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ヘルプマン

2013.09.27 UP

24時間365日。 必要な時、自宅に届く介護

小田原の町を介護施設に見立てることで、24時間365日のサービス提供を実現させたのが小田原福祉会の「定期巡回・随時対応サービス」です。介護とは、誰かのお世話をすることではなく自分自身の心を育てること。介護に携わる人も幸せになる介護を市内全域に広げたいと考える、小田原福祉会の時田佳代子さんにその構想を聞きました。 (※この記事は2012年以前のもので、個人の所属・仕事内容などは現在と異なる場合があります)

2025年へ向け、
介護は地域に密着した在宅支援へシフト

日本は2007年に高齢者人口(65歳以上の老年人口)の割合が21%を超える「超高齢社会」に世界で最初に突入しました。

1947~49年生まれのいわゆる団塊の世代が高齢者の仲間入りを始めており、少なくとも2020年まではこのまま高齢化の勢いが止まることはありません。調査機関の数字では2010年に1803万世帯だった65歳以上の世帯は、2020年には1899万世帯に拡大します(約100万世帯増)。しかも核家族化が進んでいますから、独り暮らしの老人、老老介護の家庭はさらに増えていきます。これに対してご存じのように年金や社会保障の対策は、まだ立て直しの最中です。特別養護老人ホームへの入居申し込みは後を絶ちません。

しかし、それに並行して施設を整備することは不可能です。いずれにしろ従来の施設に頼った介護では高齢化の波にまったく追いつけないのは明らかです。こうした危機的な状況だからこそ、13年後の2025年に向けては、従来の施設を中心としたサービスモデルからまったく新しい地域に密着した在宅支援サービスモデルへの転換が急務なのです。

我が家を捨てて施設に入る高齢者

ある研究報告によれば、「充分な介護サービスがあれば家で暮らしたい」という人よりも「たとえ在宅で充分な介護サービスがあっても、施設に行くことを選択する」という人の割合が多いそうです。その理由は、「家族に負担をかけたくない」から。確かに我々団塊の世代の同級生の話を聞いていると、「子どもの世話にはなりたくない」とみんな口を揃えて言います。

でも、家族に負担をかけたくないから施設に行くというのは自然なことでしょうか?
そう言わせてしまう日本って、幸せな国なんでしょうか?

しゃにむに頑張って手に入れたマイホームを捨て、自ら施設に入るという選択には違和感があります。それならいっそ、家族の替わりになるサービスをつくろうよという試みが、2012年4月からスタートした「定期巡回・随時対応サービス」です。これは朝昼晩・夜間も、必要なときに複数回の定期訪問と、いざという時に備えて利用者からの緊急コールにも24時間対応できる便利な仕組み。家族と同じことはできないかもしれませんが、必要な時に必要なサービスをお届けします。

つまり街の道路が施設の廊下になり、スタッフが必要なタイミングでケアを実践する。
それが「定期巡回・随時対応サービス」です。

介護とは「私のケアする心」を育てる行為

もともと誰の心の中にも必ず「ケアする心」は内在しているというのが私の持論。例えば、赤ちゃんは無条件に周囲の「ケアする心」を引き出してくれます。「介護」という仕事は、仕事を通じて出会う方々と接することで、自分の中にある「ケアする心」を表出させる仕事だと思います。介護の現場ではたくさんの利用者の方と出会うことができます。そうした人たちと出会えば出会うほど、自分の中の「ケアする心」は湧き出してきます。

「介護」という仕事は、「誰かのため」のように見えるけれど、そうではなくて、つまるところ「私のケアする心」を育てる行為に他なりません。
もちろん日々の仕事そのものは簡単ではありません。
いつも平常心でいられるわけでもありません。くじけそうになる自分の心と正直に向き合ってゆく覚悟も必要です。

でも、内省し、葛藤する心を制御し、一つひとつのハードルを越えてゆくことを通じて、やがてきっと見えてくる地平があると私は信じています。そこに辿りつきたいと願うことが、介護のプロへの入り口に立つということなのだと思います。

プロフェッショナルだからできる訪問介護

一般に訪問介護というと「隣りのおばさんでもできるんじゃないの?」といったお世話役のようなイメージをもたれがちです。

でも、それは大きな誤解。

ヘルパーは、利用者が人生の中でも一番豊かであるべき最期のステージを共に過ごす大切なパートナーです。訪問介護は単なるスキルや方法論ではなく、もっと奥深いものです。医療や看護、さまざまな社会資源を紡ぎ合わせて、お年寄りの最適な暮らし方、生活を創り上げる行為。だからものすごく幅が広い、豊かな世界です。また、実際のケアにあたっては、メンタルのケアはもちろん、自分の身体もすべて道具にして、「その人ができることは、極力その人ができるようサポートする」プロフェッショナルに徹しなければなりません。

知恵と肉体のすべてを駆使しながら、身体介護にしろ、生活の支援にしろ、1人の人の生活をまるごと支えなければいけない訪問介護は、施設の中のケアよりもよほどトータルな専門性の必要な、プロでなければできない仕事です。

8人で1人を支えるチーム介護

施設と訪問介護の一番の違いは、1対1で利用者に向かうという責任の重さ。

1対1のケアでは、ヘルパーは本当にいろんな経験をします。自分のケアが100%受け入れられるとは限りませんし、相手は自然なコミュニケーションが成立する人ばかりではありません。毎回、毎回の仕事が試行錯誤です。成功も失敗も含めてすべてが自分に還ってきます。ただ1対1といっても特定の個人との関係性が密着し過ぎないよう、シフトにも配慮しています。関係が親密になり過ぎると「なんでもやってあげちゃう」ようになりがちですし、本当の自立支援に結び付かなくなってしまうからです。1人のお年寄りに対しては8人ぐらいがチームとなり、交代で訪問介護を行います。頻繁にチームカンファレンスを実施してお互いの情報を交換、若手はベテランのやり方に学びながら「じゃあ、次の訪問ではこうしてみよう」というふうに随時、計画を変更していきます。

24時間365日対応のサービスでは、毎日が実践、検証、発見の連続で、猛スピードで経験を積むことができます。こうした経験を通じ、各自がプロフェッショナルとして大事にすべきこと、地域に提供したい介護のあり方を体で覚えていくのです。

ヘルパーの先にあるキャリア

いろいろな困難を乗り越えながらヘルパーとして経験を積み、成長していくと、次はサービス提供責任者という立場になります。

サービス提供責任者は家族のニーズを聞いたり、介護のプランを立て、自分の替わりに仕事ができる部下を育成し、適切な配置を考えたりすることがミッションになります。部下の育成は、自分がやる以上に難しい仕事ですが、これをクリアするうちにリーダーとしての責任も芽生えてきます。潤生園では極力利用者に近いところに介護保険事業所を点在させていますが、当然そこには管理者が必要です。ヘルパーになり、サービス提供責任者になり、やがてはひとつの事業所のリーダーになる。ステップを踏んでいくことでマネジメントスキルも自然と身についていく。

そして最後は施設長にというのが小田原福祉会のプロフェッショナル養成のステップです。現在は私を含めて3人の施設長がいますが、私以外の2人は、こうしてヘルパーから施設長にステップアップしています。自分のキャリアの未来への道筋が見えることは、当然職員のモチベーションにもつながっています。

日本初「ヘルパーの母校」構想

介護のプロフェッショナル育成のため、小田原福祉会では教育専門のスタッフを配置した「人財育成センター」を設け、より効果的な研修のプログラムや運用の仕組みづくりを進めています。潤生園自体の職員の研修のほか、一般向けの2級ヘルパーの養成、専門学校の実習生受け入れ、地域の介護職の研修受け入れなど、社会福祉法人の研修機関としてはかなり幅広く活動を行っています。私は潤生園から多くの優秀なヘルパーが巣立っていくのを見て来ました。しかし、そうしたヘルパーの多くは、零細な事業所で働いています。そうした事業所では、人材育成に充分なコストや時間をかけられませんし、ノウハウも乏しいためせっかくの人材が埋没してしまいがちです。

そこで今、私が構想しているのが「ヘルパーの母校」。優秀な人材がいつでもここに戻ってきて、学び直すことができ、自分のキャリアをそこから成長軌道に乗せていける場です。日本初の「ヘルパーの母校」を、地域の財産であるヘルパー育成のための拠点にしたい。この事業は平成23年度に厚生労働省の社会福祉推進事業に採択され、このほど報告書にまとめました。

「ヘルパーの母校」の実現に向けて、地域の他の事業者の方にも呼びかけ、設立の準備を今着々と進めています。(http://www.mhlw.go.jp/

小田原市内は私たちの手で守ろう

「訪問介護」に関わる事業所全体が、小田原市内全域をカバーする一つのプロフェッショナルファーム(ケアの専門家集団)として整備されることが私の理想。

そして、ヘルパーみんなが「小田原は私たちみんなで守っていこう」という志を共有し、しかもそれがビジネスとして成立するようになったらすごいと思います。いま、施設の職員たちもどんどん地域に出て行っています。お年寄りが施設にいようと、家にいようと、みんなで地域全体をカバーしていこうという気持ちになったら素敵です。

「ヘルパーの母校」の設立はそのための第一歩。介護のほかにも取り組みたいことはたくさんあります。

たとえば「市民後見人の養成事業」。成年後見制度(※)はまだあまり機能しておらず、認知症の独居の方、老老介護の方の資産保護などの面で非常に危うい状況です。多くの市民の力を集約すれば、こうした状況を変えていく仕組みづくりも可能です。やるべきことはまだまだあります。足踏みをしていてはいけないと痛感しています。

時田さんからのメッセージ

介護は自分の心と体、スピリチュアルなものも含め、あらゆるものを総動員して1人の人とかかわる行為です。

また、管理職となれば国の制度や法律なども含め、人・モノ・金をマネジメントしていく能力を必要とするプロフェッショナルな仕事です。私自身、福祉経営の全般を学ぶために通っていた大学院をつい最近修了したばかり。「ヘルパーの母校」の設立をはじめ、取り組むべきテーマはまだまだ尽きません。

私は小田原から日本の福祉を変えていきたい。
私と一緒にチャレンジしてくれる、志のある方と1人でも多く出会いたいですね。

※成年後見制度:認知症、知的障害、精神障害などの理由で判断能力の不十分な方々は、不動産や預貯金などの財産を管理したり、身のまわりの世話のために介護などのサービスや施設への入所に関する契約を結んだり、遺産分割の協議をしたりする必要があっても、自分でこれらのことをするのが難しい場合があります。また、自分に不利益な契約であってもよく判断ができずに契約を結んでしまい、悪徳商法の被害にあうおそれもあります。このような判断能力の不十分な方々を保護し、支援するのが成年後見制度です(法務省HP:http://www.moj.go.jp/より引用)

【文: 高山 淳 写真: 山田 彰一】

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