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2017.05.19 UP

「介護レクリエーション」で現場を支援し、業界と企業、地域をつなぐ架け橋に BCC株式会社

介護業界で注目を集めている資格がある。介護の現場で行われるレクリエーションの専門知識やノウハウを学ぶ「レクリエーション介護士」だ。多くの介護施設でレクリエーションが日常的に行われているが、介護職員がその方法を習得する機会は少なかったという。BCC株式会社の代表・伊藤一彦さんはそこに着目し、高齢者と現場職員の双方を支援すべく、2014年にこの資格制度をスタートさせた。2017年4月現在、資格取得者数は1万5000人超だ。「質の高い介護レクリエーションを通じて、介護職員の地位向上と、地域で高齢者を支える社会を実現していきたい」と語る伊藤さんにお話を伺った。

認知症の利用者の笑顔から
レクリエーションの意義を実感

もともとIT関連の事業で起業した伊藤さんにとって、介護業界は未知の世界だったという。2012年、知人から高齢者用レクリエーション素材の無料ダウンロードサイト「介護レク広場」事業を引き継ぐことになり、介護の世界に踏み出すことになる。

「当時、すでに2万人の会員を擁するサイトでした。事業引き継ぎの話を受けたのは会社の創業10年という節目の時期で、かつ、大好きな祖父を亡くしたばかりのときでした。そこに運命的なものを感じたのです」

かつておじい様の元をよく訪ねていた伊藤さんは、おじい様が通うデイサービスのスタッフと接した際、「多くの男性利用者は会話が少なく、介護レクリエーション(以下、介護レク)にも参加してくれないため、困っている」という話を聞いたという。

「介護レクの存在を初めて知ったのはこのときです。祖父はもともとよく話す人でしたが、歌や体操、ぬり絵などへの参加は好みませんでした。外から見る限り、私自身も参加したいとは思えず、どちらかといえば介護レクに対して否定的なスタンスでしたね」

ところが、介護レクリエーション事業に踏み出す際に、この考えが一変したという。それは、あるデイサービス施設の現場を見学したときのことだ。

「カップにゴルフボールを投げ入れる介護レクが行われる中、徘徊を続ける認知症のご利用者さんがいました。『どうするのだろう』と見守っていたら、その方はスタッフにサポートされながら見事にボールをカップに入れ、その場にいた全員が大きな拍手をしました。そのとき、ずっと表情のなかったご本人が、ほんの少しだけ微笑んだのです。その顔を見た瞬間、私は感極まって涙が止まらなくなりました」

介護レクの意義に気付いた伊藤さんは、「介護レクをもっと世の中に広めていくためにはどうずればいいのか」を本気で考え始めるようになる。▲IT業界から介護業界に参入した伊藤さんは、「初めて施設見学に行った日に、介護レクの意義を感じられる場面に遭遇できたことは、自分にとってラッキーだった」と語る

介護現場の負担を軽減するために
学べる仕組みを作ろうと決意

介護レクは、基本的に現場の職員が当番制で担当している。しかし、参加するご利用者はほぼ同じメンバーであり、毎週のように新しい企画を考えなくてはならない。

「『福祉に貢献するために介護の仕事を選んだ』という職員が、介護レクの推進に苦痛を感じて退職してしまうケースも少なくありません。けれど、介護レクを通じてご利用者さんを笑顔にすることは、本来、大きなやりがいにつながるはずです。職員の負担を少しでも軽減するため、『介護レク広場』では、ぬり絵素材や計算問題などを常時5000点以上掲載し、毎週更新を続けています」

こうした取り組みによって会員数は7万人まで増加し、やがて介護現場から「介護レクのやり方自体を教えてほしい」という声が多く寄せられるようになったという。

「会員向けにアンケートを行ったところ、半数以上が『介護レクのやり方を学んだことがない』ということが分かりました。2009年度に、介護福祉士養成カリキュラムの中から『レクリエーション活動援助法』の科目が消えて以来、介護職員初任者研修でもそうした教育が実施されることはなく、介護レクを体系的に学ぶ機会は非常に少なくなっていたのです」

この事実を知った伊藤さんは、「それなら、自分たちで教育の仕組みを作ろう」と考える。2013年、経済産業省による「多様な“人活”支援サービスの創出」事業(※)を受託し、まずは関東・関西の200以上の介護施設を訪問して調査を開始。現場のスタッフから介護レクに対する課題や失敗事例、成功事例などを徹底的にヒアリングし、教育に必要な要素を抽出していったという。

(※)成長産業分野での人材活用の成功事例の組成、普及を目指す委託事業▲「介護レク広場」のサイトでは、レク素材を無料でダウンロードできる。レクリエーション介護士による企画書も随時アップされており、職員の労力を大幅に軽減できる

同社は、プラス株式会社ジョインテックスカンパニーが展開する介護・福祉施設へのデリバリーサービス「スマート介護」と連携。カタログには、レクリエーション関連のアイテムも充実している。この協業は、レクリエーション介護士の認知度向上にもつながっているという

介護未経験者の資格取得も踏まえ、
基礎知識も学べるカリキュラムに

「レクリエーション介護士」のカリキュラム作成では、医師や理学療法士、レクリエーションの専門家、弁護士など多くの専門家の協力を得たという。

「初級となる2級資格では、介護未経験者の受講も想定し、介護の基礎知識や高齢者とのコミュニケーションのとり方、生活の中にあるちょっとしたアイデアをもとに企画を立てる方法論を学びます。1級資格では、リーダーとして現場職員に介護レクを指導する方法を学び、現場で実践する実務補習なども行い、さらに講師の前で実技を行う試験も設けています」

講座は、「通学」「通信教育」で受講できるほか、施設に講師を派遣する「団体研修」もある。通学では、現在31都道府県の100校を超える介護系専門学校と連携。通信教育で連携する「生涯学習のユーキャン」では、全資格の中で人気講座トップ10にランキングするほどになっている。

資格取得者数は1万5000人を超えており、毎月500人を超えるペースで増加。取得者に占める介護業界の関係者は全体の7割程度だ。そのほか、家族の介護に生かしたい人、自分の趣味や特技を生かして役立ちたい人、さらには異業界の民間企業が社員に取得させるケースもある。▲レクリエーション介護士の資格取得講座の様子。通信講座は3万5000円、専門学校へ通学する場合は4万円程度で受講ができる特別養護老人ホームに勤務する鰐部さんは、資格取得で学んだことを生かして体操や工作などの介護レクを行っている。「レクリエーション活動後のご入居者さまの笑顔や『楽しかったよ、また何かやってね』というお言葉にやりがいを感じます」と話す。また、介護福祉士の原山さんは、デイサービス施設で、体操やボールやお手玉を使う介護レクに取り組んでいる。「ご利用者さまの明日の活力、生きがいとなる内容を目指しています。喜ぶ姿、がんばる姿を見たとき、『やってきてよかった』と思えます」と語っている。▲特別養護老人ホームで働く鰐部さんは「独学で学んだり、先輩の活動を参考にしながら介護レクを行ってきたので、この資格ができると聞いたとき、『求めている答えがここにあるのでは』と感じました」と話す

民間企業の社員が資格を取得し
介護業界に参入するケースも

異業種からの参入を試みる民間企業は、基本的な介護現場のニーズ把握や、高齢者とのコミュニケーション方法を理解する必要がある。その1つの手段として、民間企業の社員がレクリエーション介護士の資格を活用し、商品・サービス提供やイベント展開をする事例が増えてきているという。

「手芸専門販売店舗を展開する企業では、従業員が資格を取得し、介護施設へ手芸レクリエーションを実施しています。化粧品の企業も同じく、メイクアップ教室を展開しています。また、大阪府でドラッグストアチェーンの営む調剤薬局では、薬剤師が資格を取得し、薬局内で地域住民に向けた介護レクイベントを開催しています」

伊藤さんは資格取得者の増加に伴い、介護レクを提供できる人と、求めている施設を結び付ける仕組みも構築した。有資格者と施設をマッチングする成功報酬型の求人サイト「介護レクワーク」や、介護レクの代行サービスを行う「介護レクサポーター」だ。

「介護レクサポーターには、現在、100名のレクリエーション介護士が在籍しています。例えば、フラワーアレンジメントの教室を開いている人、プロのマジシャンとして活躍する人など、自分の特技や専門性を生かした介護レクのメニューを開発し、施設側の要望に合わせて介護レクを代行する仕組みです。こうしたプロの技やトークが展開されると、ご利用者さんの表情も一変します。介護レクは自発的な行為を生み出すきっかけとなり得るのです」

こうした点に着目し、リハビリを兼ねた介護レクも増えているという。伊藤さんは、デイサービス施設のポラリス、100円ショップと連携し、「100円ショップで買い物をするバスツアー」を開催している。

「レクリエーション介護士の同行のもと、100円ショップの大型店舗で好きなだけ買い物を楽しんでもらう企画です。お孫さんへのプレゼントや自分の欲しいものを選ぶ姿が印象的でしたね。このツアーの後、自分で買い物に行きたがる人が増えたそうです」▲バスツアー開催時の風景。100円ショップでの買い物バスツアーをはじめ、コンサートやマジックの観賞など、その内容はさまざまだ。伊藤さんも介護レクサポーターとして参加し、ご利用者の車椅子を押した

介護レクという新たな切り口から
社会全体で高齢者を支える環境づくりへ

一方、介護施設の中には、直接の利益を生まないレクリエーションを重視せず、「費用をかけたくない」と考えるケースもあるだろう。しかし、伊藤さんの経験では、「介護レクに積極的に取り組む施設は、離職率が低い」という。

「調査に協力いただいた200施設に時折連絡をとりますが、介護レクを充実させている施設の場合は同じスタッフが働き続けていることが多く、逆に、力を入れていない施設ではメンバーの多くが入れ替わっていました。職員にとっての大きなやりがいは、ご利用者さんからの感謝の言葉や笑顔です。介護レクは、日々の生活の中では得られない『生きる喜び』をご利用者さんにもたらし、それがまた、働く職員にとっての『仕事の喜び』へとつながるのです」

同社は、大阪府や阪神電気鉄道と連携し、商店街などで介護レクを楽しむイベントも開催。地域住民が介護の世界と接点を持てるような取り組みも続けている。伊藤さんは、「多くの企業と地域をつなぎ、社会全体で高齢者を支えていく環境づくりに貢献していきたい」と語る。

伊藤さんは最後に、介護レクの可能性について次にように語ってくれた。

「これからの時代、介護事業者には既存のサービスに加えて、保険外サービスを積極的に取り入れることが求められます。国の動きに合わせて変化していかなくては、存続そのものが難しくなるでしょう。ご利用者さんは、『生きる喜びや楽しみ』を求めています。そのニーズに応えるカギとなるのがレクリエーションです。私たちは、レクリエーションという切り口で介護業界と多様な企業を結び、新たな保険外サービスを生み出していきたいと考えています」

【文: 上野真理子 写真: 阪巻正志】

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