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2013.09.29 UP
介護施設で特技のマジックや日本舞踊を披露する外岡潤さん。彼の本職は、介護・福祉系専門の弁護士です。パフォーマンスは営業の一環なのだとか。超高齢社会で介護施設が増える一方、そのなかでトラブルが増えているのも事実。法律という専門性を生かし、「おかげさま、おたがいさま」で成り立つ社会をつくりたいと話す外岡さんにインタビューしました。 (※この記事は2012年以前のもので、個人の所属・仕事内容などは現在と異なる場合があります)
自分の専門性を人のために役立てたい
25歳で司法試験に合格して、最初に就職したのは老舗の企業渉外専門の法律事務所です。渉外事務所を選んだのは国際的な仕事への憧れがあったから。企業法務や英語での海外企業との交渉など、今とは全く異なるビジネスの世界でした。イメージ通りの、世界を股にかける仕事でしたが、徐々に「もの足りなさ」を感じるようになりました。
自分が本当にやりたいのは、困っている人の役に立てる、直接人助けができる仕事ではないか? と。それに、周りの弁護士の中には、銀行勤務の経験を生かしてM&Aを得意とする弁護士や、不動産・医療などの業界の出身者など、専門性を持った弁護士がたくさんいます。その一方で自分には、弁護士であるということ以外何も「強み」がありませんでした。自分の専門性を開拓したい、自分の力を試したいと強く思うようになりました。
やるなら「介護」しかない!
そんなとき偶然出会ったのが漫画「ヘルプマン!」です。
そこに描かれている介護の現実に衝撃を受け、夢中になって徹夜で読み続けました。そして「誰だってコウレイシャになるんだ……」という主人公の言葉に、「独立するなら介護しかない」と直感したんです。その瞬間、事務所の名前から場所、サービスモデルまで、すべてが思い浮かびました。調べてみると、介護分野を専門に掲げている法律事務所はほとんどありません。「介護を自分の専門にしよう」と決め、2ヵ月後には事務所を退職しました。
でも実は、その時点では、業界の内情についてはほとんど知らなかったんです。そこでまず、介護を体験しよう、高齢者の方との接し方を学ぼうと、ホームヘルパーの講座を受講。ホームヘルパー2級の資格を取得することから開業準備を始めました。
おかげさまで、事務所開設
こうして、2009 年4月に『出張型介護・福祉系専門法律事務所おかげさま』を巣鴨に開設しました。はじめはどうやって営業したらいいのかわからず、手さぐりの状態。
しかし" 介護専門"をうたっているのはうちくらいですから、徐々に話題を呼び、ホームページにも問い合わせが来るようになりました。私は、何をするにも「人が驚くだろうな」というインパクトを大事にするタイプ。以前、弁護士をもっと身近な存在にしようと「弁護士バー」を経営したこともあります。
『おかげさま』という事務所名も、お年寄りがよく使う言葉で覚えやすいし、面白がってもらえそうだと思って名付けました
遺言作成代行から施設でのトラブル対応まで
介護・福祉分野の弁護士といってもぴんとこないかもしれませんが、依頼人となるのは、高齢者ご自身やそのご家族などの個人、介護施設などの法人があげられます。個人からの依頼としては、遺言や相続の相談、施設内でのトラブル、年金や保険など役所での手続き、大事な契約の際の後見人、高齢者を狙った悪質な契約トラブルの解決など。独居の高齢者が増えるなかで、相談先がないというのは深刻です。
また、法人と顧問契約を結び、行政との折衝や施設内でのトラブル対応も行います。最近増えているのが、施設内での転倒や誤嚥などの事故。施設側がずさんなケースもあれば、利用者側がクレーマーのようなケースもあり、こじれることも多い。介護保険が始まって10年、急激に超高齢化社会に突入した日本においては制度そのものが発展の途中です。
介護・福祉分野におけるトラブルを回避するためにも、法的根拠を持った仕組みを整えていく必要があると感じます。
日本で唯一? のエンターテイメント弁護士
弁護士業の傍ら介護施設でエンターテイメントを始めたのは、弁護士になじみのない高齢者の方に、顔と名前を覚えてもらうこと、話しやすい雰囲気をつくるきっかけを得たかったからです。高齢者の方に何でも相談してくださいと言っても、弁護士というと近寄りがたいように感じてしまう方もいるでしょう。
そこで思いついたのが、学生時代からの特技である和妻(わづま)という日本古来のマジックや日本舞踊です。
「実は私、弁護士なんです」と言うと、みなさん驚かれますね。それでマジックの合間に「こんなことで困っていませんか?」とおしゃべりを挟んだりして、弁護士に相談することを身近に感じてもらえるよう工夫しています。
純粋に喜んでもらえるのが嬉しいし、弁護士なのにエンターテイナーってインパクトあるでしょう?
可能性に満ちた介護業界
よく「介護・福祉分野専門でニーズはあるの?」といった質問を受けることがあります。
しかし、超高齢化社会を迎えた日本でニーズがないわけがないというのが私の考え。今までは何かあっても、弁護士に相談するという発想がなかっただけなんです。明確に介護・福祉専門と打ち出していくことで、ユーザーの認識が変われば、さらに可能性は広がると思っています。
実際、私は介護施設の顧問を引き受けていますが、開業から2年で契約は15事業所にまで増えました。テレビや雑誌に取り上げていただく機会も増え、本の出版も進むなどメディアからも注目していただいているようです。メディアに出たことで、問い合わせも急増していますから、まさに今が、離陸寸前の飛行機のような状況だと思っています。
介護業界に新たな問題解決の仕組みをつくる
増え続ける介護施設と利用者のトラブルを解決するために、「今、自分に何ができるのか」、その問いに対する答えのひとつが介護版ADR(Alternative Dispute Resolution) です。ADRとは裁判外紛争解決手続きのことで、裁判を起こさず、第三者(仲裁機関)を介して、話し合いによる問題解決を図ろうというもの。
たとえば医療の世界では、訴訟による損害賠償が増えたことで萎縮してしまい、医師のなり手が減ったとか、命を救うといった気概をもって関わることができなくなった側面があると聞きます。介護は、日々の生活の中でのおたがいさま、おかげさまで成り立っている業界。訴訟が増え、そんなおたがいさま、おかげさまの精神が失われたら業界が崩壊してしまう。
そうならないように、裁判をしないで、ADRで解決できる仕組みをつくりあげたい。弁護士としては矛盾するようですが、私自身、訴訟によってどちらかの一方的な利益を追求するより、双方の思いを受け入れて対話によって解決に導きたいという気持ちが強い。具体的には、賛同者を集めNPOなどで介護版の仲裁機関を組織することが必要です。
今、介護現場の現状を知り、一方で法律の専門家としてADRや法律についての知識を持っているのが私しかいないなら、イニシアティブをとってやっていきたいですね。
お地蔵さんマークで安心を
また近年、介護施設でISO 認証を取得しようという動きがあります。
企業姿勢としては正しいと思うのですが、何しろ海外発の工業規格からスタートしているので、人の生活を扱うサービスが主の介護業界にはマッチしないところも多い。そこで私が考えているのが、介護業界のサービス標準を定める" おかげさま版ISO"です。介護の施設を見ていると、施設によってサービスの質も価格設定もばらばらで、外から見ても実態が全くわからない。そこがトラブルの元凶でもある。
それがたとえば、一定の基準を満たす施設であれば、" おかげさま版ISO"認定の印としてお地蔵さんマーク(お地蔵さんは『法律事務所おかげさま』のイメージキャラクター)を取得できるとなれば、介護施設や利用者にとっての安心材料となります。" おかげさま版ISO"で、施設側のスタッフ教育やシステムの体制をつくり品質を担保し、いざというときにはADR で紛争仲裁する。そこまで、業界を支える仕組みをつくっていければいいですね。
※ I S O(International Organization for Standardization):国際標準化機構。工業標準の策定を目的とする国際標準化機関で、世界162ヵ国以上が加盟。ISO9000は製造業などの品質マネジメントシステムの国際規格。ISO14000は、環境マネジメントシステムに関する国際規格。
外岡さんからのメッセージ
私の肩書は弁護士兼エンターテイナーですが、自由な発想・スタンスで仕事ができていることは幸せです。みんなが困っている中に入って、課題や問題をみんなが納得する方向に導くにはどうすればいいのか、それを法律だったり日本舞踊だったり自分のできることを生かして考えていく。この仕事は私にとって天職だと思います。
みなさんも「自分にできること」から、超高齢化社会を支える一員として、ぜひ行動を起こしてみてください。
※写真はすべて「シルバーホーム かい」で撮影
【文: 高山 淳 写真: 山田 彰一】