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ヘルプマン

2017.10.27 UP

全国優勝も果たしたパワーリフティングと、 介護の仕事経験から「高齢者向けジム」開設

全日本実業団パワーリフティング選手権大会で2009年・2010年と2連覇した経験を持つ安井篤史さん。競技内容は、スクワット・ベンチプレス・デッドリフト(BIG3)という三種目の合計挙上重量を競うものだ。現在、安井さんは「高齢者を元気にしたい!」と、高齢者向けの「シロクマ スクール」と一般向けの「シロクマ パワージム」を立ち上げ、日々指導を行っている。今回、バイタリティあふれる安井さんの幼少時代のお話からパワーリフティングを始めた経緯、介護業界に入ったきっかけ、シロクマでの活動内容などについてお話を伺った。

悪ガキ時代を経て、全日本実業団の
パワーリフティング大会2連覇を果たす

「昔からケンカばっかり。ほんと、悪ガキでしたね」と笑う安井さん。小さいころから身体は大きかったが当時は泣き虫少年。母親に柔道を勧められ、泣きながら練習に通っていたという。しかし、元来の努力家。コツコツと練習を重ねるうち、先輩を投げ飛ばせるまでに上達。それからはとにかく強くなりたい一心で、小学生から空手、格闘技、筋トレなど手当たり次第飛びついた。ウエイトトレーニングもそのひとつで、生まれて初めてバーベルを握ったのは中学生のときだ。

「20kgのシャフトがとにかく重かった。腕力は自信があったのに、何だろうなと。そのとき、初めてベンチプレスという競技があることを知ったんです」

数秒で勝負が決まるパワーリフティングの世界に魅かれ、20代はセキュリティ会社の営業として働きながら、独学でパワーリフティングの練習を重ねた。

34歳のとき、ベンチプレスの神様と呼ばれる岩崎輝雄先生と出会い、本格的にパワーリフティングの世界に身を投じる。

「自分は130㎏で限界を感じていたのですが、岩崎先生は20歳以上も年上なのに170kgをあぐらで軽々とあげる。『私にはパワーリフティングしかない。そのために仕事やめたから、いま夢職(むしょく)なんだ』と笑う岩崎さんにしびれましたね」

その後、岩崎先生の「君はチャンピオンになれる」という言葉を信じてトレーニングに励み、3年後には全日本実業団パワーリフティング選手権大会で2009年・2010年と2連覇した。

▲恩師の岩崎輝雄先生と安井さん。「当時は強くなりたくてひたすらトレーニングしていました」。岩崎先生はシロクマの名付け親でもあるそう

▲大会でスクワットに挑む安井さん

独立起業を目指すもトラブルで頓挫
知り合いの紹介から介護業界へ

病院や介護施設など幅広く事業を展開する医療法人伯鳳会に入所したのは、36歳のときだ。

「実は、そのころ勤めていたセキュリティ会社から独立起業しようと思っていたのですが、トラブルに遭い計画が頓挫してしまったんです。そんなとき、ベンチプレスの世界チャンピオンだった伯鳳会の理事長が、入所を勧めてくれました」

そのころ、祖母の死にも遭遇したという。

「ケンカに明け暮れていたころの僕にとって、祖父母はオアシスのような存在。僕の話をちゃんと聞いてくれて、心を癒やしてくれたのです。そんな祖母が脳内出血で倒れて、4日後に亡くなった。悲しくて泣いてばかりの日々でしたが、祖母への感謝の気持ちから、『高齢者が元気になるために何かしたい』と思うようになりました」

何も分からないまま、医療・介護業界で働き始めた安井さん。病院と専門外来クリニックの受付業務(夜勤含む)から始め、福祉用具貸与センターに配属されると福祉用具専門相談員の資格を取得。とにかく必死に介護補助の方法を学んだ。そんな日々の仕事ぶりが認められ、37歳で社会福祉法人大阪暁明館病院の総合地域チームリーダー兼福祉用具貸与センターの所長に抜擢されたという。

▲「赤穂はくほう会病院に勤めているころに祖母が亡くなったので、介護業界でしっかり勉強し、ゆくゆくはデイサービスをやりたいと漠然と思っていました」

「校長先生、新しい高齢者の学校を立ち上げてよ」
利用者の声に後押しされ、シロクマを設立

その後、ホームヘルパー2級(介護職員初任者研修)を取得し、39歳でデイサービス「おとなの学校」の此花校、福島校の校長(施設長)に就任する。

「学校形式で機能訓練や脳のトレーニングなどを行いますが、この学校で初めて認知症の方を含め、高齢者の方と向き合いました。僕はしゃべりが得意だったのですが、ここでは傾聴することの大切さも学び、コミュニケーション力を養うことができました」

しかし数年後、デイサービス「おとなの学校」は運営上の問題で閉校となる。そんなとき、利用者から「新しい高齢者の学校を立ち上げて」という声が上がり、ケアマネジャーからは「うちのビル使ってよ」という後押しがあった。そこで、発起した安井さんは、43歳でシロクマを設立。高齢者を対象とした「シロクマ スクール」、一般向けの「シロクマ パワージム」という2つの顏を持つトレーニングジムを作った。

「パワーリフティングは、『椅子から立ち上がる』など生活関連動作に直結する筋肉を鍛えることができますし、目に障害のある人でも挑戦できる。個人指導なら高齢者の方の状態に合わせた筋トレができます。そこに、デイサービスで培った脳トレの要素をプラスすることで、高齢者の方が楽しみながら筋力や頭を鍛えられる空間にしたいと思いました」

▲シロクマ スクール・シロクマ パワージム。「シロクマを介護保険適用外にしたのは、サービス内容にかかわらず、じっくりと高齢者に向き合いたかったから」と安井さん

高齢者の顏を見ながら、授業を展開
「自分も変われるんだ」を実感する

シロクマ スクールでは、「本気で高齢者を元気にさせる!」というスローガンを掲げた。生涯現役を目指す高齢者の「学びの場」「交流の場」でありたいという思いからだ。現在は水曜・土曜に開校し、69歳から93歳までの男性3名、女性5名が通っている。

「スクール」という名前通り、時間割も用意。午前中が座学、午後が筋トレという流れで、国語の時間には音読、算数の時間には制限時間内に計算問題を解くといったプログラムを行っている。午後からは体育ということで、スクワットや歩行練習、丸めた新聞等を使った握力強化など、高齢者の顏を見ながらのトレーニングが続く。

「身体のトレーニングでは、歩くのがしんどいという方にも手引きをし、声を掛けながら歩いてもらいます。利用者の方から『安井さんの声を聞くとやらんといかんね』と言っていただいたり、ご家族から『うちのおばあちゃん変わってきたよ!』と言っていただいたりすることが、この仕事の醍醐味ですね」

▲介護業界で働いた経験を生かし、自ら教材も作っている

▲現在、デイサービスからの依頼で、短時間のトレーニングなども実施している

パワーリフティングの日本記録を
塗り替えた76歳のスーパーウーマン

利用者の中には、驚くべき記録を出した女性がいる。今年3月からシロクマスクールとシロクマパワージムの両方に通う76歳の女性が、7月にパワーリフティングのデビュー戦に挑戦し日本記録を樹立したのだ。

「友達から、『母親が、スクワットで50kgあげたんです。大会出場を目指しているので本気で鍛えてください!』とお願いされたのが始まりです」

トレーニングを続ける中で、その女性は「私にはできない」と挫折しかけたことも。左足に痛みがあり、足を曲げるときに左足をかばう癖がついていたという。競技なら、しゃがみきれない場合は棄権扱いとなってしまう。

「『自分で限界を決めてないか』『もっと、左足ひいて』と声を掛けながら指導するうちに、めきめきと上達しました。80歳までに優勝できればと取り組んでいたのですが、7月には日本記録を塗り替えました(笑)。年齢に関係なく、強い気持ちがあれば自分を乗り越えられる、ということを学ばせてもらいましたね」

▲シロクマの経営理念。「世代の垣根を越えて、老若男女問わず、元気な心と体づくりのお手伝いに全力を尽くします」

アスリートのセカンドキャリアと
介護業界は、相性がいい

アスリートのセカンドキャリアとして、シロクマ スクール・シロクマ パワージムを立ち上げた安井さん。ご自身の経験を踏まえて、アスリートと介護の仕事との相性について伺った。

「相性がいいと思います。というのも、アスリートは“いばらの道”ですから、負けることもあるし、ケガに苦しむこともある。そこからモチベーションと身体を立て直すためには、心身ともに鍛えないといけない。挫折を味わい、乗り越えた経験がある人なら、人を助ける強さや、高齢者の気持ちに寄り添う優しさを持てると思うのです。技術面でも、パワーリフティングの場合は、生活関連動作に直結する部分を鍛えるので、介護予防のためのフィジカルトレーニングの指導者として、介護業界で活躍できると思います」

安井さん自身は現在、4年ぶりにパワーリフティングの本格的なトレーニングを再開し、アジア大会に挑戦するという。同時に、新たな取り組みも始めている。

「神戸市の山本ヨガ研究所とコラボして、一般の方向けに『アスリート・ヨガセミナー』を開催します。ヨガは、インナーの筋肉を鍛えて心をリフレッシュでき、パワーリフティングと組み合わせることで、相乗効果が期待できます。今後はこの取り組みを高齢者の施設スタッフや、フリーランスのインストラクター向けに拡大し、『高齢者を元気にする!』を全国に広めていきたいですね」

▲91歳の女性の筋トレ! パワーリフティングは生活に必要な筋肉を鍛えることができる

【文: 高村多見子 写真: 川谷信太郎】

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