級スーパーで恋する豚研究所の商品を買ってくれる人は、日々の買い物で意識しなくても福祉を支える行動をしていることになる。これが、真のノーマライゼーション(※)だと僕は思います。加工工場に併設している食堂では恋する豚の「しゃぶしゃぶ定食」などを提供していて、ランチタイムはいつも満員。ここも「福祉」という看板はどこにも掲げていないので、お客さんは誰も福祉施設だとは気付きません。

そもそも福祉施設で働く障がいのある人の給料は全国平均で月給2万円弱にとどまり、とても自立できる水準にありません。福祉作業所で行っていることといえば、なぜか全国どこでも判を押したようにパン、ジャム、クッキーづくり。しかも多くの場合、「また買いたい!」と思えるものは少ない。

これでは付加価値がないし、きちんとした給料も払えるようにはならないでしょう。僕らは、障がいのある人に月10万円の給料を支払える仕組みをつくりたい。これは至難の業ですが、地元の産業である養豚業を生かし、クリエイターと協働していくことで、ヒントが得られると思っています。

※ノーマライゼーション:障がい者と健常者が区別されることなく、社会生活を共にするのが正常なことであり、本来の望ましい姿であるとする考え方のこと。
「恋する豚研究所の『恋する』というのは、『豚に恋する』んじゃなくて『豚が恋する』イメージ。恋をすれば、健やかでおいしい豚が育つんじゃないかと思っています」(飯田さん)
工場の2階にある「恋する豚研究所」の食堂。恋する豚の味が伝わるメニューのみを提供する
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お互いを気にかけ合う仕組みをつくる

「恋する豚」もそのひとつですが、僕は、これからの福祉には、障害者福祉とか高齢者福祉といった制度の枠を超えて、「この地域に何が必要か」を考え、“地域をケア”していくという発想が求められていると思います。

たとえば、福祉楽団は2013年、「多古新町ハウス」という地域の在宅福祉拠点施設をつくりました。
ここでは、高齢者のデイサービス、ショートステイのほかに、訪問介護や子ども向けのデイサービスなど、地域の在宅ケアを支えるサービスを複合的に提供しています。

また、デイサービスの窓越しに見える場所には、経済的な理由で学習塾に行けない子どもたちに無料で学習支援を行う目的で「寺子屋」を併設しており、連日、近所の子どもたちが集まってきます。学校を退職した元教員を講師として、経済的なゆとりのない家庭の子どもたちとマッチングすることで、所得格差が教育格差を生んでいる現実を、少しでも解消できる仕組みをつくる。これも新しい福祉のかたちのひとつです。

地域のコモンズ(共有される空間)をめざす多古新町ハウスにも「福祉」の看板はありません。
建物正面のテラスは、見た目には外で遊ぶ小学生のたまり場や買い物帰りの地域の人の団らんの場となっていますが、お互いを気にかけ合うことで、まさにケアの機能を果たしています。誰が来てもいいし、誰がそこにいてもいい。それがこれからの福祉施設の姿だと思います。
多古新町ハウスの寺子屋は地元の子どもがいつでも利用でき、高校生らが集う。介護職員が、近所の元教師のボランティアと子どもたちとをマッチングする
写真右側が高齢者向けのデイサービス、左側が子どものデイサービス。子どもとお年寄りが互いを身近に感じながら過ごしている

山をケアすることも人のケアになる

もう一つ、僕らが最近取り組んでいるのが里山プロジェクト。高齢化が進み、山の世話をする人がいなくなって、里山は荒廃しつつあります。そうなると山は真っ暗になり、誰も寄りつかなくなる。そこで僕らは里山の間伐や手入れを行って、間伐材を薪に加工し、それを燃料として活用しようとする取り組みを始めています。

間伐のやり方は高齢者に教えてもらいます。薪割りなど加工の作業は、少し工夫してやり方をシンプルにすれば、障がいのある人の仕事になります。地域に薪ストーブや薪ボイラが普及すれば、薪がエネルギーとして活用でき、電力消費も抑えられます。

規模は小さいかもしれませんが、高齢者や障がいのある人の「やりがい」を生み、エネルギーの循環の仕組みが地域でつくれて、山がきれいになる。何より、山がきれいになると、地域の人が笑顔になります。こうした取り組みだって、ケアの実践です。里山に入ると僕らはほっとして癒やされる。僕らも、山からケアされている。山をケアし、それが人のケアにもなる。福祉の仕事って本当に幅が広いんです。
広々として快適そのもののオフィスには、薪ストーブも設置されている

福祉職は地域のコーディネーター

これからの福祉職は、社会福祉法人の職員でありながらも、地域の御用聞きのような存在になっていくべきだと思います。自分の引き出しや地域のリソースを使って人と人をつなげ、身近な人々の生活を楽しくしていくことが期待されています。

例えば最近、僕のところに地域の農家から「落花生のペーストを作ってみたんだけど、どうやって売ったらいい?」という相談がありました。食べてみると、すごくおいしかったのですが、その人には商品をブランディングしたり、営業したりというノウハウがないので、僕がビンやラベルのデザインなど、商品化のお手伝いをしています。

なんだか営業代行のような仕事ですが、目的は地域の経済循環をつくり、コミュニティの暮らしを楽しくしていくことです。これもまさしく、ケアの実践なのです。人は誰もがケアを必要としていますし、誰かをケアすることができます。経済成長がそれほど見込めない社会においてはお金ではない「豊かさ」や「幸福感」が重要になってきます。

そうしたことを背景に、ケアを実践する福祉職には期待が高まっていますし、活躍していく機会も場所も広がっています。福祉職は、今後ますます地域にシェアされるような人材になっていかないといけません。
レストランのドアマンと。笑顔でおもてなしの心を忘れない

「形容詞の介護」を卒業したい

これからの福祉には、地域をケアする俯瞰的な見方が必要だと言いましたが、狭い意味でのケア、1対1の介護においても、科学的な視点と、クリエイティビティの視点の両面が重要だと考えています。

科学的な視点とは、一つひとつの介護行為に、生理学などの根拠をもって臨むということ。例えば“水分を補給する”という介護を行うには、体液の電解質濃度の知識や、消化管から水分が吸収される仕組みを理解していなければいけません。“換気する”という介護には、呼吸器のガス交換の仕組みや、拡散という物理学を頭に入れておく必要があります。これらは、万人共通の原理。「ただなんとなく」ではなく、科学的にきちんと説明ができる介護を実践していけば、自分たちの仕事が理解され、社会的な評価も上がっていくと思います。

もう一つは、クリエイティビティの視点です。これは、相手の個別性にどのように対応していくかという側面です。皮膚を清潔にするという点で、ケアが必要なのは共通していますが、お風呂の入り方、身体のどこから洗うのか、シャンプーは何を使うのかなどは、千差万別です。そうした個別性を見極め、尊重する介護の実現には、とても高度な創造性が求められます。その人らしい暮らしや、誰もが住みやすいコミュニティを実現するために、介護職の創造性への期待はさらに高まっていくと思います。

僕たちは、「やさしい介護」とか「あたたかい介護」といった「形容詞の介護」を卒業したいと思っています。やさしいことは大事なことですが、やさしさは人によって捉え方が違い、曖昧な概念です。介護の科学としての側面と、クリエイティビティとしての側面を理解し、それらをクロスさせながら実践していくことができれば、介護職はいま以上に自分の仕事に誇りややりがいが感じられるようになっていくと思います。

ヨソ者や若者が地域を面白くする

僕は、自分が働く施設の半径5キロメートルくらいの人々が、理不尽な理由で辛い思いをしないように、さらには、なんとなく幸せな生活を送ることのできる仕組みづくりに取り組んでいきたいと思っています。これはとても面白い仕事。介護×農業でも、介護×教育でも、介護×里山でも、思いついたら何でもやってみること。

福祉がみんなに必要とされるために、みんなが福祉施設に能動的に集まる仕掛けをつくったり、人と人をつないで地域の課題を解決する。そのためには、地域の価値を新たな視点で発見できるヨソ者や若者が地域にどんどん入っていくことが大事です。

ヨソ者が加わることで、クリエイティブな福祉のスパイスとなり、コミュニティが変化します。これからは社会のあらゆる場面が福祉の仕事につながっていき、遊びと仕事の境界も曖昧で、ごちゃまぜになっていくと思います。洋服を買っていても、テレビを見ていても、仕事につながっていく。海外とか遠くになんか行かなくたって、面白い取り組みをそれぞれの地元でも実現できる可能性が、日本中にころがっているんです。
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