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2019.04.23 UP
要介護の高齢者が有償で野菜栽培に取り組む 「仕事付き高齢者向け住宅」が生み出す可能性
年齢を重ね、自分にできることが少なくなると、人は徐々に自信を失い、消極的になっていく。そんなとき、社会とつながり、人の役に立てた経験は、再び前向きな気持ちを取り戻す力となる。役割を担う活動に報酬が伴えば、いっそう心身は活性化する。それを、介護付き有料老人ホームの入居者に「仕事」を担ってもらう形で実践しているのが、社会福祉法人伸こう福祉会だ。経済産業省の「健康寿命延伸産業創出推進事業」にも採択された、この「仕事付き高齢者向け住宅」の取り組みについて、伸こう福祉会本部・広報担当の荒川多恵子さんと、品質管理室の柿木景子さんにお話を伺った。
きっかけは、介護が必要になっても
「仕事をしたい」という高齢者の声
腰の高さに設えられた高床式ベッド(脚付きのプランター)で青々と育つ、ルッコラやフリルレタス。根元をつかんで引っ張ると、砂の栽培地からスッと根ごと抜ける。はさみで根を切り落とせば、収穫完了だ。かがむ必要もなければ、力も要らない。要介護の高齢者も簡単に取り組める畑仕事。それが、社会福祉法人伸こう福祉会が「仕事付き高齢者向け住宅」のプロジェクトで、入居者に提供している「仕事」の一つだ。
伸こう福祉会がこのプロジェクトに取り組むきっかけとなったのは、入居者の声だ。
「仕事をしたい」。日々の楽しみを増やそうと、運営する特別養護老人ホームでどんなアクティビティをしたいか尋ねたスタッフに対して、入居者から返ってきたのがこの答えだった。「レクリエーション」としてのアクティビティではなく、「仕事」を望む入居者。中等度以上の要介護状態になってもなお、働きたいという意欲を持つ人がいることを知り、伸こう福祉会の中で、「仕事」が意識されるようになった。
一方、有料老人ホームでは、一般に入居希望者が抱える金銭面での不安が入居へのハードルになる場合がある。入居者の収入につながる「仕事」がホームにあれば、そのハードルを下げ、さらには入居動機にもなり得るのではないか――。「仕事」を巡るこの2つの視点から、伸こう福祉会は、「仕事付き高齢者向け住宅」のプロジェクトに取り組むことにした。入居者が仕事を通して自分の生活を豊かにすることを目的としたこのプロジェクトは、2017、2018年度の経済産業省「健康寿命延伸産業創出推進事業」のモデル事業として採択された。
▲「仕事付き高齢者向け住宅」のプロジェクトで用意した仕事の一つが、ハウスでの畑仕事だ。Wi-Fiが設置され、水やりや温度管理もすべて遠隔操作できるので、農業初心者や高齢者も取り組みやすい
チャレンジを尻込みする入居者に
強めに「仕事」への参加を促す
モデル事業は、2017年12月、伸こう福祉会が運営する介護付き有料老人ホーム「クロスハート湘南台二番館」の入居者を対象にスタートした。冒頭で紹介した畑仕事と、保育の補助、施設内業務の3つを「仕事」として用意。入居者への説明会を開催し、参加を呼び掛けた。
しかし、声を掛けても入居者の多くが「自分なんて……」「今更もういいよ」と尻込みする。そこで、プロジェクトの立ち上げから担当として関わる、伸こう福祉会品質管理室の柿木景子さんは、アプローチの仕方を変えた。
「高齢の方は、新しいことにチャレンジするのをためらう気持ちが強いんですね。そこで、本当に『やりたくない』とおっしゃる方でない限り、最初はちょっとしつこいくらいに声を掛け続けました」
また、この人なら、と思う人に狙いを定めて声を掛けることもあったと、伸こう福祉会本部・広報の荒川多恵子さんは言う。
「元気なのにアクティビティに参加せず、部屋に引きこもりがちな方には意識して声を掛けました。『みんなで歌を歌ったりするのは嫌だ』とおっしゃって、輪に入りたい気持ちはあるのに入り切れない方など、『仕事』なら参加してくださるのではないかと思いましたから」
▲「仕事付き高齢者向け住宅」プロジェクトに最初から携わる柿木さんは、2017年度の新入職員。柔軟な発想で、このプロジェクトの推進役を担っている
▲荒川さんは、「仕事に取り組むことが、その方らしさを取り戻すことにつながっているように感じる」と言う
手掛けた「仕事」で人の役に立つ喜びが
生きがいや居場所を創出する
「仕事」の中心は、畑仕事だ。モデル事業でコンソーシアムを組む東レ建設株式会社が、「クロスハート湘南台二番館」から車で10分弱の土地に、高床式ベッドをズラリと並べた農業ハウス「トレファーム®」を整備。ここが、畑仕事の場となっている。
モデル事業の1期目は、2017年12月から2018年2月まで、9回の作業を実施。平均要介護度3弱の86歳から97歳までの13人が取り組み、このうち4~5人が週1回程度、定期的に活動した。収穫した野菜は、施設内で消費するほか、地元スーパーで場所を借りて2回販売。見事完売し、その収益を活動1回につき500円ずつ、分配金として参加者に支払った。
このスーパーでの販売は、参加者にとって非常に大きな体験となったと荒川さんは言う。
「最初、参加されたご入居者の皆さんは、本当に売れる野菜が作れるとは思っていらっしゃらなかったんです。ですから、スーパーで販売して売り切ったときには、『売れたんだよ!』『完売したんだよ!』と、ものすごく興奮して帰ってこられて。その喜びようは、大変なものでした」
「仕事」に取り組むことがただ楽しいだけでなく、それが人に買ってもらえるものを生み出している。人の役に立っている。そのことが参加者その人の生活を豊かにし、生きがいや居場所を創り出していることを、荒川さんは感じたという。
▲伸こう福祉会所有の土地に東レ建設が整備した、約27坪の「トレファーム®」。本来、この倍の広さで運営することで収支が合うのだが、伸こう福祉会としては宣伝効果などのメリットから、このハウスのみでの黒字化は必ずしも意図していないという
仕事への参加によって
夫婦で5万円程度の報酬に近づけたい
モデル事業2期目は、コンソーシアムにカゴメ株式会社が加わり、活動に参加する伸こう福祉会の施設も3施設に増やした。1期目とほぼ入れ替わった15人が参加し、その多くが、週1回ずつ畑仕事に取り組んだ。2期目は、2018年10月から2019年2月まで16回の作業を実施。定期的に活動する参加者が予想外に多いという「うれしい誤算」(柿木さん)で、2期目の分配金は1人1回300円となった。
2期目からカゴメが参加したことで新たに生まれた「仕事」が、企業向けの介護と健康セミナー、小学生対象の食育セミナーだ。
介護などのセミナーというと、多くの場合、講師が企業に出向いて開催する。しかし荒川さんはそうではなく、あえて伸こう福祉会の施設での開催にこだわり、トライアルでの開催を実現。今年1月、30代から50代の社員、約15人が「クロスハート湘南台二番館」を訪れた。
「介護が必要になって初めて施設を見るのではなく、まだ介護とは縁がない方たちにこそ、施設を訪れてほしかった。セミナーが、介護を知らない一般の方を受け入れる一つの入り口になればと考えました」
セミナー開催の際の入居者の「仕事」は、自身の健康作りについて語ったり、施設の中を案内したり、部屋を見せたりすることだ。小学生対象の食育セミナーでは、小学生たちと一緒に収穫体験を行った。トライアルでの開催のため、この「仕事」での報酬は図書券など。しかし、畑仕事と合わせて、いずれはある程度の報酬を得られるようにしたいと、荒川さんは考えている。
「生きがいや楽しみだけでは、アクティビティと同じになってしまいます。入居者の方がご自分で選択して取り組まれた仕事として、きちんと報酬をお支払いできるようにしたい。畑仕事に定期的に参加し、セミナーでも講師を務めていただくことで、夫婦で月5万円ぐらいの報酬にするのが目標です」
▲モデル事業1期目から、「仕事付き高齢者向け住宅」として活動してきた「クロスハート湘南台二番館」(神奈川県藤沢市)
畑仕事によって入居者同士の
コミュニケーション量がアップ
「仕事付き高齢者向け住宅」の活動は、続けるうちに参加者にも関わるスタッフにも変化をもたらすようになった。この活動は、2018年度の「神奈川ME-BYOリビングラボ実証事業」にも採択され、効果測定が行われている。現在検証中ではあるが、コミュニケーション量の増加という効果が見込まれている。実際、1期目から参加した黒柳元三さん(98歳)は、他の入居者との会話が増えたと語る。
「畑仕事をするまでは、エレベーターで人に会っても、どこの誰かも分からないのに、あいさつをしたり、話をしたりすることはできませんでした。でも畑に行くようになってからは、会えば天気のことや畑の野菜のことなど、いろいろ話をするようになりました。それは、畑仕事のおかげではないかと思います」
さらに、参加者の積極的な姿勢も見えるようになったと荒川さんは付け加える。
「収穫した野菜を、スーパーだけでなく中華街の店に卸してはどうか、参加者を増やすためにポスターを張ったらどうかなど、参加者の方からさまざまな提案をいただけたんです。作る野菜も、こちらが一方的に決めるのではなく、『次は何を作りましょうか』と相談を持ち掛けて一緒に決めていくようになりました」
▲モデル事業2期目から、収穫した野菜は近くの農家レストランに納品することとなった。コンテナ1箱1,000円。水洗いもパッキングも要らないため、ハウスから1~2週間に1回届けている。この日、参加者の黒柳さんから野菜を受け取ったレストラン店員は、「新鮮でおいしくてお客さんにも好評です」と笑顔で語った
「仕事」への取り組みの浸透で
施設スタッフの意識も変わってきた
一方、柿木さんは活動を通して、施設スタッフ側の変化を感じていた。柿木さん自身、プロジェクトを担当してみて、認知症を持つ人に対する思い込みがあったことに気付き、対応を改めたと語る。
「認知症を持つ方には、作業内容などをその都度伝える方がいいと考えていました。でも、アンケートをとったら、『その場その場の説明では、見通しが立たず分かりにくい』という声が多かったんです。それからは、ハウスに到着するとすぐホワイトボードに、『今日の収穫作業は何と何、何時までに終了』などと書くようにしました」
思い込みは、同様に施設スタッフにもあった。開始当初、入居者に「仕事」は難しい、無理ではないか、と考えるスタッフが多かったのだ。柿木さんはその意識を変えていくため、施設スタッフに入居者の特技を聞いて回ったり、スタッフが困っていることや手放せたら楽になると思っている業務はないかを聞き取ったりすることを心掛けた。
「スタッフに『仕事』に関心を持ってもらい、取り組みを浸透させて、畑仕事以外にももっと『仕事』を広げていきたいと考えたからです。当法人の理事長がよく『支える人と支えられる人の境目をグレーにする』と言うのですが、『仕事付き高齢者向け住宅』は、ご入居者とスタッフの境目をグレーにし、“一緒に暮らす人”にしていくポイントになるのではないかと思っています」
伸こう福祉会では、「仕事付き高齢者向け住宅」の取り組みを、2018年10月から「プロジェクト」から「委員会」に変えた。「感染予防委員会」など他の委員会活動と同様に、「仕事付き委員会」としてスタッフが中心になって動く仕組みにしたのだ。
「委員会にしてから、スタッフの意識が変わってきたのを感じます。私が施設にいると、スタッフから声を掛けてくれて、ご入居者の得意なことを教えてくれたり、畑仕事をしたいと言っている方がいると伝えてくれたりすることが多くなりました」(柿木さん)
▲その日の作業内容は、ホワイトボードに書くことにした
「仕事」を通じて、入居者について
知らなかった一面が見えることも
畑仕事以外の仕事として、施設内での植木への水やりや裁縫などがある。裁縫は、併設する保育所のスタッフなどが手放したいと考えていた業務の一つだ。裁縫が得意な入居者に任せてみると、認知症があり、普段「家に帰りたい」等と頻回に訴える女性がサッと針に糸を通し、誰よりも上手に雑巾を縫い上げて周囲を驚かせた。柿木さんは、そのときのことをこう語る。
「その方が、『私は毎年、浴衣を縫っていたのよ』と、誇らしげに話してくださったんです。皆、知らなかった!と、感心して聞いていました。『仕事』は、ご入居者のそうした知らなかった一面を見られるいい機会にもなると感じました」
入居者が「仕事」でできたことは、柿木さんが意識的に施設スタッフに伝えるようにした。すると、施設のケアマネジャーがそれを考慮したケアプランを立て、機能訓練の担当者が、「仕事」で求められる動きに役立つ訓練をしてくれるようになった。そんなふうに徐々に「仕事」への取り組みが施設に浸透し、連携も増えていった。
さまざまな成果が得られている「仕事付き高齢者向け住宅」の取り組み。今後は、入居者の趣味や特技を生かした仕事など、仕事の種類をもっと増やし、報酬を支払える体制を整えていくことが課題だ。幾つになっても、やりたいこと、できることに取り組み、お金を稼ぐことができる社会。伸こう福祉会の「仕事付き高齢者向け住宅」の取り組みの先には、そんな未来がありそうだ。
【文: 宮下公美子 写真: 刑部友康】