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ヘルプマン

2013.09.28 UP

「個別ケア」の実現で 人生の夕暮れ時を輝かせる

全国の介護事業所がその取り組みをプレゼンする「介護甲子園」。第一回目の優勝を飾ったのは「練馬キングス・ガーデン」でした。受賞理由は徹底した個別ケアへの取り組み。その一つが「入浴改革」です。常識だった機械浴を廃止し、ひばの木のぬくもりと香り漂うお風呂でのマンツーマンの入浴へ。その道のりは決して簡単なものではありませんでした。 (※この記事は2012年以前のもので、個人の所属・仕事内容などは現在と異なる場合があります)

準備の大変さに
「何度もやめようと思った」

ある日、メンバーが小さな新聞の切り抜きを持ってきて、「この『介護甲子園※』っていうのがあるらしいんですけど、参加していいですか?」と相談されました。ちょうどそれまで取り組んできた「個別ケア」の成果が出始めた頃です。メンバーたちは「介護職にフォーカスするみたいだし、そういうのを発表する機会があってもいいんじゃない」という軽いノリで始めたようです。日常業務をしっかりやるという条件付きでOKを出し、私も助言などで後押しすることにしました。参加メンバーはリーダーの関翼ほか4人のケアワーカー(介護職)。

いざ始めてみると、一次予選、二次予選、決勝大会とあり、とくに決勝は1ヵ月の間にプレゼンのシナリオや音楽、映像などを本格的に用意する必要があって、本人たち曰く「ちょっとこれ絶対無理じゃない?」と途中で何度も諦めかけたそうです。決勝のプレゼンテーションではメンバーの嶋田篤志が感極まって涙を流し、想いは会場の人たちに確実に伝わった手ごたえはありました。でも、他の施設の発表は我々以上に素晴らしいものでしたし、「なぜうちが?」と戸惑っているのが正直なところです。

※介護甲子園 「介護から日本を元気に!介護から日本をつくる!!」をスローガンに、参加事業所の優れた取り組みを、業界全体で共有し、成長材料として今後のさらなる発展と学びの場とする目的で、2011年第一回大会が開催された。

「常識」を覆した「入浴の改革」

今回の発表のテーマをひと言で言うと「ご利用者の希望を叶える個別ケア」。

私は10年以上前にここで生活相談員※を始めて、当初から特別養護老人ホームとしてのケアのあり方に疑問を持っていました。ご利用者本位を掲げながら実際は集団ケアや画一的なサービスだったり、職員主導だったりしてご利用者の表情が生き生きしていなかった。また、そういう現状を職員もご利用者も諦めてしまっているという負の連鎖が働いていました。そうした状況を打破したいと試行錯誤してきて、一つの転機となったのが5年ほど前から始めた「入浴の改革」でした。それまでの大型の機械浴を止め、マンツーマンの個別介助型の入浴に切り替えたのです。

今でも多くの施設の主流はストレッチャーにご利用者を乗せて、長細い浴槽に入れたり、椅子のまま浴槽に入れたりするというやり方です。この方が職員もご利用者も負担が少なく、効率的だというのが「常識」だったわけですが、私たちはこれに疑問を抱きました。理由としては、「後から急かされる感じがあり、お風呂タイムが忙しく、いいケアができない」「お年寄りは小さな浴槽の方が馴染み深いはず」「機械浴だと操作に気を取られて本人に目が届かず危険な面もある」といった点でした。

※生活相談員 具体的な業務内容としては入所のための面接、入所の方法や施設での生活の説明を実施、入所後は自立に向けたケアや福祉用具など生活上においての相談に応じる。

「青森ひば」の浴室とご利用者の夢

入浴の改革は簡単ではありませんでした。中古のポリ浴槽をもらいうけ、まず仮設の環境を整えました。機能訓練指導員※が入浴介助の手順を細かく指導し、職員同士でも機会を見つけて練習、許していただけるご利用者にご協力いただきながら、徐々に実地訓練を重ね、どうにか機械なしでもうまくお風呂に入っていただくことができそうな手ごたえを得ました。

2011年7月、お風呂を全面改装し、現在の青森ひばの木のぬくもりと香り漂う浴室が完成。職員はマンツーマンでご利用者の誘導、お着替え、入浴介助を一貫して行うことができるようになりました。このやり方は一見非効率ですし、浴槽への出入り介助には、力任せではない確かな技術も身に付ける必要がありました。月2回の研修の機会を設け、新人でも習得できるような体制も整える必要がありました。

しかし、マンツーマンで接するようになると自然と会話の量も増え、ご利用者の人柄や家族のご様子、今何をしてみたいか、といったことがわかってきます。そこから「今度お墓参りに出かけたいわ」「なかなか会えない家族の顔が見たい」「ちょっとおいしいそばでも食べに行きたい」といった夢を語っていただける関係に発展していきました。

※機能訓練指導員 施設や病院で機能訓練を指導する専任の職員のこと。理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、看護職員、柔道整復師、あん摩マッサージ指圧師のいずれかの資格者が相当する。

「非日常」の夢が「日常」にハリを与える

ステージに上がっていただいたご利用者は、認知症の90代の方で、夢は離れた場所にいる妹に数年ぶりに会い、ご両親の墓参りをすることでした。

そこで担当の嶋田らが事前に綿密に計画を立てて、ルートの確認や必要な資材の手配などを行い、旅行中の他の職員の体制にも支障がないよう配慮しながら、一泊二日のツアーを無事に成功させました。また、別の男性の方の場合は、亡くなられるわずか1週間前にご夫婦で秩父に旅行に出かけられました。食事も思うように摂れなくなっていて、普通だと旅行に行ける状態ではなかったのですが、職員2名が付き添い全面的にサポートし、こちらも無事に旅を楽しんで帰って来られました。亡くなられる前に良い思い出ができたということで、奥様がたいへんに喜んでくださいました。

こうした「非日常」の介護を行うことが、日常の暮らしにハリを与え、旅先で困らないように「トイレに行けるようになろう」「ご飯を食べられるようになろう」という動機づけにもなります。一歩踏み込んだケアができることは、職員にとっても良い成長の機会になっていると思います。

逝く人を正面玄関から見送る

2009年からは「看取りケア」も行うようになりました。毎日のように顔を合わせて家族同然のような関係になりながら、最後は病院に運ばれて、どんな亡くなり方をされたのかもわからないというのは、介護する側としても何となく中途半端というか空虚感が解消されない部分がありました。

看取りケア、とくに精神面を重視した終末期の緩和ケアを行うことで、自分たちの仕事が全うできるようになった気がします。

施設によっては「死」を隠して、誰かが亡くなっても情報が共有されないといったところもあるようですが、ここで亡くなられた方は、職員やご利用者のみなさんに見送られながら正面玄関から旅立たれます。アメリカ・シアトル発祥の「キングス・ガーデン」の流れをくむキリスト教系の施設であるため、スピリチュアルケアを重視し、心が平安で保たれることをとくに大切にしています。最期は心穏やかにここから旅立てるという安心感も私たちの提供できる価値の一つだと思います。

今後充実させていきたいのは、在宅のケア。
住み慣れた地域で安心して最期まで過ごしていただくため、特別養護老人ホーム以外のホームヘルプ、デイサービスといったケアの体制を充実させていきたいと考えています。

中島さんからのメッセージ

「キングス・ガーデン」の理念は「夕暮れ時に、光がある」。人生の中で高齢になって弱ってきたり、不安になったりした時こそ、ご本人が「光がある、希望がある」「生きていてよかった。命があってよかった」と前向きに思えるようなケアをしたいという願いが込められています。こうした想いを形にしていくために、常に現状を見直し、既成概念に捉われずに改革を続けていこうと思います。そしてそういう想いを次の若手が受け継いで、いずれまた次回の介護甲子園にチャレンジできたらいいなと思います。

介護甲子園優勝で得たもの
ケアワーカー主任 関 翼 さん

発表の準備はいつも現場の仕事が終わってからでした。
それまでお互いの「介護観」みたいなものをぶつけ合う機会ってそんなになかったので、ついつい2~3時間話しこんでしまうということもザラで、とても充実した時間だったと思います。

でも直前の2ヵ月間は本当に大変で、いつもメンバーの嶋田と顔を合わせると「逃げたい、逃げたい」と苦笑いしていました。発表が日比谷で比較的職場に近かったので、主人公の利用者さんとともに壇上に上がりたいと考え、実行させていただきました。一番伝えたかったことは、「施設に入ったらおしまいではなくて、施設に入っても何でもできるんだよ」ということ。

介護甲子園に優勝して、自分たちの取り組んできたケアが第三者に認められたことが、職員の自信にもつながって、モチベーションが向上し、いい意味で現場の雰囲気がすごく変わりました。それが今回、私たちが得た一番大きなものです。

【文: 高山 淳 写真: 山田 彰一】

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