ヘルプマン
2014.05.30 UP
ロボットでもできる作業はロボットに任せ、介護職はより専門性を発揮できる分野に特化していく。そのための現場の省力化に向けた、研究・開発・創造の拠点が「オリックス・リビング イノベーションセンター」です。赤穂さんは、介護現場での経験を生かし、メーカーのエンジニアと介護現場の通訳の役割を果たしながら、生活の場で本当に役に立つ介護ロボットや補助機器の開発に取り組む開発コーディネーター。ロボットと人間が共存する未来の介護スタイルが、ここから生まれるかもしれません。
介護方法をゼロベースで見直し、
新しい介護を模索
私たちがめざすのは、私たち自身が入りたいと思える安心とにぎわいのある高齢者の住まいをつくること。食事や入浴などの生活介助の質はもちろん、認知症ケアや終末期のケアなど、コミュニケーションをベースにした個別性・専門性の高い介護サービスが充実した生活空間です。しかしながら、介護の現場は業務の標準化や人材教育が未整備な場合もあり、そうした個別的なケアや専門性を発揮するゆとりがないケースもあります。実際に私もこれまで、介助のスキルが属人的なために、移乗(ベッドから車いすなどに乗り移ること)の際の介助で腰に負担がかかってしまったり、IT化が遅れている職場では、主任クラスの職員がいつも手書きの伝票作業で残業に追われていたりするのを目にしてきました。介護現場には多くの高い志を持った人が入ってきますが、こうした力仕事や事務仕事に追われてしまうケースも時にはあります。自分たちのめざす介護の実現のため、オリックス・リビングでは、これまでの介護方法をゼロベースで見直し、新しい介護のスタンダードを模索しています。
メーカー主導のロボット開発から
現場主導へ
介護業界では、2025年には100万人の職員が不足するといわれており、状況の打開には新たな技術開発による介護現場の省力化が急務となっています。オリックス・リビングでは、ベッドから車いすへの移乗や24時間の見守りなど、介護ロボットなどの補助機器を使用したほうが、利用者の心身ともに負荷が減る介助や、本来介護職でなくてもできる業務、例えば事務処理作業などの自動化に優先的に取り組んでいます。介護ロボットについては、以前より政府などが支援するメーカーのプロジェクトが何十とありますが、その多くは、まだまだ発展途上でなかなか現場への導入が進んでいません。理由のひとつはエンジニアが開発への高い意欲を持っていても、現場の実態を知る機会が乏しく、医療と介護の違いなどを直感的に認識できにくいために、「介護・介助」を「作業」と捉えがちだからです。必要以上に機能を盛り込んだ結果、操作ボタンの数が増えすぎて現場が使いこなせなかったり、メカニカルで武骨なデザインが、ゲスト(ご利用者)の生活空間に馴染まなかったり。そこでメーカーと介護現場の橋渡しをしながら、現場の知見や実証環境を提供し、開発機器の販売・普及促進に前向きに取り組もうと生まれたのが「オリックス・リビング イノベーションセンター」です。マッスル(株)とともに開発・実証に取り組む移乗ロボット「ROBOHELPER SASUKE」
人の手で行う介護がベストとは限らない
という気づき
そもそも私たちが介護ロボットに前向きになったのは、介護リフト導入による成功体験があったから。介護リフトはハンモック状のシートに乗り、利用者を吊り上げるかたちで移乗を行う機器で、以前から日本にありますが、まだほとんど普及していません。当社でも、最初は「人を吊り上げるなんて」という声もあり、セッティングの手間やコストもかかるため、社内でも拒否反応がありました。しかし、実際に互いの移乗技術をチェックすると、やり方に個人差があって、持ち上げられる側にも不満や不安があることがわかり、必ずしも人手で行うことが最善とは限らないことに気付きました。しかも、実際に現場で使い始めると、「体が楽になった」「ゆっくり動かしてもらえる」とゲストの評判がよかったのです。リフトの場合、介助はゆっくりですが、そのぶん会話する余裕も生まれました。何よりも利用者の状態がよくなることは介護職の一番の喜びです。初期投資を抑えるためリースを利用することで、今ではすべてのゲストハウス(施設)にリフトが導入され、徐々に職員の腰痛も改善しています。このように、「機器も使い方によっては悪くないね」と介護観の変革ができたことが大きな転換点となりました。入浴室用の介護リフトの使用感についてディスカッション
コーディネーターという
介護職の新たなキャリア
介護リフトの成功体験から、私たちは補助機器による介護現場の省力化で介護の質を上げ、利用者によりよいサービスが提供できることを確信しました。そこで、私たちが自らメーカーの受け皿となって、介護の質を上げるためにこのオリックス・リビング イノベーションセンターを開設、ビジネスとして開発から実証試験、介護現場への普及までを、ワンストップで実施しています。対価をいただく以上、しっかりと社内でチームを組み、期待以上の情報を提供するように心がけ、時にはメーカー等に対し耳の痛い意見も言います。現場の職員を集めて実証を繰り返し、ゲストの前に出せる段階になったら、運営しているゲストハウスでの実証に入ります。こうした介護現場とメーカーの橋渡しをして、本当のニーズを見極めるのが、私たちコーディネーターの役目。介護現場の困りごとをエンジニア向けに要件定義したり、介護ロボットに懐疑的な介護現場には導入のコンサルティングを行って、人手だけに頼らない新しい介護観を持ってもらうための教育も行います。認知症の方向けの見守りシステムに関する要望をNKワークス(株)にフィードバック
実証を繰り返し、
生活の場に溶け込む器具を創る
直近では、イメージング分野の技術力を誇るNKワークス(株)と認知症の方向けの見守りシステムの開発に取り組んでいます。これは認知症の方が深夜にベッドから起き上がり誤って転倒したりしないよう、ナースコールのようなかたちで介護職員に知らせる仕組み。転倒事故などを未然に防ぐだけでなく、認知症の方の行動パターンを知ることで、ご本人の生活リズムに合ったケアを行うこともできます。例えば一定の時間にトイレに立とうとする場合は、その時間にお部屋に伺ってトイレに誘導するなど。試作機はいま4台目ですが、当初はカメラ部分がいかにも監視されているイメージだったので、カメラを意識しないデザインにする提案をしたり、形状も点滴のスタンドのようだったのでメーカーに指摘して改善をお願いしました。画像解析技術でその時点の本人の状態がわかる見守りシステム
生活支援のあらゆる領域に広がる活躍分野
メーカー発ではなく、介護現場のイノベーションに介護事業者の側から取り組む例はかつてなく、オリックス・リビング イノベーションセンターの開設やメーカー・自治体を巻き込んだ事業活動が評価され、「ナレッジイノベーションアワード2013」のコト部門優秀賞を受賞しました。同賞は企業、研究機関、大学などが協働し「新たな価値」を創出する知的創造拠点“ナレッジキャピタル”が主催するコンペで、イノベーションの成果を競い合うもの。これを機にさらに取り組みにドライブをかけていきます。開発支援の領域は介護ロボットに限りません。生活を支援していく介護は対象とする領域が広く、多くの企業と協力し合う必要が出てきます。詳細は明かせませんが、スポーツ用品のミズノ(株)とも、高齢者を対象とした新たな商品・サービスの可能性を探っています。ロボット開発についても、介護そのものに関わる作業だけでなく、例えば洗濯したものをきれいにたたんで収納してくれるロボットなど、周辺業務を省力化してほしいと現場は考えています。今後については成功事例をもとにした同業へのコンサルティングや海外展開も検討中で、介護職のフィールドが着実に広がっていることを肌で感じています。「ナレッジイノベーションアワード2013」のコト部門優秀賞を受賞
【文: 高山淳 写真: 濱野哲也】