ヘルプマン
2018.07.18 UP
介護する側の家族を支えることで、虐待につながるプロセスを断ち切りたい——。介護の現場を経験した後、ソーシャルワーカーとして独立し、要介護者を抱える家族の悩みに寄り添う川内潤さん。2014年にはNPO法人となりのかいごを設立し、現在は、介護に関するセミナーの開催、介護離職防止のための企業向けアドバイス、企業の社員向け個人相談会などに取り組んでいる。いち介護職として一つひとつの現場を見つめてきた経験を生かして、“介護する側”と“される側”の双方に役立つ仕事へと活躍の場を広げ、2018年には自著も刊行。「介護に携わる人の新たなキャリア」を実現したともいえる彼に、これまでの軌跡と、いま実感しているやりがい、今後の目標についてお話を伺った。
一時的に車いす生活を経験したことで、
日本の介護・福祉に貢献したいと考えた
川内さんが介護に触れたのは、小学校3年生のころだ。当時、父が高齢者・障がい者に向けた訪問入浴サービス事業で介護業界に参入し、仕事に懸命に向き合う父の姿を近くで見ていたという。
「父はボランティア活動や社会貢献に関心があるタイプではなく、当時は、『なぜこの仕事を始めたんだろう』と不思議に思っていた程度でしたね。私自身が介護に興味を持ったのは、高校時代に器械体操の部活動で大きな怪我をしたことがきっかけです。一時的に車いす生活を送り、移動やトイレなどに苦労する中で、通りがかりの人に助けられ、『手を差し伸べてもらえることが、こんなにもありがたいものなのか』と実感しました」
その一方、エレベーターを待っていてもなかなか乗れないなどの場面も多くあり、「日本の社会は、障がい者が生活するにはまだまだ厳しい」と実感する。
「『日本は豊かな国であるはずなのに、福祉への意識が高いとはいえない。これが豊かさの結果なのか』と。そこに憤りを感じ、介護・福祉に貢献したいと思ったんです」
そこで川内さんは大学の社会福祉学科に進学し、当時、スタートしたばかりの介護保険制度についての研究を行った。在学中、IT広告代理店のインターンシップを通じて、「学生が老人ホームの紹介事業を立ち上げるプロジェクト」にも参加。卒業後はそのまま就職して事業化に携わったという。そんな川内さんが、介護・福祉の世界に本気で向き合おうと改めて考えるようになったのは、この次に転職した会社でのことだ。
「自分の可能性を介護以外の世界で試したいと考え、外資系のコンサルティング会社に転職しました。任されたのは経営難に陥った企業の再生で、人員削減のための解雇通告を担当することになりました。朝10時から夜中の3時まで猛烈に働き続けた結果、身も心も空っぽになり、『そもそも自分のしたいことは何だったのか』と。困っている人を助けたくて福祉を学んだのに、真逆のことをしている自分に矛盾を感じ、もう一度、原点に立ち返って介護・福祉の現場で一から学ぼうと決意しました」
▲「介護に悩む家族たちの相談を受けた後、『安心した』『気持ちが軽くなった』『やるべきことが見えた』などの言葉をもらう瞬間が、この仕事の一番のやりがい」と話す川内さん
訪問入浴サービスの現場で、
家族も虐待に苦しんでいると知った
外資系のコンサルティング会社を退社し、川内さんは、父親が経営する訪問入浴サービスで2年間の現場経験を積んだ。その後、認知症対応型デイサービスや老人ホーム事業を手掛ける社会福祉法人に転職し、さらに3年間、認知症利用者への介護を経験する。
「訪問入浴サービスのご利用者さんは要介護度の高い方がほとんどでした。このとき、介護離職に追い込まれた息子さんや、長引く介護生活の中で虐待に陥ってしまうご家族に出会ったんです。訪問した際に手を上げているケースもあれば、入浴時にあざや傷あとを見つけてしまうケースもありましたね。しかし、誰も望んで虐待に陥るわけではありません。献身的に介護を続けようと必死にがんばって、身も心もボロボロになった結果、愛情が憎しみに変わってしまったのです。家族もまた苦しんでいるという現実を知りました」
川内さんがその場にいられるのは、入浴サービスを提供する1時間程度だけ。虐待や喧嘩などの現場に遭遇しても、一時的に止めに入るだけでは根本的な解決にはつながらない。要介護者と家族、どちらもつらい状況を目の当たりにし、川内さんは何もできない自分に歯がゆさを感じるようになっていく。
「『一体、何のための専門職なのだろう』と痛感しました。介護保険制度はありますが、虐待に陥る構造をなくすことはできない。もはや制度の問題ではないと感じ、自分にできることはないかと考えるようになりました。そこで、まずは市民団体を立ち上げ、虐待を防ぐための問題提起をしていこうと思ったんです」
▲企業の依頼を受け、社員に向けた介護セミナーを開催。家族による介護の難しさや介護知識を伝える講座以外にも、ケアマネジャーや老人ホームの選び方など、実践的な講座も手掛ける
大手企業でセミナーを開催したことで、
介護知識のない家族の力になろうと決意
2008年、川内さんは市民団体となりのかいごを立ち上げて、虐待予防のフォーラムを開催する。地域包括支援センターの職員や、虐待の被害者を受け入れている介護施設の職員、虐待した経験を持つ家族などをゲストに招いて、虐待について考える場を作ることに。当時は、認知症対応型デイサービスの施設で働きながら、休日を利用して活動したという。
「フォーラムを開催しても単発で終わってしまうので、どう広めていけばいいのか悩みました。もっと集中して取り組むために、仕事にできればと思いましたが、この活動で食べていくことはとても無理。転機が訪れたのは、偶然参加した大手広告代理店の『非営利団体のための広報活動セミナー』でのことでした。懇親会で講師の方と話しているときに『家族が認知症になって苦労している』と相談されたんです。そこで、介護のプロとして、認知症の方への対応方法などの知識から、介護生活を少しでも楽しいものに変えるための考え方まで話したところ、『ためになるから、ぜひ会社でその話をしてほしい』と言われました」
これがきっかけで、大手広告代理店の社員に向けた、「認知症の親との付き合い方セミナー」を開催。質問でのやりとりの中で、多くの人が介護に対する知識を持っていないことを実感する。また、「親を老人ホームに入れたが、いまも兄弟に反対されている」「遠距離介護に疲弊している」など、すでに悩みを抱えているケースもあったという。
「大手企業でバリバリ働き、活躍している人でも、介護の知識を一切持たず、親の介護で疲弊していると知って驚きました。家族がすべてをやらねばならないと考え、介護のプロに頼るべき部分まで抱え込む人も多かった。また、ほとんどの方が『親が老いること』自体を受け入れることができていませんでしたね。尊敬していた親が変化していく中、かつての姿との落差に苦しむケースはよくあるもの。介護と育児を同じように考えてしまう人もいましたが、介護は子育てと違い、一生懸命に取り組めば何らかの成果を得られるわけではありません。現状を維持することが大事であり、劇的な改善は望めなくても当然です。介護業界では常識ですが、一般の方はそうした知識に触れる機会がないため、『こんなにがんばっているのに、なぜなのか』という苦しみを感じてしまう。こういう人たちこそ、追い詰められた末に手を上げる可能性があるのだと気付かされましたね」
このころ川内さんは、勤務する社会福祉法人で、虐待された高齢者の一時保護も行う老人ホーム事業を手掛ける部署に異動。保護された人々に接触する機会もあり、虚ろな目を見るたびに、「もはや家族との関係は修復不可能かもしれない。もっと手前で食い止められたなら」と痛感していた時期でもあったという。
「いまの時代、虐待の相談窓口も支援策もありますが、その手前のセーフティネットがありません。セミナーで一般の方々に触れたおかげで、『介護についてより深く知る機会を作れば、虐待につながる連鎖を断てる』と思いつきました。そこからは、知人の会社などに声を掛けて、無料で介護セミナーの開催を続けていきました。当初はコンテンツとしてブラッシュアップすることが目的でしたが、SNSなどで活動内容を発信していくうちに、いろんな企業から『介護離職防止のために、社内で講義をしてほしい』などの依頼が増えていきました」
仕事と並行する形で活動を続けられたのは、当時の勤務先の施設長が「ぜひ介護の知識を世の中に広めてほしい」と応援してくれたおかげだという。反響が増える中、「情報発信する立場として信頼されることが大事だ」と考えた川内さんは、2014年にNPO法人となりのかいごを設立。2017年には、専業化するために独立を果たした。
▲個別相談会の様子。「介護のために離職するのは間違いだと初めて気付けた」「介護生活に無理を感じていたのにやめられなかった。具体的に話を聞けたことで、考え方が整理できた」などの感想をもらうことも多いという
家族に寄り添いながら、客観的な視点で
“持続可能な介護”のアドバイスを行う
現在、川内さんは企業から依頼を受け、社員に向けた介護セミナーや個別相談会の開催を手掛けている。メーカーや広告代理店など、6社の顧問を務め、介護離職防止策や人事制度へのアドバイスなども行っている。
「直接介護の難しさや、プロに任せることの大切さを伝え、『介護生活が始まっても仕事を続けることが一番の親孝行』というメッセージを中心に発信しています。人はラインや期限を決めたがるものですが、介護は育児とは違っていつ終わるのか分からず、区切りをつけられるものでもありません。また、『介護を他人に任せるのは親不孝』という罪悪感を持つ人もまだまだ多いのです。だからこそ、客観的な視点で、介護される側とする側の双方に“快適な環境”を作ることが最も大事だと知ってもらえればと思います」
個別の相談に対しては、介護のプロとしての知識や視点をもとにして、ケースバイケースで、解決・改善につながるような具体的な回答をしているという。
「例えば、『介護中の親を夜中に何度もトイレに連れて行かねばならず、睡眠時間が足りなくて参っている』という相談を受けたときには、『要介護者の日中の活動が足りない、何らかの精神的不安を抱えている、などの可能性がある』と、想定できる原因についてまず伝えます。解決のためには、第三者の支援が必要なため、ケアマネジャーに相談すること、そして、ショートステイなどを利用し、家族の介護スイッチを一度オフにすることをお勧めしました。この方はそれを実行し、『どこで手放せばいいか分からなかったけれど、おかげで気持ちが楽になった』と言ってくれましたね」
この仕事のやりがいは、「本格的な介護が始まる前に支援できること」であり、悩みを抱える人たちが安心してくれる瞬間に大きな喜びを感じるのだそう。
「親の介護は、誰しも冷静になれなくて当たり前。私の仕事は、そんな家族の気持ちをくみ取りながら、介護のプロとして客観的な視点を提示し、より快適な環境を作るサポートをすることだと思っています。プロに頼るべきところは頼り、上手に介護生活をマネジメントし、それによって生まれた余力で、親子の絆が深まるようなコミュニケーションを取ってもらえればと。親の生き方や趣味などを把握しておけば、認知症が進んで本人の意思を確認できなくなったときにも、望みをかなえることができます。それこそが親孝行だと思いますし、介護で疲弊し、介護離職に追い込まれることは、親も望んでいないはずなのです」
▲2018年には、自著として、『もし明日、親が倒れても仕事を辞めずにすむ方法』(ポプラ社刊)を出版。介護に臨む前に知っておくべき考え方や、介護生活に必要となる具体的な知識を紹介している
市区町村にソーシャルワーカーを増やし、
地域全体で虐待を防いでいきたい
内閣府の調査によると、高齢社会が進むいまの時代、介護や看護を理由とした離職・転職者数は年間10万人を超えている。川内さんは「介護休暇などの制度を整えるだけでは、むしろ介護離職を進めることになる」と警鐘を鳴らす。
「介護休暇の制度を整える企業も増えましたが、制度や取得しやすい環境を作るだけでは意味がありません。制度を使って家族が直接介護する場合、休暇は当然足りなくなり、離職する人はさらに増えるでしょう。重要なのは、制度や環境の整備に加え、『介護に対する考え方』をしっかり発信していくこと。介護休暇は、家族の気持ちを整理したり、知識を得て今後の介護計画を立てるために使うべきものです。現在、企業とタッグを組んで、介護休暇を取得して仕事を継続できる支援も手掛けていますが、『どれだけのコストを掛けると介護離職を防げるのか』というデータを蓄積できれば、行政にも支援策の提案ができるようになると考えています。最終的には、市区町村単位でソーシャルワーカーとして働く人を増やし、地域全体で虐待をなくしていけるような環境を作ることが目標です」
介護の現場で経験を重ね、自分のやりたいことを形にした川内さんは、介護職の新たなキャリアを実現したともいえるだろう。そんな川内さんに、現在、介護職で働く人たちに向けてメッセージをもらった。
「目の前にいる要介護者を支えるためには、その家族までケアしていくことが必要であり、介護の仕事には常に想像力が求められます。私は現場で経験を培いながら、介護を受けている人やこれから受ける人のことを想像した結果、自分のやりたいこと、やるべきことが見え、いまの仕事にたどり着いたと感じています。介護現場での経験は必ず違う形でも生きるものであり、次のキャリアのステップにもつながるだけでなく、自分の家族の将来を考えることにも役立ちます。自分の仕事を信じ、誇りを持って未来につなげてほしいと思います」
【文: 上野真理子 写真: 刑部友康】